TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル

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その男、命知らずにつき

 切実な事情があった。

 

 門下生二人とは言えいわゆる月謝、金を払っているわけでもなく居候といえばアレだがプー太郎二人とプー姫が一人。

 人間が生きていく上で当然必要な食事だなんだとあるわけで。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「ほら、弥生ちゃん! もっと愛想よく!」

 

「は、はーい! いらっしゃいませぇ~!」

 

 導き出される答えは……金、金がねぇんすよっ!!

 だから働いてんスよ! 赤べこでっ!!

 

 おかしい、これはおかしい。

 俺こと弥生の働き口は神谷活心流道場であるわけで、いわば雇い主は薫さんの父、ひいては薫さんなのだ。

 言うところのお仕事(ご奉公)で貰える給金が稽古代として、生活費として相殺するならわかる。

 

「どうしてこうなったのです……!」

 

「はい! ぼやかない!」

 

 何で俺が生活費を稼ぐことになるんじゃい……!

 

 いや! 薫さんだって出稽古だなんだとやってくれてる。

 わかる、わかってるんだ!

 ただ納得がいっていないのさ。

 

 なんで俺が給仕(ウェイトレス)をしてるのだと。

 

「おーおー新人ちゃん! 今日も可愛いねぇ!」

 

「あ、あはは……ありがとう、ございますぅ」

 

 嬉しくねぇ! 嬉しくねぇよ畜生っ!!

 喜んでたらダメだよこんなのっ!

 

 あぁ弥生ちゃん、あなたはどうして女なの……どうして可愛いの……。

 

 この時期には燕ちゃんもまだ奉公(しゅうしょく)していないらしく、妙さんには悪いけど見目麗しい俺は看板娘扱いで。

 

 一日目で新人が入ったと噂になり。

 二日目でその新人が可愛いと評判になり。

 三日目でファンがついた。

 

 くたばれ明治。

 

 容姿だけならず女の身で竹刀を持ち歩きながら町中を闊歩してる俺だから余計に印象に残りやすいみたいで。

 剣術小町って薫さんの通り名を奪ってしまいそうな勢いで認知されそうになってる助けて。

 

 ……もう竹刀持ち歩くのやめようかな……。

 

 そんなことを思いながらも、板についてきた営業スマイルを振りまく。

 いちいち口笛を吹いてくるファンの存在は知らないふり。

 こっそりケツに手を伸ばそうとしてくる飲んだくれの脅威()を何食わぬ顔で躱して叩き落としてみれば。

 

「もう……だめですよ?」

 

「は……はいっ!」

 

 酒の影響だけと信じたい頬の染め具合で叩いた手を擦りながら良い返事。

 男のケツ触って嬉しいのか? さてはてめぇホモだな?

 あー俺今女だった。

 

 何回ループした思考だろうか、もう最近は忙しさもあって思考の片隅に追いやられたそれ。

 

 目まぐるしくグルグルと動いて。

 やっと落ち着いて来たかなと思ったその時。

 

「そんなやり方では自由民権等――!!」

 

「それでは板垣先生を死地に――!!」

 

 自由民権運動の壮士が煩い。

 

 ぶっちゃけセクハラ紛いのことをしようとしてくるヤツよりよっぽど厄介。

 本人たちは至って真面目なんだろうが、酒を入れてガミガミ言い合ってる光景は迷惑の一言。

 

「あぁ……またです」

 

「そうやねぇ……せやけど大事なお客様にかわりないさかい。なんともいえまへんわぁ……」

 

 たまーに現れてはあんな感じ。

 まったくいつの世の中も酔っ払いは面倒くさい。

 

 と、同時にだ。

 

 あいつらが赤べこに来る、いや居るってことはここに剣心たちが来れば……。

 

「あ、いらっしゃいませぇ!」

 

「おう、空いてるかぃ?」

 

 相楽、左之助。

 悪一文字を背負うその人がやってきた。

 

 うん、まぁそうだよな。

 あの時、この人も居たんだ、だったらいつのタイミングかでやってくるのは当然だ。

 

「ん? 嬢ちゃん、何か俺の顔についてるか?」

 

「い、いえ申し訳ありません。……お席、ご案内します」

 

