TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、瀕死につき

 大きく息を吐いて心を落ち着かせる。

 

 上手くいった。

 周りを見れば俺以外結構な傷を拵えているものの死者は無し。

 この後破軍の二人、もとい不二が来るってのはあるけど比古師匠に丸投げってもんだ。

 

 勝った。葵屋の攻防はここで終わり、あとは剣心達を信じて待つのみ――。

 

「弥生っ!!」

 

「――っ!?」

 

 操ちゃんの声と身体が勝手に動いたのは同時。

 すぐその後目の前の空気が裂けた。

 

「発砲っ!? 一体どこからっ!?」

 

 操ちゃんがぐるりと周囲を見渡す姿を見上げる。

 情けねぇ、気力が尽きそうになっていたせいか地面にへたりこんじまった。

 

 ――じゃねぇっ!

 

「っ! 皆は葵屋の中へっ!!」

 

「何いってんの! あんたも――!」

 

「心配いりませんっ! いまので目が覚めましたからっ!」

 

 くっそ迂闊だった!

 夷腕坊が撤退したのにも関わらず、志々雄の一般兵は退いていないことに何かしら違和感を覚えるべきだった!

 

 ぐっと立ち上がろうとすればやばい気配。

 崩れた体勢のままゴロゴロと転がる。

 

「うおおおっ!!」

 

「っく! 邪魔ぁっ!!」

 

 トドメと言わんばかりに刀を振り下ろしてきた一般兵にカウンターを決めて。

 

 なんとかようやく立ち上がれたけど……くそ、射手が何処にいるかわからねぇ。

 

「死ねぇえええっ!!」

 

「お断りですっ!! ――っ!?」

 

 更に襲いかかってきたヤツへと木刀を奔らせようとすれば、間を裂くかの様に銃声が響く。

 

 動きづれぇ……!

 位置どころじゃねぇ、射線的にさっきとは別方向から飛んできてる。

 細かく居場所を変えながら俺を撃つべく狙いをつけてやがる……!

 

「弥生っ! あたしもっ!!」

 

「いいからっ! 時間を稼ぎます! 手当を済ませてからもう一回っ!!」

 

「くっ! わかったっ!!」

 

 言い終わりにもう一発飛んできた……!

 

 やべぇ……やべぇぞ。

 体力はまだなんとか大丈夫、だけど気力が保たない。

 集中できてないのがわかる、弥生の異能といえど扱う俺がこの調子じゃ不味い。

 

 しかもこの後不二が来るはずだ。

 比古清十郎が如何な達人とはいえ、不二を相手にしながらこの狙撃手をもどうにかするってのは……出来そうなのが腹が立つな、なんか。

 じゃなくて。

 

「おらぁっ!!」

 

「ぐっ――甘いん、ですよっ!!」

 

 兵一人一人なんか大したことはない。

 だけど、いつ何処から撃たれるのかって恐怖が擦り切れてる精神にガリガリ来る。

 

「っとお!?」

 

 本格的に反応が遅れてきたぞ、本気で不味い。

 なんとか射手を見つけないと……!

 

 ここで俺が倒れちまったら兵だけでも葵屋を制圧出来ちまう。

 今辛うじて戦えるのは俺と操ちゃんだけだろう、操ちゃんだけで射手と兵の相手は荷が重い。

 比古清十郎含めた救援が来る、それまでに壊滅しちまうなんて笑えねぇどころじゃ済まない。

 不二の巨体だ、遠目から見ても目印に容易いはずだけど……ここに来る必要が無くなってしまえば、葵屋って場所で(・・・・・・・)比古清十郎と不二の戦いが起こらなくなってしまう。

 

「……踏ん張りどころ、ですね」

 

 気力がなんて言ってる場合じゃねぇぞ俺。

 考えろ。考えるんだ。

 これは狙撃だ。遠くから俺を狙っている。

 狙われる理由は考えた通り、俺さえなんとかしてしまえばここでの勝負にケリがつくからだろう。

 逆に言えば俺さえ戦える状態なら守りきれるはずだこの場所を。

 

「ちぇえええいっ!!」

 

「あま――くぅっ!」

 

 今度は逆側から……?

 ありえるのか? この短期間で真逆の位置から射線を確保出来るのか?

 仮に出来たとして全力で走って構えて狙って撃つ。

 そんな芸当出来るやつがいるもんなのか?

