TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、布石につき

 重要度で言えば志々雄を倒すことよりも葵屋を守りきるほうが高い。

 

 万が一剣心達が敗北したとして。

 剣心が考えたように志々雄一派も再起するまでに時間は要するだろう、しかし十年、二十年後に力を取り戻した志々雄達への対抗戦力が育っているとは限らない。

 そう、対抗戦力としてカウント出来る葵屋を守りきるっていうのは十年後の日本を守るということなんだ。

 四乃森蒼紫へ剣心が勝利して、御庭番衆の幕引きをお頭である蒼紫が行わないのであれば、だけど。

 対抗戦力としてだけじゃない、人材育成なんて面から見ても世間一般っていう枠組みから外れた位置にいる御庭番衆。

 今回の戦いを経て将来への備えとして御庭番衆、その力の純度を保つあるいは向上させるって視点が生まれた。

 

 実際翁さんはその必要もあると考えているようだ。

 後継者として考えられている操ちゃんを鍛えるのはもちろん、将来生まれるだろう操ちゃんの子供へも。

 

 もう一度言おう。

 葵屋を守ることは将来の日本を守ることだ。

 

 全てがマイナスに転じてしまっても、先のために打つ手は必要なんだ。

 それこそが俺という弥生がこの世界で生きるために取らなければならない責任。

 

「駄目です! 囲まれてるっ!」

 

「やはり緋村君の予測はあたっていたか……」

 

 目を開ける。

 見れば葵屋玄関を百人余りの志々雄一般兵が取り囲んでいて、十本刀の蝙也、鎌足、夷腕坊が前に立っている。

 

 大丈夫だ。やれる。

 

 警察署には剣客隊の人達に集まってもらってる。

 正直破軍、不二相手は無理だ。比古清十郎を待つ他ない。

 出来るだけの備えがこの程度ってのは痛恨だけど、避難誘導や人的損害を軽微に収めることは出来るはずだ。

 

 ……まぁ、俺の言うことへ素直に頷いてくれるのは嬉しいんだけどちょっと不気味です。

 

 ともあれ。

 より良い未来のためになんて死んでも言えない。

 きっと今小さな事を変えたがために将来大きく変わってしまうことなんて想像できないほどあると思う。

 

 だから、全力で責任を取る。

 俺が生きて良いんだって自分で信じられる、信じ続けたいがために。

 

「翁さん、私は――」

 

「さぁっ! 観念して出てらっしゃいなっ! あぁ巫丞弥生? とか言うヤツは私が直々に首をぶち切ってあげるからねっ!」

 

 なんでご指名だよっ!? お前の相手は薫さんと操ちゃんだろぉ!?

 慌てて窓から見てみれば、俺に気づいたのかニンマリ笑ってやがるぞあのホモ野郎。

 

「あんたがそうね? 随分とやってくれたじゃない。方治のやつが随分と警戒しろってうるさくてさぁ、志々雄様も頷いちゃうし! だったら私の出番にしたいのよね!」

 

「――っ」

 

 翁さんへ目配せしてみれば難しい顔をしながら頷かれてしまう。

 きっついな……夷腕坊相手だと決めていただけに切り札が効果なしだ。

 

 っていうか正直この三人、誰を相手にしても厳しいんだよな。

 蝙也の飛空発破ははっきり言って為すすべないってか見つけられなかったし、鎌足にしても高速広範囲攻撃の乱弁天(みだれべんてん)だったか。それを繰り出されてしまえばかなり分が悪い。 

 だからこそ相性的に夷腕坊って思ってたんだけど……いや。

 

「翁さん、皆が死なないよう……頼みましたよ?」

 

 窓枠に手をついて乗り越える。

 

 相性だなんだじゃねぇって。

 小賢しく考える必要はねぇんだ。

 

「私の指名料は高いですよ? 鎌足、さん?」

 

「……へぇ? 随分と堂に入ってんじゃない。あんたにやられたってのもわかる気がする」

 

