涼宮ハルヒのドキュメンタル 作:はせがわ
唐突だが、いま俺達SOS団の雰囲気は、すごく良い。
団員それぞれがハルヒの事、そしてこのよく分からない集まりであるSOS団の事を大切に想い、心から好きでいる事がアリアリと見て取れるのだ。
いま俺の対面に座り、すでに負けが決まった局面を何とか打開しようとウンウン将棋盤を睨んでいる古泉を。
編み物に勤しみながらも、時折こちらを見て優しい微笑みをくれる朝比奈さんを。
本当は読書がしたいだろうにハルヒの調べものに付き合わされ、しかしそれに嫌な顔ひとつ見せる事なく、どことなく楽しそうな表情さえ浮かべている長門の姿を見て、俺は思う。
あぁ、ここは本当に、暖かな場所だと。
俺達のような者にとって本当に居心地の良い、なくてはならない場所なのだと。
俺達がこの部室に入り浸るようになってもう一年近く経つが、もしかしたら今が一番良い状態なのかもしれないな。
最初の方こそはそれぞれの所属の事もあり、古泉も朝比奈さんも笑顔は浮かべつつも、どこか線を引くというか警戒している部分があったりした物だが。
しかし今、この部屋の雰囲気にそういった物は感じられない。もちろん思う所はあるのだろうが、少なくとも表面上は微塵も感じない。
おそらく各々の立場はあれど、それとは別の部分でこのSOS団を、そしてハルヒの事を大切に想ってくれている為なんだろう。
古泉の笑い顔は相変わらず胡散臭いが、明らかに以前とは俺達への接し方が違う。なんというか、凄く柔らかい雰囲気になったように思う。
もちろんコイツには義務だったり使命であったりもあるんだろうが……、今の古泉の顔は取り繕った物なんかじゃなく、心から楽しんでるからこその顔に見えるんだ。
部では貴重な野郎同士って事で、俺とはよく休日も二人でつるんだりしている。
組織だの能力だのの事を忘れて俺とバカ話をする時の古泉は良いヤツだし……まぁ友達だと思ってやらん事も無い。相変わらず話しかけてくる時の顔は近いが。
朝比奈さんはいつもハルヒの破天荒さの被害者となってはいるが……、それでもこうして毎日部室へ通い、皆の為に美味しいお茶を淹れてくれる。
恐らくハルヒを可愛い妹か、下手したらもう自分の子供みたいに思っているんじゃないか?
朝比奈さんがハルヒを見つめる時の瞳には、そう思えて仕方ない位のとびっきりの慈愛が込められているように思う。
その姿は正に聖母マリア。神はここ北高の文芸部部室に居ました、といったような感じだ。
長門はいつも本を読んで過ごしているが、それでも時折ボードゲームに興味を示してはトコトコこちらに来てみたり、まるで仲の良い姉妹のように朝比奈さんと並んで座ってみたり、ハルヒのPCゲームの対戦相手になってみたり。
最近では不思議探索の時、ただ付き合うばかりではなく自分から「ここに行ってみたい」と意思表示をするようになってきたんだそうだ。
それを聞いたハルヒのテンションがMAXになった事は、言うまでもない。
可愛い有希のお願いだと、もうニッコニコしながら二人で手を繋いで不思議探索をして来たらしいぞ。
いま俺達の間にあるのは、親愛の情。それぞれの立場を尊重するという、思いやり。
そして同じ部で過ごし、同じ物に立ち向かって行くという絆。
なにやら言っててこっ恥ずかしくなってくるが……しかしそうとしか言い表せない暖かな物が、俺達の間にはある。
まあこの中で俺だけが一般人だという事に思う所が無い事もないが……それで傍観者を気取っていたのはすでに過去の話だ。
俺はこいつらの為に出来る事があれば躊躇なく手を貸すし、このSOS団という場所を守る為だったら何だってするつもりでいる。
“鍵“だのなんだのという言われ方は未だによく分からんが、それでハルヒやこいつらの為に何かをしてやれるというのなら、文句は無い。
「いや、本当にお強い。参りました」
いま散々悩みに悩んだ挙句、なにやらスッキリした顔で投了する古泉に苦笑を返しながら、俺は思う。
ハルヒの事だ、この先も何だかんだと色々ありはするんだろうが、今はただこうしてのんびりとしていたい。
この部屋の暖かな雰囲気の中で、こうしてまどろんでいたい。
なんだかんだ言っても、俺はこの平和な時間を愛しちまってるのかもしれないな、と。
そして案の定……そんな俺のささやかな願いをブチ壊す声が響いたのは、例によってSOS団団長の席、涼宮ハルヒの方からであった。
「――――そうよ、これよ!!
