カムイの刃   作:Natural Wave

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長いです。あとグロいです。

18歳未満の閲覧注意という事でお願いします。


第参話 最終選抜

藤襲山(ふじかさねやま)。鬼の嫌う藤の花が一年中咲き誇る山。杉元は最終選抜を受けに来るためにこの山を目指し、辿り着くことが出来た。石段を登り切ったその先にいた白髪と黒髪の子供。恐らく双子だろう子供達に杉元は屈んで目線を合わせる。

 

 

「あの、ちょっと聞きたいんだけど。ここが藤襲山?最終選抜ってのここでやるみたいなんだけど何か知ってる?」

 

 

杉元が隠の青年の残した紙に書かれた山の名前や道順を示しながら話すと双子は杉元の顔を見た後、少しだけ互いに見合い杉元に視線を戻した。

 

 

「ここが藤襲山です」「最終選別はもう始まっています」

 

 

杉元は双子の言葉を聞いてゲ、と顔をゆがめた。

 

 

「嘘!もう始まってるの?それ途中で参加出来る?出来るならしたいんだけど…」

 

 

また双子は少しだけ顔を見合わせた後、鬱蒼と生い茂った森を指し示した。

 

 

「まだ始まってから時間は経っていません。この藤襲山には生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり、藤の花の狂い咲く麓から中腹から外に出る事は出来ません」「しかしここから先には藤の花が咲いておりませんから鬼共がおります。七日後、またこの場所に生きて戻ることが出来たのならば鬼殺隊士となる事が適うでしょう」

 

 

双子が指し示した森の入り口を見て杉元は胸をなでおろした。

 

 

「そうか!受けれるか、よかったー!これ良かったら食べて!ありがとー!」

 

 

そういうと杉元は背嚢から竹皮にくるまれた大福を双子に渡すと小走りで山の中へと入っていった。双子は少しだけ杉元の背中と竹皮にくるまれた大福を見た後、再び顔を見合わせた。

 

 

 

*

 

 

 

杉元が森に入ってから直ぐに森は深くなり、目を凝らさなければ木の幹の輪郭すら見失う程暗くなる。これなら、日の高い時間でも陰が深くなり鬼が行動可能な場所もあるだろう。

 

 

「うーん、やっぱり森が深いな。これじゃぁ日中でも日が差し込まない場所もあるな……む?」

 

 

鬼が出るというならもう出てきてもおかしくは無いだろう。そう考えた矢先、杉元の鼻は血の鉄臭い臭いを嗅ぎ取った。

 

 

「……」

 

 

ぴちゃぴちゃと、水音のようなものが茂みの向こうでしている。杉元は肩に掛けていた小銃を下ろして構え、茂みを銃口で掻き分けながら進む。杉元が見たのは、地面にうずくまる人影。しかし足元には血だまりがあり、血に染まった抜き身の刀と破れた着物が見えた。

 

 

「――んあ?何だよ。こっちはもう腹一杯なんだがな」

 

 

振り返った人影は、目が赤く染まり瞳が縦に裂けていた。杉元が過去に見た鬼の特徴と一致している。杉元は地面に落ちた着物や履物の大きさから、この鬼に殺されたのは年若い子供の物であると判断した。

 

 

「……鬼か」

 

 

「見たらわかんだろ」

 

 

そう言って鬼は口に咥えていた人間の指を口の中に放り込むとパキパキと噛み砕いて飲み込んだ。杉元は鬼が口元をぬぐった瞬間に引き金を引いて鬼の頭部を撃ち抜く。バキュッ、という音と共に鬼の頭が弾かれ鬼が仰向けに倒れるのと同時に杉元は銃剣を引き抜き、小銃の先に取り付けると鬼に向かって走り出した。

 

 

「痛ってぇ――ヅッ!?」

 

 

そう言いながら起き上がろうとする鬼の上半身を杉元は思い切り踏みつけて地面に押し倒し銃剣の着いた小銃を喉に突き刺して鬼の動きを封じると、傍の刀を拾い上げて即座に鬼の頸を刎ねた。

 

 

「ガフッ――え――あ?」

 

 

ドスン、と落ちた鬼の頸が地面を転がり、ボロボロと朽ちていく。朽ちていく鬼の身体を無視して杉元はバラバラになった人間の身体を眺める。殆ど遺体は残っておらず、こぶし大の肉片が少しと血に染まった着物や履物だけだった。

 

 

「……埋めておくか。成仏してくれよ」

 

 

合掌して近くに落ちていた太い枝を手に取って遺体を埋めるための穴を掘り始める杉元。よく見れば、離れた場所にある血の跡や着物や履物の数などを見るに他にも犠牲になった子供がいるようだ。もともとは子供を救うためにこの場に来たはずだった。そう考えて杉元は溜息を吐いた。

 

 

 

*

 

 

 

「手ぇ痛ぁ~い。お腹空いた~」

 

 

流石に獣が掘り返せない深い穴を三つも掘り、遺体もそれぞれ埋葬した杉元は疲れから情けない声を上げながらも落ちていた刀を不格好ながら革帯(ベルト)に差して山の中を進み始めた。七日間もの期間を生きる為に飲用に適した水源や食料になる動物を探す為だ。

 

 

「お…あれは確か…」

 

 

そうして歩く中で見つけた樹木に絡みついた蔓。杉元はサルナシと呼ばれるその蔓に駆け寄り銃剣で切ると、切り口から垂れた樹液を飲み始めた。

 

 

「ありがたい…貴重な水分だ…………水は無駄に出来ないからな。節約しながら水源と食料を探さないと」

 

 

サルナシは、地面の水分を良く吸い上げ蔦に蓄える事から非常時の水分確保に役立つ植物でもある。更に、一寸ほどの大きさの実も食用に適し美味であることから杉元はそれを取って集めた。少しばかりの食料と喉の渇きも潤った事で少しだけ活力を取り戻した杉元は再び歩き出したが、またも漂ってきた血の臭いを嗅ぎため息を吐く。

 

 

「……本当に鬼ばっかなんだなこの山」

 

 

溜息をつきながら再び小銃を構えて進む杉元は、またもやうずくまっている人影を見つけた。全くと言っていいほど先ほどと同じ状況。杉元はやれやれと槓桿を起こし排莢をした。空薬莢が小さな石に当たったチャキリ、という金属音を聞き此方を見た人影を無視して弾丸を薬室に送り込んだ杉元は人影の頭部に狙いを付けた。

 

 

「ちょっ――待て待て待て!!!馬鹿待て!!」

 

 

杉元が引き金を引こうとした瞬間、人影は飛び退いて木の陰に飛び込むと木を盾にしながら声を上げた。

 

 

「待て馬鹿!殺す気か!!」

 

 

「……あぁ」

 

 

杉元が当然というかの如く木から覗く顔に照準を合わせると、顔はまたもや木に隠れる。顔はよく見えない。

 

 

 

「俺は人間だ!!」

 

 

 

その言葉を聞いて杉元は首を傾げた。そして人影がいた場所にある血に塗れた遺体。杉元は再び小銃を構えた。

 

 

