TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル/靴下香
陸軍省。
正直、お目当ての人物に出会うまで入り口で張り込んでやろう位の気持ちだったけど。
運が良かったと言うべきか、ダメ元で取り次いで欲しいと見かけた人に声をかけてみれば繋いでくれた。
……いや、普通にビビってる。
そう、俺は今志々雄一派討伐のために斎藤が結成した剣客隊の一人に会うためここに居る。
そしてその活躍は一部の人へ伝わっているみたいで。
見た目からは想像出来ない程、やたらめっぽう剣の腕がたつ女。
そんな風に巫丞弥生の名前は少しだけ話題になっていたらしい。
声をかけた相手が俺以上にビビってたことにビビったって話。何か知らんけど握手まで求められた、あれ? ここ赤べこかな?
ともあれ巫丞弥生の話題に触れた人へと運良く声をかけられたって訳だ、ついてる。
頷いてくれるだろうか? はっきり言って私事も私事。
陸軍省の軍人へと頼むようなことでもない、むしろ彼らにとってみれば些事とすら捉えられかねない。
ただ俺にとっては大事なんだ。決して些事じゃない。
利用できる可能性が少しでもあるならそれに全力を尽くす。
だから。
「力を貸して下さい!!」
コツコツと足音が近づいて、ドアが開いたと同時に頭を下げた。
力を貸してもらっても、何も返せない。
だから下世話な話、俺自身を望まれたって差し出す覚悟すらある。
「わかった。僕たちは何をすればいい?」
「――へ?」
そんな覚悟とは裏腹に、えらく即答を貰えたことにびっくりして顔を上げてみれば。
「あ、あれ? み、皆さんお揃いで……?」
「いやぁ、驚いたよね。弥生ちゃんが訪ねてくるって言ったら陸軍所属の奴ら一斉に集まっちゃって」
「いや、そりゃ来るだろ当たり前だ」
「まったくもってその通り。というかなんでコイツの名前を出したんだ? 俺の名前を出せば一発だったのに」
なんて言ってる皆は笑顔で。
口を開いたままの俺に向かって何やらごちゃごちゃ言っていて。
「そんなことより頼み事だろ? 詳細を教えてくれ」
「い、いや、あの? 手を、貸してくれるんですか?」
そう言ってみれば、皆は一瞬唖然とした後……爆笑した。
「あはははは! 何言ってるんだ!? 当たり前だろ?」
「いやいやいや、弥生ちゃんの珍しい顔見れたってことで!」
「見くびられたもんだなぁ……ま、その認識を改めさせてやるさ」
何いってんのこの人達。
え? なんで笑ってんの?
「弥生ちゃん」
「え、あ、はい?」
不意に真面目な顔へと戻った一人。
他の人もそれに続いて、顔を引き締めて。
「僕たちはね、ずっとキミの力になりたいと思っていたんだよ? 実感は無いかも知れないけど……僕たちは返しきれない程の恩を、キミに感じているんだからね」
「お、恩?」
「あぁそうだ。弥生、俺たちゃお前が居なかったら……今ここに居ねぇ。あの宇水ってやつに殺されてた。それくらい分かってる」
口にした人へと頷きが続く。
未だに、俺は驚きから抜けられない。
「それに……こんな可愛い女に頼られて、二つ返事出来ねぇやつは男じゃねぇよな?」
「おうとも!」
真面目な顔は、安心させてくれるような笑顔に変わって。
そんな笑顔を見られて、ようやく。
「はぁ……これだから助平どもは」
「あぁ!? その言い草は無いよ!?」
「否定は出来ない」
「あ、じゃあ頼み事が終わったら一献付き合ってもらうってことで」
「おい抜け駆けやめろや、皆の弥生ちゃんだろうが」
わいわいがやがやと。
揃いも揃って馬鹿ばっかりだ。
お前ら絶対暇じゃねぇだろ? 斎藤が声をかける位の人物で、ここ陸軍省だぞ?
俺如きに構ってる場合じゃないはずだ。
だって言うのに……!
