グレイゴーストは恋を知る   作:ペトラグヌス

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僕の日記

「邪魔するわよ」

「…………」

「あら、いつまでそうしているつもりなのかしら?」

「…………」

「……はあ。まあいいわ。これ、ここに置いておくわよ」

「…………」

「じゃあね、エンタープライズ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

×月××日

以前から伝えられていたように、今日は彼女の着任日だった。正装をして外に出ると、空はあいにくの雨模様。降りしきる雨の中、20分ほどたっただろうか。定刻通り、彼女はやってきた。

歴戦の勇士、灰色の亡霊。彼女を形容する言葉は数あれど、それらは皆”彼女”という戦士を表したものだ。それらに惑わされ、僕も知らないうちに彼女に対する印象を固めてしまっていた。どこまでも冷徹で如何なる任務をも成し遂げる孤高の女戦士。書類で見た彼女は、そんな面持ちに見えた。だから、彼女を迎え入れるには勇気と、そして覚悟とが必要だった。僕は、彼女という戦士を迎え入れる覚悟を持ってそこに立っていた。

だが、そんな覚悟など要らなかった。開けた視界の先には、一条の光が差していた。その光が彼女だった。その眩しさに、僕のちっぽけな覚悟も、固まっていた彼女への偏見も、全て吹き飛ばされてしまった。真っ白な軍装、大きな帽子、アメジストの瞳、そして長いプラチナ・ブロンドの髪。その艶やかな白髪は彼女に儚くも荘厳な雰囲気を与えていた。僕は彼女に目を奪われた。…いや、それだけではない。僕は彼女に、心までも奪われてしまったようだ。

 

×月××日

今日は彼女に基地施設の案内をした。まあ、この基地は前線の急造基地でたいして立派なものではない……有り体に言えばみすぼらしい基地だが、みんなの生活環境の整備には十二分に力を入れているし、大軍港に負けていないと自負している。……だが、どうやら彼女のお眼鏡には適わなかったらしい。僕が施設の説明をしても反応が薄かったし、しまいには早く出撃したいなどといわれてしまった。だが、こんなことでくじける僕ではない。今後は今まで以上に施設の整備、発展に取り組んでいきたいと思う。

 

そんなことはさておき、今日一番の出来事といえばやはり彼女と一日を共に過ごすことが出来たということだろう。基地の案内という絶好の名目を得て合法的にだ。並んで歩いていると、潮風が仄かに彼女の香りを伝えてくる。華美なものではない。例えるならば石鹸の香りと言うべきか。その香りを振りまく彼女は、横目で見ても凛々しく、可憐だ。広がる銀糸は透き通るようで、艶やかな質感。遠くから見ても近くから見ても、彼女は僕の心を捉えて離さない。

 

×月××日

今日は彼女と他の子たちとの初顔合わせだった。ユニオン最強の戦士と名高い彼女とあって、みんな緊張していたようだ。そもそも彼女はあまり乗り気でなかったようで、自己紹介も名前程度の簡単なもので済ませてしまっていた。意外と人見知りなのだろうか?みんなには温かく彼女を迎え入れてあげてほしいとお願いしている。これから同じ時間を過ごしていくうちに仲を深めていってほしい。

 

×月××日

今日は彼女と最終ミーティングを行った。着任からこれまでで気になった点や、出撃にあたっての要望などを話し合うためだ。これが終わればいよいよ実戦となる。実戦でより良いパフォーマンスを発揮してもらうため、そして何より無事に帰ってきてもらうために、彼女とのコミュニケーションは不可欠だと思っている。

 

だが、彼女とのコミュニケーションは難易度が高すぎる。目が合う度に心臓の鼓動が早くなるのをはっきりと感じた。視線を下げるわけにもいかないし、横を向くのも不自然だ。僕はいったいどうすればいいのだろうか。こんなことでは彼女と信頼関係を築くのには程遠い。

 

慣れるしかないのだろうか……

 

×月××日

今日は彼女に実戦に出てもらった。この基地に来てから初めての出撃なので、比較的安全な海域の哨戒任務をお願いした。今回は僕の眼で彼女の戦いを見ることはかなわなかったが、近いうちに僕も前線で指揮を執りたいと思う。彼女を見ていたいというのもあるが、それよりも出撃した子たちからの報告が気になった。それをこの目でしっかりと確かめたい。

 

