TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、命がけにつき

 正直なところ、今自分を突き動かすものが何なのかわからない。

 強くなりたいと思ったのはここまで……斬左に喧嘩を売るほど強いものだったのだろうか。

 分かってるはずだ、今の俺は弱いって。

 剣の稽古をし始めて日も浅い上に、遥か高みに居るだろう斬左……左之助や剣心たちから見てみればそれは豆粒ほどの力。

 

 るろうに剣心の世界。

 言ってしまえば異世界にやってきた俺は、まずスライムから倒して経験値を積んで強さを目指すことこそが普通。

 そんな普通からみれば、レベル1の戦士がどっかのボスを相手にしようとしているようなもんだ。

 確かに戦えば、大きな経験となり自分の力になるんだろう、それはわかる。

 だけどそれをする、したいと思うほど、生死を懸けるほどの意思を持って強くなりたいと願ったわけじゃないはずだ。ましてやそもそも経験とできるほどの戦いになるのかすら危ういわけで。

 

 だから、わからない。

 

 強くなりたいと願った思いは、果たして自分のモノなのだろうかと。

 この身体に眠る願望。

 これもやっぱりそんな借り物の気持ちなんじゃないのかと。

 

「……今ならさっきのことは忘れてやってもいいんだぜ? もっとも二度とその面を見せねぇって約束はしてもらうけどな」

 

 日が落ちきった川辺。

 少しの距離を開けて、斬馬刀を布に包んだまま担ぐ斬左はそんなことを言ってきた。

 

 らしくない、のかもしれない言葉。

 

 それほどまでに今の俺は滑稽なんだろうか。

 足は、震えているし既に吐く息で肩が上下する。

 逃げ出したい思いなんてとっくに天元突破してる。

 

 だって言うのに心が熱い。

 

 逃げるな立ち向かえと、震えを、息を抑え込んで来るかのように燃えている。

 

「……そう言えば、喧嘩依頼料のお話をしていませんでしたね?」

 

「あぁ?」

 

「そうですね……満足出来なければ私を自由にして頂いて構いません」

 

 熱に浮かれて言っている言葉をイマイチ理解しないままに。

 ただただ熱の存在を理解出来たそのまま口にする。

 そしてそれは斬左の口角を持ち上げたようで。

 

「はっ! 上等だっ!! 精々楽しませてくんなっ!!」

 

 ようやく見れた斬左としての笑みを浮かべたまま、斬馬刀を放り、徒手空拳で突撃してきた。

 

 

 

「うらぁっ!!」

 

「――っ」

 

 間合い。

 俺の知識は漫画やアニメで語られるモノと、薫さんの教えだけ。

 

 頼りないそれにしがみついて、必死に竹刀を構える。

 

 一言、斬左の拳は脅威だった。

 いや、それだけでは足りない。

 

 天性の打たれ強さ。

 

 それこそがやっぱり紛れもない斬左の異才だろう。

 

「はっ! これじゃあ酔っぱらいの寸鉄のが痛かったぜっ!?」

 

「く……っ!」

 

 要するに斬左そのものが脅威だった。

 竹刀をまともに受けても止められない突進。

 意に介さず振りかぶられる拳。

 

 斬左にとって俺なんて案山子と変わりないだろう。

 勝ちの道筋なんて到底見えない、月明かりはあまりに乏しくて、そんな道を照らしてくれない。

 

 それでも。

 

「っち……! またかよ!」

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 こうしてまだ戦ってるつもりでいられるのは、脅威を躱し続けていられているからだろう。

 

 都合五回目。

 

 全く同じではないけど同じ行動を重ねた。

 

 斬左に比べれば小柄もいいところな俺の身体。

 それ故に避けやすいなんて理由はあるだろうけど、ここに来て一つの確信を得た。

 

 俺――弥生は自分の身に降り注ぐ脅威を避けることが出来る。

 

 どういった理由か、理屈かはわからない。

 

 確信。

 俺は体力が続く限りきっと斬左の攻撃を避け続けることが出来る。

 

 頼りなさすぎる間合いの知識と頼りになりすぎるこの異能ともいうべき力。

 足を止めて拳の乱打なんてされれば一溜まりもない俺がこうやってなんとか戦いになっているのはその二つのおかげ。

 

 突進される、避けて体勢を整えられる前に間合いを取り直す。

 

 それが、今俺に出来る唯一の戦い方。

 

「だが……そろそろつれぇだろう? いい加減寝ちまいなっ!!」

 

「っ!!」

 

 再度の突進。

 わかりやすく斬左の目が、振り上げられた腕が、何処をどうして狙うか伝えてくる。

 

 それをこの身は逃さない。

 

「ふっ……!!」

 

「――」

 

 六度目も結末は同じ。

 そこでようやく斬左の目が変わった。

 

「なるほど、な」

 

