TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル/靴下香
目を覚まして酸っぱい匂いに包まれていなかったことに嬉しくなって。
そういうところだぞ蒼紫なんて思いながら感謝して。
気づけば馬車の中。
斎藤と蒼紫に加えて俺、雪代縁が作った荒川河口のアジトを潰して、町中で暴れているだろう鯨波兵庫を止めるために向かっている。
実を言うと、アジト潰しに連れて行かれるのには結構反発もした。
弥彦が鯨波兵庫に対してちゃんと勝てるかって不安があったからだ。
信じているかそうでないかという話ではなく、単純に自分の居ない所で物語が進むことへ抵抗があったからって面が大きい。
それでもやっぱり斎藤との繋がりがそれなりに深いし、まして今回個人的な情報ライン共有を図っている。
だからこっちを蹴るって行動が結局取れなかった。
つい最近大反省したこともそうだけど、こうして物語の中にいると、時間の経過に対して錯覚を感じてしまいそうだ。
確かに薫さんの死が擬死であると判明してから、話は加速度を増して進んでいく。
自分の身体が二つあれば、なんて思うのはこんな時なんだろうか? 少し使い方がおかしい気もするけど、欲しい物は欲しい。
まぁそれでも、鯨波兵庫と弥彦の戦い。
これは弥彦が剣気に目覚めるというか、一人前、一流の剣客へ至るための戦いだし、何より緋村剣心復活イベントの締めでもある。
……なんとなく。
俺としてはとても嬉しいことではあるんだけど、弥生としては微妙なんだろうなとも思う。
弥生はあくまでも緋村抜刀斎に殺されたいと願っている存在だ。
永遠に続くかとも思えてしまう弥生という存在ループ。
それに終止符を打てるのが抜刀斎。
だったらここで緋村抜刀斎は絶え、緋村剣心のみが残るっていうのは歓迎したくないことでもあるだろう。
「……どうした?」
「あぁ、いえ……」
そんなことを考えていたら無意識に斎藤を見つめてしまっていたらしい。
この人も、やっぱり緋村抜刀斎との直接対決を望んでいる一人だ。
漫画では……いや、この世界でもきっと、戦って決着をつけることっていうのは出来なくなるんだろう。
出来なくなるってのは違うか、決着をつけたいと希う相手が居なくなるといった方が近い気もする。
そう考えれば、蒼紫と斎藤ってその部分に大きな違いがあるよな。
斎藤も蒼紫も。
二人共過去から続く自分の生き様に従って生きているけれど、蒼紫は剣心と戦って色々な気持ちへ整理をつけて、新たなる道を歩き始めた。
だけど斎藤はそうじゃない、ずっとずっとこれからも、決着はつけられず、自身で言ったとおり生き残る。
すなわちよりこの明治を自分の生き様を貫いて生きていられるかというモノしか残らない。
「おい、何かわからないが哀れみの目を向けるのはやめろ」
「え? そんな目してました?」
わりと真面目に嫌そうな顔された、いやマジでごめんなさい。
「やれやれ、貴様にそういう目をされると気分が悪い。どうした? アジトで怪我でもしたか?」
「いえいえ、全く掠りもしてません。……いや、斎藤さんはやっぱり忙しい人なんだなって思って」
頭を下げながらそんなことを言ってみる。
心配してる相手に心配されるって程滑稽なことはないけれど。
「そうか。しかし何だな、羽突……だったか。中々に仕上がってるじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
おっと慰められてるのかな? それとも話題転換?
