TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル/靴下香
気持ちはわかった。
一度理解できたらそれをそのまま飲み込めて頷けるし、否もない。
だけどまぁ、わかりきっていることではあるけど今の俺では力不足もいいところだ。
仮に前言を速攻で翻して戦いを挑んだところで瞬殺されるだろう。
いや、瞬殺されることに問題はない。
単純に納得できないんだ。
そう、力不足とわかっている。
ならばやれることをやりきった上で、だ。
「おいおい、弥生ちゃんの憂鬱な顔とか……どうしたんだ?」
「そうですね……でも、ふふふ、その、言いにくいんですが……」
「あぁ、控えめに言ってもぐっとくるな」
今改めて神谷活心流を学んでいる。
これはまず間違いなく俺を成長させる一つの因子となってくれるだろう。
剣術のいろはってやつは、やっぱり必要なんだって、東京に帰ってきてからの数日で痛いほど実感できた。
それに加えて、剣心。
こんなこと言える程の実力者に至って無いけど……。
今の剣心に戦いを挑んでも意味がない。
先を知っているだけに。そう、先を知っているからこそ全てを乗り越えた緋村剣心と戦いたい。
「……なぁ、弥生ちゃんって。あんなに美人だったっけか?」
「有罪」
「よぉしちょっと表出ろ再教育だ」
「ちがっ!? 可愛いし天使万歳だけどよっ!? あんなに艶っぽかったっけって話!?」
仮に、色々諸々を棚に上げて今戦いを挑めば。
さっき思った力量差はあれど、剣心は黙って罰を自身に刻む。
贖罪の意識から戦おうとする剣心は、きっとそれが正当な理由であれば黙って打擲されることへ抵抗しない。
瞬殺されるってのは、下手すれば間違いで、瞬殺してしまうことになりかねないんだ。
「――い」
そうだ。
だから剣心には答えを出してもらおう原作通り。
剣と命を賭して、戦いの人生を完遂する。
その答えを導き出した剣心と……うん。
「よぉし!」
「せんぱ――わひゃあ!?」
ん? 燕ちゃんなんで後ろでこけてんの? 仕事中に遊びかな? ……ふふふ、成長したじゃない。
「大丈夫ですか? 余所見でもしてました? あぁ、弥彦ちゃんなら今裏で炭用意してくれてますよ?」
「ちがっ!? ……うー、先輩ひどいです」
んんん?
俺、また何かしちゃいました?
あれ? ってかなぁにファンクラブの方々さん、こっちみんな。
「はいはい、食べ終わったのならお会計して下さいね」
「やったぜいつもの弥生ちゃん! お会計にはまだ早い!」
あん? まだ何か食べんのかい?
よく食べるねほんと。
「だ、だめっす。自分もうさっきのでお腹いっぱいです……」
「あぁ……やよつば……これは良い文化……」
何だこいつら斎藤さんカモン、そして悪即斬プリーズ。
お仕事終わりは左之助のお迎えから。
「別にもうボディガードは要らないんですよ?」
「かかっ! 硬いこと言うんじゃねぇよ、いいじゃねぇか」
そう言って魚の骨をプラプラさせる左之助。
こっちに帰ってきてから何気に初めてのお迎えである。
……まぁなんだ、別にそこまで長い付き合いってわけでもねぇけどなんとなくわかる。
「やれやれ、まだまだ小娘扱いしたいってわけでも無いでしょうに。それで?」
「あん?」
「何か話したい事があるんでしょう?」
言ってみれば一瞬表情を固めて。
「……ったく、ほんとによ、そういうところだぜ?」
「だからどういうところですか」
もう耳タコですよほんとに。
友達に遠慮してないでさっさとゲロって下さいなっと。
「あー……なんだ。今日あの女狐のとこにコイツを診てもらいに行ってたんだけどよ」
「あれ? まだ治療終わってませんでしたか? もしかして結構重傷です?」
原作での左之介は右手だけで二重の極みを乱発して負担を重ね、止めと言わんばかりだった三重の極みでやらかしたはずだ。おまけに志々雄への一発。
この左之助は両手で使えるようになってるからそこまで負担がかかった訳じゃない、なんて思ってたけど原作通りへの謎パワー働いちゃった?