我がSOS団に足りないのはこれだったんだわ!! ありがとう有希!」
ふと目をやってみれば、そこにはパソコンの前でキラキラ目を輝かせている我らが団長さまの姿。そしてフンスと声が聞こえてきそうなほど満足気な様子の長門の姿があった。
「みんな! ちょっと集合してちょうだい!
さぁ有希もみくるちゃんも席に着いて! 傾注ーっ!!」
団長席に居た長門はどことなく意気揚々といった様子で、そして編み物をしていた朝比奈さんが「ふぇ?」と非常に愛らしい声を出してから、俺達のいる長机の席に着く。
なんだなんだ? 何が始まるんだ? そんな空気が部室を包む。
「えー、おっほんっ!! 皆さん、我々SOS団はあたし涼宮ハルヒを団長とし、
この北高でも最高の人材のみを集めて構成された至高の団である事は、
ご存知の通りです!!」
いや、俺は知らんかったが。そうだったのかハルヒ?
そんな茶々を入れる暇もなく、団長席の上に立ち上がり腕を広げて演説するハルヒの言葉は続いていく。
「愛らしい文学少女! ロリ可愛い巨乳メイド! ハンサムで有能な副団長!
キョンの事は今いいとして……ここには最高のメンバーが集っています!!」
「おい、俺は何かないのか」
思わず声を上げてみるも、どうやらここでは雑用係に発言権は無いらしい。是非とも待遇の改善を要求したい所だが、ハルヒの演説は止まる事なく続いていく。
「しかし、しかしです! たとえ団員それぞれが万人を殺す力を持とうとも!
国盗りが出来る程の能力があろうともっ!」
「すいません、持って無いです」
「こ、殺したらダメですっ。あぶないですっ」
「ない」
「あるひとつの重要な要素が、私たちには欠けているっ!!
溢れんばかりの知性、圧倒的なフィジカル、暴力的なまでのチャーム……、
それとは違う“ある重要な能力“が、今の我々には無いっ!!
その事にあたしは気が付いたのです!」
思わず三人がつっこむも、めげずに続けていくハルヒ。
「ハイみくるちゃん! それはいったい何だと思う!?」
「えっ。……あ、あの!」
ビシッと指を突き付けられ、オロオロと戸惑う朝比奈さん。俺達はもう、心の中で応援する事しか出来ない。
「えっと……も、もしかして絵の才能とか、音楽の才能とか」
「――――そうです、“笑い“ですッ!!!!」
朝比奈さんから視線を切り、目を〈カッ!〉と見開いてハルヒがこちらを向く。
「笑いを獲っていく能力! 一声で場を爆笑の渦に持っていく力!!
そういったスキルを持っている人材がこの場には居ないのです!
これは由々しき問題だわっ!!」
ガーンとばかりに打ちひしがれている朝比奈さんには大変申し訳ないのだが、正直いまちょっと吹きそうになったぞ俺。お前は結構いい線いってるんじゃないのかハルヒ?
「何いってんのよキョン! こんなんじゃ全然たりないわ!!
かの食い倒れの国では、もう毎日が笑わせるか笑わせられるかの戦いなの!
やるかやられるか……常に死と隣り合わせの修羅の国なのよ!!
こんな事じゃ一日だって生きてられない!!」
お前はあの関西のいち地域を何だと思ってるんだ。そうは発言してみるものの、相変わらず雑用係である俺の言葉はコイツに届かない。いい加減訴えるぞお前。
「人間関係においてユーモアというのは、とても大切な要素だわ。
これがある人が上司に気に入られ、国の中枢を担う重要な役職に着いていくのよ。
ゆえに“笑い“は国を動かす程の能力と言っても過言じゃないわ!」
「別にこの国は吉本興業が動かしているワケでも、
笑福亭一門が大地を支えているワケでも無いのですが……」
「そんな重要な能力を、我が校の精鋭たるSOS団が持っていないのは問題よ!!
今後あたし達が活動していく上で、必ず必要になってくるスキルのハズだわ!!」
もうハルヒは絶好調だ。いつもイエスマンでいるハズの古泉でさえ思わずつっこんでしまう程の状況だが、もうハルヒの瞳には自らが思い描く輝かしい未来しか映っていないのだろう。
「そんな事言ってもな、俺やお前はジョークを言う方でもないし、
それは朝比奈さんや長門だってそうだろう?
古泉に関しては会話のスキルが高い方なんだろうが、
それでも笑いを獲っていくようなスタイルじゃない。
SOS団に谷口でも入れるつもりか?」
「何いってんのよキョン! 谷口なんて入れてもしょうがないでしょ!!
いま! 現状の! このメンバーでSOS団はやっていくの!!
安易なメンバーの増員なんて微塵も考えてないわっ!」
まぁ新入生なんかの問題はあれど、それに関しては俺も同意見だ。
しかしいかにコイツらしいとはいえ、この面子に対して笑いのスキルを求めるっていうのもなぁ……。
ハッキリ言って、長門や朝比奈さんが誰かを爆笑させている姿なんぞ想像出来んぞ?
