涼宮ハルヒのドキュメンタル 作:はせがわ
おう、来たぞ。ここに座ればいいのか?
――――はい。ようこそお越し下さいました。……えっと、私もキョンさんと呼ばせてもらっても?
おい……アンタまでそっちで呼ぶ気かよ。まぁ今更か。好きにしてくれたら良いさ。
――――ありがとうございます。改めて、大会お疲れ様でしたキョンさん。いくつかお話を聞かせてもらいたいのですが、構いませんか?
おう、そう聞いて来たしな。まぁ俺なんぞに大した話が出来るとは思えんが……それで良けりゃ何でも訊いてくれ。
――――ご協力感謝です。では早速お話を聞かせて頂きますが……今回の企画、キョンさんはどのような意気込みで臨んでいらっしゃいましたか?
意気込み? ねぇよそんなのは。
俺は企画の内容なんてロクに知らないままだったし、特に小道具なんかも用意せずに来たしな。
勝負だのなんだのは、他のヤツら同士でやればいい。
……俺はただ、ハルヒが無茶しないように見張ってただけだ。
――――勝負の事は考えていなかった? 優勝するつもりは無かったと?
ないない。そもそも勝てるとは思えんよ。
俺は冗談なんぞ言う方じゃないし、誰かを笑わせるなんて柄でもない。
TVなんかを観てりゃ分かるが……、芸人さんがやってる“馬鹿な事“ってのは、
しっかりとした理屈と技術に裏打ちされたモンだろう?
だからこそ“芸“で、客席一杯のお客を笑わせる事が出来るんだ。
それは簡単な事だとは思わんし、俺なんぞに出来るとも思えん。
――――そうですか、キョンさんは純粋に涼宮さんの事が心配で、参加していたという事ですね。
あと俺、来なかったら“死刑“だったんだよ。
アイツからの招待状にそう書いてあった。死刑になんのは嫌だろ……。
――――ありがとうございます。では次の質問になりますが……少しお訊きしづらい事になるかもしれません。キョンさんは中盤で一度、涼宮さんを無理やり着替え直させた事がありましたよね?
……………。
――――あの行為については、我々もある程度理解出来るつもりではあるのですが……あの時キョンさんは、いったい何を思っていましたか?
……そうだな、あれに関してはもう、平謝りするしかない。
変な空気にしちまったし、あとちょっとで全部ブチ壊しになってた。
後で古泉がフォローしてくれなきゃ、ハルヒも俺もどうなってたか分からんからな。
……ただ、あの時の俺の事については、あんまり語りたい事でもねぇんだ。
すまん、アンタの方で好きに書いてくれて構わんよ。
――――いえ、こちらこそ申し訳ありません。私個人としても、キョンさんの行動を支持したいと思っています。どうか気を悪くしないで下さい。
分かってる。ありがとな。
とりあえず言えるのは、皆にすいませんでしたって事だけだ。
今はこれで勘弁してもらえるか。
――――はい、もちろんです。それでは次の質問ですが……今回の企画に参加してみてどうでしたか? 漠然とした質問になるのですが、全体としてのご感想は?
……そうだな、まぁ言えるのは、ただただ「きつかった」って事だよな。
6時間の長丁場だったし、ずっと気を張ってるのは正直しんどかったよ。
笑わないように我慢するって事が、こんなにも疲れるモンだとは思わんかった。
年末の松ちゃん浜ちゃんの気持ちが少し分かった気がするよ……。
ちょっとした拷問だぞアレは?
――――特に印象に残った事、そして一番笑いそうになったのはどこでしたか?
印象に残ったのは……掃除機で
一番笑いそうになったのは……実はこれ、誰かのネタってワケじゃないんだが……。
終盤な? ハルヒがあまりにも笑うの我慢しすぎて、もうダーダー汗を流してやがったんだよ。
……人間、極限まで笑いを堪えると、こうなっちまうのかって……。それ見た時は、正直吹きそうになったな。
お前はなんて顔をしてやがんだ……。何がお前をそうまでさせるんだって……。
――――あの中で、一番強いと思っていたのは誰でしたか? どなたが一番怖いと思っていましたか?
