TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル
いつもの日常ってやつが終わって、少しだけ変化した日常の中。
皆の負傷が順調に回復して、剣心と姉さんは京都へ雪代巴の墓参りに行って。
留守を預かった俺は思う存分、思うがままに道場を使って稽古に励む。
そんな姿は弥彦にとって良い刺激になったらしく、まだまだこれからだと兜の緒を締める事が出来たらしい。
なんだかんだ一番軽傷だった俺だから。
誰よりも早く稽古する時間を持てた、そしてだからこそ周りの視線も集められたのだろう。
操ちゃんや左之介、驚くことに蒼紫でさえも稽古に付き合ってくれた。
その誰もが何かを察してくれたように。いや、再び流れ出した時間の中で、俺だけが停滞していると気づいたんだろう。
だけど悲しいかな、稽古をいくら積み重ねた所で今以上の技量が身につくことってのは無いんだと実感してしまう。
もちろん経験にはなるんだろう、蒼紫が付き合ってくれたことなんてあり得ないと言っていいくらいのものだし、何よりの稽古だ。
それでも、薄々わかっていたのかもしれないけれど、俺の力っていうのは流動的で、相手によって左右される部分が大きすぎる。
だからやっぱりこうした稽古は自分の中にある緊張感を一定に保つというか、モチベーションを維持する意味合いが大きかったんだろう。
そんな日々の中左之助に言われた言葉がある。
――がんばんな。
一言そう言われた。
見透かされていると思うべきか、字面通り応援をもらったと思うべきか。
俺が剣心と闘うと決心したってのを感じたんだろうあいつは。
なんともこそばゆいやり取りのはずだったのに、そんな気持ちは欠片も浮かばず静かに頷くしか出来なかった。
そう言われて気づいたって言えば鈍感過ぎるんだろうけど、弥彦もなんだかんだで気を使ってくれていたらしい、俺が稽古している間、弥彦は一度も俺に声をかけていなかった。
――弥生姉ぇは男じゃねぇけど、それでも男と男の真剣勝負を邪魔するほど野暮じゃねぇ。
なんて言ってたっけか。
あれだけ俺は男なんだと心で言い直していたのにも関わらず、初めて――
――こんな可愛い女の子に向かって男とは何いってんですか。
とか言ってみたりして、そしてそれに違和感を覚えなくて。
あぁ、しっかりと心の準備が出来ているんだなと妙な所で変な実感もした。
弥生が失恋するための準備なら、俺は女としてこの世界を生きていくための準備なのだろう。
もうどこを探したって、弥生って人間も、俺って人間もいないのだから。
そうしてゆっくりと。
時間が然程あったわけじゃないけど着実に。
闘いへの意思を固めて。
剣心と姉さんが帰ってきて。
恵さんの会津帰郷予定の話を聞いて今、斎藤一がいる部屋の前で大きく深呼吸をした。
「失礼します」
「……貴様か」
一つ視線を向けてきた斎藤の顔色は変わらない。
まぁそりゃそうだろう、ついさっき剣心からの果たし状が届いた所なのだろうから。
一緒にいるはずの張は何処へやら、幸いだろう今はいない。
「読んでみろ」
「……」
机に置かれていた手紙を指してそう言われる。
けれど首を横に振って。
「心は決まりましたか?」
「……っち。ヤツが漏らしたのか、それともお前の察しが良すぎるのか……後者だろう、そういうところだぞ貴様」
言いながら立ち上がった斎藤は窓から外を眺める。
もう許されるだろうと、静かに隣へ歩を進めてみれば。
「弥生。お前は俺がどうすると思う?」
「……さて、私は斎藤さんではありませんので」
顔を見ないでも、少しだけ笑った雰囲気を感じる。
正直に言ってしまえば。
俺はこれを利用するつもりでいた。
決闘を受けなかった斎藤。
今回もそうするだろうと、そういう気持ちに流れるだろう。だから京都での貸しって理由を与えて、その権利を譲ってもらう腹積もりがあった。
だけど実際こうして斎藤の顔を見ると、そんなことは言えなくなった。
「……」
何を見ているのだろうか、その目に映るのは果たして俺と同じ光景だろうか。
違うように思える。
きっと今斎藤は胸の内を整理して精算しているんだろう、かつてより現在まで望んでいたはずの決着。
相手だったはずの剣心は、もう決して抜刀斎とは言えない存在で。
「思えば、俺は認めたくなかっただけなのかもしれんな」
「緋村剣心が……あなたにとって決着をつける相手ではないということをですか」
こくりと頷かれる。