そうなると俺か古泉になってくるんだろうが、今まで平々凡々と生きてきた俺にそんなスキルがあるハズも無し。
古泉ならツッコミ役としてでも舞台に立てば、もうそれだけで女子高生達がキャーキャー言いそうなモンなのだが、ハルヒが言っているのはそういう話でも無いんだろう。
中学までは仏頂面して過ごしていたというハルヒにもそんな対人スキルは無いだろうし、俺にはハルヒの主張はとても無理がある物のように思えるな。
「う~ん、でも谷口かぁ~。まぁ団に入れられないのは当然だけど……、
あたし“こと笑い“に関しては、ちょっとだけ谷口を認めてる所あるけどね」
「えっ!?」
あまりの意外な発言に、思わず上擦った声が出る。そんな俺を不思議そうな顔で見つめるハルヒ。
「なに? どうしたのキョン?」
「い、いや……あまりにも意外だったもんでな? お前は谷口の事なんか、
たまに視界に映るアメーバみたいなの位にしか思っていないのかと……」
「それ飛蚊症じゃない? ちゃんと眼は清潔にしときなさいよ?
……まぁ確かに谷口って視界に入るだけで鬱陶しいヤツだけど、
それはそれとして見るべき所は見てるわよ、あたし」
腕を組み「心外だ」と言わんばかりに俺を睨むハルヒ。お前も谷口を鬱陶しいと言っていたので睨まれる謂れは無いハズなのだが、とりあえず今は話の先を聞く事とする。
「笑いのセンスがある、だなんて思ってないわ。
谷口ってヘタレだし、情けないし、ぶっちゃけみんなに舐められてるわよね?
集団におけるアイツのポジションって、みんなに馬鹿にされたり、
駄目な所をイジられたり、池に落とされたりする、
いわゆる“汚れ役“のポジションだわ」
「池に落ちたのはお前のせいなんだが……まぁ正直そうだとは思う。
アイツはまごう事無くバカだからな。
だがアイツはアイツで、どこか憎めない所が……」
「――――だけどね? そのポジションって、“凄く貴重“なのよ。
この役目を引き受けてくれる人間が居るかどうかで、
集団における場の雰囲気って、もう全然違ってくるの。
本当はアンタたちは、物凄く谷口に
「!?!?」
突如、貫くような視線で俺を見るハルヒ。その目は真剣さに満ちており、俺は黙って動かずにいる事しか出来なくなる。
「誰だって、フォワードやミッドフィルダーをやりたいの。
地味な球拾いなんかじゃなく、カッコいいポジションをやりたいのよ。
そこを谷口は“イジられ役“という役目に自分を置く事で、
実は誰よりもアンタ達の集団に貢献しているの。
アイツがいるから、周りは点を獲れる。
アンタ達が仲良くおしゃべり出来てるのも、毎日楽しい気分でいられるのも、
谷口がその役目を
「…………」
「アンタも国木田あたりと二人で喋る事はあるでしょう?
その時って確かに心地よい時間ではあるでしょうけど……、
でも谷口がいる三人の時ほど、楽しいとは思わないハズよ?」
思い当たる節はある。アイツは俺達にイジられる時も、小馬鹿にされる時でも、いつも「うっせー!」なんて言いながら笑って許してくれていた。
どんな時も、俺達の好きなアイツ、ひょうきんなアイツのままで居てくれた。
今まではなんとも思わなかった。だがきっとそれは、俺達の楽しい時間の為にアイツが黙って引き受けてくれていた事だったのだろう。
例えちょっとくらいカッコ悪くとも、損な役回りだったとしても。俺達仲間の為に。
「別にたかだか高校生の友人関係に、ゴチャゴチャ言うつもりはないわ。
“イジメ“と“イジり“の区別もロクに付いてないような、
そんなしょーもない連中の話がしたいワケじゃないのよ」
「TVなんかを観てるとよく分かるけど、
例えば出川さんや上島さんの事をみんなでイジって、笑いにしたりするわよね?
……でも出演者の中で、本当に彼らを馬鹿にしてる人は居ない。
彼らの事が嫌いな人間なんて、あの場には一人も居ないのよ」
「あの人たちは、イジられるという役割の、プロフェッショナル。
サッカーで言えば、誰も敵わない位の技術を持つ世界一のディフェンダーなの。
だから芸人さん達はみんな、出川さんや上島さんに“感謝してる“。
心から尊敬して、凄く頼りにしてる。そして愛を持ってイジっているの。
一緒に頑張って、面白い番組を作る為にね?
