TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、夢につき

 予想通りというか、漫画通りというか。

 朝になれば左之助と剣心は無事に帰ってきた。

 

 小國診療所で待機している間、あの小川で聞いた砲撃音を聞くことも無かったし爆発音も響かなかった。

 恐らく前川道場も、署長さんの家も無事だろう。

 

 左之助の両手は無事。

 おかげで恵さんの薬箱アタックを食らうハメにはならなかったけど、それでも手にダメージはあるみたいで、簡単な治療を施されながらそんな予想を確信に変えられる話を左之助はしてくれた。

 

 両手が無事な分というか、戌亥番神は漫画以上にプライドを傷つけられていたらしい。

 左之助はあんな勘違い野郎に負ける自分じゃないと笑っていたけど……恵さんの消毒液アタックには負けていて、戌亥は消毒液以下な可能性が……?

 ともあれ笑って良かったねと言えるくらいの結果にはなった。

 

 ただ、それは良いとしても。

 

 ――あんなに辛そうな剣心、初めて見た。

 

 帰ってきた剣心に一休みを提案した薫さんの言葉。

 

 正直に言えば、帰ってきたのが剣心だと一瞬わからない位だった。

 

 道場へ帰ってくる道中、会ったんだろう雪代縁に。そして重なって見えた雪代巴に。

 辛そうなんて一言で済ませられるほど気楽じゃない。

 どうやっても解けない過去の鎖。

 向き合う覚悟を決めたことで、それは実感となって剣心の身体を締め付けあげる。

 

 だからこそ。

 そう、だからこそ、だ。

 

 この人誅から始まる戦いは、剣心が自らしっかり乗り越えないといけないことなんだろう。

 そしてそれは俺を含めた、剣心組皆の戦いでもある。

 

 無力を嘆きたくもなる。

 過去を知ることは出来ても、触れることが出来るのは……きっと薫さんだけなんだろうから。触れることが出来たとしても、その鎖を引きちぎるのは他ならぬ自分自身だけだ。

 

「落ち込んでる場合じゃない、よな」

 

 一つ大きく深呼吸。

 

 きっと今日の夜、剣心の口から語られるだろう人斬り抜刀斎としての過去。

 知ってるから聞かないで良い、なんて思っていたけど。

 剣心は言うところの()へ話すことで心の整理をつけようとしている。

 なら、皆ってやつに入っている俺だけが聞かないわけにはいかない。

 それもきっと、一つの手助け、協力の形なんだろう。

 

「弥彦」

 

「おうっ!!」

 

 息を整え直していた弥彦へ声をかけて。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 再び始まる柄のかち上げ。

 

 神谷活心流奥義、刃止め。そして刃渡り。

 薫さんが言うように、柄の間合いを習熟することが大切なんだろう。

 すでに腕振りは始めていて、今はこうして俺相手にかち上げをしている弥彦。

 

 その表情は鬼気迫ると言って良いかも知れない。

 俺がこうして竹刀を持っているって言うこともあるんだろう、あれだけ言ってしまえば大きな口を叩いたんだ。

 どれだけハードであっても膝をついてなんかいられない。

 

 ハードっていうのは。

 

「遅れてますよっ!!」

 

「――っぐ!?」

 

 甘くなり始めればすぐに一撃かます俺のせい。

 

 流石に燕ちゃんにはこんなことさせられないし、出来ない。

 そう、今やっている弥彦の特訓はただの柄かち上げじゃあない。

 軽い実戦要素が含まれている。

 

「どうしました? 今のは私だって見逃しませんよ?」

 

「わか……てるっ!」

 

 再びかち上げ始める弥彦。

 

 流れ、飛び散る汗を見て、やっぱり強いなと改めて思う。

 多分、もう単純な剣客としての身のこなしは俺を軽く超えていると思うし、剣閃一つ、太刀筋一つとってもそうだ。

 まさに今、弥彦は羽化しているその最中。

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 荒い呼吸と、竹刀が合わさる乾いた音。

 一つ受けるたびに一つ何かの階段へ手をかけて、二つ音が鳴る度に足をかける。

 

