TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、日常復帰につき

「弥生ちゃーん、牛定三番さんー」

 

「はぁい!」

 

 一言言っていい?

 

「せ、先輩、え、えと、えっと」

 

「あかんよぉ燕ちゃん。これはお仕置きやからねぇ」

 

「うぅ……ごめんなさい、先輩」

 

「あ、あははー……うん、いいんですよ燕ちゃん。気持ちだけ――」

 

「はぁい! 次はこれやでー!」

 

 くっそ忙しい!!

 

 これがパワハラか、恐怖で震える。

 いやいや震えてる暇なんて無いですまじで。

 

 とりあえず人、店員は十分に居るはずなのに俺へと振られる給仕の山、山。

 にっこり笑顔を忘れずにとは妙さん絶対の申し付け。

 そしてそんな笑顔で料理をテーブルへ運べば。

 

「うおおおおお!! 弥生ちゃんだああああああ!!」

 

「はい、弥生ちゃんですよどうもお久しぶりですそしてさようなら」

 

「うおおおおん! 待って、待ってくれええええ!」

 

「おい、これも注文しようぜ、また弥生ちゃん来てくれるから」

 

 やめようそんなに注文してどうするの。

 

 はい。

 只今絶賛妙さん曰くのお仕置きなう。

 

 いやさ、ぷっつり音信不通になった俺だからさ、文句なんて言えないけどさ。

 それでもこれはどうなのさ、どうなの?

 後ろで燕ちゃんが心配そうな視線を投げてくるのは嬉しい、元気百倍、俺が居ない間頑張ってくれたんだな応えないと。

 

 そしてその隣でいつもの細目を携えながら般若を従えた妙さん。

 

「はぁい弥生ちゃん! 次は――」

 

「あははーもうどうにでもなれー」

 

 いやまぁさ、心配してくれたんだろうさ。

 人のいい妙さんのことだ、もしかしたら心配で眠れない夜だって過ごしたのかも知れない。

 実際俺がバツ悪そうにだっただろうけど、赤べこに戻った時なんて何も言わずに抱きしめてくれたりさ。

 

 やっぱ年上って大正義。

 

 じゃない。

 こうやってお仕置きで水に流してくれるってやつですよ。

 というか、こうして慌ただしくも元気に働いている俺の姿をお客さんに見せて安心してもらうってのもあるだろう。

 

 俺はどこにも足を向けて寝れねぇななんて思ったりもするけど。

 

「やよいちゃあああああああ!」

 

「やよ、やよよよよよよよ」

 

「落ち着いて下さい、そして食って下さい」

 

 改めて弥生ファンがやばい。

 これでもちょっと落ち着いたんだよほんとに。

 ぶっちゃけ復帰初日とか思い出したくないレベルでもみくちゃにされた、どさくさに紛れて胸も揉まれた、後でシメといた。

 度を越して騒いでいたファンの中に由太郎の姿があったのは忘れてあげたほうが良いだろう。

 

 愛されてるなぁと思いつつ、愛されすぎてるなぁとも思ったり。

 

 実際、俺が東京の警察所に拘留されてる間、ファンたちの大捜索が行われていたらしい。

 あの時、外の動きを全然知ることが出来なかったからあれだけど、それこそ血眼で。

 

 思い出したくない初日、その理由の半分はそんな優しい皆を泣かせてしまったってもんもある。

 

「やっぱり、先輩が居てこそ赤べこですね」

 

「はぁ、はぁ……ありがとうございますね燕ちゃん。でも疲弊した私を見て言われるのはちょっと複雑です」

 

 ほんわか笑顔で言ってくれる燕ちゃんは天使だけど、ちょっとつらい。

 

 まぁお仕置きは一週間、今日で終わりだ。

 

 目をお金に変えた妙さんが言うには、俺が復帰した初日からの三日間でなんと通常売上半月分の稼ぎを叩き出したらしい……控えめに言って狂ってる。

 ともあれこの一週間で覚えのあるお客さんやお店の店員さん、皆に改めて謝ったりなんなりで迎え入れ直されて。

 

