TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、剣心とのお話につき

「それにしてもさ」

 

「おろ?」

 

「はい?」

 

 剣心へぶんぶん竹刀を振り回していた弥彦。

 汗を拭いながら、不意に思い出したなんて風に口を開いた。

 

「なんで弥生姉ぇは剣心と戦わねぇんだ?」

 

 戦う、ねぇ?

 思わず剣心と顔を見合わせてしまう。

 

「随分と物騒な話でござるな」

 

「ええ全く。急にどうしたんですか?」

 

 剣心は苦笑い混じりに、多分俺も似たような顔してると思う。

 

「急にってわけじゃねぇよ。ずっと思ってたんだよな。俺は剣心とこうしてるけど、なんで弥生姉ぇはやらないんだ? やりたくないのか?」

 

「うーん……」

 

 思わず考え込む。

 

 まぁ確かに純粋な疑問なんだろう、強さを求める人間が、強い人間に稽古……なんて言えば大層かも知れねぇけど、軽くでも手合わせしてもらえるなら飛びつくもんだ。

 弥彦は傍目でみててもわかるくらい強くなりたいって思ってて、それを実行に移すことに躊躇はない。

 由太郎にしてもそうだ。弥彦に負けたくない、俺に惚れてほしいなんて思って強さまっしぐらだ。

 

 ……惚れませんよ? 残念ながらノーチャンスです。

 

「そう言われてみれば。拙者としても気になるでござるな」

 

「あ、裏切りましたね?」

 

「おろ?」

 

 まったく剣心はおちゃめだなぁ? 今日は薫さんメシな。

 

 ともあれ。

 

「私ももちろん強くなりたいと思っていますよ? ですけど……」

 

 何ていうんだろうな。

 強くなりたいと思っていて、そのための手段を厭わないって覚悟もある。もちろん真っ当な方法の範疇で。

 ただそれでも。

 

「今じゃない……そう、今じゃないんですよ」

 

「今じゃない?」

 

 うまく言葉に出来ないけれど。

 

 俺個人の思いとしてもったいないなんて気持ちがある。

 遊びだとしても、真剣だとしても。

 そういう立場や環境でこの人と刃を交えたくないんだ。

 

「……いずれ、拙者と刀を交えたい。そういうことでござるか?」

 

「気持ちの上では……そうですね。やっぱり剣心さんは、目標の一つであり壁ですから」

 

 ふむ、と考える剣心。

 こういうところで変わったな、なんて思う。

 多分京都での一件が無ければ、困ったように笑って誤魔化されて終わりだっただろう。

 

 前向きに、というよりは真面目に考えてくれている。

 恐らく、俺と戦うことを拒否するのではなく、どうすれば双方納得出来る形で戦えるのかを。

 

 そして多分気づいている。

 仮に道場でやるような真剣試合(・・)では納得されないだろうとも。

 

「わかった。覚悟しておくでござるよ」

 

「ふふ、ありがとうございます。言質、頂いておきますね」

 

 うん、ありがたい。

 

 ただうまく言葉に出来ない部分。

 俺の中に眠っている弥生。

 弥生がそんな生半可を許してくれないような気もするんだ。

 

 折角殺してもらえる機会だったのに。なんて。

 

 ……。

 

 あぁ、そうか。

 

 俺の気持ち、弥生の気持ち。

 

 きっと、俺は。

 

「なんだよ! 二人してわかったような雰囲気出しやがって!」

 

「あはは、弥彦ちゃんにはちょっと早かったですかね?」

 

「んだと!? シメてやる!!」

 

 弥彦の飛び蹴りを軽く躱して。

 

 俺はきっと剣心と、命のやり取りをかけた勝負をしたいんだなってことを理解した。

 

 

 

 はっきり言ってドン引きなうだ。

 何回もまじかよなんて頭で思って自問自答、多分口からも出てたと思う。

 

 追いつきたい、並びたいって思ってたのははっきりわかってた。

 それが目標だと思ってた。

 

 でもそれは少しだけまだ先があった。

 

「なるほど、なー……」

 

 木刀を振ってはいるけど、風切り音が耳にまるで届いてこない。

 

 どうやらすっかり勝負とは命のやりとりあってこそ真剣勝負、なんて思想が根付いてしまっていたらしい。

 いや、多分。

 一般人だったはずの俺は死線を潜り過ぎた。間違いなく感覚がぶっ壊れている、多少剣の腕がたつ一般人の域を逸している。

 

 わかってるさ。

 腕試しなら試合をすればいいって。

 審判をつけて、面前でやればいいって。

 

 でも、それをして納得、あるいは満足出来る自分をまるっきり想像できない。

 

 あぁ、ほんとになるほどだ。

 薫さんが俺を出稽古に連れて行かなかった理由。

 今の俺は、絶対、無意識にやりすぎる(・・・・・)

 

 どうしてこうなった。

 本気で唖然としてしまう。

 今になって斎藤が言った民間人を戦いへ巻き込みたくない理由の一つだろうことを理解できた。

 

 まだ人を殺したことは無いけれど。人を殺したいとも思わないけど。

 

 誰かを殺す覚悟を決めたがっている。

 それはつまり、殺される覚悟を決めたがっていることでもある。

 

「やらかした、なぁ」

 

 あぁ、あぁ。

 まるっきり知らないはずの弥生の目論見通り。

 このままじゃ俺はきっといつか剣心に勝負を挑む。

 剣心は絶対に俺を、誰かを殺さないけれど、そう確信出来るけれど。

 

 経た紆余曲折は、どうやら殺されるための準備でもあったらしい。

 

「やんなる、な」

 

 弥彦のような真っ直ぐさがあったのならば。

 きっとこうもひん曲がらずに済んだんだろう。

 

 この世界で、原作通りのハッピーエンドを迎えたい。

 その気持ちは確かに、然と、強くある。

 

 でもその先は?