「うんにゃ、もうでぇじょうぶだ。今日で終わりっつってたしな。まぁそん時によ、ちと話してたんだが――」
話を聞いて思い出した。
恵さんが言うところの失恋へ心の整理をしている最中なこと。
何かしらの強い念が込められた刀傷は、その想いが晴れない限り消えることは無いなんて話。
「剣心の十字傷はよ、ありゃ剣心が片付ける問題だ。だから別に気にしてねぇ」
「ええ、私達が何かしてはいけない問題でしょう」
うんうんと頷く左之助の目にはわかってるじゃねぇかなんて色。
「弥生はあの女狐と何か帰って来てから話をしたか? もし話してねぇなら……なんだ、まぁちぃとよ」
「そうですね、今度羊羹でも持って伺います。京都はもちろん、いつもお世話になってますし……左之助の右手を無料で診てもらってるお礼も兼ねて」
そこまで言えば少しだけバツの悪そうな顔をしてから、お礼を言われた。
なぁに気にすんなってプータロー、いつか身体で返してもらうさ。
「ていうか弥生、おめぇも何か浮ついた話の一つでもねぇのかよ」
「やめてくださいきもちわるい」
いやほんとやめてほもはやめて。
……思わずこみ上げるものをなんとか抑える。
「おいおい、そんなに嫌がる話だったか? わりぃな」
「……いえ、こればっかりは仕方ないです、はい」
というか左之助に言われるのもなんだか癪というかなんというか。……なんでだろ。
「んじゃあこの先何かやりてぇこととかあんのか? 正直、俺にゃあおめぇが
「そうですね……いずれ、出るときは来るんだと思います。剣心さんと薫さんの邪魔になるでしょうし――」
ちゃんと物語がうまく進めば、だけど。
この前考えた生きる意味。
新月村での一件で、なんとなく、弱い人を守りたいじゃなくて、弱い人を強くしたいなんて思ったりもした。
新月村は……今どうなってるのかわからない。もしかしたら斎藤の言うように、人間の汚いところが露呈して人間関係が拗れに拗れているのかも知れない。
そう、俺自身もそうだけど。
誰かに助けられるってのは、あくまでもきっかけだ。
助けられた後、助かった自分がどうなるのか、どうなっていくのかは自分が決めること。
もしかしたら同じ失敗を繰り返すのかも知れない、似たような窮地に立たされるのかも知れない。
そんな分岐点に立った時、自分が望む未来へ踏み出せるための力を付けてもらいたい。
そんな一助に、なりたい。
「ほぉん……意外とって訳でもねぇが。考えてやがんだな」
「考えるだけならタダですから。でもその前に、私は一つやらなければならないことがあるもので」
そうだ。
こんな夢物語は、見失ってしまった未来にある。
剣心という高い高い壁の向こう側、そこにある。
「左之助はどうなんですか?」
「俺か? ……さぁて、な。少なくとも、嬢ちゃんと剣心が上手くいって、そのガキは見てぇと思ってるがよ」
聞き返してみれば夕焼け空を見ながらそんなこと。
まぁそうだろうな。
剣心たちと関わりを持ち始めてから今日に至るまで。
今の日々は左之助にとって、こんな世の中に生きるのも悪くねぇ。なんて思えるための期間に過ぎない。
原作然り、悪くねぇと思って左之助が生きるには狭すぎる日本だ。
やっぱり、俺は、漫画で見た、ちっぽけな小舟に乗って海原を行く左之助の背中が忘れられない。
なんだかもやもやする気持ちはあるけれど。
それについていくのも悪くないかもなんて思ったりもするけど。
「ま、ゆっくり考えましょうよ。自分らしい明日を迎えるために」
「……そうだな」
二人揃って夕日を見上げて、なんだか少し切ない気持ちになった。
「薫さん」
「うん? どうしたの弥生ちゃん」
いつもの稽古、薫さんとの一本勝負の後。
女の人が汗をかいてる姿って色っぽい……なんて昔は思っていたけど、不思議と今はそんなに。
あれほどおっぱいおっぱいと思ってたのに、今は薫さんの胸元が見えても気にならない。
……いや、健全なシーンだからそう思ってるだけだ。そうに決まってる。
まぁそれはおいておいて。
「私は、神谷活心流の師範代になれますか?」
「……弥生ちゃん」
すなわち神谷活心流の看板を背負うことが出来る人間になれるのか。
回りくどいのは俺も薫さんも嫌だろう……いや、俺だけがそうなのかも。
とにかく真っ直ぐに、正座して目を真っ直ぐに見て。
「正直に、教えて下さい」
予想は、している。恐らく、確信もある。
俺自身も悟っていると、薫さんだってわかってるんだろう。瞑目して少し、同じく正座をして目を見返された。
「無理ね」
「……」
あぁ……覚悟はしていたけど。やっぱりクるものがある。
そして。
「薫さんは、やっぱり優しいですね」
「そんなことない。今、自分がどれだけ酷いことを言ってるのか、わかってるもの」
それでもその目は真剣で。
「弥生ちゃんは……強くなった。門下生としてではなく見るのなら、私は一人の剣客としてあなたを尊敬するほどに」
わかる。
ここ最近ずっと竹刀を交わしていたんだ、それくらい感じられる。
そしてそれは薫さんだって一緒だ。
薫さんが一流の剣客であるが故に、余裕を持って相手を活かそうなんて考えられないが故に。
俺が勝負時、何を考えて、何処を狙ってるのか。きっと伝わってる。
「こうして改めて指導して。力不足を嘆いちゃうほど、私にはそれを矯正することは出来ない。初めてあなたの剣を見た時、わかっていたことだっていうのに、出来ない」
「……はい」
手を、すでに離れてしまっていたから。
今の感情がわからない。
悔しいとも思う、辛いとも思う。
膝の上で結んだ手に、涙が落ちた。
「弥生ちゃん」
「はい」
いつの間にか俯いていたらしい顔を上げる。
「それでも、ここで剣を握っている間はうちの門下生だからね」
その先にあったのは笑顔。
あぁ、やっぱり優しいな。
薫さんが言った言葉の意味。
――思うがままに生きてね。
そう言っている、言われたんだ。
俺が得た力を間違った方向に使うわけがないという信頼。
手が届かなくて、目が見えない場所にいても、きっと光の射す場所を歩いてくれるという確信。
「ありがとう、ございます!」
「ううん、こっちこそ。だからこれからは――」
――家族になろうね。
そう、俺と同じように。
目端へ涙を溜めて、言ってくれた。