 うん、なんとも言えない幸福感があるってもんですよ。

 

「うええぇぇっへっへへ、やよいたあああん……ぐへへへ」

 

「はい、お帰りはあちらです」

 

 あ、セクハラは結構です。

 

 

 

「お、帰ったか」

 

「はい、ただいまです左之助。弥彦は?」

 

「いつものだよ。あいつ、剣心が相手してくれるからって最近ずっとああだ」

 

 苦笑いを浮かべる縁側で羊羹を食べてる左之助。

 道場から竹刀が合わさる音が聞こえるし、今日もどうやらお楽しみのようだ。

 

「あ、弥生ちゃんお帰り」

 

「はい、ただいま戻りました薫さん。あ、すぐ着替えてくるので今日も稽古、よろしくおねがいします」

 

 そう言って見ればちょっと困ったように、だけどすぐに頷いてくれる薫さん。

 

 東京へ帰ってきてからというもの。弥彦が剣心に竹刀を振り回すのに夢中になってるように、俺も薫さんに稽古をつけてもらうことへ夢中になっている。

 っていうのもあれだ。

 改めて剣のいろはを教えてもらってみると色々な発見があった。

 それは足運びであったり間合いのとり方であったり……何なら竹刀の握りなんて基本的な部分でもある。

 

 弥生の異能ですっ飛ばしていた事を改めて見つめ直す。

 

 これははっきりと自分にとってプラスに働いていると実感できた。

 基本が出来ていないとは言わない。

 ただ少なくとも俺が今に至る過程の中で、あるはずの初級から上級とステップ。その中級って部分がごっそりと抜け落ちているんだなと理解した。

 

 確かに。

 薫さんから提案したことだが、稽古の最後に必ず他流試合の感覚(・・・・・・・)で薫さんと試合をする時間がある。

 その時間で、俺は薫さんに問題なく勝つことが出来た。

 しかし、だ。

 これが神谷活心流としてなら話は違ってくる。

 

 相手を倒すのではなく制する。

 

 この違いはものすごく大きい。

 いつかの誰かが言っていたが、相手を慮ってどうして倒せるのかと。

 

 俺も、同意見だ。

 しかし、薫さんはそれをしていてなお一流の剣客だ。

 

 今まで倒してきた相手に対して、生きていますようにだとか、急所は外してるから大丈夫だろ。なんて微妙な考えで相対していない。

 どこまでも神谷活心流は愚直に相手を生かして制する。

 

 そしてそれは脈々と弥彦にも受け継がれている。

 剣心との稽古……いや、敢えて言えばちゃんばらごっことしよう。

 その中でさえ弥彦は神谷活心流の太刀筋を描く。

 

 剣心が飛天御剣流を教えているつもりはないっていう言葉。

 その中にはきっと、神谷活心流の剣客としてこのまま育って欲しいという想いもあるんだろう。

 そういう成長の中に飛天御剣流は要らない、いや、混じってはいけないとすら思っているのかも知れない。

 

 だからこそ、はんちくに弥生の異能が混じっている俺って存在が恥ずかしくなった。

 

 弥彦はあれほどまっすぐに剣客としての才覚を伸ばしている。

 強さに違いは無いけれど、それでもかつて子供心に憧れた光景と姿があった。

 

 元々神谷活心流を学ばないと、なんて思っていたところだ。

 そしてその気持ちは間違いじゃなかったし、重要なことだった。

 

「おう、邪魔するぜ」

 

「……私がまだ着替え中だったらどうするんですか」

 

「終わってんじゃねぇか」

 

 まったく真面目なこと考えてるときに左之助は。

 もう完全にあれだよね、気楽な友達みたいな感覚で接されてるよね、俺のこと女だと思ってねぇわこいつ。

 

 ……ん?