 描かれなかったるろうに剣心、その未来に生きている俺は、一体何をしている?

 

 その未来はきっと知らない、未知の道。

 そこに俺は、何をどうして生きている? 生きている、意味は?

 

 ……教えてくれ、意味のない事なんて無いって言うのなら、そんな未来で俺は何を生きる意味にすればいい。

 

「やってる、でござるな」

 

「あ、え……? 剣心、さん?」

 

 相変わらず風切り音は聞こえなかったけれど、違和感なく耳に届いた剣心の声。

 音を辿って顔を向ければ、いつもの少し困ったような笑顔があった。

 

「随分と集中していたようでござるが……少し休憩をいれても良いと思うでござるよ」

 

「そう、ですね……」

 

 よくよく見れば剣心はお盆にお茶を入れて持ってきてくれていた。

 湯気は立ってない。温くなるまで見られていたのか、それとも飲みやすいように配慮してくれてたのか。

 

 縁側をなんとなしに促されて、向かう。

 少し前なら、こんだけ剣を振るのに夢中だったなら、しばらく歩けないくらいだったのに、今は何の無理もなく足が動く。

 

「ありがとうございます。あのままやってたら倒れてたところですよきっと」

 

「邪魔をしてしまったかと思ったが……そうなら良かったでござる」

 

 受け取ったお茶はやっぱり冷めていて。

 明治時代だ、キンキンに冷えているなんてことはないけど、火照った身体に馴染むように染み渡っていく。

 

 続いて剣心も湯呑へ口をつけて。

 俺と二人、なんとはなしに空を見上げる。

 

「……何を小娘が、なんて思いましたか?」

 

「弥生殿?」

 

 自分では、剣心や左之介。斎藤の影を踏んだなんて自惚れているけれど。

 きっと本人たちからすれば、まだまだケツの青いガキで女。

 いや、そんな風に思われていないなんてわかってる、斎藤はいまいち自信ないけど。

 

 だから口にするのは卑怯なんだろう。

 それでも口に出そうとしてしまうのは、それこそ青二才の証明。

 

「京都で言った頼りにしている仲間……その言葉に嘘偽りはござらん。左之にしてもそうでござる。そんな相手にそう思われることを誉れとして受け取りはしても、侮蔑する理由にはならないでござるよ」

 

「そう……ですか」

 

 違う、違うそうじゃない。

 その言葉は、ある意味まだまだ俺を下に見ているからこそ言える言葉だ。

 俺が弥彦に抱いている感情と同種のもののはずだ。

 

「私は……きっと、あなたを殺したいんだと思うんです」

 

「……」

 

 そして同じくらい殺されたいと思っている。

 

 弥生も俺も。

 もはや混ざり合って溶け合いすぎたこの心と身体。

 

 私怨なんてない。だけどただただこの世界をあるべき形に収めたい。

 その一点において、疑いようもなく、どうしようもなく俺は弥生と一致している。

 

「驚きましたか?」

 

「……いや」

 

 だけど剣心はやっぱり笑って。

 

「知っていた、と言えば言い切りすぎでござるが……うすうすは、感じていたでござるよ」

 

「……」

 

 あぁ、そうか。

 京都で雪代巴の墓前へ花を手向けた剣心は。

 

「弥生殿がどうしてそう思っているのかはわからないでござる。だが、少なくとも拙者は――」

 

 ――過去と向き合う覚悟は出来ているでござる。

 

「もしも弥生殿が、拙者の過去が原因で、拙者にそう思っているのなら――」

 

 そこまで剣心に言わせて、言ってもらって我に返った。

 

「止めましょう……すみません。こんな事を言ってしまいましたが、私は、今の幸せを壊したくないとも思っているんです。忘れて下さい」

 

 だから慌てて遮った。

 今の剣心に贖罪を問うのはダメだ。

 恐らくもうすぐ始まる人誅の時間、雪代縁との戦いで答えを見つけた剣心に向けるべき言葉だ。

 

 何より。

 

「贖罪の意識を覚えるべきはあなたでは無いのですから」

 

「弥生殿……」

 

 この剣心ではない剣心との、罪とすら呼んで良いのかわからないモノを押し付けてはいけない。

 お門違いにも程がある。同じ人物であって、違う人なのだから。

 

「さぁ、もうすぐ薫さんたちも帰ってくるでしょう、左之助も来るでしょうし……夕飯、手伝って頂いてよろしいですか?」

 

「……あぁ。わかったでござるよ」

 

 ごめん剣心。青二才で。

 きっとこれは剣心の問題じゃない。

 

 どこまでも、どこまでも俺の問題なんだ。

 

 もうすぐ始まるだろう、縁との戦い。

 あぁ、そうだ。

 剣心が答えを出すように、俺もいい加減答えを出そう。

 

 願わくば、誰もが納得できる未来に至れるように。

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