それが芸人さん達の間にある、信頼――――」
俺が普段観ているTVでも、出川さんや上島さんといった芸人さんは、いつも凄く情けない姿をさらけ出している。それを見て皆が笑っている。
けどそれをイジってる芸人さん達と出川さん達が、本当に強い信頼関係で結ばれているというのは、彼らの笑顔を見ていればすぐに分かる。
だからこそ面白い番組が作れる、みんなに幸せを届ける事が出来るんだって事が、いま改めて理解出来た気がする。
「4番だけじゃ野球は出来ないし、点獲り屋だけじゃサッカーにならないでしょ?
それはアンタ達の集団、そして番組や舞台だって一緒なのよ。
イジる方もイジられる方もお互いを信頼し合って、
それぞれがしっかり自分の役目をこなすから、大きな舞台を完成させられる。
みんなに笑いを届ける事が出来る。
……プロと一般人の違いはあっても、谷口がアンタ達にしてくれてるのは、
つまりそういう事よ。
これは決して、誰にでも出来る事なんかじゃないわ」
一見情けない所ばかりが目立つ、谷口という男。そんなアイツをハルヒが少し認めていると言ったワケが、今なら分かる。
そしてハルヒが芸人さん達のイジりを愛や信頼だと言ったように、もしかしたら俺達も、谷口からそういう物を受けていたのかもしれない。
言葉にすれば少し変な感じではあるが、でも谷口も俺達と友達であるからこそ、好意を持ってくれているからこそ、あんなにもバカみたいにいつも笑ってくれていたんだと思う。
それを今、「有難い」と――――
あのひょうきんで憎めない男の友情に感謝をしたいと、初めてそう思えた。
「まぁアイツ自身がどう思ってるのかなんて知らないし、
あたしは谷口の事、
「 うおぉぉいッッ!!!! 」
「そんな事はどうでも良いとして! ちょっとみんなに見てもらいたい物があるのよ!!
これよこれ!! ハイみんなぁー! ちゅうもーくっ!!」
俺の魂の叫びを無視し、ハルヒは皆の前にノートパソコンを差し出す。
あまりの展開にポカンと口を開けたままの古泉が、今モニターに映っている画面を見て、そこに表示されている文字を読んだ。
「“ドキュメンタル“……ですか?」
「そうっ、ドキュメンタル!!
これは地上波ではやってない番組だからみんな知らないかもしれないけど、
某カリスマ芸人の松ちゃんが企画した、バラエティー番組なのよ!!」
画面に映っているのは、近年なぜか金髪ゴリラと化した、みんな大好き松ちゃん。
彼がカッコいいスーツを着て、こちらに向かって不敵な笑みを浮かべている画像だ。
俺も朝比奈さんも古泉も、ただただアホのように呆然としながら画面を見つめる。
ただひとり長門だけは、なにやらフンスと興奮気味……のように見えるが……。
「これはね? 選ばれし10人の芸人がなんの変哲もない一室に集められ、
そこで最後の一人になるまで笑わせ合うという、バトルロワイヤルなの!!
脚色のないシンプルな舞台、そしてパンツを脱ごうが下ネタを言おうが、
もうなんでもアリというノールール!!
まさに芸人の誇りと名誉を賭けた戦いなのよっ!!」
地上波ではない番組ゆえに、TVのように放送倫理による規制が無い戦い。
笑ってしまった者から失格になっていき、最後まで生き残った者が勝者。
シンプルな状況下で、純粋に“誰が一番おもしろいのか“を決めるという、お笑い好きならば誰もが心躍るような、浪漫溢れる競技ルールだった。
「いやハルヒ……それは良いんだが、これから皆で観るのか?
そろそろ下校時間だし、今からじゃあちょっと無理なんじゃないか?」
「このアホキョン! いったい何を聞いてたのよ!!
ついさっき、あたし達には笑いのスキルが足りないって話をしてたでしょ!!」
腰に手をあて、もうプンスコとばかりにお怒りになる我らが団長さま。
その姿を見て、いま古泉が「……まさか」と呟き、タラリと冷や汗を流した。
「明後日は土曜日、いつもなら街に出て不思議探索をする所だけど……それ中止ね。
みんなには、朝からここに集まってもらうわ」
ビシッと部室の床を指さし、ハルヒが太陽のような満面の笑みを浮かべる。
それを前にした俺達は、ただただとてつもない“嫌な予感“を胸に、この場で硬直する他は無かったのだ。
「――――ドキュメンタル、やるわよ。
誰がSOS団で一番おもしろいのか……決めようじゃないの!!」
スキルが無ければ、磨けば良い。手に入れれば良い――――
そんな団長さまの安易な発想の元、俺達SOS団は何も分からないまま、“笑わせ合い“という地獄に放り込まれる事となる。
第一回、涼宮ハルヒプレゼンツ、“ドキュメンタル“
今思えば、俺はここで縋りついてでも、ハルヒを止めるべきだったのかもしれない。