「抜刀斎と新選組は共有していた。もっと大きな括りで言えば、あの幕末で戦いに生きた人間すべて。立場から交わることは無くとも、己にとっての悪を斬るために生きていた」
それはどんな時代だったのだろうか。
漫画や教育で断片的に知っている……いや、この人を含めた幕末を生きた人の前では知っているなんて言葉も烏滸がましい。
「掲げる正義は違った。新選組の示す誠でさえ、僅かな人間としか共有出来なかった。しかし、共通の敵を敵と定めた」
新選組も、色々な苦難を隊内で乗り越えたはずだ。
鵜堂刃衛のことだってそうだろうし、芹沢鴨という人だっていたはずだ。
新選組という名がつくまでに、想像もできない程の何かを経験しているんだ。
「故に……俺は抜刀斎と決着をつけたかったのだろう」
新撰組三番隊隊長、斎藤一としての生き様を遂げるために。明治に生きる藤田五郎として生きる覚悟を決めるために。
……いや、そう考えることこそが侮辱となってしまうのかもしれない。
だけど俺には……俺の目の前にいるこの人は、そう思っていると思える。
「好きにしろ、弥生」
「っ」
前触れ無く、視線を捉えられた。
そしてその目は静かで、穏やかで。とてもとても深かった。
「明治に生きる緋村剣心と戦う事ができるのは斎藤一ではなく、同じ明治に生きるものがするべきだ……そしてそれがお前なら、何も言うことは無い」
あぁ、あぁ。
言葉がない、思い浮かばない。
今まさに、俺の目の前で、緋村抜刀斎と斎藤一の決着が着いた。
「斎藤さん」
「なんだ」
もしかしたら少しだけ狂った結末、決着なのかもしれない。
それでも。
「……行ってきます! そして、ご健勝をずっと祈っています!!」
斎藤に背を向けて。
ドアで入れ違った張を通り抜けて。
――阿呆が。
最高の応援を背に受けた。
「弥生、殿?」
「こんばんは、剣心さん」
冷えてきた風が剣心との間に流れる。
心から生まれた熱を視線に乗せて剣心を見てみれば、驚き、戸惑いを顔に貼り付けている。
だが、それも一瞬で。
「そうか、拙者はどうやら愛想を尽かされたらしい」
そういって少しだけ寂しそうに笑う剣心。
だけど、斎藤の代わりに闘うなんてわけじゃないけれど。
「そうではありませんよ」
「……」
言っておかなければならない。決してそんな意味じゃないと言うことは。
「決着をつける相手はあなたじゃない。そして、もうその決着はすでに着いている。それだけのことです」
「……そう、でござるか」
ぐっと力を込めて、何かを想うように目を瞑る剣心。
そのまま一間、二間。
心を冷まさないままに、剣心を待つ。
「……それで。そのことを拙者へと伝えに来てくれただけではない……のでござるな」
「はい」
そしてようやく剣心が俺を捉えた。
「その前に教えてもらいたい。弥生殿が拙者と闘う理由はなんでござる?」
当然の疑問ではない。
むしろここで何故闘わなければならないのかとか、戦いたくないなんて言われていたら、それこそ自分勝手に失望していた所。
緋村剣心は、自然と、俺が戦いを望んでいると、そしてそれに応えると覚悟した上でその疑問を問うたんだ。
「巫丞弥生を終わらせるため」
「巫丞弥生を、終わらせる……?」
頷く。
「剣心さん。あなたの目の前にいる私は、弥生ではなく、また俺でもない。そんな中途半端なこの世界の不純物なんです。確たる一になるためには巫丞弥生を終わらせるしかない、新たなる一歩を踏み出すためにはどうしてもあなたが必要なんです」
剣心の瞳に理解の色は含まれない。
だけどそれでいい、理解されることを望んでいないのだから。
「私怨はこの私に存在しない。されども巫丞弥生はあまりにも貴方を殺したがっている」
「……」
「人誅……ですよ、剣心さん。先の件もそうだ、陳腐なものから、真っ当なものまですべてを人誅と呼ぶのなら、これもまた人誅」
そうさ、これは人誅と書いて八つ当たりと読む児戯にも等しい動機。
もっともらしいことを、言葉を並べたってその事実からはどうやっても逃れられない。
「拙者との闘いが……弥生殿にとって、真に必要なのでござるな?」
「はい」
断言する。
今のままじゃ前にも後ろにも進めない。
そしてこの返事で剣心が。
「……弥生殿」
こうして構えてくれたことこそが、彼に対して積み重ねられた信頼の証左なのだろう。
「……ありがとうございます」
その信頼を裏切らない。
ただ望む事があるならば。
「どうか、全力で」
「元よりそのつもりでござる。弥生殿相手に、手など抜けぬ」
さぁ、やろう。
恋い焦がれた一戦を、希った熱戦を。
始めよう。