TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル/靴下香
目の前に立つ人。
それは紛れもなく最強の剣士。
かつて幕末で人斬り抜刀斎と志士名がついたほどに人を斬り殺し、京都の町へ血の雨を降らせた人。
こうして闘うと互いの心が決まって、相対して初めて分かる。
――強い。
何をわかりきったことをと何処か冷静な自分が言うけれど。
このプレッシャー、この剣気。
立っているだけで精一杯になっていたかもしれない。
今までの、俺ならば。
「――!」
「――!」
合図なんて無かった。それでも同時に踏み込んだ。
逆刃刀は鞘に納めたまま――抜刀術が、来る――!!
「はああああああ!!」
「おおおおおおお!!」
疾い、疾すぎる。
神速だなんだと評された身のこなし、そして抜刀の速度。
その一閃を。
「っ!」
躱す。
まだ羽踏の領域へは入っていない、それでも躱すことが出来る。
そしてもちろんここで終わりじゃねぇよな!
「双龍閃――!!」
「読んでましたっ!!」
隙を生じぬ二段構えだなんてわかってる! ここで呑まれてなるもんかっ!!
「龍巻閃――もどきっ!!」
鞘の一撃に対してカウンターで合わせる。
まだだ、この程度じゃ剣心の筋書きを超えられないってわかってるさ!
「上っ!!」
手応えのない龍巻閃へ意識を飛ばしている場合じゃない、上へと飛ばれた……ってことは。
「龍槌――っ!?」
「こいっ!!」
速さでも高さでも……力だって負ける。
それでも闘える、闘ってみせる。
行くぜ、弥生……!
羽踏――!
「くっ――まだでござるっ!」
「龍翔閃へは繋げさせませんともっ!!」
身体のバネ。
龍槌閃から龍翔閃への繋げ様。
その切り替わる一瞬を狙って、軸足へと木刀を奔らせる。
驚いたようにその場から飛び退く剣心。
これでお互い間合いの外。
「……流石、という他ないでござるな」
「それは……ええ、素直に受け取ることにしましょう。そして全力を出して頂けているようで何よりです」
序幕から随分と飛ばしてくれたもんだ、ありがてぇ……っていうのも変か。
正直まともな技のやり合いからはじまるとは思ってなかった。
小手調べとでも言わんばかりにまずはチャンバラだろうって思ってたんだけどな。
「お互い手札の探り合いをする間柄でもないでござろう。拙者が弥生殿の手札をある程度知っているように、弥生殿も拙者を知っている」
「その通り、ですね」
お互いの技を評しあったことはない。それでも互いの力へ理解はある程度及んでいるはずで。
剣心は超一流の剣客、その知識や経験から。
俺は原作知識と実際に見た光景から。
なるほど、言っておいてなんだがその通りだ。
「故に……互いの弱点と思われるモノへも」
「……あぁ」
少し間があってから頷かれる。
そういやそうか。
知識が武器にならない闘いは……これが初めてか。
やだねぇ……最初で最後と決めている剣心の闘いが、やっぱり一番困難じゃあないか。
ということは。
「来ますか、九頭龍閃」
逆刃刀の剣先が向けられる。
俺の弱点に相当する、広範囲同時攻撃。
こればっかりは羽踏では躱せないだろう、剣の速さに追いつけない波状攻撃ってモンでもない。
九つの斬撃を相殺しようにも力で競り負ける。
これは一番容易く想像できる、詰めろの技。
だけど。
「……そうか」
「ご自分で仰ったでしょう? 手札を知っている、と」
剣心戦、一つ目のターニングポイント。
ある条件……というか、前置きがなければ……、アレさえ来なければ……。
「見せてもらうでござるっ!!」
剣心の足元から音が鳴った。
来る。
突進からくる、九つの斬撃。
賭けには勝ったみたいだ。
「――羽突!!」
「九頭龍――っぐ!?」
……足の筋肉が悲鳴あげてる、びきって言った。
流石すぎるよ剣心、疾すぎる。
でもまぁ。
「縁さんは実に素晴らしい解法を見せてくれました。絶対に避けられない攻撃なら、攻撃となる前に潰すと」
羽突は剣心の右肩へ。
技の発生前にしっかり入れ込めたはずだけど……咄嗟に身体をずらされて甘いとまでは言わないけれど、これで自由に剣を振るえなくなる程のダメージは与えられなかったみたいだ。
これじゃあむしろ収支はマイナスか?