「いや嘘ついてんじゃねぇよ。人間喰ってただろ」

 

 

 

 

「人間じゃねぇよ!俺が食ってたのは鬼だ!」

 

 

 

 

「……はぁ?」

 

 

杉元が意味が解らん、と更に首を傾げてあげた声を聞き人影はまた少しだけ顔を覗かせた。

 

 

「いいか?今から出るぞ!?()()()()!?()()()()()()!?」

 

 

「……」

 

 

杉元の沈黙を肯定と受け取ったのか、少しずつ身体を晒していく人影。杉元は晒されていく身体を見て――引き金を引いた。

 

 

 

キュゥン、と空気を切り裂いた弾丸は人影の袖の端を貫く。

 

 

 

 

「危っっっぶねぇ!!テメェふっざけんな!!撃つなって言っただろうが!!」

 

 

 

 

弾丸が服を掠めた人影は飛び上がった後また身体を木に隠して怒鳴り声を上げる。

 

 

「えっ…だって…()()()()()()()()()()()()()()()()…」

 

 

何かに突き動かされるような感覚でつい引き金を引いてしまった杉元に対して怒鳴り声を上げる人影は手を木から出し、遺体を指さした。

 

 

「わかった!!まず銃は構えてていい!だからまず死体見ろ!!その死体は人間じゃねぇから確認しろ!!」

 

 

人影が木越しに指さす死体の方を見て、杉元は小銃を人影の隠れている木に向けたまま少しずつ遺体の方へと近寄った。確かに遺体の爪は鋭く伸び、ところどころ鋭い棘のようなものが生えている。

 

 

「見たか!?確認したな!?これで分かったろ!!俺は鬼じゃねぇ!!」

 

 

「う~ん……」

 

 

「う~んじゃねぇよ馬鹿!!大体な――」

 

 

人影が言葉を紡ごうとした瞬間、グゥゥゥゥ、と獣の唸り声のような大きな音が周囲に響く。

 

 

「……お腹空いたぁ」

 

 

 

 

 

「お前何なんだよ!!」

 

 

 

 

 

獣の唸り声のような音は、杉元の腹の音だった。

 

 

 

 

*

 

 

 

「…で、何で鬼なんて食べたの?お腹壊すよ?」

 

 

その後、なんとか杉元に対して説得を成功させた人影――不死川 玄弥(しなずがわ げんや)は杉元と共にその場を離れて行動を共にしていた。軽い自己紹介を終えた二人は今、再び食料になる動物や飲用に適した水源を探している最中だ。

 

 

「……お前に関係ねぇだろ」

 

 

玄弥の素っ気ない物言いに杉元は顔をしかめた。杉元はあまり年齢に固執する性格ではないが、それにしても初対面の人間、それも年上の人間に対しての言い方ではないだろうと考える。

 

 

「あのね、俺一応三十五なんだけど。もうちょっと柔らかくならない?」

 

 

「おっさんじゃねぇか」

 

 

「おおおおっさんじゃねぇし!!」

 

 

目を見開き、玄弥を見た杉元だったが玄弥は意に介さずにズカズカと歩き続ける。どうしたものかと思った杉元だったが、少しずつ距離を縮めていけばいいと考えて話題を変えた。

 

 

「にしても、これだけ歩いて動物の足跡も見つからないとはなぁ」

 

 

既に四半刻は歩いている二人だったが、未だに動物や水源等の痕跡を見つけるには至っていなかった。

 

 

「鬼は基本的に人か同じ鬼を喰う。でもこの山に人が入るのは最終選抜の段階だけ。だから人間を喰えずに飢えた鬼が口寂しさを紛らわすのに動物を狙うんだろうよ。……つーかさっきから何食ってんだよそれ?」

 

 

「サルナシの実。ヒンナヒンナ」

 

 

玄弥と出会う前に採取していたサルナシの実を歩きながら摘まむ杉元を玄弥は少しだけ羨む気持ちで見た。杉元は玄弥と手の平に乗せたサルナシの実を見比べると、にやりと笑う。

 

 

「……」

 

 

「欲しい?」

 

 

「……あぁ」

 

 

「はい、上げた~―――オボフッ!?」

 

 

杉元はくくく、と手に乗せたサルナシの実を玄弥の頭上に掲げる。それを見て玄弥はビキリと青筋を立てて杉元の腕が上がり空いた横腹に拳を突き入れた。

 

 

「ガキかテメェ!!ぶん殴るぞクソジジィ!!」

 

 

「いや、もう殴ってる…」

 

 

玄弥は杉元が蹲ってポロポロと溢したサルナシの実をいくつか取ると、イライラしながらも口に放り込んだ。

 

 

「チッ……結構美味ぇな」

 

 

「そう…よかったね……ん?おい!」

 

 

「ッ!?」

 

 

杉元が横腹を擦りながら立ち上がろうと地面に手を突いた瞬間、何かに気づいたように玄弥を呼び止めた。玄弥は一瞬鬼が出たかと警戒して周囲を素早く見渡したが、杉元が地面を見ていることに気づいて舌打ちをしながらも杉元の方へと歩み寄る。

 

 

「…ったく、驚かせやがって…何だよ?」

 

 

「いや、これ見てくれ」

 

 

杉元が地面から拾い上げた黒い何かの粒。玄弥は杉元から渡されるように手に乗せられたソレをしげしげと眺めた。土を指先で捏ねて丸めたようなものにも見えるが、当然そんなものが落ちているわけはない。木の実の種か?そう考えて玄弥は杉元を見る。

 

 

「あ?……んだよこれ。なんかの実か?」

 

 

「ウサギの()()()

 

 

「あぁ?()()()?」

 

 

「あぁ、オソマってのはアイヌ語で()()()って意――アバフッ!!」

 

 

「テメェ本当にぶっ殺すぞ!!」

 

 

玄弥は杉元が言い終わらぬうちにウサギのうんこを投げ捨て、返す拳で杉元の頬に裏拳を打ち込んだ。

 

 

「痛ぁい……まぁ待ってって。ウサギの糞があるってことは、近くにウサギがいるってことなんだから」

 

 

「あぁ!?………いや、まぁそうか」

 

 

「ウサギの生活する範囲は案外狭い。この辺りをくまなく探せば多分巣穴かウサギを見つけられる」

 

 

杉元は立ち上がって膝の土を払うと、小銃を肩に掛けてスタスタと歩き出した。杉元曰く、ウサギの生活範囲は巣穴を中心に最高でも百二十坪程だと言う。それを聞いて確かに見つけられなくもないと考えた玄弥もウサギ探しに協力をした。それから半刻もせずに玄弥が杉元へと無言で合図を出す。

 

 

「おいオッサン、こっち来い……いたぞ」

 

 

「……おぉ」

 

 

玄弥が探すのに協力をしウサギを探す目が二つ増えたおかげか、二人はあまり時間も掛からずに茂みに隠れるウサギを見つける事に成功する。杉元はウサギを認めると、小銃をゆっくりと降ろした。

 

 

「銃使わないのか?」

 

 

