TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル/靴下香
――おめぇは性格が悪い。
左之助が望んだ喧嘩とは形を変えて。
俺にとっては稽古であり研究。
――私とまた喧嘩したいのなら私を強くしてください。
性格云々はこの言葉に対しての返答。
意外と面倒見が良い左之助だってのはこの時からか、それとも二言はないという男気からか。
どちらにしても男の俺としては、心地の良い挑発というものがわかるわけで。
「甘いねぇ」
「くぅっ!」
恒例となった左之助相手の稽古。
赤べこから道場までの道途中にある川辺で左之助に竹刀を振るう。
ビシビシと力の限り振っているのにも関わらず左之助はやる気なさそうに避ける。
やる気ないのはあれだ、当たっても避けても同じだからだし左之助にとっては喧嘩という名前のお遊びだからってのが一つ。
「てぇいっ!」
「おっと」
要するに言ってしまえば、当たっても痛くないのである。
いや、そりゃもちろん左之助にとっての話で、一般人やら左之助が言うところのゴロツキ相手にゃ十分なのかも知れないけど。
圧倒的に力が足りない。
「ふぬ、ふぬぬぬぬ!!」
「あーもう、ムキになんなよ
「……むー」
しっちゃかめっちゃかに振り回していた竹刀を深呼吸して下ろす。
そう、分かってる。
「いてぇってわかった上でなら耐えられる程度なんだって。おめぇの力は」
「はっきり言いますね……」
それがある意味心地よくもあるのだけど。いや、Mっ気の話はしていない。
剣術を修める他ないのだ平たく言えば。
どうやったって今の俺は女、非力な女でしかない。
力任せに腕を、竹刀を振ったところで大したダメージを負わせることは出来ないんだ。
逆に言えば。
「だからこそあん時感じたのは間違いじゃねぇんだろうがよ。ちゃんと剣術してくれや」
「……はい」
左之助と戦った時。
膝挫を狙ったのはまさしく正しい。
剣術として、女性の身軽さを利用して、相手の力を勢いを利用しての攻撃。
左之助の嗅覚というか、危機察知能力は正しかった。
だから慌てて俺を蹴り飛ばしたんだ。
そう、ゴロツキ程度ならきっともうなんとかなるだろう。
だけど、左之助……もっと言うなら剣心やこれから現れるだろう四乃森蒼紫、斎藤一になんか通用するはずもないんだ。
その確認が、一つ。
「じゃあ、仕切り直しで」
「おうっ、待ってました!」
もう一つが弥生としての稽古。
竹刀をちゃんと構えてみればニコニコと急に楽しそうな左之助にいらっとするけど。
巫丞弥生が剣客として強さを目指すための稽古。こっちのほうが左之助に取っちゃ楽しい
強くなりたいから手伝って欲しいと言った時の左之介はまさに何いってんだコイツって顔をした。
教えるなんて似合わない、ガラじゃないと自覚してるのもあるだろうけど、まぁ何で俺に言ってんだって感じだろう。
利用するみたいな考えで申し訳ないが、それでも左之助は大きい差はあるけど一般人以上幕末で戦った人たち以下の存在だ。
いや、もう少し言えば明治という時代で強い人以上、幕末の強い人以下というべきか。
るろ剣格付けチェックなんていい気持ちはしないけどな。やるなら人気投票やってどうぞ。
ともあれまぁ俺にとっちゃ有効的。
地雷の存在はあるけど、一番近い教科書で目指すべき壁なのだから。
「おらぁっ!!」
「っ!!」
簡単に拳の間合いに詰めてこられてそれを振るわれる。
それも仕方ない、俺から能動的に仕掛けたところでダメージを与えられないのだから相手のアクションを待つ他ない。
後の先。
言ってしまえばカウンター。
それこそが俺の生きる道であり、唯一の活路。
それを自覚して、伸ばすための左之介先生なのである。