「ふぅ……ふぅ……。なに、か?」

 

 空振った拳をマジマジと見た後、大きく深呼吸をする斬左。

 

「俺の拳はお前にゃ届かねぇ……いや、このままヤり続けりゃいつかは捉えられるだろうがよ。ようやく分かったぜ」

 

 ニヤリ。

 と言う音が聞こえてきそうだ。

 

 ただその笑みには喧嘩前に見られた物足りなさってヤツが消えていた。

 

「お前は強えぇ、少なくともそこらのごろつきなんかよりゃあよっぽど。痛くも痒くもねぇが、避けるだけじゃねぇ……ちゃんと折れずに戦ってらぁ」

 

「……嫌味に、聞こえなくもないですが……ありがとうございますと言っておきます」

 

 斬左は笑った。

 喧嘩と認めた最中で、笑った。

 

 その意味はなんだろうか。

 

 笑いながら斬左は。

 

「なら……強えやつにゃコレを使わねぇとな」

 

「――っ!」

 

 斬馬刀を広い、巻布を取り払った。

 

「久しぶりだからよ、勘弁してくれや? 斬馬刀の左之介……斬左。喧嘩第二幕、行くぜっ!!」

 

 現れた手入れの行き届いていないボロボロの斬馬刀。

 

 その刃に。

 月明かりに照らされた煌きに。

 

 俺は、ようやく勝ち筋の光を見た。

 

 

 

「うらぁっ!!」

 

「っつつ!!」

 

 斬馬刀の質量、それを操る斬左の膂力。

 

 それによって生まれる風圧に足を取られながらもやっぱり俺は躱し続ける。

 

「ははっ!! 今のは危なかったんじゃねぇか!? おらっ! もっと俺を楽しませろっ!!」

 

「無茶……言わないでくださいっ!!」

 

 拳とは段違い。

 目に見えて大きくなった脅威にゴリゴリと体力が削られていくのがわかる。

 

 だけど。

 

「ったく! その身のこなしはずりぃぜ!!」

 

 剣心も言ったとおり、斬馬刀は攻撃手段が振り下ろすか薙ぎ払うかの二択と至極読みやすい。

 避けるって異能が無くとも常に二分の一の確率で避けることが出来る。

 そう、避けるという行為だけなら容易いのだ。

 

「はぁっ! はぁっ!!」

 

「そろそろ、かぃ? 念仏唱えるなら待ってやるぜ?」

 

 それでももう限界。

 集中力も、体力も悲鳴が上がらない位そう訴えてきていて。

 

 そんな中であっても心は熱く燃えたぎったままで。

 

「バカにバカ言われるなんて……悔しいです」

 

「あぁ?」

 

 口端にかかった力を実感できる。

 そう、今俺は笑ってる。

 

「途中で諦めるくらいなら……喧嘩なんて売りませんよ」

 

「――ッハ!!」

 

 ――ちげぇねぇ。

 

 ぐっと斬馬刀を構え直す斬左。

 

 そして俺も。

 

「……へぇ?」

 

「……」

 

 竹刀を地面と並行に構えて、竹刀の柄越しに斬左の興味深げな視線を受け止める。

 

 これは木刀じゃない。

 そして知識で知っているだけの技で、一度たりとも練習なんてしていない。

 

 間合い。

 

 斬左の間合いは広がって、俺は縮めた。

 

 剣心の言った言葉。

 相手の力を、自分の力以外を利用する力。

 

 だったらもうこれしかない。

 できるできないじゃない、できなけりゃ死ぬだけだ。

 

 怖い。

 普通に、怖い。

 

 震えている足はずっとそのまま。

 熱に浮かされ地面を舞う。

 

「行くぜ?」

 

「ええ、終幕、です」

 

 二択。

 ちゃんと自覚した異能じゃなく、決めつけで。

 俺はその決定に命を託す。

 

 ――まったく、わけわかんねぇや。

 

 心でそう呟いて、一歩。

 地面をダンッと踏み切って。

 

「うらあああああああ!!」

 

「あああああああああ!!」

 

 恐怖を叫びで押しつぶして、見えた斬左の剣閃は。

 

 横薙ぎ。

 

「っ!?」

 

「神谷活心流!! 柄の下段っ!!」

 

 膝挫(ひざひしぎ)

 

 長い髪が斬馬刀に巻かれて千切れた感触。

 それすなわち俺が横薙ぎされた斬馬刀の下を潜れた証明。

 

 後は、この柄を、斬左の膝に――。

 

「お――おおおおおおおお!?」

 

「!?」

 

 ズンっと言う衝撃が重なった(・・・・)

 同時に目の前にあったはずの膝が。

 

「ご、ふ……」

 

 消えて変わりに斬左のもう片足が俺の腹に突き刺さっていた。

 