「あぁ、肉が少なくなっちまうし。手で捕まえよう。持っててくれ」

 

 

「出来んのかよ」

 

 

「うん。俺が合図したらこの棒あの茂みの傍に投げてくれ」

 

 

それだけ言うと玄弥に小銃を渡した杉元は別の茂みに隠れながら少しずつウサギのいる茂みにゆっくりと近づいた。茂みにある程度近づき、杉元が軽く手を挙げて合図を送ったのを確認した玄弥は木の棒を茂みの傍に向かって放り投げた。木の枝が放物線を描いて地面にボトンと落ちてウサギのいる茂みががさりと音を立てた瞬間、杉本が茂みを飛び出してウサギのいる茂みに飛びこんだ。

 

 

「―――オラアァァァァ!!――ぬッ!!――くッ!!――あッ!ちょっとまって!」

 

 

枝の折れる音や杉元がバタバタと暴れる音が周囲に響くのを玄弥は固唾をのんで見守った。そして、杉元の焦る声を聞いて銃を構え、槓桿を起こして弾丸を装填した。

 

 

「あっ!!――あぁぁ~~…」

 

 

「――ったく」

 

 

茂みからバサッと飛び出たウサギを認めた瞬間、玄弥は飛び跳ねて逃げていくウサギに照準を合わせ引き金を引いた。銃口が火を噴き、弾丸は空を切り裂いてウサギの体躯を貫いた。玄弥はピクリとも動かなくなったウサギの足を持って杉元が飛び込んだ茂みの方へと向かった。

 

 

「おいおっさん。仕留めたぞ」

 

 

「え…本当?よく当てれたねぇ…」

 

 

のそのそと小枝や小さな葉が身体に纏わりついた杉元が茂みから這いずり出てくるのを見て玄弥はウサギを見せる。

 

 

「よし!これで晩飯はゲットだな!。水源を見つけたらご飯にしよう」

 

 

「ったく、調子のいいおっさんだな」

 

 

意気揚々と水源を探しに歩き出した杉元を見て玄弥は溜息を吐いた。

 

 

 

*

 

 

 

ウサギを携えながら水源を探す二人は、山を登りながら歩き始め未だ月明りが微かに届くだけの薄暗い森の中を歩いていた。

 

 

「……おっさん」

 

 

「あぁ」

 

 

玄弥が微かに聞こえたという水音を頼りに歩いた二人は、杉元も聞き取れるほど近い水音を確認した瞬間に漂ってくる山に入ってから今までに嗅いだことのない程の濃厚な血の臭いに足を止めた。玄弥が杉本を呼び止め、杉本は小銃を肩から降ろし構える。

 

 

 

 

「――――は―――の為…」

 

 

 

 

「…」

 

 

確かに、声が聞こえた。男の声だ。

 

 

 

 

「一つ――は…――の為…」

 

 

 

 

チョロチョロと聞こえる湧き水が流れる音、そしてそのそばに蹲る男。影になってよく見えないが、男は大きな石のようなものを積んでは、ごろりと崩れ落ちる大きな石を再びつかみ取り、また積む。流れる水音と、何かを積む仕草は玄弥に賽の河原を想起させた。そして男はこちらを向くことも無くうずくまったままその作業を続けている。

 

 

 

 

 

「二つ殺すは…御国(くに)の為…」

 

 

 

 

 

 

ごろり、と大きな石が男の足元から玄弥の見える位置に転がった。――ソレは大きな石などではなかった。ソレは、()()()()()だった。まだ少年の頭部だ。男は、転がった少年の頭部をつかみ取ると、地面に置き、また()()()()を少年の頭部に乗せる、これは髪の長さからして少女の物だろう。しかし当然のように少女の頭部は男の手を離れた途端にバランスを崩してごろりと転がり落ちた。

 

 

「……少し…丸いか」

 

 

男は少女の頭部を拾い上げて少しだけ眺めると、近くにあった血だらけの岩に近づいて頭部を押し付ける。

 

 

「…っ(何だ――コイツ――。とにかくいえる事は――ヤバイ)」

 

 

ズリ…ズリ…と少女の頭部を岩に擦り付ける男。少女の頭部の髪が千切れ、皮膚が抉れ、露出した頭蓋が岩に削られる音が周囲に響く。ゴリ…ゴリ…と鳴るあまりにもおぞましい音と凄惨な光景に玄弥は今にも空の胃の中身を吐き戻しそうな錯覚に陥った。

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

バキャリ、と少女の頭部が圧力に耐えきれずに砕け、()()が岩に漏れ散った。男は、トロトロと流れる手に着いた血と脳漿を少しだけ無言で見つめた後舐めとった後、砕けた少女の頭蓋に口を付けて啜り始めた。ズズ、ズル…という音が周囲に漏れる。

 

 

 

 

「ッ――」

 

 

 

 

音を殺しながら、玄弥が少しだけ後退りをして木陰に入ったのを杉元は一瞥して視線を男に戻した。男は()()を飲み切った少女の頭部を放り捨てると、次は岩に残った血と脳漿へとすがりついて舌を這わせ始める。

 

 

 

 

「あぁあぁあぁあぁ…勿体無い……勿体無い……」

 

 

 

 

そう言いながらズルズルと舌を這わせる男を杉元は何を言うでもなく眺める。

 

 

 

 

「仕方ない……でも大丈夫だ……また新しいのが来るのを待とう…ここはこの山でただ一つの水場…嫌でも来る…嫌でも来なければ……渇き死ぬしかないのだから…………()()()()()?」

 

 

 

 

微かに聞こえたその呟きを聞き、玄弥は悟った。この男はこの水場で待ち構えていたのだ。生きている人間ならば、必ず水場を探す。最終選抜の期間は七日間。人間は三日水分を摂取しなければ脱水で死ぬとされているのだから生き残るには水場を探すのは必然。つまり、少年と少女は水場を探して自分達より先にこの場にたどり着き、待ち構えていたこの男に殺されたのだ。

 

 

「……ッ!!(コイツ――ぶっ殺してやる!!何が何でも!!必ずぶっ殺す!!)」

 

 

玄弥が拳をギチリと握りしめ木陰から出た瞬間、玄弥と男の目が合った。男の目は(あか)く染まり、瞳は裂けている。今まで見てきた鬼の目と何も変わらない。だのに、足が動かなくなる。裂けた瞳の奥底の暗闇があまりにも暗く、底の無い泥沼のように深く、生き物のように蠢いて見えたのだ。玄弥は自分がまともに呼吸が出来ているかすらわからない感覚に陥った。まるで自分が泥沼にはまり、泥に見える程細かく小さい生き物がうぞうぞと肌に纏わりついているようだった。

 

 

 

 

「何人殺した?」

 

 

 

 

――そう杉元が言って、鬼に向かって歩き始めた瞬間。玄弥は身体に纏わりついていた生き物たちが消え失せたように感じた。鬼は杉元を見て一度目を見開くと、まるで懐かしいものでもみるかのように顔を綻ばせた。

 

 

 

 

「三十年式小銃……それにその軍帽……あぁ、懐かしい。いい香りを纏っている……こびりついて消えない血と硝煙の良い匂いだ」

 