九頭龍閃に一度追いついただけで、足が若干笑ってる。
今のはまぐれだと決めつけられて、二発目を持ってこられたら……ちょっと危ういな。
無駄なあがきかも知れないけれど、余裕があるように、それは通用しないんだと示せるように。
必死で涼しい顔をして、右肩を押さえている剣心へと視線を投げる。
「強い、でござるな」
「いいえ、剣心さん。それは過分な評価です。むしろ今のはあなたの読み抜け、私の手札への理解が甘かっただけのこと」
ターニングポイントを潜り抜けて。
最悪のパターンは土龍閃からの九頭龍閃。
土龍閃が先に入っていれば、こうも目論見通り九頭龍閃は潰せていなかっただろう。
八ツ目戦然り、待ちから放つ羽突へ切り替えて、分の悪い賭けへと身を投じなければならなかった。
剣心の読みが甘かったと言ってはみたけれど、そういう発想を持ちえなかったのか、それとも九頭龍閃だけで十分だと思われたのか。
それは定かじゃないけれど、とりあえず有利って言葉は少しだけ俺に寄りかかってくれたらしい。
ここからだ。
「はああああっ!!」
「っつぅ!!」
攻勢へ出る。
自分から仕掛けるとなると、随分と拙い俺だけどそれでいい。
右肩を庇うようにしながらも木刀をしっかり躱す剣心、その右手は俺が振り終わる時や、放つ寸前に反応している。
そうだ、俺の異能抜きでの攻勢ってのは拙い。
つまり剣心ほどの実力者から見れば隙だらけということ。
「くっ!」
「……」
剣心が大きく退いて再び距離が開く。
「見抜いている、ってことですか」
「あぁ、厄介にも程がある」
二つ目のターニングポイントは分け、ってところだろう。
ここで剣心が俺の隙を咎めて来るようであれば、羽踏の餌食って話だったけど……流石にそこまで簡単にはいかないらしい。
つまり、俺に仕掛けられてそれを返すって構図は全てアウト。
剣心はどうやっても自分から仕掛けないと俺を倒すことは出来ない。
とはいえこの状態を拒否されるってことは、それを理解しているということ。
……読み取れ、見抜け。
だったら剣心は何を考える? 次のターニングポイントは何になる?
九頭龍閃を発動前に止めた。
って言うことは別の見方をすれば、それは発動させてはならないと警戒しているってことだ。
それは剣心も考えただろう、もう一度九頭龍閃を放つという選択肢もあるはず。
逆刃刀を構え直した剣心の瞳から読み取れるものはない。
変わらぬ剣気を俺に向けて、静かに放っている。
さぁ、何で来る……!
「っ!!」
「こっちでござる!!」
速――! 後ろ――!?
「おおおおおおお!! 龍巣閃っ!!」
龍巣閃かっ!! 流石のチョイスッ!!
行くぜ、弥生!! 三つ目のターニングポイントだ!!
「羽踏っ!!」
龍巣閃、その二撃目で何とか羽踏を起動できた。
代償は一房の髪、自慢のキューティクルポニーがハラリと落ちる。
そして訪れる弥生の世界。
ここまで龍巣閃の剣閃が疾いと、もう目で追うのは無理。
余計な情報をシャットアウトするために、目を瞑る。
感じるのは身体の近くを振り抜ける逆刃刀。
九頭龍閃とは違い、一刀一刀を感じることが出来た。
しかし合間に木刀を滑り込ませられるほどの間は無い。
避ける、避ける、避ける……。
避ける度に強く生を実感した。
今、俺は、闘っている、すなわち生きている。
避けることが出来る、一歩ずつ前に進むことが出来ている。
あぁ、確かに俺は勝利を求めているわけじゃない。
それは俺の地雷も良いところ、剣心だって輝いているヤツその一人だから。
いつだってその輝きは眩しいほどのものであって欲しい。
俺って輝きを消し去ってしまえるほどに大きく、強く。
だからこそ。
「そこぉっ!!」
「なっ!? くっ!」
一つを選んだ。
放ったカウンターを簡単に回避されて。
「後ろがお好きなようでっ!」
「っ!?」
再び回り込まれた背面へと今度は先んじて斬撃を置くように放つ。
それを本当に無理やりだろう避けた剣心はバランスを崩――。
「かく――っ!?」
崩したところを狙おうとすれば、そこはダメだと弥生の警鐘。
ここに来て初めて自分から距離を取った。
龍巻閃。
今踏み込んでいたら絶対に――
「おおおおおおっ!!」
「しまっ――」
ここで来るか九頭龍閃!!