まぁお代はメシと左之助を楽しませることって話で納得してもらった。
「お……っとぉ……! そうそう、これだよなぁ! 相変わらず
「お褒めの言葉、どうもっ!! えいっ!!」
この前自覚したとおり弥生は脅威を避ける。
それは半分自動的と言ってもいい、身体がまじで勝手に動く。
だからこそ俺は後の先をどうやって得るかを考えず、得た先のみを考えることが出来る。
……よくよく考えるとチートだよチート、まじで。
神谷活心流。
奥義が柄の間合いを会得することが重要なように、膝挫なんて技があるように。
通常剣の間合いよりさらに一歩踏み込んだ位置は神谷活心流がより活きる間合いでもあった。
そしてその間合いは拳のそれに近い。
解釈違いも甚だしいだろうが、俺の印象と記憶……そして弥生の身体。
それがそうだと訴えている以上、その感覚に身を任せるしかない。
「しっ!!」
「うおっ!?」
振るわれた右拳の外側に躍り出て、脇腹へと柄を突き立てようとしてみれば慌てて飛び退く左之助。
「いや、ほんっとえぐいよな? 見た目の割に」
「み、見た目は関係ないですっ!」
そう言われても仕方ない。可愛いから仕方ない、じゃなくて。
真面目な顔をしているつもりだけど、何故か笑顔が浮かんでるってわかる。
そのくせ人体急所を柄で突こうとしてるんだ、えぐい。
ランランと笑いながら死ねって言われたら誰だって怖いだろう。そういうことだ。
警戒しすぎだと思わんでも無いけど、左之助自身、俺のカウンターに対してはめちゃめちゃ気を配ってる。
それだけあん時狙った膝挫が相当印象に残ってるってことなんだろうけど……ここまで警戒されるとなぁ。
ともあれ。
「次、行きますよっ!!」
「おうっ! かかってこいやぁ!」
左之助から学べることはとても多い。
愛想つかされないように頑張らねぇとな。
左之助騒動が終われば黒笠騒動。
政府要人を狙った暗殺事件の始まり始まりなわけで。
確か
新選組に所属して、危険人物だからと粛清されかけて逃げて、人斬りの道を選んだその人。
なんて情報はここで言うべきじゃないだろう。
道場の庭で警察の人と剣心たちが話しているのを尻目に廊下の掃除へと勤しむ。
実際、この話で俺が出来ることは何もないと思う。
これから起こることに対してアプローチ出来ることがないというべきか。
辛いとは思うけど、薫さんはこの件で剣心に潜む人斬り抜刀斎を目の当たりにするんだし、上手くこうしてああしてと動かしてしまえばそれが崩れてしまう危険がある。
原作ブレイクはしたくないんすよまじで。
嘘をつかないって誓いももちろんだけど、やっぱり型にハマってほしいのだ俺としては。
たとえば何がきっかけで剣心が人斬り抜刀斎になったまま戻れなくなってしまうかわからないし、何なら薫さんが剣心を嫌いになる可能性だってある。
出来ることならば、介入で変わるものがあるとしても手のひらの上であってほしい。
もちろん左之助との
見えてる、知ってる地雷を踏み抜く、後に響きそうなポイントを変えようとする。
そういうことは意識的にはやらないように気をつけたいと思う。
やらなくちゃならない状況だけだ、やるのは。できれば一生来てほしくないけど。
なんてことを考えていたら剣心と左之助は早速準備をして、豚……もとい、護衛対象がいる谷邸へと足を向けていった。
「弥生ちゃん」
「あ、はい。どうしましたか薫さん」
頭三角巾をとって薫さんへとお返事。
いや、これしてないと髪が汚れるからな。
……いやまて違う、俺が気にしてるわけじゃない。薫さんが気にするからしてるだけだ。
「明日早く起きてお風呂焚いて待っておこうと思うの。だから、稽古の時間早めてもいいかな?」
「えっと……」
おうおうもう剣心のことが気になって仕方ないってか? 恋する乙女ってか?
