カムイの刃   作:Natural Wave

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気づいたらほぼ1年。さっさと無限列車行こうねー。


第捌話 蝶屋敷

蝶屋敷。本来蟲柱である胡蝶しのぶの私邸であるこの屋敷は、しのぶの意向によって負傷した隊士達の治療所として開放されている。那田蜘蛛山での戦闘が終わり多くの負傷した隊士が運び込まれた為、比較的軽傷とみられた杉元の診断は最後に回されていた。

 

 

「本当に信じられませんねぇ」

 

 

上半身の患者衣を脱ぎ椅子に腰かけた杉元の上半身の鎖骨の辺りをペタペタと触診するしのぶ。

 

 

「本当に折れたんですか?」

 

 

「ボキって音鳴ったから間違いない筈だが」

 

 

しのぶが改めて杉元の鎖骨に指を少し強めに押し付けてみる。指を押し付ける位置をずらしていっても特に感触に変化はなく骨折の痕も見受けられない。本当に折れているのなら痛みで顔をしかめる筈だ、そう考えて杉元の顔色を伺うが杉元は首を傾げてしのぶを見下ろすだけだった。

 

 

「杉元さん、嘘ついてないですか?」

 

 

「ついてないって」

 

 

「……そうですか」

 

 

確かに那田蜘蛛山での戦闘が終わり、柱合会議での報告、隊員の治療、と幾つか業務が立て込んだために杉元の診断までは数日の空きがあった。だが杉元の言っていることが事実ならば杉元は鎖骨を骨折し、数日で完治させたことになる。全集中の呼吸の常中を行える柱であっても、骨折を数日で治すことは無かったはずだ。

 

 

「杉元さんの言う事が確かなら完治…してますね…」

 

 

「そうか。じゃぁ取り敢えず俺は大丈夫だな」

 

 

「もう上着を着て頂いて大丈夫ですよ」

 

 

「あぁ」

 

 

患者衣を取り、羽織ってボタンを留める杉元。その杉元の上半身を見てしのぶは目を細める。

 

 

「(やっぱり…凄い傷ですね……。ざっと見ただけでも銃創や切創、刺傷が目に付いてしまう。……細かい傷に至っては数え切れませんね)」

 

 

だけど、としのぶが視線を上げる。視線はボタンをすべて止めた杉元が軍帽を手に取り、帽子を被ろうとした瞬間に見えた琺瑯の額当てに向いていた。

 

 

「そんなに気になるかい?」

 

 

ふと、ぼうっと杉元を見ていたしのぶの様子に気づいた杉元が軍帽を取った。

 

 

「えっ、あ、いえ…」

 

 

「別にいいよ。これだしな。じろじろ見られるのは慣れてる」

 

 

「……では…その額当ての中を拝見させていただいても?」

 

 

杉元が額当てを取ったのを肯定と受け取ったしのぶが髪をかき上げて銃創を見せる杉元に近づき、患部を見る。

 

 

「(やはり銃創ですか…。この位置ならば確実に脳を傷つけている筈。死ぬ可能性は十分考えられるし、場合によっては重篤な後遺症が出てもおかしくはないでしょうが…。この位置から入って、ここから出たのであれば少なくとも生命に関わる箇所は無い筈…)」

 

 

杉元の側面へと回り側頭部の髪をかき上げると、銃弾が飛び出たと思われる傷があった。この位置と角度から弾丸が侵入したのならば、弾丸の進んだ位置に生命維持機能に関わる箇所は無い。だが、だからといって必ず大丈夫と言う訳ではないのだが。

 

 

「しかし…」

 

 

更によくみれば首元にも銃創がある。この銃創も後少しずれていれば動脈を裂き出血を起こして即死していただろう位置だ。幸運というよりも奇跡と呼ぶにふさわしい星の元に生まれているとしかしのぶには思えなかった。

 

 

「知ってるかい?アイヌの慣習でね。死んだ人間の持ちものに傷を付ける習慣があるんだ」

 

 

「……?」

 

 