 

 いやいや、それでいいんすよ、俺男ですって。

 

「嬢ちゃんに気を使ってんのか?」

 

「はい? 薫さんに? 何に気を使うってんですか」

 

 気を使うってなぁ。むしろ使ってもらってるくらいなんですがそれは。

 

「いやよ。最近弥彦が剣心にべったりじゃねぇか。それでその分おめぇがってな」

 

「あはは。そんな繊細な私に見えます?」

 

「割と見える」

 

「ぐ……と、とにかく! そういうのじゃないですよ。……私に必要なものはまだまだ沢山あって、その一つを薫さんが持っている。それだけのことです」

 

 利用している。

 それは間違いない。自分がもっともっと高みに至るために。

 

 気が引けるなんてかつては思ったけど、自分の思うように生きると決めてから不思議とそんな甘い考えは無くなった。

 

 薫さんを尊敬している気持ちに嘘はない。

 一流の剣客としても、姉のような存在としても。

 

 そしてだからこそそんな考え、甘えこそ薫さんは嫌がるだろうとも思う。

 あの人は俺にも、弥彦にも持った翼を大きく広げて飛んで欲しいと願っているんだ。

 

「……でかくなったな」

 

「は? セクハラですか左之助。ぶっ飛ばしますよ?」

 

「せくはら? なんだかわかんねぇが喧嘩なら買ってやんぞコノヤロウ」

 

 そうしてニッカリ笑った左之助にパンチを一つ。

 

 あぁそうだ覚えとけよ左之助。

 俺に足りないものはきっとお前だって持ってんだから、いつか全力で学びに行ってやる。

 

 

 

 さて、薫さんとの稽古も終えて。

 一日のシメとして、姉弟子の俺は弥彦と勝負する。

 

「よろしくおねがいします」

 

「お願いします! ……今日こそ一本取ってやるからな、弥生姉」

 

 目の前で竹刀を構える弥彦。

 左之助じゃないけど、でかくなったななんて毎回思う。

 

 以前こうしていた時よりも、遥かに重く、強い雰囲気を纏うようになった。

 

 そしてそれは弥彦も同じだろう。

 今からするのは神谷活心流としての試合じゃない。

 一人の剣客として相対しているんだ。これは弥彦が望んだことだ。

 

 背中にうっすら冷や汗が伝う。

 同じかそれ以上に……弥彦は始まる前から呼吸を乱している。

 

 そうだ、弥彦は。

 

「落ち着いて下さい」

 

「っ!」

 

 強くなった。

 強くなったからこそ、相手の強さを感じられる様になった。

 

「いや、間違えましたね。どうぞ、落ち着かないで下さい。熱くなって下さい。いつものように、負けねぇと吠えながら立ち向かってきなさい」

 

 それこそ弥彦の味。

 負けん気に押されて、必死に足掻いて。

 

 もっともっと強くなれ、弥彦。

 

「はじめっ!!」

 

 薫さんの合図が降ろされる。

 

「うおおおおおっ!!」

 

「――」

 

 そうだ向かってこい弥彦。

 そしてそれを俺は全力でねじ伏せてやる。

 

 ――羽踏。

 

 世界を切り替える。

 気持ちがいいくらいまっすぐと振り下ろされる面の一撃。

 もしもこんな異能がなければ呆気なく通してしまうだろうその太刀筋を――

 

「一本っ!!」

 

「っつぅ!」

 

 ――躱し様に小手へと竹刀を奔らせる。

 世界を戻したと同時に薫さんの声が上がった。

 

「――やっぱ、つえぇなぁ……弥生姉は」

 

「弥彦ちゃんこそ。けど、まだまだちゃん付けは続きそうですね」

 

「はっ! すぐ取っ払ってやるさ! 今に見てろよ!」

 

 悔しいだろうけど、笑顔でそういった弥彦の強さ。

 死線をくぐって、成長したこの姿。

 

 神谷活心流としての俺が追いかけるこの小さな背中。

 剣客として追わせる俺の背中。

 

 どうか釣り合いが取れていますように。

 そう願わずにはいられない。

 

「どうでぇ? 剣心」

 

「……一言、強い、としか言えないでござるよ」

 

 はいはい、高みの見物はすぐ出来なくして差し上げますよ。

 

「ね、弥彦ちゃん」

 

「うわっ! 頭を撫でんじゃねぇ! この馬鹿姉っ!!」

 

 

 

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