×月××日

初めて彼女の戦いをこの目で見た。そこでは、報告にあった通りの光景が広がっていた。──彼女は突出しすぎている。それは、決して身勝手というわけではない。僕も初めに聞いたときは武勲を上げようと気を急いているのかと思った。だが、次第にそうではないとわかってきた。きっと彼女にとってはそれが普通なのだろう。彼女は本当に優秀だ。優秀で、やろうと思えば一人で何でもできてしまう。自分を狙う敵艦だけではなく、他のみんなを狙う敵まで彼女一人でどうにかできてしまうのだ。今日だってそうだった。ほかの子への攻撃を自分を盾にして防ぐ。返す刀で敵を倒す。なるほど、これでは彼女の数々の武勇も納得だ。それと同時に、僕が初めて彼女を見たときに感じた儚さの理由が少しわかった気がする。

 

×月××日

彼女が着任してから一か月がたった。やはり彼女は強大な戦力だ。この一週間で今までの一ヶ月分の戦果を挙げた。だが、彼女は少し無理をしすぎる傾向にあるように思う。先日も、出撃のローテーションが緩すぎると直訴してきた。彼女のそんな姿は、見ていて痛々しい。僕もこれまで、何度か彼女にあまり無茶をしないようにと伝えてきた。だが、そのたびに彼女は最低限の修理はできているから問題ないといって話を切り上げてしまう。 僕は、彼女に信頼されていないのだろう。彼女に信頼してもらうにはどうすればいいのだろうか。

 

 

 

 

×月××日

恐れていたことが現実になった。彼女が倒れた。僕の責任だ。彼女に嫌われたくないという邪な気持ちが彼女を傷つけた。指揮官として果たすべき責任を怠った。僕の責任だ。

×月××日

先日は少し動揺してしまった。彼女は幸いにも大事には至らなかったようだ。だが、しばらくは療養してもらいたいと思う。彼女が出撃しようとしたら、何をしてでも止めてみせる。

 

僕は、彼女に信頼されたいと思っていた。信頼されるためにはどうすればいいか、ずっとそれを考えていた。だが、僕はそこで致命的な間違いを犯していたのだ。信頼関係を築くのは、みんなに最高のパフォーマンスを発揮してもらうため、みんなに無事に帰ってきてもらうためだったはずだ。彼女が疲弊していると知っていたのなら、信頼のあるなしなどを考える前に彼女を止めるべきだったのだ。

 

ここ最近の僕は浮かれていた。これからはその浮ついた気持ちを捨て、指揮官としてすべきこと、できることを遂行していこう。

 

 

 

 

×月××日

早速彼女が出撃を企てた。曰く、傷はもう充分に治った、私の役割はこんな所で寝ていることではなく戦うことだとのことだ。そんなことを言われたら、ますます行かせるわけにはいかなくなった。今回は、どうにか出撃を思いとどまらせることができたが、彼女はまた同じことを繰り返すに違いない。何かいい案はないだろうか?彼女は真面目なので、何か戦闘以外の仕事を見つけてあげればいいかもしれない。

 

×月××日

今朝、彼女に指揮官命令として秘書を務めるように言った。命令という言葉に、彼女も渋々ながら承諾してくれた。命令をするのはどうにも苦手だが、彼女にはこちらの方がいいのだろう。秘書艦制度を使うのは初めてなので、何をやってもらえばいいかはよくわからないが、取り敢えずその場その場で何かしてもらおう。

 

×月××日

今日は彼女と一緒に書類整理に勤しんだ。この仕事は正直あまり好きではないが、みんなの為になると思えばやる気も出るというものだ。今回は二人なので、いつもの二倍、いや三倍のペースで進んでいるように思う。秘書艦、想像以上にありがたい存在だ。明日からもこの調子で頑張ろう。

 

×月××日

相も変わらず書類と格闘していたのだが、ふと彼女が今まで書類をどうしていたのかと尋ねてきた。どうやら彼女は、僕が仕事をさぼって書類をためていたと思っていたらしい。これがわずか数日にしてできたものだと説明すると、彼女は驚いたような表情をしていた。思えば、彼女は今まで申請してこなかったので思いが至らなかったのかもしれない。僕も説明不足だった。何も言わずに書類整理をさせれば、そう思うのも道理だし、仕事にやる気も起きなかったことだろう。今後はこのようなことが起こらないよう、しっかりと意思疎通していきたい。

 