くっそやべぇっ! 羽突で潰せないっ!!
「――やってやらぁああ!!」
わかった! 腹くくってやるよ! 全部……避けてやる!!
極まった集中の中、全てがスローモーションに感じる世界で。
壱、唐竹――避ける。
弐、袈裟斬り――頬を少し裂かれる。
参、右薙――木刀で逸らす。
肆、右切り上げ――着物を裂かれる。
伍、逆風――後ろに飛び退く。
陸、左切り上げ――太ももに結構深く入る。
漆、左薙――何とか木刀での防御が間に合う。
捌、逆袈裟――敢えて受ける。
そして。
「あああああああっ!!」
「おおおおおおおっ!!」
玖、突き――羽突を合わせる。
訪れる交叉。
身体に奔る痛みで膝をついてしまいそうだ。
でも、まだだ。
三つ目のターニングポイントは不利を運んできた。
それでも何とか痛み分け、最後の突きにだけではあるけど、完璧にカウンターを入れた。
「ぐっ……」
「はぁっ……はぁっ……!」
振り向いてさらなる攻撃を。
しようとした所でお互い同時に膝をついた。
俺は右の太ももに、剣心は右肩に。
九頭龍閃の突きが柄で良かった、最後うまく合わせられたのは羽突が間に合ったのは、それのおかげだ。
互いに大きな痛手。
それでも剣心の目から闘志は一向に衰えず……いや俺もか。
闘いにのめり込みきった表情をお互いに浮かべているんだろう。
そんな実感をした瞬間。
「やはり、お主にも……弥生殿にもまた、これしかござらんか」
そんな言葉が聞こえた。
間もなく終着駅。
立ち上がったのは同時、顔を見合わせて表情を緩めたのも同時。
「天翔龍閃ですか」
「あぁ、もはやそれしかござらん」
そして笑ったのも同時。
何故笑みが浮かんだのか、それはわからない。
ただ、俺はやっぱりこの時を待っていたんだろう。
剣心に飛天御剣流の奥義を使ってもらう。
これしかないと思ってもらえた、そう思われるほどに強くなった。
あの時見た背中はもう見えなくて、隣で目の前にいる人と肩を並べられたなんて錯覚が強く感じられる。
「剣心さん」
「なんでござる?」
多分、彼をこう呼ぶのはこれで最後。
だってそうだろう?
「どうか、姉さんを幸せにしてあげて下さい」
「あぁ」
「どうか、泣かせるようなことはしないで下さい」
「あぁ」
「そしてどうか、どうか幸せになって下さい」
「……あぁ」
これからは、剣心のことを義理の兄と呼ぶことになるのだから。
弥生。
もう良いだろう?
勝っても負けても、これで最後にしようぜ。
あんたの恋心は、命尽きるまで背負ってやる。
俺があんたの分までこの明治を幸せに生きてやる。
だから。
「――!」
「――!」
踏み込みもまた、同時。
何の合図もやっぱり無かったのに、示し合わせたかのように。
――左足。
天翔龍閃。
身体を大きく沈ませて避ける。
あぁ、任せてくれ弥生。
ちゃあんとこの先だって考えてるんだ。
右足、すんげー痛いけどさ、大丈夫だ。
後頭部を逆刃刀が通り過ぎていった。
訪れる空間の修復。
剣心へと吸い込まれそうになる身体。
その力へ逆らわない。
「弥生流――奥義っ!!」
そうさ、この一歩さ。
大きく前を踏みしめて、未来へ進むことを決意した。
見せてやるよ。
これが、これこそが。
「俺の――
目の前を通り過ぎていった枯れ葉が、ぱつんと弾けた。