TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル

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その男、姉弟子につき

 明神弥彦。

 一口で言ってしまうのであればプライドが服を着て歩いているような少年。

 いやまぁ、漫画で初登場の時に思った感想そのまんまだけど。

 

 そんな少年との邂逅はなんと言うかなものだった。

 

 ――お、おう……えぇっと、東京府士族、明神弥彦だ。よ、よろしく。

 

 はじめましてと言った俺に弥彦はちょっと言葉を詰まらせながら返事をした。

 そしてそんな様子を見てピーンと男の直感がささやく。

 

 あ、こいつ俺のこと絶対可愛い、あるいは美人と思っただろう。なんて。

 

 いや、自惚れじゃないけど弥生は可愛い。

 正直なところ俺が俺であれば絶対に見惚れてた。

 見惚れるより先に動揺したり混乱したのは間違いなく弥生が俺だからだろう。

 

 ……勘違いだったら相当恥ずかしすぎるけど……認めたくない……。

 

 ともあれ、だ。

 

 流石にるろうに剣心の未来を知ってる俺は慌てたわけだ。

 弥彦の嫁は燕ちゃんなんです、異論は認めません。

 

 だから俺に惚れられたら困るわけで。

 よくわからないままに未来を俺なんかが変えてしまってはいけないのだ。

 るろうに剣心のエンディングは決まっていて、それは変えてはいけないもの。

 そんな認識があったから。

 

 どうしたものかと考えそうになったとき。

 

 ――あなたの兄弟子……いえ、姉弟子なんだからしゃっきりしなさい。

 

 なんて薫さんの援護射撃? があった。

 

 すると効果覿面と言うべきか。

 

 ――んなっ!? こ、こいつがぁ!?

 

 と、見る目を変えてきた。

 

 弥彦の目は言っていた。

 こんな女が自分より先に剣術を? 姉弟子? ありえねぇ。

 なんて。

 

 思えば薫さんに対してキツくというか生意気にあたってしまうのも同じ理由だろう。

 

 女に教わるなんて。

 

 そんな考え方。

 同様に自分の歩むだろう道の先に俺がいるということを上手く処理できなかったんだ。

 それだけではないかも知れないが、一つの要因であることに間違いないと思う。

 

 それを弥生ならどう思っただろう?

 確かめるすべはないけど、俺は理解を示した。男だからな。

 

 俺がいた現代日本では女性の社会進出だ活躍の場だと常に話題が昇っていたが、ここは明治時代。

 るろうに剣心の明治時代はどうかわからないけど、少なくとも学んだ歴史上の明治時代において女性が社会的にであったり強い(・・)わけがないという認識が一般的なはずだ。

 言い方を変えるなら男は女を守るもの、平たく言えば男は女の庇護者とでも言うべきか。

 故に生意気な態度をとってしまう弥彦の気持ちは、男としても知識としても理解できる。

 

 明らかに変わった弥生への視線。

 好都合だと思った。

 実際俺に対しての好感度は低いほうが良い。

 燕ちゃんと結ばれろって思いももちろん、弥彦が嫌とかそんなことじゃなくて俺が男と結ばれるなんて想像もしたくないのですよ。

 

 だから言ったんだ。

 

「よろしくおねがいしますね? 弥彦……ちゃん?」

 

 

 

「めんっ! めんっ!」

 

 さて、女性らしい話し方とはなんだろうか。

 腕を振り続けながら考えたのはそんな事で答えは敬語。

 

 とりあえず、ですます口調でいけばいいんじゃね? って答え。

 

 いやまぁまて安直かも知れないけどさ、俺ってば同年代の女の人とロクにしゃべったことねぇじゃん? だからわかんないのさ、女性らしいってやつが。

 男女共通した喋り方で差がそこまでないものって言ったら敬語なわけよ敬語。

 

 これならボロが出にくいし、何より偶然ではあるが元々こういう喋り方だったらしい弥生ちゃんてば。

 だから意識して敬語、ですます口調をしだした時薫さんは喜んだ。

 ちょっと回復してきたのね、なんて。

 自分のことかのように喜ぶ薫さんに少し胸を痛める気持ちはあるけど、路線はこれでいいんだって思うことにした。

 

「……集中、できてないでござるな」

 

「……あ、あはは。わかっちゃいますか?」

 

 素振りしている近くに座っていた剣心が苦笑いを浮かべながらそんなことを言ってきた。

 

 まぁそれも仕方ないんですよ。

 

「るっせぇ! こうかよブス!!」

 

「ブスって言うな!! シメるわよっ!!」

 

 背後でのやり取りがもう苛烈過ぎて仕方ない。

 要するにそんな喧騒からの逃避なのだ、自分の口調を考えだしたのは。

 

 集中力が切れていることを自他共に認めた俺は一度竹刀を下ろす。

 