とりあえずお礼を言っておけば肩を竦めた斎藤は蒼紫を視線を投げて。
「目を疑った……というのが当てはまるか。突進中は極端に視界が狭くなるはずだが、そうであっても全てを見通すかの如く回避しながらの突進突き……様々な技法は知っているが、先の技は記憶にない」
「あ、蒼紫さんまで……」
わー慰めじゃなかった。普通に感心されてるぅ。
……いやマジで嬉しいわ。
雲の上にいる人達に認められる的発言はこの上なくくすぐったい。
まぁあれだ。
気づいたのは八ツ目と戦った時、地雷爆破から生き残った時。
弥生の異能は死を避ける。それは少し発展して言えば、生きる場所へとたどり着く能力。
平たく言ってしまえば、そこが自身の生を繋ぐ場所であれば擬似的な神速を持って辿り着ける。
ぶっちゃけ発動したあとむっちゃ身体痛くなるから乱用は出来ない。
当然だ、自分の筋力とか全てを無視して動くのだから。
たとえるなら磁石みたいなもんだ、自分を生きる場所へと無理やり引き寄せる。
そしてその最終形が羽突。
羽踏が異能を最大限防御的に使う技なら、羽突は最大限攻撃的に使った技。
相手の懐に生きる場所を見出し、そこへ異能による全回避を発動したまま引き寄せられるように突っ込む。
「一度貴様の身体がどうなっているのか蓋を開けたい気持ちがある」
「や、やめてください!? セクハラですよ!?」
「……なんだせくはらとは。まったく」
ともあれこれで二つの武器が出来た。
その確認は……なんだっけ、
そして恐らくそれが
その戦いが、終われば……きっと。
感じていた不安は杞憂に終わって。
無事と言ってしまえば随分と感覚が狂ったな、なんてことを実感しつつ、ベッドの上で眠っている弥彦と剣心の部屋を後にして。
実感といえば、やっぱり自分自身のこと。
一つの確信、俺はどうやら弥生に引きずられている。
外印と戦った後の高揚感。
あれは感じてはいけないモノだったと思う。
正確に言うならば、元来の俺ってヤツならきっと感じなかったモノだ。
弥生の異能が、俺の剣術が。
一つ上のステージに登る度に、狂気とでも言うのかそんなレベルも一つ上がる。
いや、弥生のせいにしている分まだマシなのだろうか。
今感じている気持ちを、俺自身が強さに酔っていると認めたくないからなんて思うくらいにはまだまともなんだろう。
強くなった。
正直馬車の中で二人から褒められたというか認められたと言うか、そんな言葉を向けられるほどには。
精神に不調はなく、身体は戦えば戦うほどに好調へと至って。
こうして不意に一人の時間を迎えると、よくわからない不安が心を過る。
何を今更、なんて思ったりもするけど、それでもようやくなんだ。
人を……
慢心でも、自信過剰でもなんでもなく。
最終確認と定めた四神、その誰が相手になったって苦戦するイメージがわかない。
本当に、強くなってしまったんだなと思う。
そう、しまった、だ。
確実に毒されている、といえば言葉が悪いか。
持て余しているんだ、自分の強さを。受け入れてないんだ、強さってやつを。
身体は、剣は、強くなった。何度も反省したし、辛い気持ちを自業自得の名の下に味わった。
それでも一向に心は強くなっていない。
そういう部分を見れば、やっぱり剣心も弥彦も左之助も。
偽物じゃなくて本物なんだなって思う。
「強さ、か」
手のひらを見る。
もうすっかり自分の身体だと認識できるようになった、女の身体。
昔みたいにさらしを巻く度、謎の照れを覚えることも無くなった。
すっかり、もう、自分の身体だ。
窓に移った自分の顔を見て。
かつての自分、男だった自分を思い出すのが難しい。
果たして俺はどんな男だったか。
この世界に来てから、それほどの時間は経って居ないはずなのに、随分と過去の思い出に思えてしまう。
それが、不意に怖くなった。
電子レンジも、洗濯機もないこの世界。
慣れ親しんだはずの文化でさえまるっきり違うというのに、すっかりるろうに剣心、その明治に生きる一人の女だ。
それでも、まだ。
「……俺は」
割り切れない思いがある。
今呟いた俺って一人称にすら違和感を覚えるようになってきたけど、まだ。
この世界を生きる一人の人間として覚悟は決めた。
しかし、この世界に生きる一人の女としての覚悟は未だ。
かつて欲望を向けたこの胸は、いつの間にか向けられる対象になっていた。
想像できないんだ、左之助が言ったように、ガキを拵えるなんて。
そうだろう? その拵えたガキってのは自分の腹の中に居るんだ、わけわかんねぇ。
今の俺に母性なんてもんがあるのかすらわからねぇんだ、自分の子供を愛せるかなんか、きっとマジモンの女以上にわからない。
怖い。
女であることが、怖い。
こんな時、女の人はどうするんだろう。
母親に相談するのだろうか、それとも女友達に?
この世界にいた、弥生の母親は既におらず、燕ちゃんや恵さんに相談する勇気もない。
孤独だ。
心は男で身体は女、なんて話をかつての世界で話題として知っていたけど。
そんな人達もこんな悩みを覚えたんだろうか。
「……ふぅ」
大きく息を吐く。
どうやら生きる覚悟ってのは、そういう意味への覚悟も決めなくちゃいけないらしい。
幸い、というべきだろう。
俺にはつけなければならない決着が一つある。
剣心と、戦う。
緋村抜刀斎を超えた、緋村剣心になら。
もしかしたら、弥生は納得するのかもしれないし、俺も、心の整理をつけられるだろう。
そうだ、あらゆる壁と定めた剣心。
なら決着をつけよう、そして着いた決着を持って……覚悟を決めよう。
未来を手にするために。