 いっけねぇ、マジマジと見ちまった。

 やっぱ弥彦曰くの剣心組ってやつのメンツを見れば一瞬固まっちまうや。

 

 赤報隊。

 左之助がその隊に居たことは漫画オリジナルの設定だってわかっているけど、やっぱり思うところはあるもんで。

 ニセ官軍とされたその生き残り。

 

 維新志士への恨み、怒り。

 それを糧に生きていた……いや、生きている左之助は喧嘩に明け暮れ毎日を塗りつぶしている。

 全てを忘れる事のできる喧嘩に依存して。

 

「それでは、少々お待ち下さい」

 

「あいよ」

 

 こうして喧嘩以外の時は、普通だ。

 営業スマイルに愛想笑いを返してくれる、そう。仲間内から言われている物足りねえとギラギラした笑みを隠しながら。

 

 剣心はこの時もつ左之助の力をしみったれた強さだと言った。

 

 強さを求め始めた俺からすれば強さの種類なんてわからない。

 漫画、小説、アニメ……そんなもんで語られる色々な強さはわかるけど、求め始めたことでわかるものがある。

 

 今の左之助が持つ強さってやつは、俺から言えば生きる強さだろう。

 

 恨みが怒りがあるとは言えど、正直自死を選ぶ事無くそれどころか八つ当たりとは言え喧嘩することによって生きている。

 

 意味なく理由なく。

 されども強さを求め始めた俺は、どんな強さでも眩く思えた。

 

「――あら、薫ちゃん」

 

「え……?」

 

 そんなことを考えた時だった、剣心たちがやってきたのは。

 

 

 

 ――俺は町外れの破落戸(ごろつき)長屋にいっからよ。

 

 自由民権運動壮士と左之助、剣心たちの一幕が終わり、俺の仕事も終わり。

 道場へ帰る前に、何故だろう俺は左之助が言った場所へと向かっていた。

 

 心が向かえと言ったわけじゃない。

 ただ、この時の左之助……いや、斬左と話をしたいと思った。

 剣心と戦うことによって斬左をやめた左之助。

 もうすぐ起こるだろうそれがあるのなら、斬左と話すことが出来るのは今だけだから。

 

 機会が貴重だから?

 会って何を話す?

 

 全然決めてない。

 ただ……本当に、言葉を使うのなら衝動的だった。

 

 だから忘れていた。

 

「ほぅ……? ついている」

 

「あぁ、そうだな兄貴」

 

「……比留間、兄弟……!!」

 

 そうだった、そのあとすぐだった筈だこいつらが斬左に喧嘩依頼をするのは……っ!

 

 日はもうすぐ沈む、逢魔が刻とはよく言ったもんだ。

 内心迂闊な自分に舌打ちしたい気持ちを堪えて竹刀を握る。

 

「おいおい正気か小娘? あの時のことを忘れたか?」

 

「……そのとおり忘れました。私ながらバカだと思っていますが……あなたたち程じゃありませんよ。どうやったって、何をしたって……斬左に喧嘩依頼をして利用しようとしたところで、剣心に一泡吹かすことすら叶わないと理解できないあなたたち程じゃ」

 

 あー……なぁんで挑発しちまうかね?

 ただどうやら、弥生はこの二人が許せないらしい。

 借り物の怒りがそう俺に実感させる。

 

 ――こいつらを――せ。

 

 そう、囁いてくる。

 

「こ、の……死にたいようだな!?」

 

「待て。……確か巫丞弥生と言ったな? 何故お前がそれを知っている」

 

「さて……何故でしょうか? 小物の考え位わからない私ではないということかも知れませんよ?」

 

 大男の方からの殺意がヤバイ。

 ものっすごく逃げたいのに、意思が逃してくれない。

 対峙しろ、戦えと訴えてくる。

 

 そうは言うけどどうやって戦うんだよまじで。

 

 小物の言葉が効いたのか兄貴の方まで顔を赤くしだした。

 うん、絶体絶命。

 

「おい」

 

「分かってるぜ兄貴……殺すのは、後だよな?」

 

 へぇ?

 あぁ、確かについているとか言ってたか? 残念今はついてません。

 

 ……うん、絶好調。

 

「おう小娘、まぁ今は骨だけで勘弁してやる。大人しくしろ」

 

「……」

 

 うん、逃げられないね。

 だったら仕方ない……。

 

 本気だすか。

 

「きゃーーーー!! 痴漢ーーー!! 暴漢ーーーー!! 狼藉者ですーーーーー!!」

 

「んなっ!?」

 

 ふはははははは!!