 

 

 

「何人殺した?」

 

 

 

 

鬼は杉元の問いに答えることは無く、杉元も更に鬼に近づいて行く。鬼は杉元の足から顔までに視線をゆっくりと滑らせて見た後、再び微笑む。それはまるで思い出の品を取り出して懐かしむ老人のようで、玄弥に得も言えぬ不気味さを抱かせるに十分であった。

 

 

 

 

「所属はどこだ?私は()()()()だ」

 

 

 

 

「何人殺した?」

 

 

 

 

杉元は鬼の問いを無視してズカズカと鬼に近づいて行く。鬼も杉元に対して一度目を細めると立ち上がった。蹲っていてわからなかったが鬼はところどころ擦り切れた軍服と軍靴を着ている。

 

 

 

 

「……まぁ聞きなさい。君はどこの所属だ?良い面構えだ。向こう傷は男の勲章とはよく言ったものだな。所属は?」

 

 

 

 

「何人殺した?」

 

 

 

 

杉元は鬼の目の前に立ち止まると、鬼を射殺すように睨みつけた。鬼は少しだけ笑みを静めて子供に言い聞かせるように口を開く。

 

 

 

 

「質問には質問で答えるべきではない。先生にそう教わらなかったのか?」

 

 

 

 

「何人殺した?」

 

 

 

 

杉元が何も答えない様子を見て肩を竦めた鬼は一度目を閉じて少しだけ考えた後、口を開いた。

 

 

「……君が答えたのならば、答えよう」「()()()()だ」

 

 

鬼の言葉を聞くや否や、杉元は簡潔に答えた。鬼は少しだけ目を細めて問いかける。

 

 

旅順(りょじゅん)は?」

 

 

「戦った」

 

 

その言葉を聞いて鬼はパァ、と表情を明るくして杉元の肩に手を置いた。杉元は変わらずに鬼を睨み続けている。

 

 

 

「そうか!ならば戦友だ!あれは酷かったな!」

 

 

 

ポンポンと杉元の肩を叩き、まるで旧友にあったかのように振る舞う鬼を見て玄弥は困惑した。先ほどの鬼の異常性を煮詰めたかのような行動と、今の鬼の仕草や表情の落差が激しすぎる。

 

 

「旅順ではどれだけ露西亜(ロシア)兵を殺した?私は突撃の指揮を執っていたのだ。あの堡塁から撃たれるマキシム機関銃には手を焼かされた。私の笛の音一つで突撃した若者たちはバタバタと死んでいったよ」

 

 

「そうか、なら上官だな。俺は決死隊にいた。殺した人数は一々数えちゃいない。顔は憶えてるから時間を掛ければ数えれるだろうがな」

 

 

「なんと!白襷(しろだすき)の生き残りか!!それはそれは!!素晴らしいな!!よくあの死地を生き残ったものだ!!」

 

 

白襷というものがどういうものなのかを意味するのかは玄弥にはわからなかったが、決死隊という言葉や死地の意味を理解できた玄弥は杉元が精強な兵士であったのだろうという事を初めて認識した。

 

 

「なら知っているか?決死隊にいた()()()()()()()()を!私は終ぞ見る事は出来なかったが別の人間から聞いていて一目見たかったと思っていてな?同じ隊にいたなら見たことは有るのではないか?どうだ!?」

 

 

「……」

 

 

確かに、鬼が()()()()と言ったのを聞いた。別に珍しい苗字ではない。だがしかし、それでも鬼の目の前にいる男もまた同じスギモトであった。

 

 

「アンタの言ってる()()()()が誰かはわからんな。同じ隊にもスギモトは何人かいた。かく言う俺もスギモトだ」

 

 

杉元の言葉を聞き鬼は驚いた様な顔をした。

 

 

「何?君もそうなのか!なら分かるだろう!私が言っているのは『杉元 佐一(スギモト サイチ)』だ!あの『()()()()()()』の事だよ!露西亜兵の塹壕に飛び込み!鬼神の如く殺しつづけ!剰えその身に何発も銃弾や榴弾の破片を受け、銃剣を突き刺されようとも止まらなかったあの『()()()()()()』だ!!」

 

 

鬼の言葉を聞いて玄弥は目を見開いた。確かに、自分が杉元と会った時、彼は名乗ったのだ。『杉元 佐一』と。ならば、あの鬼の目の前にいる男こそが、鬼の言う鬼神の如き奮迅を見せた『杉元 佐一』であり、その身に銃弾や榴弾の破片を受け、刺されようとも死ななかった『不死身の杉元』なのだ。鬼の言葉を受け、杉元は目を伏せた。

 

 

「……ならアンタの望みは叶ったな」

 

 

「何?」

 

 

 

 

 

「杉元 佐一は俺だ」

 

 

 

 

 

「――」

 

 

杉元の言葉を受け、鬼は目を見開いた。この男が、この男こそが、自分が一目見たかったと願っていた『不死身の杉元』なのか。杉元は鬼の手を肩から払いのけ、肩に付着した血を見た後鬼を睨みつけた。

 

 

 

 

「じゃぁ次は俺の番だ。子供を何人殺した?」

 

 

 

 

「……お前が杉元 佐一なのか」

 

 

「あんたが質問には質問で返すなって言ったんだろうが」

 

 

「そうか……お前が……どうりで血の香りが濃いと思ったのだ…そうか……フフフ…そうか…そうかそうか…」

 

 

「……」

 

 

 

 

「アハハハハッハハ!!!やっと!!!やっと来た!!!鬼が来た!!!私を終わらせる鬼が来た!!!」

 

 

 

 

爆発するかのように突然大声を上げて笑い出した鬼を見て杉元は溜息を吐いた。小銃の背負い紐を肩から外し、引き金から指を外して小銃を両手でしっかりと握り込む。

 

 

 

 

「――フフフ……あぁ、すまない……質問に答えよう……八人だ。()()()だが」

 

 

 

 

バガン、と鬼が殺した子の数を話した瞬間、杉元は銃床を鬼のこめかみに叩き付けた。同時に動き出した鬼が交差させるように突き出した鋭い手刀は杉元の頬を掠ったのみで、鬼はこめかみに叩き付けられた勢いのまま地面に叩き伏せられた。

 

 

 

 

「そうか、死ね」

 

 

 

 

「ふっ…くくく…良い一撃だ。常人なら即死だろう」

 

 

 

 

ぐぐ、と立ち上がった鬼は指先に着いた杉元の血を舐めとり、左手を緩く前に出し半身になって構えを取る。

 

 

「おっさん!!」

 

 

 

「お前は大人しくしてろ。俺が殺す」

 

 

 

「ッ――」

 

 

自分も加勢しようと足を踏み出そうとした玄弥だったが、ここに来るまでとは同一人物とは思えない程打って変わった杉元の声色と纏う雰囲気に玄弥は足を止めてしまう。杉元は背後の玄弥が制止した事を感覚的に把握し、銃剣を鞘から引き抜いて小銃に取り付けた。

 

 

 

「私を殺してみろ、()()()()()()