そらハルヒだろ? 何をしてくるのか分からんし、すげぇ覚悟で臨んでたからな。
そもそも、この企画をやろうと言い出したのはアイツだ。
ハルヒのやつ、絶対自分が勝つつもりでいただろうからな。
――――キョンさんの優勝予想は、涼宮さんだった?
あぁ、なんだかんだあっても、俺はハルヒが勝つと思ってたよ。
他のヤツラも相当なもんだが、本気になったアイツには誰も敵わん。
……というか、そういう風に出来てるんじゃないのか?
俺達SOS団ってのは、ハルヒを中心とした、ハルヒの為の集まりなんだから。
……出来るだけ長く留まろう。ちょっとでも長い間、コイツの傍にいてやろう。
最後の最後まで、それだけを考えてたよ。
「古泉と朝比奈さんが脱落か……さてどうしたもんか」
手を洗い、ハンカチで拭く。
俺は今は、ひとり用を足しに来ている所だ。何気なく鏡なんかを確認してみる。
「気が付いたら居なくなってんだもんな、あの二人……。
長門もペナルティを取られたって言うし、いったい何があったんだか」
ハルヒにやられて気を失い、気が付けば部屋の頭数が減っていた。
古泉には随分と助けられていたし、アイツが居なくなってしまった事に少し不安を覚えるが、これからは何があっても自分で何とかしていかなければならない。
……それにしても、いったい長門は何を見て笑ったんだろう? 長門に訊いても顔を逸らすばかりで教えてはもらえんかったし、全くの謎だ。
「とりあえず、残り時間は2時間を切ったくらいか……。
気は進まんが、さっさと戻る事としよう」
トイレを後にし、スタスタと部室へ戻る。
扉を開けると、そこには俺が部屋を出た時と変わらない姿でいる二人。ハルヒは俺の隣の席、長門は俺の正面の席に座っている。
「おう、戻ったぞ」
「……」
「……」
軽く声を掛けるも、なにやら二人はこちらを見つめるばかりで返事をしなかった。ハルヒも長門も俺を見ているし気が付いてはいるんだろうが、すぐに目を逸らしてしまう。
「ん? なんだ?」
それを不思議に思うも、とりあえずは座ろうと、椅子を手元に引く。
するとその椅子の上に、“キリストみたいになった古泉少年“の写真が置かれていた。
「――――ッ!」
「……」
「……」
その場で硬直する俺。目を逸らしている二人。
「……………おい、何だこれ。……誰がやったんだ」
「……」
「……」
ただただ、目を逸らす二人。決してこちらの方を見ようとはしない。
「ハルヒ? こっちを見ろ」
「……」
もうプイッとばかりに、全力で顔を逸らすハルヒ。
「……ハルヒ?」
その顔の真ん前に、古泉少年の写真を突き付けてみる。
「――――ッ!! ……ッ!!」
「おいハルヒ、正直に言え? なんだこれオイ」
全力で顔を背け、ひたすらフランスパンを齧ってしらばっくれるハルヒ。
俺はしばしの間、ズイズイと古泉少年の写真を突き付けていくのだった。
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プイッとそっぽを向くハルヒの頬っぺをツンツンしたり、写真を眼前にちらつかせたりしながら暫く過ごしていると、やがて長門が静かに立ち上がる音が聞こえてきた。
「お、外出か長門?」
「着替えたい。出撃の許可を」
おうと頷き、ハルヒと共に敬礼する。それを確認した長門が、フンスとばかりに意気揚々と出掛けていった。
「ついに有希もお着換えタイムね。いったい何を着てくるのかしら?」
「流石に長門のはちょっと予想が付かんな……。
まぁ楽しみにしとこうぜ」
俺から見ても、今日の長門は積極的に仕掛けていると思う。いつものように無口なのは変わらないが、撃墜数で言えば一番みんなを笑わせているんじゃないか?