 なんとなくというかなし崩し的に竹刀を振るう事になった俺だけども、元々身体を動かすのは嫌いじゃないしむしろ好きなもんで。

 道場で汗を流しながら、この家の家事に勤しむ。

 そんな生活も悪くないかななんて思う。

 

 ただ、気になることがあるとすれば。

 

「剣心さん」

 

「何でござるか?」

 

「あの時……薫さんと打ち合った時、私の何が分かったのでしょう?」

 

 ジクジクとうずく弥生の心。

 剣心が近くにいればいるほど、何かの衝動が生まれそうになる。

 流石にそんなことを聞いても困らせるのは分かっているから、口からは違うことを。

 

「そうでござるな……薫殿が言っていない事を拙者が言うのも気が引けるでござるよ」

 

「そう、ですか」

 

 多分、剣心も気づいている。

 自覚している、この人の前では視線が泳ぐ、未だに手は何かを探そうとする。

 だからこんなことが聞きたいわけじゃないなんてきっと分かってる。

 

 それは優しさなんだろうか?

 

 多分、違う。

 この時の剣心はまだここを帰るべき場所と定めていない。

 仮宿。

 いずれ去る場所だと思っているはずだ。自分にはその資格が無いと思っているから。

 深入りしてはならない、そう心に決めているはずだ。

 情を移さないようにラインを定めている状態だろう。

 

「なら、えと……まだ始めて少しですけど、どうですか? 私の剣」

 

「おろ? ……そう、でござるな」

 

 少し意地悪したくなったのは多分この焦れる心のせい。

 聞いてもきっと深入りを避けようとする剣心に言えとまっすぐ見つめて訴える。

 適当ではないだろうけど、流そうとした剣心は困ったように視線を返して口を開いてくれた。

 

「……まるで、男児のように剣を振るのでござるな」

 

「んえっ!?」

 

 意地悪をやり返されたわけじゃないのに驚いた。

 

「伏せた事にも繋がる故あまり言えないでござるが……弥生殿は力で剣を振っているでござる。あまり例がないから確かではござらんが……薫殿然り、女人は力を遠心力や自身の力以外で補う剣を振るっているでござる。それが、弥生殿にはござらん」

 

 思わず真顔で聞き入ってしまった。

 そう言われて思い返してみれば、神谷活心流奥義の刃止め、刃渡り。

 これも言ってしまえばカウンターで、相手の力を利用する。つまり自分以外の力を自分のものにするものだ。

 薫さんが戦った……十本刀のあのオカマ。

 あいつに繰り出した膝挫(ひざひしぎ)もそうだ、相手の突進力と自分の突進力を重さの掛かった膝にぶつけることで破壊力を増した技。

 

 だから女性である薫さんも、子供で筋力が未成熟の弥彦だって戦えた。

 

「それが悪いこととは言わないでござる。ただ、神谷活心流を女性として修めるのであれば……そういったものは意識すべきでござろうな」

 

「なる、ほど……」

 

 やっべ、流石超一流の剣客さん? 頷く以外のことが出来ねぇ。

 

 多分、これは神谷活心流に限ってのことじゃないだろう。

 言われた視点で考えてみれば、飛天御剣流だってそうだ、動の中に刀を振るって動がある。

 

 確かに剣心の師匠、比古清十郎のような体躯に恵まれているなら静から動に移るだけでも十分な力を発揮するだろう。

 そこに飛天御剣流を重ねれば……うん、ぱねぇ。

 

 女性としての動き、か。

 

 ……無理だろ常識的に考えて。

 

「不思議なのは――」

 

「はい? 不思議、ですか?」

 

「いや……何でも無いでござるよ」

 

 そう言って、にっと笑った。

 

 

 

 そんなわけで稽古終了。

 剣心が相変わらずそんなにいるの? っていう量の買い物を押し付けられて、俺は廊下を雑巾もって走って。

 そんな中、表が騒がしい。

 

 ドッタンバッタン大騒ぎと共に道場の扉だろうバタンと勢いよく閉まる音が聞こえて。

 

「あー……菱卍愚連隊、だったっけ?」

 

 そうそう、元門下生のヤツが酒飲んで酔っ払って喧嘩売っちゃいけねぇ相手に喧嘩売ってうちに逃げ込んできたやつな。

 まぁそんなお馬鹿さんはどうでもいいけど、弥彦が門下生になるって言うことになった出来事だ。

 

 確か薫さんの強さが垣間見れたんだっけ?