 

 

 

「安心しろ。直ぐだ」

 

 

 

「期待しよう――ッ!!」

 

 

「むんッ!!」

 

 

ドッ!と鬼の足元が弾けるように踏み込んだのと同時に、杉元もめいっぱいに息を吸い込んで踏み込む。杉元の顔面を穿つように左手の突きが繰り出されるが、杉元は紙一重で突きを躱し刺突を繰り出す。しかしこれも鬼の頬を抉るだけにとどまった。鬼が左手を引き、その勢いで右手の突きを繰り出す。

 

 

「シャァッ!!」

 

 

「ッ――」

 

 

銃剣を取り付けた小銃は槍のように扱う以上、懐に迫られると苦しい。杉元は右手の迫る突きを銃床で弾き上げながら鬼の勢いをいなし、その勢いのまま襟首を片手で掴んで引き倒した。

 

 

「――グッ…!!いいぃぃ反応だ!!ここに来た者では初手すら躱せてはいなかったぞ!」

 

 

「チッ…(邪魔なものが多い)」

 

 

懐に詰められる速度を鑑みて長物は不利と考えた杉元は革帯に差した日輪刀を放り捨て、小銃から銃剣を取り外して姿勢を低くし構えた。この鬼は腰の革帯に差した日輪刀を抜く暇を与えてくれるほど優しくはない。杉元が姿勢を低く構えたのを見て、鬼は同じく姿勢を低くして杉元に向けて踏み込む。杉元の振った銃剣によりバチン、と鬼の親指以外の指が切り落とされるも鬼はひるむことなく杉元の腹に両手をまわした。

 

 

「貰ったぞ」

 

 

このまま鬼が力を込めれば、万力のような力で杉元の内臓は潰され背骨が折られる。

 

 

「フッ―」

 

 

そうされないために杉元は銃剣を逆手に持ち、鬼の頸椎に刃を刺し込むことで瞬間的に鬼の全身の神経を断った。

 

 

「ヌッ!?」

 

 

鬼の拘束が緩んだ瞬間杉元は鬼の左腕を取り、極めて肩と肘を砕きながら鬼を地面に押し倒してさらに深く銃剣を突き入れる。

 

 

「ガッ―惜じいな!ごの銃剣が鬼を殺ぜるものなら私を殺せでいだ!!」

 

 

「(刀は――少し遠いか)」

 

 

銃剣が喉元を貫通した状態で尚しゃべる鬼の頸を切り落とそうと杉元は拘束を続けたまま日輪刀を目で探したが、日輪刀は手の届く範囲には落ちていない。刀を取りに行くには拘束を解除して取りに行くしかない。

 

 

「おっさん!!そのまま抑えてろ!!」

 

 

「!!――すまん助かる!!」

 

 

一連の攻防を見ていた玄弥はここでこそ自分が動くべきと判断し刀を拾い上げて抜くと、微かに差し込む月明りが刀身を鈍く輝かせた。これでこの鬼を殺せる――そう考えた杉元が玄弥から視線を鬼に戻した瞬間、鬼が確かに笑っているのを杉元は見た。その笑みはこの鬼が望んでいた己の破滅が近いからではなく、明らかに獲物が罠にかかった嗜虐的な笑みであった。

 

 

「――!!待て!!来るな!!何かやばい!!」

 

 

「は?――うぉっ!?」

 

 

鬼から飛び退いた杉元は、そのまま玄弥に向けて体当たりをするように地面に押し倒した。瞬間、ドパン!!という音と共に鬼の背中が弾け血液や肉片、骨の一部が周囲に飛び散る。

 

 

「うぉぉ!?」

 

 

「ヅッ!!」

 

 

飛び散った血液や等の体組織の一つ一つがまるで炸裂した榴弾の破片のように周囲の木の幹や枝を抉って吹き飛ばし、伏せている杉元や玄弥の肩や脇腹の肉を削り取った。

 

 

 

 

「……うぅむ。やはり、面積が広いと威力が少し弱いか」

 

 

 

 

そう言いながら鬼はゆっくりと体を起こし、ゴギンと折れ曲がった左腕を無理やり振るう事で元の位置まで戻した。破裂した背中もぐちぐちと音を立てながら組織が混ざるように修復が始まり、ものの数秒でまっさらな皮膚を破れた軍服から覗かせる。

 

 

「どうだね?面白い攻撃だろう?片手で行えばある程度方向を絞れるし威力を集中させることも出来るのだよ」

 

 

こんな風に、と鬼が片腕を倒れている杉元達に向けた瞬間、肩がボコボコと膨れ上がり、まるで巨大な生き物が腕の中を這いずるように二の腕、肘、手首と順に膨らんでいく。

 

 

「不味いッ!」

 

 

玄弥の肩を掴み傍の木の陰に飛び込んで引き寄せるのと同時に鬼の手首から先が爆発した。指や細かく砕けた骨の一粒一粒がまるで散弾銃の弾丸の如く周囲に破壊をもたらす。

 

 

「ガッ――アアアアアァァ!!」

 

 

「ッ――クソ!!」

 

 

バツン!!と飛び散った肉片のいくつかが木に隠れ切らなかった玄弥の腿に当たり、玄弥の腿の一部が吹き飛んだ。幸いなことに血管は無事なようで大量出血には至っていない。しかし玄弥はもう己の力で動くことは厳しいだろう。

 

 

「(アイツの狙いは俺だ――なら!)」

 

 

このまま自分といては流れ弾で玄弥が死ぬ。そう考えた杉元は玄弥の握っていた日輪刀を取り、木陰を飛び出して木から木へと隠れながら玄弥から距離を取った。

 

 

「本当にお前が不死身であるところを見せてみろ!不死身の杉元!!」

 

 

ドパ!!と再び鬼の拳が破裂し、ドドドッ!と木や地面が抉れ土煙が上がっていく。杉元は木に隠れながら必死に思考を回す。

 

 

「(どうする…!どうあれを掻い潜って首を斬る…!?)」

 

 

杉元が木の陰や岩で飛散してくる肉片や骨片から身を隠しながら耐えしのぶ中、玄弥が声を上げた。

 

 

「おっさん!!銃だ!!膨らんだ部分を撃て!!コイツは多分体内で血を圧縮してる!!撃てば暴発する!!」

 

 

玄弥の言葉を聞いて杉元は三十年式小銃を目で探した。しかし三十年式小銃は鬼を挟んだ位置に落ちている。鬼もそれを聞き、同時に三十年式小銃を目で探した。

 

 

「……成程?ただの足手まといだと思ったが、頭は働くようだな」

 

 

見つけた銃を破壊しようと左手を銃へと向ける鬼、この瞬間鬼は杉元に対して背を向けていた。これを好機と見た杉元は木陰から飛び出し刀を構えて走り出した。

 

 

 

 

「敢えて死地に飛び込む――不死身の杉元(おまえ)ならそう来るだろう事は想定の範疇だ」

 

 

 

 

しかし、鬼は杉元の方向へと向きを変えて左手を向けた。ボコボコと肩の肉、二の腕と膨らみが移動していく――

 