 

「はぁ……はぁ……人間、技じゃねぇ」

 

 人間やめましたなんて人はこの世界にアホ程いるだけに納得してしまいそうだ。

 だけどそれだけに人間を辞めても出来ないもんは出来ないってレベルも良くわかってる。

 わかってるだけにこれが複数人による狙撃包囲網だってことが理解できる。

 

 ここから簡単に特定出来ないような位置。

 この時代にズームスコープ、ドットサイトなんて代物があるかはわからねぇ。あったにしても近代程じゃないはずだ。

 どれだけの達人、超人であったとしても扱う道具に限界はある。

 

「弥生っ!!」

 

「っ! 危ないっ!!」

 

 駆け寄ってきた操ちゃんを庇って地面を転がる。

 手当は……まぁ走れる位には出来た、か。

 

「操ちゃん、銃での狙撃って大体どれくらいの距離が現実的ですか?」

 

「……正直、あんまり銃には詳しくない。けど、どれだけ長くても――」

 

 百、いや二百メートル、か。

 だけどその距離から射抜く事が出来るやつなんて限られてるだろう。

 順当に考えて、一番腕が良いやつが一番遠くにいるはず。

 

 それくらいなら……なんとか、なるか?

 

 だったら後は。

 

「操ちゃん、今から兵に突貫します」

 

「いっ!?」

 

「私が突貫して、敢えて狙撃を誘います。おそらく射手は複数いるはず、その中で一番遠くから狙っている人を探して教えて下さい」

 

「ちょ、ちょっと! そんな無茶な――」

 

「いいからっ! 私を信じなくてもいいっ! だったら使えっ! 使える手駒として私を使いなさいっ! 葵屋を守るお頭として!」

 

 どんっと操ちゃんを突き飛ばす。

 突き飛ばす前にいた場所へと銃弾が飛び、俺と操ちゃんの間を切り裂いた。

 

「頼みましたよ、お頭さん。私が射手を倒す。その間の葵屋は……任せた」

 

「……」

 

 数瞬の間。

 そして操ちゃんは頷いて再び葵屋へ。

 

「よし……!」

 

 体力は? ギリギリ。

 気力は? そろそろ目の前が暗くなってきた。

 

「聞こえますかっ! こそこそしているドブネズミ! いいでしょう! 私を見事撃ち抜けたのなら、後世に誇ること許してあげますっ!」

 

 残っているのは意思だけ。

 生き抜いてやるという意思しかない。

 

「神谷活心流巫丞弥生っ!! 推して征きますっ!!」

 

 十分だ。

 それで十分俺は戦える。

 

 

 

「侮りがたし、巫丞弥生」

 

「はぁ……はぁ……あなた、でしたか」

 

 流石の操ちゃんだったけど……下手こいたのは俺だな。

 追い詰めるまでに随分とやらかした。

 初めて……では無いけど、まともに傷をつけられたのは久しぶりだ。

 左肩、右脇腹、それぞれ銃弾によって皮を裂かれている。

 

「誇りなさい、佐渡島方治。私に傷をつけた人間はそういない」

 

「そのようだ。報告は聞いている。耳を疑ったぞ? 京都大火計画を防いだ真の中心人物、更に宇水の剣客隊襲撃阻止……こうして相対するまで信じられなかった程に」

 

 驚きは、ある。

 驚いている暇がないだけだ。

 志々雄の忠臣……いや、狂信者と言ってもいいほどの人物がここにいる。

 

 思い出してみればライフルを持っていたシーンがあったな。

 飾りや脅しではないだろう、それを扱う実力だってあって然るべきで、その力が俺の負傷。

 

「ええ、こちらとしてはありがたい限りですよ。ありがとうございます、侮ってくれて」

 

「戯言を……だがそれもここで終わりだ」

 

 見れば銃の先に刃がついている。銃剣ってやつか。

 実際に扱ったシーンを俺は見たことがないけど……伝わってくる雰囲気は強者のソレ。

 

 対する俺はもうボロボロも良いところ。

 

「終わり? そうですね、確かにそうだ。終わらせましょう、弱肉強食の世界はあなた達の手では訪れないのだから」

 

 だけどやろう。

 ある意味志々雄以上に佐渡島方治は厄介だ。

 たかが個人で武器、兵器の密輸取引はもちろん、組織を纏め上げた実務能力。

 志々雄居てこそのこいつなんだろうけど……志々雄の無念を自分がと心に決めたのなら、間違いなく日本の脅威なのだから。

 

「――っ!」

 

「つぅっ!?」

 

 ……ありえねぇ、構えずライフルを抜きざまに――。

 

「はあああああっ!!」

 

「ちぃっ!」

 

 なんつー……鋭い突き。

 

 イメージに無い力強さ。

 なるほど確かに十本刀だ、頭脳の人だけじゃねぇ。

 

「どうしたとは言わんっ! 弱っている今ここで! 貴様だけでも殺してやるっ!」

 

「ぐ……!」

 

 体調が万全であったなら、なんて思いたくもなる。

 相性で言うなら悪くないはずだ、体捌きも優れているだけで常人離れしているわけじゃない。

 純粋な実力で言うなら何枚も俺が上手だってわかる。

 

 だけど。

 

「そこだっ!!」

 

「いづっ……!!」

 

 痛いってか熱い……! もろに太もも撃ち抜かれた……!