 恐ろしいとさえ思う。

 本当に才能がある人間ってのは、スポンジだ。

 あらゆるものを吸収して蓄える。

 

「そこまでっ!!」

 

「ありがとうございました!」

 

「ありがとうございました」

 

 薫さんの声にかち上げが止まって。

 ちらりと窺えば、一つ頷いた後。

 

「まだまだ刀身に頼ってるわよ弥彦。折角弥生が手伝ってくれているのを無駄にするつもり?」

 

「んなことねぇっ! まだまだ……やってやらぁ!」

 

 俺が神谷活心流で無くなったことを弥彦も分かってる。

 薫さんも門下生としての弥生って存在はもう居ないと分かっている。

 

 だから今の俺は多少の腕が立つ剣客として弥彦の稽古を手伝っているっていう図式。

 

「弥生、ありがとう。ここからはもう一回私がやるわ」

 

「はい、わかりました」

 

 持っていた竹刀を薫さんに渡して、道場を後にする。

 

 後ろで未だ響く竹刀の音。

 それを背に俺もやれることをしようと心に強く決めた。

 

 

 

 ――拙者の手で斬殺した妻、緋村巴の弟でござる。

 

 全員がその言葉に息を呑み、剣心が放つ雰囲気に飲み込まれた。

 

 漫画では、絵とセリフでどんな事があったのかがわかる。

 剣心の知り得なかったことでさえ、読者であった俺は知っている。

 

 だけど語る剣心を知らなかった。

 こうして目の前で、深く、深く悔いるような、赦されることを求めているかのような。

 自分のことを罪人だと、誰に言われるよりも強く自分で思っているって。

 

 簡単に。

 いともたやすく、察する事ができてしまう。

 

 話の頃は剣心が祝言をあげて、片田舎へ雪代巴と越したところ。

 

 一息つこうと剣心が言ったことで、一旦場が終わって。

 

「元服って言ってな、剣客目指すんなら覚えときな。それに一八つったら当時は適齢期の後半――」

 

 茶の間に剣心と薫さん以外が集まって休憩。

 

 恵さん弄りはやめるんだ、なんて頭の片隅に置きながら思うことは知ったかぶりを恥じる気持ち。

 

 あぁ、本当に。

 俺は事実しか知らなかったんだなって。

 事実を知って、なんとなくこういう気持ちなんだろうなんて。

 お察し万歳、それで決めつけ、手のひらの上で転がしたつもりでいた。

 

「――い、弥生?」

 

「あえ……? あ、左之助。どうしました?」

 

 っと、ちょっと自分の世界に没頭しすぎてた。

 はいはいなんですかー?

 

「んな思いつめたような顔してどうしたんでぇ?」

 

「んー……そんな顔、してました?」

 

 やっべ無自覚だった。うわ、皆して頷かないで下さいよ。

 ちょっと恥ずかしいじゃないですかってばいやん。

 

「弥生ちゃんが思い詰めるようなことは……もしかして剣さんに妻が居たって話?」

 

「かかかっ! 弥生がんなこと気にするタマか――へぶっ!?」

 

 うむ、恵さんナイスでーす。左之助流石にデリカシーないね、ボッシュートです。

 

 ……いやまぁ、元気付けようとしてくれたんだろうけどさ、わかってるよ。

 

「まぁもちろんそれは驚きましたけど。なんでしょうね、どうにも……キナ臭い」

 

「……ええ、そうね。本当に剣さんを愛していたのかさえ、わからない」

 

「でもそれは流石に。そんな人と祝言をなんて……」

 

 うん、話が逸れたね良かったね。

 

 まぁ情けないのさ、自分が。

 

 今までだって、知ったかぶりをして上手くここまで歩んできた俺だけどさ。

 それでもこうして生の声で、生の想いを語られて動揺にも似た感情を覚える。

 

 多分ここにいる人達は……薫さんはもちろん、燕ちゃんだって。

 受け止める覚悟がしっかり出来ていた。

 俺だけが、ふわふわとした覚悟だった。

 