 

 

 

瞬間、鬼の二の腕が爆発した。

 

 

 

 

「な――んだとッ!?」

 

 

突然暴発した事に驚きを隠せない鬼。――杉元ではない。そう考え銃のあった場所に視線を送った瞬間、鬼は顔を歪めた。視線の先には銃口から一筋の硝煙が昇る三十年式小銃を構えた玄弥がいる。玄弥は杉元が木を飛び出したのと同時に飛び散っていた鬼の一部を喰らい、その身を鬼に近づける事で己の肉体を修復させていたのだ。

 

 

「貴様――なぜ動けるッ!!」

 

 

「行けッ!おっさん!!」

 

 

「邪魔をするなぁ!!」

 

 

玄弥が叫ぶのと同時に、鬼は玄弥に向けて残った右腕を向けた。今度は肩からではなく、肘から先の肉が膨らみ拳が爆発した。

 

 

「――」

 

 

「ッッ玄弥ぁ!!」

 

 

肩から圧縮を始めた時の威力よりも落ちた爆発ではあったが、飛び散った肉片が玄弥の右顔面を吹き飛ばし、右腕を千切って、全身を穿った。玄弥の体は糸の切れた人形のようにぐらりと地面に倒れ込む。

 

 

「テメェ!!――――!!!」

 

 

「遅いわッ!!」

 

 

杉元が刀を構え、鬼にあと数歩という位置まで迫ったところで鬼の腹がぶくぶくと膨れ上がる。杉元が自分の頸を刎ねる為に近づくまでに、自分は十分に腹部の血液の圧縮を終える事が出来る。これで近づいてきた杉元に確実な死を贈ることが出来る。あの不死身の杉元を己の手で殺す。己の微かな人間としての自我が死を望んでいた鬼だったが、それ以上に鬼としてこの男を殺して喰らいたいという衝動が最後の自我を殺し尽くした。

 

 

 

「勝ったッ!!死ねッ!!」

 

 

 

鬼がそう確信した瞬間――

 

 

 

「オォォラァァ!!」

 

 

 

杉元は刀を投げた。投げた刀は鬼の腹に突き刺さり、鬼の身体が暴発する。血液を圧縮し終える前に暴発したがゆえに威力は落ちたものの、この一撃もまた玄弥のように杉元の身体を何か所も穿ち数多の傷を作った。

 

 

「ヅッ!?」

 

 

「ははははは!!残念だ!不死身の杉元!!お前でも私を殺すことは叶わなかったな!!」

 

 

ドガン!と衝撃に弾き飛ばされた杉元が地面を転がるのを見て、鬼は高らかに笑い声をあげた。

 

 

「――っ……あぁ…痛てぇなクソ…」

 

 

「な、に…?まだ生きているのか…?」

 

 

しかし、むっくりと起き上がった杉元を見て鬼は驚愕した。いくら弱い一撃であったとはいえ、あれだけの傷を受けてなぜ生きているのか。そう考えて杉元を見たが、鬼は直ぐに思考を切り替えた。

 

 

「だがしかし…これで終わりだ。死ぬがいい」

 

 

 

 

 

「「テメェがな」」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

前方の杉元、そして己の後方からも突如した声に真に驚愕した鬼は振り返る。そこには、死んだはずの玄弥がいた。気づけば、千切れた筈の右手には折れた刀身が逆手に握られている。それは杉元が投げた刀が爆発で折れて弾かれた刀身が地面に落ちたものだった。

 

 

「貴様――なぜ生きて――!!」

 

 

いる、そう言葉を紡ごうとした鬼の頸を玄弥が切り飛ばした。鬼の頸は放物線を描き、ボトンと地面に落ちて転がった。

 

 

「何で……生きて………」

 

 

 

 

「不死身不死身うるせぇんだよ。こっちだって不死(しなず)川を背負ってんだ」

 

 

 

 

そういいながら崩れて消えていく鬼に対してそう吐き捨てると、玄弥は握り込んでいた刀身も捨てて杉元の方へと歩み寄った。

 

 

「おいおっさん、死にそうか」

 

 

「んなわけあるか…()()()()()()()()()

 

 

「俺は体質のおかげだけど、アンタも大概化け物だな」

 

 

「お互い様だろ」

 

 

そう言いながら立ち上がった杉元は周囲を見渡した。戦闘の跡、子供の遺体、鬼の肉片とで滅茶苦茶な状況になっている。

 

 

「とりあえず、遺体を埋めるか」

 

 

「マジかよ」

 

 

「じゃなきゃ飯に出来ないだろう。まさか死体に囲まれて飯を食うつもりかよ?」

 

 

その言葉を聞いて玄弥は周囲を一度見渡して溜息を吐いた。

 

 

「……ハァ……早く終わらせて飯にしようぜ」

 

 

ボロボロの身体を引きずりながら、二人は埋葬の準備を始めた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「はい!!というわけで!!今日のお夕飯は()()()()()()()()()()()()を作ります。はい拍手!!」

 

 

「……」

 

 

杉元の一人だけの拍手がパチパチと燃える焚き火の周囲に響き渡る。遺体の埋葬を終えた二人は、水源の傍で火をおこし食事を取り休むことにした。こうすれば鬼も寄って来る可能性はあるが、火や匂いに釣られた隊士に水源のありかを教えることが出来るという杉元の案からだ。

 

 

「ちなみに、イセポとはアイヌの言葉でウサギという意味。チタタプとはアイヌの言葉で我々が叩く物という意味ですね。オハウは汁という意味で、簡単に言えば今からウサギのつみれ汁を作ります」

 

 

「あっそ」

 

 

「用意するのは、そのあたりで採れた食べれる山菜や茸、そして玄弥が仕留めてくれたウサギです。ちなみに、茸の毒見は玄弥がしてくれました。毒に当たっても大丈夫ってすごいですね」

 

 

「してくれたじゃなくてさせたんだろうが。それにウサギの目ん玉なんか食わせようとしやがって」

 

 

「何を!ウサギの目玉は獲った人間しか食べれない特別な部位なんだぞ!それを投げ捨てるなんてもったいないことしてもう!!」

 

 

「じゃぁテメェは食えんのかよ」

 

 

「………てれれてってて~!!木~の~板~!!(ダミ声)」

 

 

「話すり替えてんじゃねぇよ!!」

 

 

一人芝居を始めた杉元にピキリと青筋を立てた玄弥だったが、ため息を一つ吐いた後に木にもたれかかった。そんな玄弥を他所に、よくわからない曲の一部?を口ずさみながら杉元は削りだした木の板を地面に置く。

 

 

「この上に毛皮を剥いだウサギの肉と耳、そして内臓を置きます!!さらに取り出したるは銃剣と折れた刀身!!折れた刀身は危ないので布とウサギの皮でしっかり巻いて持ち手を作ってますよぉ?こちらで木の板の上に置いた肉と内臓!そして耳の軟骨を刻んでいきます!はい皆さんご一緒に!チタタプチタタプチタタプ……」

 

 

「何ぶつぶつ言ってんだ」

 

 