「あぁもうっ! わかりました! 終わったらいくらでもお付き合いしてあげますからっ! お願い、聞いてもらいますよっ!!」
「おうっ!!」
あぁ、こんなにも。
こんなにも世界は俺に優しい。
頼んだぜ、皆。
「そうでござるか……なんとも心強い」
「いやおめぇ陸軍省って……なんて言ったら良いかわかんねぇよ」
剣客隊……陸軍省から引っ張った人だけではあるけど、協力してもらえることになったと報告。
あの人達には、アームストロング砲が警察署長宅へと放たれるって想定の下で場所を割り出し、警邏してもらえることになった。
一応念の為、前川道場へ砲撃可能な位置も検討して。そこに対しては陸軍夜間演習と言う名目で演習を行ってもらえると。
……改めて思うけどやばすぎるバックアップだ。あの人ら本気過ぎる。
帰ってくる寸前に我へと返って、とんでもないことしてしまったなんて冷や汗が出たよ。
「とは言えこれでようやく万全でしょう。後は――」
「あぁ。拙者たち次第、でござるな」
頷きを一つ。
時刻は夕方、そろそろ出発だ。
「剣心さん、左之助……よろしく、お願いしますよ?」
「あぁ、任せるでござる」
「心配すんねぇ! いっちょやってやらぁ!」
そういった二人を見送って。
気にしないようにしていた道場の物音へ耳を傾ける。
「――!!」
「――!!」
あぁ、確か弥彦の奥義教えてくれって直談判だったか。
正直俺としてはなんとも言えない部分ではある。
弥彦の気持ちは十分にわかる。そしてある程度の強さを持ったからこそ、薫さんの気持ちもわかる。
物語として、弥彦は結局教えてもらえることになるけれど、今抱えている焦燥感は苦しいだろう。
そしてその焦燥感から奥義っていう強さを求めてしまうのもわかる。
――俺だけ弱いのは嫌だ。
弥彦は薫さんが言うように、十歳の男の子としては……日本ですでに一番かも知れない。
そう、薫さんが弥彦の強さを求めた理由を安直だと思ってしまうのも仕方ない。
日本で一番の十歳男児。
だからこそ大事に育ててあげたい、俺はもう無理だから、今度こそ。
責任感。
薫さんはきっと、原作以上に弥彦のことを大事にしたいと思っているはずだ。
「先輩……」
「あぁ、燕ちゃん。挨拶が遅くなってごめんね? 今日からよろしくおねがいします」
「はい……」
礼儀正しい燕ちゃんにしては珍しく、気もそぞろというか……まぁ、気になるよね。
「男の子って、不思議でしょう?」
「え?」
「男子三日会わざれば刮目して見よ。その三日は……こんな感じなんですよ」
燕ちゃんは頷いた。
そしてじっと道場へ目を向ける。
「強さを求める……その、剣客さんって、そういうものなんでしょうけど……でも」
「でも?」
「強くなれば、それだけ自分も……相手だって怪我じゃ済まなくなるのに」
あぁ、やっぱり燕ちゃんは天使だな。
血生臭い場所にずっと居たから、なおさら。
「ふふふ、燕ちゃんは優しいね。でもね、少なくとも弥彦ちゃんはね?」
――自分も相手も、そうさせないために強くなろうとしてるんだよ。
「――」
道場へ向かう。
後ろで燕ちゃんが何かを言った気がする。
そうだな、俺はもう神谷活心流でいられない。
だって言うのなら、そんな俺だからこそ出来るコトがここにも一つある。
「!?」
「――弥生、ちゃん?」
驚く二人。
すっかり息は上がっていて、道場は荒れ放題。
大きく深呼吸を一つ。
そして。
「
「――っ」
立て掛けてある木刀を手に取り、弥彦の目を真っ直ぐ見て告げる。
弥彦の喉が動いた。文字通り息をのんだ。
薫さんが何かを理解した。瞑目して、頷きを一つした。
「一本勝負。いいですね」
「――おうっ!!」
無茶難題だ。
でも冗談じゃない。本気も本気。
弥彦と俺の間にある壁、それは決して大きくない。
だけどそれを乗り越えるのは容易いことじゃない。
乗り越えさせるつもりは無い。させてあげようとも思ってない。
何故ならこれは弥彦が自分でよじ登らないとダメだから。
間に立っている薫さんも理解してる。
この勝負は、弥彦にとっては始まりで、俺にとっては終わり。
神谷活心流、巫丞弥生への決別。
だから全力で一人の剣客として相手をする。
俺の先にある存在は、もっともっと遥かな高みで待っているんだと。
そしてそれに至る道は険しく、まさに修羅の道なんだと。
実感してなお、挑むのか、臨むのか。
それを、示すんだ、弥彦。
「――はじめっ!!」
「うおおおおおおっ!!」
薫さんの手が振り下ろされる。
同時に弥彦が突っ込んでくる。
羽踏は……まだ使わない、使わせてみせろ。
「――」
「ちぃっ!」
一太刀目は面。身体に近い位置すれすれで避けた。
近い位置で避けるってことは、無駄な動きが無いってこと。
それを弥彦は十分に分かってる、だから勢いのまま大きく間合いを引き離した。
「はぁ……はぁ……」
すでに大きく呼吸が乱れているのは弥彦。
さっきとはうって変わって、じりじりと間合いを測りあう硬直時間。
今の一撃で理解しただろう、次に下手をすれば間違いなく返す刀でお終いだと。
実際羽踏を起動していたらその結末を描いていた。
「……」
もう相手を煽る言葉なんて必要ない。
一瞬口から出そうになったけど、俺には必要なくなった文句だ。
盤石。
そう盤石、万全の形で迎え撃つ。
どうあがいても後の先で仕留めるしか出来ない俺だから。
相手の必殺、その先に俺の必殺はある。
だから、待つ。
「――ふっ!」
次手は口から息を漏らしただけ。
やっぱり素早い、躊躇ない踏み込みと身のこなし。
描く剣閃は――
「我慢できなくなりましたかっ!?」
「るっ……せぇ!!