 赤べこが砲撃された時も。

 そうだからあれだけ取り乱した。

 

 ……こうして、剣心の話を聞けて良かった。

 まだ続く過去の話だけど、これで俺も。

 

 ――剣心、聞かせて。

 

 覚悟の重さを知ることが出来たんだから。

 

 

 

 話し終わった後は沈黙が待っていた。

 覚悟だなんだとは別の部分、誰も何も言えなかった。

 いや、言う必要も無い。

 誰もが皆、分かっているんだ。

 

 剣心が整理できないことを整理しようとしているって。

 

 余計なノイズを入れないように。

 しっかりと受け止めて、胸に刻んだんだ。剣心の過去を。

 

「弥生?」

 

「少し、風にあたってきます」

 

 女四人が一つの部屋に……なんて状況にドキドキしていい場面でもなし。むしろ出来ない。

 一言断りをいれて、恐らく左之助と弥彦がいるだろう表に出る。

 

「男と自負するなら手ぇ出すな。例え剣心が死ぬことになっても――」

 

「――」

 

 あぁ、こっちはこっちでまぁ熱い話をしてたっけな。

 

「やれやれ、涼みに来たと言うのに暑苦しい」

 

「あん? なんだ、寝られねぇのか?」

 

「弥生姉ぇ」

 

 声をかけてみればにやりと笑う左之助と、少し照れたような弥彦が顔を向けてきて。

 

「とは言え、そのためにも……分かってますね? 左之助、弥彦」

 

「あぁ、剣心が私闘に全力を出せるよう……それ以外は全部こっちが受け持つ覚悟で行くぜ」

 

「あぁ! よぉし! そうとなれば早速奥義の稽古だ――!」

 

「……新しい遊びか?」

 

 弥彦の腕振りを見て左之助が一言。

 遊びみたいだけど必要な稽古なんすよ、なんすよ……。

 

 しかしまぁ。

 

 やっぱ俺ってば性根はまだまだ男だね、安心した。

 こういうなんていうのかな、男臭い空気がやっぱり心地良い。

 

 夢を語って、夢へ努力して。

 

 自分が生きる目的に向かって勇往邁進。

 

 かつて限界集落で生きた時は、こうして誰かに夢を語ることも、一緒に夢を抱く相手も居なかった。

 だからこうできる今を感謝すべきなんだろう俺は。

 

「俺は本当の意味で、強くなりたい」

 

 剣心の跡を継ぐ。

 弥彦が星を見上げながら語るそれはまさしく夢だ。

 左之助が言うように、胸を張って高笑いをして語るべき夢。

 

 それが叶うと俺は知っている。

 けど、どうしてそうとまで思ったのか、覚悟が出来たのか。

 

 ようやくそれに触れられた。

 

「弥彦なら、大丈夫」

 

「や、弥生姉ぇ?」

 

 左之助にからかわれてる弥彦だけど。

 

「あなたがでっかい男になるなんて……わかりきってますから」

 

「……っち、弥生よぉ。そういうとこだぞ? おめぇは変な所で甘ぇよな」

 

 そうかな? 変な所って言われてもな。

 この誓いは高笑いして胸を張ってするもんだ。

 だって言うならしっかり認めてやらなきゃダメだろう、なんて。

 

 ……ん?

 

「あれあれ? もしかして嫉妬ですか左之助?」

 

「んなっ!?」

 

「もう既にでかい男だと思ってましたのにー? そんな男には甘やかしなんていりませんよねー?」

 

「あーなるほど……こうするのか流石だな弥生姉ぇ」

 

 はいはい、俺こと弥生ちゃんに勝とうなんて百年早いんですよっと。

 

「仕方ないですねー。ほら、高笑いして胸張って下さい? よしよししてあげますよー?」

 

「……てめぇ!」

 

 はんっ、やれるもんならやってみさらせぇ!

 

 ぎゃーぎゃー煩く。だけどそれがいい。

 

 十日後。

 来る戦いは、それぞれの道を見つけるため。

 

 俺もそれまでに、胸を張って高笑い出来る夢を持とう。

 

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