 鎌足がちらっと蝙也の方へと視線を向けたのに釣られれば、舌打ちの音が聞こえてきそうな苦々しい顔。

 自尊心を抑え込めたようで何よりです。

 

「お褒めの言葉ありがとうございます。あなたこそ、随分と鬼気迫った表情だことで……それほど私が怖いですか?」

 

「は……上等ね」

 

 鎌足が台詞と一緒に大鎌を構えたことで一気に緊張感が高まった。

 後ろの着地音へ気を向ける余裕すらない。

 どういう配置になったか気になるけど……無理、鎌足から目が逸らせねぇ。

 

 だけどどんな配置になったにせよ夷腕坊を倒せる……いや、退けられる面子がここにはいない。

 夷腕坊を相手にしている人が倒れるまでに、鎌足を倒して救援に向かう必要がある、きっと夷腕坊を退けられるのは今この場に俺しか居ない。

 

 ちったぁ操ちゃん相手にした気軽な態度を見せてくれってなもんだ。

 それともこっちからカマかけないとだめか? あーいや、俺が見てぇのはおっぱいであってかつて見慣れた象さんじゃねぇ。

 

「行きますよ」

 

「来なさい、その首……貰ってあげるわ」

 

 

 

 一言、強い。

 

「うりゃあっ!!」

 

「――っ!」

 

 甘く見ていたつもりはないし、分が悪いとすら思っていた。

 

 それでも、足りなかった。

 

「どうしたのっ!? 避けるだけ!?」

 

「うる、さいっ! ――つぅ!?」

 

 あぁ、自分でも言ってたっけ?

 大鎌の鎌足と言ってもその獲物は大鎖鎌。

 その真髄は鎌と鎖の波状攻撃、か。

 

 今、鎖分銅が頬を掠めた。

 ご自慢の鎌を避けるのは容易い。

 超重武器だけあって力強さは感じるが速さはそこまでではない。

 だけど鎖分銅が不味い。

 

「流石に、よくわかってるようね」

 

 ニタリと鎌足が嘲笑う。

 あぁ、男だと知ってなかったらゾクゾクしてたんだろうけどな……いや、そんな余裕はねぇか。

 

 波状攻撃、鎌が来て鎖分銅が来る。

 鎌、分銅を順序よく避けても再び鎌が襲ってくる。

 

 はっきり言おう。

 攻撃に移る隙がない。呼吸が噛み合いすぎている。

 

「ええ……正直、今のままじゃ突破口が見つけられません」

 

「くふふ。体力比べでもしてみる? 私が疲れるのを待つってのも悪くないかも知れないわよ?」

 

「冗談は止してください。男のあなたに腕力でも、体力でも勝てる気がしませんよ」

 

 おーおー驚いてら。もしかしたら持ちネタだったのかも知れないね。

 だとしたらわざわざその証拠も見せるまでが鉄板? ……とんだ露出狂じゃねぇか。

 

「あんた……いつから」

 

「驚くことでもないでしょう? そもそも超重武器を女の手で扱えるなんて現実的じゃないですし……いくら可愛い服に身を包んでも、女の身体かそうじゃないくらいはわかります」

 

 言うまでもなく知っていたからってのは大きいけど。

 自分を使って女体研究した成果でもある。やらしい意味ではない、断じて。

 

「だから戦うのでしょう? 女を捧げられないあなたは勝利を捧げるしかない……可哀想、哀れですね」

 

「……」

 

 おわっとあぶねぇ!? 無言で武器振ってくんなし!?