チタタプチタタプと言いながらトントンと肉を刻んではまとめ、さらに刻んではまとめている杉元。玄弥は一度周囲の盛り上がった土に石を乗せただけの簡単な墓標を見た後杉元へと視線を移した。先ほどの鬼との死闘を戦っていた時とはまるで違う雰囲気。ふと、杉元と鬼がしていた会話についての興味が湧いた。

 

 

「……おっさん、戦争に行ってたんだって?」

 

 

「………あぁ」

 

 

チタタプチタタプとぶつぶつと呟いていた杉元だったが、玄弥の問いを聞き少しだけ手を止めた後、再びトントンと規則正しく刻む音を周囲に響かせる。

 

 

「人を殺したんだってな」

 

 

「あぁ」

 

 

トントントントンと、続く規則正しい音とパチパチと燃える焚き火の音が響く。

 

 

「どんな気分だった?」

 

 

「……わからないな」

 

 

「?…なんでだよ」

 

 

玄弥の方を見るでもなく、杉元は手を止めずにウサギの肉を刻み続ける。杉元が顔を伏せていたためにその目が()()を見ているのか、玄弥には伺い知ることが出来なかった。

 

 

「あの戦場では…躊躇すれば死んでいた。………何で旗を持った奴が軍にいるか知ってるか?」

 

 

「……知らねぇな」

 

 

杉元の言葉を聞き、玄弥は首を振った。

 

 

「戦争では、榴弾砲を使う。言わばでっけぇ大砲ってやつだ。一発着弾すれば何坪って大きさの地面が吹っ飛ぶようなやつだ」

 

 

「……だろうな」

 

 

あの鬼の一撃よりも、強力な火力を持った一撃。杉元のいた戦場はそんな兵器が登場する場所だった。

 

 

「そいつを敵のいる塹壕や、堡塁、陣地に向けて撃ち続ける。そして俺達みたいな兵士がそこに向かって突撃するんだ。あの鬼がそうだったように、上官の吹く笛の合図で」

 

 

「……」

 

 

「――でも絶対に砲撃は撃ち止めない。俺達が突撃を始めても、そして敵の陣地に突入しようともだ」

 

 

「な……」

 

 

杉元の言葉を聞き、玄弥は言葉を失う。それが意味することはつまり、味方の砲撃で死ぬ者だっている可能性があるという事だった。

 

 

「当然、味方の放った榴弾で吹き飛ぶ奴もいる。一瞬でバラバラさ。残るのは大小の肉片と服の欠片だけだ」

 

 

「……」

 

 

ついさっきまで生きて隣にいた()()が、一瞬で只の()になる。その光景を想像して玄弥は目を伏せた。

 

 

「敵も味方も無い。榴弾が降り注ぎ、バラバラになった人間の血と肉片が雨のように降るあの場所で生きるには、走る足を止めないこと、銃を撃ち、銃剣を突き立てる手を止めないことだけが生きる為に必要だった」

 

 

「……」

 

 

「足を止めれば敵の機関銃の掃射でズタズタにされるかもしれない、味方の榴弾で吹き飛ぶかもしれない。手を止めれば、殺し損ねたロシア兵に殺されるかもしれない。死なない為には殺し続けるしかなかった」

 

 

どれだけの恐怖だっただろう。前に進もうが、後ろに下がろうが、一度踏み込めば安全な場所など存在しない死地。出来る事は、この死の暴風雨を止ませる為に、一刻も早く敵を殺すことだけ。

 

 

「そうしてロシア兵を殺し尽くして、旗持ちが敵の陣地に旗を立てる。それを砲撃手達が確認して初めて砲撃が止むんだ」

 

 

「……そうか」

 

 

「他にも高尚な理由ってのがあったりもするみたいだろうが結局はこの為だ。……とまぁ、俺の戦ったあの戦場はそんなもんさ。ロシア兵も、俺達日本兵も、互いに死なない為に必死だった。そこだけは、国もなにも関係なく同じだったろうよ。なんの面白みも無い話だったろ」

 

 

「……」

 

 

「ほれ、お前もやれ」

 

 

そう言いながら、木の板と銃剣、刀身を玄弥の前に差し出す杉元。

 

 

「チタタプは、食べる全員が刻むんだ」

 

 

「……」

 

 

穏やかな顔でそう言う杉元を見て、銃剣と刀身を受け取った玄弥はトン、トン、とウサギの肉を刻み始めた。

 

 

「チタ…タプ…チタタプ…チタタプ…」

 

 

「おぉおぉ、中々上手いじゃねぇか。本当に()()()()か玄弥ぁ?」

 

 

「うっせーな」

 

 

ニヤニヤしながら肩を組んでくる杉元に対してまんざらでもない様子の玄弥。杉元はそんな玄弥を見て満足したのか火にかけていた飯盒の中の野菜や茸の中に味噌を溶かしいれた。周囲に味噌の香りが漂い始める。

 

 

「ははは……あぁ、お前、土方歳三って知ってるか?」

 

 

「あ?新選組のか?何だよいきなり…」

 

 

「俺会った事あるんだぜ?」

 

 

自慢げに胸を張る杉元のその言葉を聞いて玄弥はふん、と鼻を鳴らした。

 

 

「嘘つけアホ、土方っていったら五稜郭の戦いで死んでんだろ。アンタ三十五って言ってたじゃねぇか。生まれてねぇだろ」

 

 

「いやいや!実は土方は生きてたんだよ!!土方は五稜郭の後捕まって公には死んだってことになってたらしいけど!!」

 

 

必死に説明をする杉元を無視して肉を刻み続ける玄弥。

 

 

「はいはいチタタプチタタプ」

 

 

「あ!お前信じてないなこのやろ!!本当なんだからな!」

 

 

「おい出来たぞ、まだお湯湧いてないのかよ」

 

 

「だぁぁ!!後でちゃんと説明すっから!覚えてろよ!!」

 

 

木の板の上のチタタプを器用に丸め、汁の中に投入していく杉元。くつくつと煮える具材の音と香りに玄弥も喉を鳴らす。

 

 

「ったく、それじゃぁ後はこれが煮えたらイセプオハウ(ウサギ汁)の完成っと」

 

 

「やっとかよ」

 

 

二人が箸を手に飯盒を火から降ろそうとした瞬間、背後の茂みがガサリと音を立て、グゥゥゥと生き物の唸り声がする。

 

 

「「――」」

 

 

杉元は銃剣、玄弥は刀身を握り込み姿勢を低く構えた。

 

 

 

 

 

「……お腹空いた」

 

 

 

 

 

ガサガサと茂みから姿を現したのは、奇天烈な黄色の髪色をした一人の少年。泣きはらしたのか目は腫れており、衣服も土塗れだ。杉元と玄弥は銃剣と刀身を置くと、箸を持って座りなおした。

 

 

「食うか」

 

 

「おぉ」

 

 

 

 

「ねぇ待って!!何で無視すんの!?お腹空いたって言ってたじゃん!!」

 

 

 

 

「失せやがれ、テメェにやれるのはそこで湧いてる水だけだ奇天烈頭」

 

 

 

 