唐突な言葉にしのぶが首を傾げる。

 

 

「その持ち物に傷を付ける事で魂を抜いてこの世での役目を終わらせて、死んだ人間があの世で使えるようにするためらしい――って同じ事を昔按摩さんに言ってね。そしたらそのあと少ししてこの傷を負った。でも俺は死ななかった。なら、俺を殺すにはこれ以上の傷が必要なのさ」

 

 

再び額当てを嵌めて軍帽を深く被りなおすと、杉元は診察室を出て行ってしまった。

 

 

「……いやはや…ある意味悲鳴嶼さんのような常識破りな方ですね」

 

 

額の銃創は勿論、首の銃創などを含めて幾つかの傷は一寸ずれていたのであれば致命傷となっていてもおかしくはない傷だった。己の意思で傷を作ることもある実弥とは違う傷だ。医学に覚えがあるしのぶだからこそそれが理解出来、なぜ杉元が今も生きているのかが不思議だった。

 

 

*

 

 

「よっ。身体はどうだお前ら」

 

 

「「杉元さん!」」

 

 

杉元が診察を終え炭治郎達のいる病室に入ると、炭治郎と善逸は驚いた様子で起き上がったあと、少しだけ傷の痛みに呻いた。

 

 

「いいよ起きなくて、傷に響くだろ」

 

 

杉元が二人を手で制して寝るように促すと、二人は再び寝台に体を預けた。

 

 

「診察終わったんですか?」

 

 

「あぁ。異常なしだとさ」

 

 

二人の寝台の間に椅子を置き、腰かける杉元。その様子を見て善逸が目を見開く。

 

 

「は!?骨折したって言ってなかった!?」

 

 

「治ったらしい」

 

 

杉元が素っ気なく言った言葉に善逸は目を見開く。

 

 

「嘘!意味がわからないんだけど!骨折って数日で治る怪我じゃないよ!?」

 

 

慄き驚く善逸の言葉に面倒くさそうに手を振る杉元。

 

 

「俺の怪我のことはいいんだよ。で?お前達はどうなんだ?」

 

 

「俺と伊之助はもう少ししたら動けるみたいです。善逸は、毒で手足が縮んでるのでまだ時間が掛かるみたいで」

 

 

「あー。なんか大変だったらしいな善逸?」

 

 

なんとなくしのぶにそれぞれの様子を聞いていた杉元。その言葉に善逸が思い出したように身体を起こした。

 

 

「そうなんだよ!聞いてよ杉元さぁん!!鬼の一人がめちゃくちゃ気持ち悪くてさぁ!!人を蜘蛛に変えるだとかさ!ソイツ自身も顔は普通だけど身体が蜘蛛でさぁ!」

 

 

「あぁあぁわかったわかった。落ち着けっての――って、伊之助はどうしたんだ?寝てるのか?」

 

 

興奮しだした善逸を宥めながら、部屋に入ってからもずっと動かない伊之助を見る。

 

 

「杉元さんと戦った鬼との戦いを思い出して騒ぐからしのぶさんがあばらの骨折が治るまではと鎮静剤を投与されてるみたいです」

 

 

「全く…」

 

 

伊之助を見てため息を吐く杉元。すると、遠くの方で何かが割れる音がするのと共に、ドタバタと数人が廊下を走る音が聞こえた。

 

 

「……なんか女の人が()()()()とか()()()とか言ってる」

 

 

炭治郎と杉元は首を傾げていたが、常人より遥かに耳の良い善逸は音の出所で何が起きているかを正確に聞き取っており、青ざめながらもそれを伝達した。

 

 

「杉元さん、この廊下の先で患者が暴れてるみたいです。人を呼んできてって()()()()()()が叫んでます」

 

 

善逸の言葉に杉元は頷くと、立ち上がった。

 

 

「わかった。俺は行って来るからゆっくり休め」

 

 

炭治郎達の病室を後にした杉元。少し歩いた廊下の先から聞こえてくる悲鳴にも似た声や、投げられた湯飲みであろう欠片が病室から飛び出して廊下に散らばっている。

 