「なん……で……」

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 暗くなっていく視界で見えたもの。

 それは少し遠くで地面に突き刺さっている斬馬刀。

 

「そっか……流石、相良、さのす、け……」

 

 重心がかかってる方に狙いを付けておけばよかったとか。

 薙いだ斬馬刀を勢いのまま放り投げて蹴りへとすぐさま切り替えるなんてヤバイだろとか。

 

 そんなことよりも。

 

 やっぱり左之助って強えわ。

 そんなことを思って、意識を手放した。

 

 

 

「――はっ!?」

 

「よぅ、目ぇ……覚めたかぃ?」

 

 ばっと身体を起こしてみれば煎餅布団の言葉を体現したかのような布団がはらりと。

 

「っぐ!?」

 

「オイオイ、無茶しちゃいけねぇな? いや、だったら俺に喧嘩売ってんのも無茶か……じゃあなんつーんだろうな」

 

 は、はらいてぇ……いや、まじ、まじでいてぇ……これ、絶対折れてるよね? あばらとかなんか絶対。

 

「こ、ここ、は……?」

 

「俺の部屋だ。まぁ流石に女を一人あの場に置いとくのもな」

 

 ようやく声の主、左之助を見てみればシーシーと魚の骨らしきものを咥えてる。

 その顔はどっか満足げで。

 

「……私を、殺さないのですか?」

 

「何か勘違いしてねぇか? 俺は別に殺しがしてぇわけじゃねぇ……喧嘩がしたいだけだ。相手の生死はそいつの運だ」

 

 あぁ、そう言えばそんな事言ってたっけ?

 そのおかげで生きてるっつーことか……てか。

 

「あー……でぇじょうぶだって、別にナニかしたわけじゃねぇよ。そこまで飢えてねぇもんでな」

 

「あ、はい……そうですか、そうですね」

 

 ほっと一安心……。

 いや、流石に男に掘られるのは勘弁……。

 あーでも何だろ、意外と紳士? それとも実は奥手さん?

 俺ならまず間違いなくいただきます……ダメだ、度胸ねぇわきっと。

 

「下心は別にあんだよ。……嬢ちゃん、何で俺が赤報隊の生き残りだって知ってる?」

 

「……それは」

 

 やっべ、言い訳考えてなかったてへぺろ。

 

 な、なんて言おう……煽るのに都合が良かったから使っただけなんてとても言えないぞ?

 

「……」

 

 あー……はらいてぇ……二重の意味で。

 左之助は話せって顔で……いや、言うまで逃さねぇって顔してるしさ。

 

 ……言うべき、なんだろうか。

 

 未だにわけわかんねぇけどここは漫画の世界で、左之助たちはその登場人物。

 漫画を読んだ俺だから知ってるんですよ、なんて。

 

 ……ばかじゃねぇの? 言ったら今度こそぶちのめされるわ。

 

 あ。

 

「に、錦絵です。ご存知ないですか? 赤報隊一番隊、相良総三」

 

「っ……あぁ、知ってるよ、知りすぎている程にな。それがどうしてぇ?」

 

「その錦絵の後ろに、左之助さんに似た人が描かれていて……もしかしたらって思ったんですよ」

 

 月岡津南もとい月岡克浩まじ感謝。思い出してよかった漫画知識、さすが俺。

 

「……そうかい。それがたまたまってわけかい」

 

「はい」

 

 信じてお願いプリーズ。

 しっかりと目を合わせてしれっと返事をしてみりゃ探るような目つきの左之介。

 

 ……だめ?

 

「んじゃあわかった。今回の喧嘩料は……その絵を俺に持ってきな、それで勘弁してやるよ」

 

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

 

 っぶねー! まじっべー!

 

 あーほんと寿命が縮んだよ、ごまかせてよかった!

 ま、まぁそんなに高いもんじゃ無かったはずだ、売れ残りまくってるやつだし、いざとなったら店主に色仕掛けでもなんでも……。

 

 しません。

 ちゃんとお給金で買います。

 

「わぁった、じゃあそれで手打ちだ。身体がマシになるまでここは好きに使っていい、その後は家にけぇんな」

 

「はい、ありがとうございます。……? あの、何処へ?」

 

「さて、な。どうやら今夜は千客万来の大繁盛らしい……嬢ちゃんがいる前で話すことでもなし、ちっといってくらぁ」

 

 そう言って長屋から出ようとする左之助。

 

 ……あぁ、比留間兄弟が来たのかな?

 そう思えば、変に未来が変わっていないことにちょっと安心したり。

 

「あぁ、それと」

 

「? はい?」

 

 ふと思い出したように左之介は足を止めて、肩越しに。

 

「またヤろうぜ? 喧嘩、よ」

 

「……あ、あはは……機会があれば、お願いします」

 

 そう言ってにかっと、悪一文字越しに左之助(・・・)の笑みを見せてくれた。 

 

 


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