……いやまて違う、俺はそこまでおっさんでは無かったはずだ、うごご。
ともあれもう特に掃除だなんだの予定は無い。
大丈夫ですよ、お願いしますと返事してみれば用意してくるねとその場を後にした薫さん。
「なぁ、弥生。剣心に限って大丈夫だとは思うけどさ……」
「うん? あぁ……弥彦ちゃんも心配なんですか? 大丈夫ですよ、きっと。そんなことより今日はせめて私に一太刀頑張ってくださいね?」
「んなっ!? こ、コノヤロ! 今に見てやがれっ!!」
おーおーかわゆいかわゆい。
プンプンと怒り肩で去っていく弥彦だけどまぁやっぱり年齢相応だわな。
弟がいたらあんな感じだろうか? なんて。
「だけど……」
緋村抜刀斎、か。
その単語を思い浮かべると一際心が跳ねる。
俺はもちろんその存在を知っている、そしてどうなっていくかも知っている。
それでも、弥生はどうなんだ。
この身体の持ち主は、何で緋村抜刀斎を知っているのか。
いや、言うまでもないがその単語に反応するってことは抜刀斎を知っている、もしかしたら何か関係を持っている可能性すらある。
こいつは、一五歳だ。
今は明治十年、幕末の時にと考えても五歳かそれより下の頃。
関わりがあるなんてとても思えない。
そうだというのに。
――。
「あぁもう……分かったからそう訴えんな……いてぇって」
粟立つ心に合わせて頭痛がやってくる。
わかったと言ってもわかることなんて全然なくて。
唯一わかること、分かっていたことは。
「コイツは緋村剣心……いや、緋村抜刀斎を求めている、んだろうな」
少し慣れた頭痛と自分の膨らみを感じながら、頭痛が治まるのを待つことにする。
やわらかい。
明けない夜はない。
なんてよく聞く言葉。
眠れない夜を過ごしたのは薫さんで、怪我した左之助のために風呂を焚き直したのは俺。
そう言えばこの光景を鵜堂刃衛も見ていたはずだ、だからこそ薫さんをこのあと拉致るのだし。
「何処だったかな?」
確かそこらの雑木林――。
「っ!!」
あぁ、居る。
あそこに居る。
分かってしまえば足が震えた。意識してしまえば放たれる濃密な殺気に酔ってしまいそうだ。
いや、本人は殺気なんて放っていないのかも知れない。それでも心底身体が縫い付けられた。
なんてこった甘すぎた。
そうだよそうだ、刃衛だって幕末を生きた者だ。
剣心が勝てる相手だからといって、俺にとって……今の俺にとって脅威どころか、災害みたいな存在だと言うことに違いはねぇんだ。
心の一方をかけられたわけじゃないっていうのに、身体が重くて仕方ない。
「――っつあ」
不意に、それが解けた。
同時に床へと両手をついた。
「はぁ、はぁ……」
冷や汗が止まらない、床に広がる水玉の数がどんどん増えていく。
甘かった。
本当に、心の底から甘かった。
左之助に強いと言われて、慢心していた。満足してしまっていた。
確かにゆっくり一歩ずつ得られる何かはあった。
足りない。
明らかに足りない。
この絶望的と言えるような差を実感してしまってそう思う。
対峙したわけでも、殺気を、剣気を向けられたわけじゃない。
多分、ただ視線を向けられただけ。
脅威を避けることが出来るはずなのに、そんな挙動を一切する事なく止められた。
「ちく、しょう……!」
それが悔しかった、ものすごく悔しかった。
どうしてこんなに悔しいのかはわからない。それでも、それでも。
「情け、ねぇ……っ!」
慢心していたことも、それで満足していたことも。
言われた気がした。
死戦の経験すら無いヤツが何言ってんだと。
俺にただ目を向けただけであろう刃衛も。
何より……弥生も。
路端の石、豆粒に等しい俺を笑った気がした。
だから。
「鵜堂刃衛っ!! 俺と、俺と勝負しろっ!!」
木々に向かって叫ぶ。
「俺を、殺してみろっ! やってみろっ!!」
だけど帰ってくるのは木々のざわめきだけで。
「ちくしょう……ちくしょうっ!!」
居たとしても、居なかったとしても。
相手にされることはない、それだけが分かって。
悔しい思いの中で、苛立つことしか出来なかった。