 

「(殺して…か…多分あの助けた女の隊士だろうな……尾崎だったか?)」

 

 

杉元が部屋に辿り着くと、部屋の中では蝶屋敷で働く神崎アオイが尾崎の肩を抑えて寝台に寝かせようと奮闘している所だった。

 

 

「お願い!死なせて!ねぇお願いだから!!」

 

 

傍でおろおろと目に涙を溜めたまま成り行きを見守っている少女―切り揃えた髪型が特徴の寺内きよが杉元に気づいて駆け寄って来る。

 

 

「お力を貸して下さい!拘束帯を緩めたすきに尾崎さんが外しちゃって……!」

 

 

「杉元さんッ!すいませ、ん!手伝ってッください!!」

 

 

杉元が見れば、確かに尾崎の寝台に取り付けられた拘束具がある。

 

 

「あぁ、任せな」

 

 

杉元はそのままアオイが必死に抑えていた腕を取ると、片手で暴れる尾崎の腕を抑えながら拘束帯を取り付けていく。

 

 

「止めて!死なせてよ!!」

 

 

直ぐに手足に拘束帯を取り付け終えた杉元が尾崎の寝ていた寝台から離れるのと同時に、しのぶが病室へと入って来た。しのぶは予めアオイたちが持ち込んでいた薬瓶の中の液体を少し手巾に染みこませると、尾崎の口元に当てる。

 

 

「ムッ――ンンンン!!」

 

 

ジタバタと暴れていた尾崎であったが薬の効果であろうか間もなく動きを止め、ぐったりと眠るように意識を失った。

 

 

「ふぅ……」

 

 

しのぶは手巾を懐にしまい込んで薬瓶をアオイたちに渡すと、尾崎の乱れた髪を整えた。

 

 

「気を落ち着ける薬を処方した方がよいですね…。杉元さん、ご協力ありがとうございました」

 

 

「あぁ。構わねぇよ」

 

 

眠る尾崎を一瞥し、部屋を出る杉元としのぶ。ガチャガチャと割れた湯呑みなどを片付けるアオイたちを背に二人は廊下を歩く。

 

 

「このままでは彼女が自ら命を絶つことを諦める前に、アオイ達が疲れてしまいますね」

 

 

「……まぁ、俺に考えはある。荒療治には違いないが」

 

 

「?」

 

 

「夜…うるさくなるかもしれんがわざわざ来る必要はない。そうあの子達に伝えといてくれよ」

 

 

心配すんな。そう言って杉元は自室へと戻っていった。

 

 

 

*

 

 

 

夜、ずっとずっと静かになった病室の一室で尾崎は目覚めた。

 

 

「……ッ!!」

 

 

此処は何処か、自分はどうなっているのか。それらに考えを巡らせた瞬間、脳内に蘇る那田蜘蛛山での地獄の光景。叫び出しそうになった尾崎だったが、突然何者かに口元を強く抑えられた。

 

 

「――ンム!!ンン!!」

 

 

 

 

「大人しくしなって、手籠めにするつもりはない。話がしたいだけだ」

 

 

 

 

月明りに照らされた杉元の姿。冷たく尾崎を見下ろす杉元を見て、尾崎は那田蜘蛛山で自分を助けた内の一人だったと思い出した。杉元が手を離すのと同時に尾崎が叫ぶ。

 

 

「何で――何で私を助けたのよ!!どうして死なせてくれなかったの!!」

 

 

ぐちゃぐちゃと心中で荒れ狂う感情に支配されている尾崎とは対照的に杉元は茶でも飲んでいるかのように落ち着いていた。

 

 

「お前を助けたのは助かる見込みがあったから。死のうとしたのを止めたのは、助けた苦労を無駄にしたくなかったから。別にお前の為にやったわけじゃない」

 

 

「――」

 

 

突き放すような杉元の言動に、尾崎の心中の感情に強い怒りが混じっていく。

 

 

「ふ…ふざけないで!!私がどれだけ仲間を…斬……ったと…思って……!!」

 