 

 ていうかこの煽り癖、まじでなんとかしないとやべぇな……ほら。

 

「――乱弁天」

 

 逆鱗に触れちまった。

 

 まぁこうなるのも仕方ない。

 捧げられるのに、捧げるつもりがない俺と。

 捧げたいのに、捧げられない男。

 

 そりゃ、どうやっても分かり合えない。

 

「はあああああっ!!」

 

「くっ!!」

 

 ものすごい風圧だ……ってかホント、触れるもの全てを破壊するってな感じ。

 呼吸が噛み合いすぎているなんてもんじゃない、呼吸の中に入り込むことすら出来ない。

 

「殺すっ! その首、ぶちぎってやるっ!!」

 

 どうして俺はいつまでたってもスマートに事を運べないかね。

 嫌になる、嫌になっちまうよまったく。

 

 だけど。

 

「それがいい――羽踏」

 

 いい加減、そういい加減これを完成させよう。

 神谷活心流の習熟がなんても思ったけど、そんなの関係ない。

 完成させたら進化できないわけでもなし、完成できなきゃ死ぬだけだ。

 

 そして俺は死ぬつもりなんて欠片もない。

 

「――」

 

 退く一歩を前に変えて。

 音の無い世界へ踏み入る。

 

 全力で。

 全力で異能へと委ねる。

 

 リボンが裂けた。

 道着が破れた。

 

 それでもこの身に傷はない。

 

 見える? 見えない。

 ただただ手に持った木刀を振る瞬間を待つ。

 

 鎌足の顔は驚き一色。

 そりゃそうだ、多分誰もこの空間に入ったことも、入れたこともない。

 ましてや鎌と鎖分銅が舞い飛ぶこの中で、何秒だろうか生きているなんてありえない。

 そう、わかりやすく顔に書いてある。

 それでも乱弁天を止めないのは流石と言わざるを得ない、けど。

 

 生を望んだ俺の心は、ただひたすらに繋ぎ続ける。

 容易く破れるだろう薄皮を心で厚くし、挟んだ川を泳ぎきる。

 

「ぐっ!?」

 

「――」

 

 一つ。

 台風の目へと楔を打ち込む。

 

「コム、スメェ……っ!!」

 

 二つ。

 入りきってしまえ外周ほど激しい攻撃は見られない。

 

「ごっ……!?」

 

 三つ。

 退くことも進むことも出来ないなら後は――。

 

「だりゃああああああ!?」

 

「――!!」

 

 力任せに振り払うしかない。

 

 それを。

 

「龍巻閃……もどきですいません」

 

「――ぁ」

 

 穿つ。

 鎌の後に続いていたはずの鎖分銅は、向かってくるも勢いを止めて途中で地に落ちた。

 

「オカマの気持ちなんてわかりません、わかりたくもない。ですが……嫌いじゃ、ないですよ」

 

「……」

 

 気を失っているんだろう鎌足に向けて。

 女になったけど女になれない俺から見れば、眩しいくらいに女だった。そう思う。

 

 

 

 戦いの余韻を一旦振り払っていつの間にか少し離れていた葵屋へと走る。

 

「薫さんっ!!」

 

「弥生、ちゃん……? 良かった、勝ったんだ……くっ」

 

 そこにはおそらく蝙也のダイナマイトだろう、爆風に巻き込まれて傷を負った薫さんが地面に膝をついていて。

 そこから離れるように弥彦が蝙也と戦いを続けている。

 

「流石、ね」

 

「操ちゃん!?」

 

 ただそれより酷いのは御庭番衆の皆。

 意識を保っているのは操ちゃんだけか、他の四人は地面に突っ伏している。

 拳をまだ握りしめているように見えるし、傷だらけだけど致命傷はない……と思う。

 

「ぐふ?」

 

「ちぃ……っ!」

 

 だけど一刻も早く手当をする必要があるだろう。

 操ちゃん自身もボロボロだ、それでもしっかり地面に踏み立っているのは仮とはいえどお頭としての意地か。

 窓口にいる翁さんへと目配せすれば頷いてくれるし、ここは。

 

「操ちゃん、あいつの相手は私が引き継ぎます。その間に御庭番衆の皆を葵屋へ」

 

「……悔しいけど、ごめん」

 