確か対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースというのは、そんな意味じゃなかったハズなのだが……。今日の長門が優勝候補の筆頭である事は疑いようも無い。
本当に小さな変化だから分からないかもしれんが、今日の長門はウキウキと、すごく楽しそうな雰囲気なのが俺には見て取れる。
長門はいつも頑張っているし、俺も数多くの場面で助けて貰っている。
だから長門が今日楽しそうにしている事は、俺にとって凄く喜ばしい事である。
「あ、有希きたんじゃない?」
「おっ、そんじゃあ前向いとくぞハルヒ。出来るだけ反応しないように頑張れ」
扉の方から音が聞こえ、長門がこちらに戻ってくる気配がする。
俺達は頬っぺたをウニウニしたり、パンパン叩いたりして心を落ち着かせ、アイツがやってくる瞬間に備えていった。
「…………」
ガラガラと扉が開き、そこから長門が姿を現す。
俺は前を向いているので横目でしか見えないが、どうやら全身黒い恰好でいるようだ。
「……口をパクパクと動かして欲しい」
長門はトテトテとこちらに歩いてきて、俺の背中に張り付くようにして、後ろに隠れた。
どうやらこの小声は、俺に対して指示を出しているようだ。
「ん、こうか長門?」
長門に言われるがままに、パクパクと口を動かす。
声こそ出していないが、俺はまるで喋っているような感じで口を動かし、ハルヒの方に顔を向けた。
「ハルヒ、先にシャワー浴びてこいよ」(キョン声で)
「「 !?!? 」」
驚愕の表情のハルヒ。対して俺は、いそいで背中に張り付いている長門に目をやった。
今の長門の格好は、舞台なんかでよく見る“黒子“の格好だ。
どうやら長門は俺に口パクをさせ、その後ろから声帯模写で喋っていたようだ。
「ちょ……キョン! あんたどういうつもりよッ!!!!
シャ、シャワーなんか浴びさせてっ! いったい何するつもりよアンタッ!!」
「落ち着けハルヒ! 長門だ!! 俺が言ったんじゃない!!」
「えっ……でも今の、確かにキョンの声だったわよ?
有希、アンタそんな特技があったの?!」
肩からひょこっと顔を出し、黒子頭巾を被った長門が姿を見せる。
顔は隠れているので分からないが、どことなく得意げな雰囲気が感じられる。
「有希! もう一回!! もう一回やって!!」
「脱げよハルヒ。一枚づつ脱ぎながらこっちへ来い」(キョン声)
「セリフを選べ長門!! 俺はそんな事言わん!!」
目をぐるぐると回し、思わず制服に手をかけそうになっていたハルヒが「はっ!」と我に返る。
「すごいじゃない有希!! まるで本物みたいだったわ!!
あたしもやりたい! あたしも声真似する!」
「そう言う事を見越して、今日はこんな物を用意して来た」
黒子の頭巾を脱ぎ、長門がごそごそと自分のカバンを漁る。そこから俺達SOS団の顔を模しているであろう、5枚のお面を取り出した。
「これを被ってする事を推奨。全員のを用意してある」
「おぉ、古泉に長門に朝比奈さん……。よく出来てるなこのお面」
「あたしとキョンのもあるわね! ……ねぇ有希?