その勢いがつきすぎた逆風。
足元が宙に浮いてしまうほど。
……残念、だ。
そりゃ自暴自棄ってもん――
「う、おおおおおお!!」
――や、ば、い。
準備していた返す刀を放棄して、全力で避ける。
だってそうだろう?
「龍翔閃……」
「……もどき、ってな」
大きく間合いを離したのは俺。
つけすぎだと思った勢いには、その後があった。
あぁ、そうだ。
そのなりふり構わなさが欲しかった。
「ふふ、あは……あはははは!!」
「――っ!!」
思わず笑ってしまう。
薫さんが、燕ちゃんが見ているけど……ごめんな、嬉しいんだよ本当に。
「――羽踏」
弥生の世界へ持ち込んだのは嬉しさだけ。
俺の大笑いに隙を感じ取った弥彦は再び突っ込んで来ているけど。
残念、そりゃ隙なんかじゃねぇよ。
「っつぅ!?」
「――来なさい、弥彦」
流石に俺とずっと稽古してないね。
初見じゃ絶対それ、防げなかったよ? 俺を姉弟子に持てたこと、大いに喜んで?
「っだらああああ!!」
「そうっ! そうですっ! 弥彦っ!! 私を……乗り越えてみせろっ!!」
嬉しい、嬉しいな。
弥彦はやっぱり弥彦だ。かっけぇよお前。
今はまだ、無理だろう。俺に勝つなんて。
そんなコト、理解してるんだろ? それでも立ち向かわなきゃ、なんとか勝つ方法をって必死なんだろ?
最高だよ、弥彦。
絶対お前はでかくなる。
漫画で知ってるから、原作だとそうだからなんて思いで馬鹿にしてるんじゃない。
実感できた。
弥彦は、こんなにも強い。
この世界の弥彦は、もっともっと、俺が知らない、想像できないくらいにでかく、強くなる。
だから。
「――そこぉっ!!」
「っぐ……っつぁ」
どうあがいても防げないし避けられない。
そんな一撃を、強く……全力で胴へと抜き放った。
「そこまでっ!」
「はぁっ!! っつぁ! は、あぐ……あり……ありがとう、ございましたっ!!」
「……ありがとうございました。見事でしたよ、弥彦」
最後はもう気力だけだっただろう。
頭を下げ合うと同時に、弥彦は前へと崩れ落ちた。
「弥彦君っ!!」
その様子を見て燕ちゃんが駆け寄る。
うん、そんな感じで弥彦を支えてあげてくれな。
「……薫さん、弥彦に奥義、教えてあげて貰えませんか」
「はぁっ、こんなの見せられたら……断れないわよ、
弥生。
ちゃん付けじゃなくなった理由を噛み締めて。
「きっと、ただ安易に強くなりたいって願ったわけじゃないんですよ弥彦は」
「……うん」
憧れが目標になって。
目標の遠さを実感して。
「強さに年齢は関係ありません。性別だってそうです。きっと、誰もが強さを目指す権利を持っている」
その権利に少しだけ早かったり、気づけただけなんだ。
俺も、弥彦も。
「そうだね……うん、そうなんだね。ねぇ、弥生?」
「はい?」
――これからもずっと。弥彦の強さの先に居てあげてね。
……あぁ、この人は。
尊敬してやまない師匠であり姉は。
まったく。
それがどれだけ難しいことなのか、十分わかってるくせに。
「ええ、頼まれました」