 

 これは、不味い。

 

「勝負あり、だ」

 

「……」

 

 立ち上がれない。

 もとからそれなりに出血もしていた、本気で身体が動かないし、血が流れていくごとに何かが抜け落ちていく感覚がある。

 

 あーくそ……これで――。

 

「遺す言葉があれど聞き入れないぞ? ……死ね」

 

 剣客としての(・・・・・・)勝利は無理か。

 

 もしかしたら……俺も、死んじまうかもな?

 

「――なっ!?」

 

「生きていて、下さいねっ! 南無っ!!」

 

 対夷腕坊戦の切り札――京都大火阻止作戦で手に入れた、蝙也のダイナマイト。

 それを、射線に――。

 

 最後に見たのは赤い華。

 最後に感じたのは熱い風。

 

 最後に願ったのは互いの命。

 

 届けばいいなと一切の意識を放り投げた。

 

 

 

「いやーこれじゃあ翁さんの事を木乃伊だなんだと言えませんね!」

 

「ったく、目が覚めたと思えば馬鹿姉は元気すぎるな」

 

 不二の手によって倒壊した葵屋を見て何故か笑いがこみ上げる。

 ってのもなんだ。

 

 俺はどうやらしっかり原作通りの結果にたどり着けたらしい。

 

「まぁ流石の俺も驚いたがな。爆破心中なんぞ若い女がして良いもんじゃないぞ」

 

「あはは、ありがとございます。比古さん」

 

 実に都合よく俺は比古さんに助けられたようです。

 葵屋に向かう道中、俺を担いで来てくれたらしい。

 

「お礼は私の身体を見たってことで良いですか?」

 

「将来性に期待してやる。出直してくるんだな小娘」

 

 ふっと笑う比古さんやっぱりかっこいいですはい。

 あーキャーキャー言ってる増髪さんは放置の方向で。なんか恨みがましい視線を送ってくるのも放置。

 知らんがな、俺やれることやったしさ、頑張ったしさ。

 そういうのよりちょっと労ってくれてもいいんじゃねぇかなって……はぁ。

 

 まぁそんなわけで俺は包帯ぐるぐる巻きですよ木乃伊です。

 体中痛いのなんのって大変だけど元気です。

 比古さんも言ってたけど、予想される爆発からその程度で済んだのが不思議なレベル。

 恐らく生存本能が為した技なんだろうなって言われたけど……多分、弥生のおかげなんだろうな。

 

「でも弥生ちゃん? もうこんな無茶はやめてね?」

 

「そーよっ! あの時は勢いに負けちゃったけどね! あたしが行っても良かったんだからね!」

 

「ま、前向きに善処致します……あと操ちゃんじゃ無理ですよ冗談はやめてくださいね」

 

 なんて言ってみればムキーと怒り狂う操ちゃん。

 やれやれって顔してるけど嬉しそうなのは薫さんで。

 

 あー……終わったぁ……。

 

 結果論でもあるんだけど。

 変えた責任、取れたんじゃないかなって。

 多分自分の気持ちというかミーハー気分を殺せないで比叡山に行ってたら……うん、葵屋は壊滅してただろうな。

 ほんっとに由美さんのおっぱいが見れなかったのは残念だけど、まぁこの光景でヨシとしておくべきだろう。

 

 まだ戦ってるだろう剣心達は大丈夫だ。

 大丈夫だと信じてる。

 なら後はここで待ってるだけだ。

 

「これで……皆で東京へ帰れますね、薫さん」

 

「弥生ちゃん……」

 

 驚きなさんな薫さん。

 俺はあなたの気持ちを代弁しただけですぜ?

 

「そうだね。早く帰って道場も再開しないとね」

 

「はいっ! ……あーでも、赤べこでのお仕事も再開かー……」

 

 なんだか背筋に走るものがあったけど、気のせいだきっと。

 

 振り払うように見上げる空。

 あれだけ血生臭い戦いの中であっても青く青く何処までも広がっている世界。

 

 あー……俺、生きてるなぁ。

 

 そんな事を思いながら静かに息を吐いた。


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