物は相談なんだけど、後でコレあたしにくれない……?」
なにやらハルヒが俺のお面を持ち、ごにょごにょと長門に耳打ちしているが、その声は聞こえなかった。
とりあえず俺は古泉のお面を被り、試しにヤツの声を真似て喋ってみる。
「どうも、古泉です。…………いや駄目だな。長門のように上手くいかん」
「手本を見せる。見てて」
長門が朝比奈さんのお面を被り、俺達に向き直った。
「女の子同士だし……涼宮さんのパンツ盗っても、
怒られるだけで済むよね……?」(みくる声)
「何してんだよ朝比奈さん!! 盗っちゃ駄目だって!!」
「えっ、みくるちゃん? ……えっ」
あまりの声真似のクォリティーに、これが長門だというのも忘れてつっこんでしまう。
対してハルヒは絶句しており、なんか非常に動揺してしまっている。
「えっと……有希? ウソよね?
ホントにみくるちゃんが言ってたんじゃないよね?」
「……」
長門は顔を隠すように、ただ朝比奈さんのお面を被るばかり。その表情は伺えない。
「……もういいわ! 貸してっ! あたしも声真似やる!!」
真っ青な顔をし、その絶望を振り切るかのようにして、ハルヒが俺の顔を模したお面を被る。
「あ~。長門のおしっこ、飲んでみてぇなぁ~」(キョン声)
「――――そんな尖ってねぇよ!! なんだその性癖っ!!」
大声で抗議をするが、どうやらハルヒの声真似もなかなか堂に入っているようだ。
長門がコテンと首をかしげて、スカートをたくし上げるような仕草をしたが、俺は全力でそれから顔を背ける。
「この変態っ! どうせガブガブいきたいとか思ってるんでしょうが!!
このペドフィリア!!」
「ペドじゃねぇし!! ごく健全な男子高校生だ俺は!!
親に顔向け出来ねぇ事はしねぇ!!」
俺とハルヒがギャーギャー言い合っている内、さりげなく長門がハルヒ顔のお面を被り、こちらに向き直った。
「鼻に火の着いたタバコつっこめば、鼻毛ぜんぶ剃れるんじゃないかしら?」(ハルヒ声)
「――――そこまでフロンティアスピリッツないわよ!! 地道にがんばってるわよ!!」
まぁこれに関しては長門の戯れと、ハルヒを信じてやろうと思う。俺達まだタバコ買えないからな。
「こら有希ッ! アンタよくもキョンの前であんな……!」
「……」
ハルヒが腰に手を当てて、プリプリと長門を叱っている。
その声はこちらには聞こえないが、なにやら長門が悪びれずにハルヒを見つめているのが分かる。
俺にはお互い様のように思えるんだが……。
「もう怒ったわっ! ……勝負よ有希!!
ここで決着を着けましょう! 可愛さ余って憎さ100倍ってヤツよ!!」
「望むところ。了解した」
肩を怒らせ、小道具の入ったダンボール箱の方へ歩いて行く二人。なにやら剣呑な雰囲気になってきたのを感じ、慌てて俺も追いかける。
「やめろってお前ら! 喧嘩すんなって!」
「喧嘩じゃないわ! 勝負よ! これは乙女の矜持を賭けた
あんたは黙ってそこで見てなさい!!」
「私は負けない。勝負」
決意を瞳に宿した長門が、小道具箱の中から洗濯バサミの束を持って来る。
どうやらこれは4つの洗濯バサミを紐で繋げた物であるらしく、その内の二つをハルヒ、残り二つを長門が手に取った。
「これで乳首を挟み、互いに引っ張り合う事により勝敗を競う。
いわゆる乳首相撲で勝負」
「上等よ有希!! 負けた方が鼻タバコの刑だからね!
あんたの鼻毛をマイルドセブンにしてやるわ!!」
「やめんか馬鹿たれ! ふたりとも冷静になれ!!」
額を突き合わせ「ぐむむ……!」と睨み合う二人。その手にある洗濯バサミが大変にシュールだ。
ハルヒも長門も、今にも洗濯バサミを装着しそうで気が気じゃない。
「やめろハルヒ! 乳首がおやつカルパスみたいになっちまうぞ!!」
「いいじゃない! 赤ちゃん出来た時に便利かもしれないじゃない!