×月××日

ようやく長い戦いが終わった。彼女も心なしか満足げだった。そんな彼女に、次の仕事について聞かれたのだが、何も考えていなかったので適当を言っていたことがばれてしまった。だが、不思議と彼女は柔らかい表情で、これからはお互いに遠慮なく意見を交わしていこうと言った。

今まで、僕は彼女のそんな表情を見たことがなかった。

 

×月××日

早速、彼女から提案があった。装備を装甲重視から機動重視にするべきではないかという意見だ。彼女の言葉を受け、みんなにもう一度聞いて回ったところによると、どうやら僕の選ぶ装備は耐久、防御には優れているが、鈍重なきらいがあるらしい。

確かに、開戦初期の激しい攻撃にさらされて防御一辺倒だった昔とは違い、哨戒・偵察任務が主な現状には重い装備はそぐわない。

だが、なぜみんなは早くそれを言ってくれなかったのだろうか?尋ねると、みんな一様に口ごもってしまった。もしかすると、僕がみんなに強く勧めてしまったために言い出しにくかったのかもしれない。

僕が見落としてしまっていたことを意見してくれた彼女に感謝だ。早速取り入れていきたいと思う。

 

×月××日

今日は彼女にコーヒーを入れてもらったのだが、これがなかなかのものだった。申し訳ないが、飲むのに苦労を要する液体だったと思う。正直な感想を伝えた後の彼女は、なんというかムッとしていたが、僕が入れたコーヒーを飲んだ後にはリベンジに燃える目をしていた。今後の成長に期待したいと思う。

 

×月××日

彼女は軍人としてだけではなく、秘書としてもとても優秀だ。僕が築いた書類の山もあっという間に片づけていくし、最近はコーヒーを入れるのも上手になってきた。今まで秘書というのは任命したことがなかったが、これはなかなかいいものだ。もちろん、戦術の方も一級品で、僕よりも優れた意見をいくつも出してくれる。それと、艦隊のみんなについても色々と意見してくれた。誰がどんな装備を欲していただとか、誰の能力を強化したらいいだとか、みんなのことをよく気にかけている。これも、彼女のいいところの一つだ。

×月××日

大分彼女の秘書官業務も板についてきたように思う。それに、少しずつだが表情が豊かになってきたような気がするのだ。以前の彼女は仏頂面をしているか、鬼神のような表情で戦うかだった。だが、今ではどうだろう。僕の下らないジョークに苦笑しながらたしなめてくる彼女。コーヒーを一緒に飲みながら談笑する彼女。どれも、以前の彼女からは考えられない。僕は、それがとても嬉しい。

それと同時に、僕は彼女にどう接したらいいのかわからなくなる。捨てたはずの気持ちが、再び顔を出しそうになる。

彼女は本当に優秀だ。だから、僕なんかがそれを望むのは高望みというものだ。

 

×月××日

今日は、久々に彼女と出撃した。長らく離れていた戦場ではあったが、彼女にとってはその程度のブランクはなんでもないらしい。ただ、以前と違った点が一つある。それは、艦隊のみんなとのコミュニケーションだ。元々、視野の広い彼女ではあったが、今までは自分で処理していたそれらをみんなと共有していたのだ。この変化はとても好ましい。ただ、気になることがあるとすれば、それは彼女の表情だ。時々見せるその陰りはなんなのだろうか。明日、彼女に聞いてみよう。

 

×月××日

彼女に、何があったのか尋ねた。だが、帰ってきたのはなんでもないという言葉。以前にも聞いたことがある言葉だった。杞憂だといいが……。

 

×月××日

やはり、彼女の表情はすぐれない。最近では、戦場だけでなく日常の場でもその顔を見せるようになった。

 

もう今度は間違えない。指揮官として、義務を果たそう。

 

×月××日

……きっと、彼女はずっと一人で頑張ってきたのだろう。誰かに頼ることなく、常に一人で戦ってきたのだろう。

僕は、彼女に信頼してもらえたものだと思っていた。心を開いてもらえたものだと思っていた。だが、それは全くの勘違いだった。僕は、一番近くにいたはずなのに、彼女が苦しんでいるのに気づいてあげられなかった。

彼女だって、一人の女の子なんだ。笑って、泣いて、怒って、悲しむ。そういう当たり前の感情を、当たり前のように抱いて然るべき存在なんだ。

僕は、そんな彼女を、一人の女の子を、守ることのできる存在でありたい。

 