 弥彦にとったらちょっとだけ素直になれるようになったきっかけというか、薫さんが少なくとも教えを請う相手だと認めるに足る剣客だと認識できたって事。

 

 結局といえばアレだけど、剣心が木砲の砲弾逆刃刀で真っ二つにして脅して終了だし……掃除の続きするか。

 

 と、思ってたんだけど。

 

「ボロ道場ごとぶっ飛ばすぞぉ!!」

 

 でっかい何かが壊れる音が響いた瞬間。

 頭の中にあった何かがキレた。

 

「だ、誰が掃除してんだと……!」

 

 違うそうじゃない。

 なんて空耳が聞こえた気がするけどキレたってところは一緒だから無問題。

 俺も弥生も(・・・・・)キレてた。

 

 走って道場に家側から駆け込んで見れば集まる視線も気にならず、竹刀に一直線。

 

「こんのドグサレさん!!」

 

「ひいっ!?」

 

 とりあえず誰だっけこのモブ。

 佐藤くんだっけ? 忘れたけど竹刀で叩いとく。

 

「てめぇもですこの野郎! 誰がいつも掃除して誰がこのあと掃除すると思ってんですかっ!!」

 

 もう一人にもビシビシ。

 

 シリアス?

 知りません。薫さんのいいとこ奪っちゃうとか全然知りません。

 

「んでてめぇらですよっ! わざわざ木砲とはいい度胸です! やってみやがれこのやろうです!!」

 

「んなっ!? なんだてめぇっ!?」

 

「ここはっ! 私の大事な場所ですっ!! それを無粋なもんでぶち壊し!! てめぇらも同じにしてやりますっ!!」

 

 もう何言ってるか自分でもわかんねぇ。

 ただ竹刀をぐっと握った感触だけがはっきりしていて。

 同じように床をぐっと踏み切ろうとしたとき。

 

 ――ありがとう。

 

 そう言われて、後ろから薫さんに抱きしめられて。

 ようやく頭が冷えた。

 

「弥生ちゃんも含めて……あなた達に剣を教えたのは私と父さん。愚剣の責任は私にあるわ」

 

「でも、でもっ!!」

 

「くすっ……。良かった、変わっちゃったななんて思ったけど……弥生ちゃんは弥生ちゃんのままだった――活人剣を教えてたつもり(・・・)って思ったけど、少し、救われたわ」

 

 ――弥彦、あんた口は悪いけど剣の筋はいい線いってるから。頑張りなさいよ。

 

 薫さんの背が遠ざかる。

 知ってる、漫画で見た、その背中。

 

 だって言うのに、知ってるのに。

 このあと剣心がやってきて、無事解決するのに。

 

「薫さんっ!!」

 

 心が、痛い。

 それでも、動けない。

 愚連隊の男が、スケベ顔して薫さんに手を伸ばして――

 

「ふざけんじゃねぇっ!!」

 

「や、弥彦ちゃん……?」

 

 男の顔に足の裏を叩き込んだ。

 

「この明神弥彦をそこの下衆二人と一緒にするんじゃねぇっ!! てめぇ一人を痛てぇ目に遭わせてっ! 女一人泣かせてっ! ハイお終いってワケに行くかよっ!!」

 

 泣かせて……?

 あ、そうか。

 

 俺、泣いてるんだ。

 

 その涙の理由もわからないまま。

 剣心が姿を現したことに気づかないまま。

 

「……ありがとう」

 

 誰に向けてか、誰が言ったのか。

 

 口から自然にそんな言葉が出ていた。

 

 

 

「くそっ! てめぇっ!!」

 

「はいはい、ちょっとは姉弟子の強さがわかりましたか?」

 

 弥彦の門下生宣言が飛び出てから。

 いつもの鍛錬が終わった後二人で打ち合うようになるという日課が増えた。

 

 自分でもよく言うなんて思う。

 姉弟子とか言えるほど強さに変わりはないんだろう。

 口調ほど余裕は無くて、今だって恥ずかしい姿を晒さないかと心配で仕方がない。

 

 弥彦に感化された、なんて言ってしまえばそのとおりで。

 強くなるのも悪くないかななんて思ってしまった俺だから。

 

「るっせぇ! 猫かぶりっ! その口調怖いんだよっ!!」

 

「あら……なんのこと、でしょうかねっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 猫かぶり。

 そのとおりだろう、俺は弥生って皮をかぶった俺だから。

 その言葉は俺によく似合う。

 

 弥彦相手にあの(・・)感覚は覚えない。

 それでも何故か、本当に何故か身体が少し動かしやすくなった。

 だからこうして姉弟子としての面目を保っていられるのだろう。

 

「はい、じゃあ今日の風呂焚きは弥彦ちゃんでお願いしますね」

 

「うぐっ……」

 

「男に二言は?」

 

「……あーもうっ! ねぇよっ! ちくしょうっ! あといい加減ちゃん付けはヤメロッ!」

 

「私に勝てたら考えてあげます。では、よろしくおねがいしますね」

 

 細かいこと、詳しいことはわからない。

 ただ、ようやくというべきか、()は強さを求め始めた。

 身体が、心が望んでいたように、ようやく。

 

 だけどもうそれで良かった。

 

 わからないから。

 

 わからないから、わかることだけ、わかりたいと思ったことだけはやろうと思う。

 

 強くなる。

 そうすればきっと、見えるものがあるのだろうから。


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