そう言いながら湧き水を箸で指す玄弥。

 

 

 

 

(ひど)ッ!?というか奇天烈頭なのはお互い様でしょうが!?――でも水はいただきます!!」

 

 

 

 

奇天烈頭の少年は水場に飛びつくと余程喉が渇いていたのかガブガブと飲み始めた。二人は水場に顔を沈めるているのかと問いたくなるほど水をがぶ飲みする少年を無視して飯盒を火から降ろした。

 

 

(そっち)に入れるから、溢すなよー」

 

 

「おぉ、悪ぃな――おっととと…あちち…」

 

 

飯盒をうまい具合に傾けて中身を蓋に分ける二人。

 

 

「ちょっと待って!俺にも食わせてよ!!」

 

 

少年がバシャリと水場から顔を上げたのを玄弥は睨みつける。

 

 

「ざけんな、こちとら生きるか死ぬかの殺し合いした後なんだぞ。テメェ見るからに逃げてただけだろ」

 

 

「いやそうだけど!気絶とかしたりしてたよ!気づいてたら鬼死んでたりとかめっちゃ幸運に救われたけど!!後生だから!!後生だから食べさせて!!一口だけだから!!」

 

 

そう言いながら玄弥に言うのは無駄だと考えたのか、少年は杉元に縋りついた。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

「そんな悲しい目で見ないでよ!!なんかすごく申し訳なくなって来るから!!厚かましいって自覚してる俺でもものすごく悲しくなってくるから!!」

 

 

 

 

少年がギャァギャァと喚きたてるのをどうしたものかと考えた杉元だったが、またもガサリと茂みがたてた音を聞いて茂みの方へ目を凝らした。

 

 

 

 

「うわ!こんなに人が集まってたのか!」

 

 

 

 

再び茂みから現れたのはまたもや少年だった。額に火傷の後のような傷を持ち、日の出を現すかのような耳飾りを付けている。少年は三人を見て刀を収めた。

 

 

「あぁ!驚かせてすいません!!どうしてこんな山でお味噌の香りがしたのか気になってしまって…」

 

 

「あぁ、飯作ってたからな」

 

 

「そうなんですか……。あの、お味噌って余ってたりしますか?」

 

 

「ん?あるけど」

 

 

そういいながら背嚢を指さす杉元を見て少年は表情を明るくした。

 

 

「じゃぁ、今から動物を獲ってきたらお味噌と道具を分けてもらえたりしませんか?」

 

 

「うーん、それは大丈夫だけど、俺達がこれを食べ終わってからになるけどいい?」

 

 

「大丈夫です!使わせてもらったお味噌の分はお金を今払いますので!!」

 

 

「いやいいよ、これくらい」

 

 

少年が懐から巾着を取り出して小銭を杉元にずいと差し出すのを杉元はやんわりと断った。

 

 

「いえ!受け取ってください!!」

 

 

「いやいいって、律儀な奴だな」

 

 

「受け取ってください!!」

 

 

「しつけぇ!!」

 

 

バチン!と杉元の手の平を取り、小銭を叩き付けるように渡した少年は颯爽と再び茂みの方へと走っていく。

 

 

「じゃぁまた後で!!」

 

 

「……何だったんだあの子。礼儀正しい子だな」

 

 

「テメェも何か食いたいならアイツについてって一緒になんか獲って来いや」

 

 

玄弥が未だに杉元の傍でぐすぐすと鼻をすする奇天烈頭の少年を蹴った。

 

 

「わかったよ!!獲って来るよ!!めっちゃ獲って来て自慢してやるからなぁぁぁぁぁ!!お~い待ってくれぇぇぇ!!」

 

 

バサバサと茂みに飛び込んで行った奇天烈頭の少年。やっと静かに飯が食える、そう思い両手を合わせた玄弥と杉元。その耳にピーン、という金属音が届いた。ピキリ、と玄弥の額に青筋が入る。

 

 

「――っだあああああめんどくせぇ!!さっさと出てこいや!!」

 

 

「……」

 

 

カサリ、と茂みから出て来たのは少女だった。髪を左右に結ぶ少女はにこにこと二人に笑いかけるだけで何を言うでもなく二人を見つめ続けている。杉元も玄弥も一度顔を見合わせた。

 

 

「……悪いけどこれは上げれないよ?食べたいならあの二人を追いな?」

 

 

「……」

 

 

杉元の言葉に何を言うでもなく、ただにこにこと笑いかける少女。限界が来たのか、玄弥の持つ枝を削って作った箸がベキッと音を立てて折れた。

 

 

「黙ってねぇで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……」

 

 

そう玄弥が少女に言うと、少女は懐から銅貨を取り出しピーン、と指で上空に弾き上げた。杉元と玄弥はこの音が先ほど聞こえた音だったのかと気づいた。少女は落ちてくる銅貨をパシリと手の甲に落とし、もう片方の手で覆い隠す。そして手を開き、銅貨の裏表を確認すると先ほどの二人が走っていったほうに走っていった。

 

 

「……何だったんだあの子」

 

 

「知らねぇよ」

 

 

少女の背中を見送った二人は、やっと食事ができると飯盒と蓋を持ち上げる。

 

 

「ちょっと煮立っちまったか?」

 

 

「なら少し水足してもっかい火にかければいいだろ」

 

 

「それもそうか……いただきまーす」

 

 

「いただきます」

 

 

二人が出来上がったウサギのチタタプのオハウを口に運ぼうとした瞬間――

 

 

 

 

「うはははははは!!猪突猛進!!猪突猛進猪突猛進!!」

 

 

 

 

遠くから聞こえた謎の奇声。二人は一瞬手を止めたものの、再び食事を再開した。

 

 

「何だったんだ今の」

 

 

「無視しろ、ただの猪だ」

 

 

「そうか……」

 

 

玄弥がそう言いながら野菜や茸を食べるのを見て杉元もまたウサギのチタタプを口に運ぶ。

 

 

「うん、美味い。ヒンナヒンナ」

 

 

「そのヒンナってどういう意味だ?」

 

 

「ん?…アイヌの言葉で食事に感謝を表す言葉さ。いただきますとか、ごちそうさまとか。向こうでは食事中にも言うんだよ」

 

 

「そうか……ヒンナだな」

 

 

「そうそう…ヒンナヒンナ」

 

 

玄弥が顔を綻ばせながらウサギのチタタプを口に運ぶのを、杉元は微笑んで見守る。最初に会い、行動していた内の刺々しい雰囲気はもう無いようだった。

 

 

 

――最終選抜、その一日目は焚き火を囲みながら戻ってきた少年少女達と共に食事をした。最後に猪の頭を被った少年が突撃してきてまたひと悶着があったのはまた別の話だが。

 

 

 

 




個々のキャラの特徴を捉え切るのが難しいです。


取り敢えず、最終選抜後は最初オリ展開を混ぜつつ原作戦闘に杉元を入れ込む感じになるかと思います。


不死身の杉元と不死川って字面がいい感じだなと思って玄弥を出しました。


感想、評価、誤字指摘等とてもありがたく思います。感謝します。

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