それが僕のただ一つの望みだ。

 

 

×月××日

最近、なかなか前線に出られない。理由はもちろん例の件だ。初めは半ばこじつけのようであったが、徐々にデータが集まりつつある。このまま継続すれば、もしかすると上にも認めてもらえるかもしれない。

明日こそは前線にでよう。

 

×月××日

本当に彼女はいい顔をするようになった。目の前の敵を倒すことだけを考えていたような昔と違い、今はもっと大きな未来を見据えたような目をしている。これこそが僕の守るべきものだ。

 

×月××日

彼女から重桜の大規模な攻勢があるかもしれないと聞いた。上からの注意喚起はないが、彼女の言うことだ。注意するのに越したことはない。警戒を密にして敵襲に備えたいと思う。

 

 

 

 

×月××日

ここ何日か眠っていたようだ。幸い大した怪我ではなく、すぐに復帰できると聞いて安心した。

 

目が覚めた時、はじめに視界に飛び込んできたのは彼女だった。彼女は、今にも泣きだしそうな目でこちらをのぞき込み、よかったと繰り返し言っていた。

我ながら無茶をしたと思う。重桜艦隊の襲撃を退け、彼女と二人で歩いているときだった。海に、何か光るものが見えたような気がした。体が勝手に動いたという奴だろうか。薄れゆく意識の中で考えていたのは、彼女は無事だろうかということだったと思う。

結果的には彼女は無事で僕も軽傷だった。でも、彼女は怒っていた。目覚めたときに見た、泣き出しそうな目のまま怒っていた。あなたがいなくなれば誰が皆を指揮するんだ、私は誰の秘書をすればいいのだと。一通り怒った後には自分のせいで僕が怪我をしたと謝ってきた。

それを見て僕は、どうしようもなくうれしかった。彼女がこんなにも怒ってくれて、こんなにも悲しんでくれて、こんなにも僕のことを心配してくれていて。

 

僕はやっぱり彼女のことが好きだ。

 

×月××日

彼女が来てから一年がたった。この一年の間、彼女は本当に変わったと思う。でも、その変わっていったどの彼女のことも、僕は好きだった。一年前に一目ぼれした時からその気持ちは変わらずにいる。……いや、むしろ強まっているのかもしれない。僕もそろそろ腹を決める時だ。

 

彼女には万年筆を送った。我ながらセンスがないと思うが、気持ちだけでも受け取ってもらえたのなら嬉しい。

 

×月××日

試しに上に今までのデータと研究成果を送ってみたところ、反応は良好だった。更なるデータ収集と研究を進めていけば、近いうちに正式に制度化できるかもしれない。明石にも助力を乞おう。

 

×月××日

最近、彼女の様子が妙だ。何というか、落ち着かない様子なのだ。聞いてもはぐらかされてしまうし。といっても、以前のように危うい感じではない。何なのだろう?

 

×月××日

今日、彼女に想いを告げられた。戦争が終わったその先も、ずっと一緒に居たいと。僕は、どういう顔をすればいいかわからなかった。

彼女のことをずっと想い続けてきた。初めて出会ったときからずっと。でも、叶わない願いだと思っていた。彼女は立派で、優秀で、僕なんかとは比べ物にならない。そう思い、一度はあきらめた想いだった。

でも、彼女はこんな僕と一緒に居たいといってくれた。ならば、僕もそれに全力で答えるしかない。

だから、少しだけ待っていてほしい。

 

×月××日

ついに、上から内々に制度化が決定したとの通達があった。思った以上に連絡に時間がかかり、彼女をやきもきさせることになってしまったが、これでどうにか勘弁してほしい。

 

彼女は戦うための兵器だ。だから、人と関係を持つことなど有り得ない

 

そういった世間の声から、これで彼女を守ることができる。

 

つい先ほど、明石が頼んでいたものを完成させてくれた。特注品なので高くついたが、一生に一度だ。明日、彼女に渡そうと思う。

 

×月××日

朝、いつも通りに部屋で待っていたのだが、いつまでたっても彼女が来なかった。彼女の部屋を訪ねるも返事がない。体調がすぐれないのだろうか?

 

×月××日

おかしい。返事すらないのはいくらなんでもおかしい。……待たせすぎて愛想をつかされてしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……指揮官……指揮官……」

「私は……私は……!」

「ううっ……ああ……あああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 




指揮官も重い気がします
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