「弥生君っ! そいつは分厚い肉で攻撃を弾き返すっ! くれぐれも注意するんじゃっ!!」

 

 わかってますと頷きを返してから夷腕坊へと向き直る。

 くっそ、人形だってわかっててもこのツラはムカつくもんがあるな。

 今すぐギタギタに……って言いたいんだけど。

 

「……っつ」

 

 羽踏発動による集中力の消費が激しい。

 もう一回はちょっと無理だな。

 

「はぁっ!!」

 

 棒立ちに近い夷腕坊へと木刀を奔らせる。

 防御力に絶対の自信があるんだろう、中にいる外印がほくそ笑んでそうでなお腹が立つ。

 いいさ、凍りつかせてやるよ。

 

「――人形遊びには満足できましたか? 外印」

 

「――っ!?」

 

 夷腕坊の身体がビクリと震えるけど……震えたのは中の人だろう。大丈夫だ、ちゃんといますよ。

 

「退きなさい、外印。あなたの目的はここで勝つことでも、志々雄に勝利を捧げることでもないはずです」

 

「……」

 

 ぼよんと少し力なく木刀が弾かれる勢いと一緒に少しだけ距離を開けるけどまだお互いの間合いの中。

 しっかりと突きつけた剣先に夷腕坊の瞳の奥が光っている気がする。

 

「人形遊びという言葉は失礼でしたね? ですが、その人形と心中する気はないでしょうあなたには。そう、あなたのことを私は知っている。知っているだけに、どうすればソレをあなたもろとも壊せるかも知っている」

 

「……何が、言いたい」

 

 しゃべったー! じゃなく。

 

 俺にしか聞こえないような声で、確かに嗄れた音が耳に届く。

 

「先程も言いましたよ? 退いてください。直にこの勝負にもケリが着く。機能美は確認できたでしょう? ならそのタイミングで戦意喪失を装って逃げればいい。それまで、私と睨み合ってくれれば不自然でもない」

 

「……」

 

 普通に戦ってもいいのかも知れない。

 けど正直俺も結構限界だ。こうして強者ぶってはいるものの気を抜いたらちょっと座り込みたい位。

 弥彦と蝙也の戦いが終わるまで粘れば勝手に逃げていくだろうこともわかる。

 だけど、今のこの状況からどうなるかがわからない。

 葵屋の攻防が知っている形から大きく外れてしまったことでもしかしたらコイツが大暴れする可能性だってある。

 

 なら布石としつつハケさせる後押しの一手。

 

 まだ京都編が終わった後についてあれこれ考えている訳じゃないけど、これで俺と外印の繋がりは出来た。

 どうあがいても敵同士、ここで作った繋がりはやがて戦いへと結ばれるはずだ。

 

「貴様が私の存在を誰かにしゃべる可能性を捨て置くことは出来ない」

 

「ならここで私の口を封じますか? いえ、言い方を変えましょう。私に勝てると思えるのですか?」

 

 そもそも外印にとってこの戦いはノーリスクだったはず。

 ただ夷腕坊の機能美を確認する、戦いの中にこそ自身の求める美の形が追求できるからという理由だけでここにいる。

 

 そこに俺というリスクが生まれた。本来誰も知らないはずの外印という存在を知っている俺って因子。

 鎌足に勝った俺だ、ある程度の実力に疑いは持てないだろう。壊せる手段がある、知っているといったことも不気味に思えるはず。

 

「鎌足に勝ったことといい、貴様も外法のものか」

 

「……さて、一方的に知られているというのも嫌でしょう。だからその問いに対してはそうですよと答えておきます」

 

 まぁ嘘ではないさ。

 未来、その一つの形を知っているなんて外法も外法だしな。

 

「……いいだろう、覚えておくぞ巫丞弥生」

 

「もう少し若くなってから出直して下さい」

 

 そうして、俺と外印の睨み合いは。

 弥彦が勝利するまで続き、原作通りぼよんぼよん撤退を見せてくれた。

 


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