 バーカカーバ豚のケツぅ!!

 

 びっくりしたまま固まりやがって! ざまぁ見晒せ!!

 こんな長屋近くでなぁにやる気になってんの? バカなの?

 現代でも使われるだろう必殺技を喰らうがいいっ!!

 

「あ、兄貴っ!?」

 

「ちぃっ!! 一旦退くぞっ!!」

 

 あ、なんか心ががっかりしてる。

 いいじゃない、女の子だもの。

 

 ……あ、何か俺までがっくりしてる。

 

 生きるって辛いね。

 

 慌てて逃げていく二人をやるせない気持ちで見送る。

 ガヤガヤと長屋から顔を出してくる住人の皆様に頭を下げて、そのまま地面に埋まりたい気持ちをぐっと堪えて。

 

「んお? 嬢ちゃんは……赤べこの看板娘じゃねぇか、こんなところでどうした?」

 

「あ、はは……こんばんは相良左之助さん。少し、お話しませんか?」

 

 結果オーライにしたくないけどオーライな機会を手に入れた。

 

 

 

「ガハハハハハッ! 嬢ちゃん中々やるじゃねぇかっ!!」

 

「わ、笑い話のつもりじゃないんですけど……」

 

 長屋から出た顔の一つに左之助もあって。

 そうして部屋に招いてもらって、事の顛末を話せば爆笑されて。

 

 やっぱり地面に埋まりたい。

 

「んで? そんな大変な目にあって俺になんのようだ?」

 

「え、えっと、ですね」

 

 ひとしきり笑われた後、左之助はようやく水を向けてくれた。

 

 とは言えさっきも思ったとおり、話す内容なんて具体的に決まっていない。

 ただ、俺は。

 

「喧嘩屋斬左と……話をしたいと思って来ました」

 

「……へぇ?」

 

 その一言で顔色が変わった。

 仕事用の顔、とでも言うべきだろうか。

 今の彼が持つ本質、それがむき出しになった顔。

 

 物足りない、喧嘩に溺れたい。

 

 そんな顔。

 

「すまねぇな、驚いちまった。看板娘の嬢ちゃんが……そんな話を持ってくるなんて思わなかったもんでな」

 

「……」

 

 ちらりと視線を動かせば無造作に置かれた斬馬刀。

 

 斬馬刀の左之助、通称斬左。

 

 彼の持つ怪力だからこそだろう馬ごと相手を両断するなんて物騒な相棒。

 その存在が、彼の放つ何かが……眼の前にいるのは左之助であってそうじゃないことを教えてくる。

 

「で……? 誰だい? 俺の喧嘩相手は」

 

 期待、だろう。

 わくわくしている、新たな喧嘩相手に。

 

 彼の頭の中にあるのは誰だろうか。

 全く想像していない誰かだろうか、それとも――。

 

「私、です」

 

「……は?」

 

 気づけばそんな答えが口から出ていた。

 

「おいおい、すまねぇな耳がおかしかった。もう一度言ってくれや」

 

「だから、私、です」

 

 本当に迂闊だったのは今こそこの時だった。

 

 会話して何かを知ることなんて出来ない。

 この人は、今の彼は拳を交えることこそが対話なんだ。

 

「私は、あなたと喧嘩をしに来ました。斬左さん、依頼、受けてくれますか?」

 

「――」

 

 当然だろうその表情は。

 目を丸くして、真意を探るように俺を見る。

 

「それとも、受けられませんか? 赤報隊……その生き残りは相手が女だからと逃げるのですか?」

 

「――てめぇ」

 

 向けられる視線が変わった。

 

 何処でそのことをと疑問の色はすぐに怒りへと変わった。

 

「喧嘩相手の生死は俺の知ったことじゃねぇ……言っている意味がわかるな?」

 

「……はい、もちろんです」

 

 それでも。

 そう、それでもだ。

 

 俺はこの人と語り合いたかった。

 生きる意味を喧嘩で塗りつぶした彼の思いを知りたかった。

 

 強く、なるために。

 


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