 

言葉にして口に出すたびに、思い起こされる仲間達の顔。驚きと、死にゆく身体への恐怖と、斬った己へと向けられる――。

 

 

ガタガタと震えてくる身体を抑えるように肩を抱く尾崎。

 

 

「わ…私は…私は何で…」

 

 

生きているのか。

 

 

「何で…」

 

 

助かってしまったのか。死んでしまえば、あの光景から逃れられるような気がした。自分も討ち死にした人間として、彼等と同じように悔やまれていたのだと。だが自分は生き残ってしまった。

 

 

だからこそ尾崎は斬った仲間達の顔を思い出し、想像してしまう。

 

 

『何故お前が生き残る』

 

 

『俺達を斬ったお前が。何故生きていられる』

 

 

『恥を知れ』

 

 

 

 

『お前が死「お前が生き残ったのは、お前に役目があるからだ」

 

 

 

 

仲間達の怨嗟に埋め尽くされた心中が杉元の言葉に塗りつぶされた。言葉の意味を探そうとする尾崎だったが、その意味が見つけられない。

 

 

「……?」

 

 

「仲間を死なせた。人を殺した。その罪の重さは途轍もない。罪悪感に任せて()()()()()()()()()()。でも、お前は生きて行かないといけない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ギシリ、と傍の椅子に腰かける杉元の視線から逃げるように、顔を伏せる尾崎。

 

 

「そんなこと……出来ない……」

 

 

「出来る出来ないじゃねぇんだ。生き残ったんなら、やるしかねぇんだよ」

 

 

声色の変わった杉元の声に尾崎が顔を上げれば、尾崎は杉元に違和感を覚えた。今の言葉は、自分に向けられたのだろうか?彼の目は今、どこへ向いているのか。

 

 

「……」

 

 

「何人も仲間を死なせたなら、その十倍、百倍、仲間を助ければいい。何時かお前が死んだとき、お前が殺した仲間が向こうで労ってくれるように。お前ならまだそうやって生きていける」

 

 

「でも私は…もう鬼とは戦えない…。わかってしまったの…力の差…自分の限界が…」

 

 

震える手を握り締める尾崎。

 

 

「刀振って鬼に向かっていくだけが鬼殺隊じゃないんだろ?生き方や助け方を探すなんざ、生きながら考えてみろよ。案外直ぐに見つかるかもしれねぇからな」

 

 

「…」

 

 

「……でももし、それでも死にたくなったなら俺に言え」

 

 

「?」

 

 

「楽には死なせない。とびきりキツくて、とびきり酷い殺し方で殺してやる」

 

 

表情こそ穏やかだったが、尾崎にはその言葉が冗談などではないのだろうと感じた。

 

 

「もうあの子たちに迷惑かけんなよ」

 

 

立ち上がり、部屋を後にする杉元の背を見つめる尾崎。あの子たちとは、ここに住み込みで働く少女たちの事だろう。

 

 

「……」

 

 

生きるか死ぬかは、あの少女たちに謝ってからでも遅くはない。そう考えながら尾崎は再び目を閉じた。

 

 

 

 

*

 

 

 

「生き残ったんなら、やるしかねぇんだよ」

 

 

壁一枚隔てた場所からしのぶは事の成り行きを聞いていた。念のためと待機していたしのぶだったが、尾崎と杉元との会話を聞いているうちに聞こえたその言葉に目を伏せる。自分に向けられた言葉ではない。だがその言葉はあまりにもしのぶの心に深く染みこんだ。

 

 

私は、歩む道を間違えているのだろうか。私が選んだこの道の先に待つ死の先に立つ姉は、微笑んでくれるのだろうか。

 

 

「姉さん。私は……間違ってるの?」

 

 

ぐるぐると回る思考に答えを見いだせないまま私は、ずるずると背を壁に背を預け、座り込んだ。

杉元の鎹烏?の名前について、何がいいでしょうか。

  • フリ
  • オチウ
  • シライシ
  • ウコチャヌプコロ
  • トカプ

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