やってやるわよ!!」
「やる」
ムキーとヒートアップする二人から、なんとか洗濯バサミを取り上げる事には成功する。だがハルヒも長門も火が着いて止まらない様子だ。
「なんで止めるのよキョン! なんで止めるの!?
あたし悪くないもん! 有希が悪いんだもん!」
「痛ててでで!!」
ハルヒが猫のように「フーーッ!!」と声をあげ、おもいっきり俺の腕に噛みつく。
「やめて。貴方の行為は目に余る。暴力行為」
「なによ有希! こんな時に自分だけ良い子なの?! そんなのズルいじゃない!!」
「そうやって、嫌われてしまえば良い。
我が儘を言い、困らせて、彼に嫌われてしまえば良い――――」
その瞬間、あれだけ激昂していたハルヒがハッとした顔になり、言葉を失ったように硬直する。
対して長門は真剣な目でハルヒを見つめる。いつもの儚げな雰囲気はどこにも無い。
「勝負して。
もし私が勝てば、彼に謝ってもらう」
「な……、なっ……」
「ごめんなさいと言い、彼に日頃の感謝を。それだけで良い」
一見、いつもの無表情。だが俺には、長門が今ものすごく怒っているように見えた。
本当は止めに入るべきなのだが、あまりの事に放心してしまい、身体が動かない。
ハルヒは今も言葉を失っており、さっきまでとは裏腹に意気消沈してしまっている。
「洗濯バサミで、おやつカルパスになってしまえば良い。
ボインは赤ちゃんの為だけにあるのではない。彼に嫌われてしまえばいい」
「「!?!?」」
シリアスな雰囲気の中で突然出てきた“おやつカルパス“の響きに吹きそうになるが、どうにか持ちこたえる。
「でも私はへいき。決しておやつカルパスになる事はない。
貴方に嫌われる事もなければ、赤ちゃんが困る事もない。
どうか安心して欲しい」
「長門?」
今度は真っ直ぐに俺を見つめて語り出す長門。あまりの展開に頭がついていかない。
そんな風に俺が放心していると……、どうやら硬直から立ち直ったらしいハルヒが、おずおずと長門に声を掛ける。
「えっと……有希? ちょっと良いかな……?」
「なに」
真面目な表情で返事をする長門。
対してハルヒは何故か冷や汗を流し、恐る恐るといった様子で語りかける。
「有希のが丈夫なのは分かったけどね? でもちょっと、無理なんじゃないかな……?
赤ちゃんはともかく……多分キョンは喜ばないと思う……」
「なぜ? 言ってる意味が分からない。説明を要求する」
「だってあんた、
……純真な、とても綺麗な瞳で言い放つハルヒ。まるで小学校の先生が子供を諭しているような感じで。
対して長門の身体は、頭上に〈ピシャーン!〉と雷が落ちたように硬直している。
「えっとね……? さっきはペドとか何とか言ったけど……。
やっぱりキョンも男の子だし、おっきいのが好きみたいなのね……?」
「……」
「キョンがみくるちゃんとかを見る時って……ね? 分かるでしょ?
やっぱりね? どうしてもこう…………あるみたいなのね? 男の子だし。
……あっ! 牛乳もそうだけど、鶏肉とかがすごく良いらしいのよっ!
ナイショだけど、あたしも最近毎日ね? だからその……有希もさ?」
「……」
いっそこれが悪意から来た言葉であれば、もう殴るなり何なりして、思いっきり発散させる事も出来るものを。
いま心から長門の事を想い、そして100%の思いやりを持って語りかけるハルヒを見て、俺は涙がちょちょ切れそうだった。
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………………………………………………………………………………………………
「なぁ長門、機嫌なおしてくれよ」
「……」
俯き気味に、足元を見るばかりの長門。あれから少しばかり時間は立ったが、今も長門はこんな調子だ。
「な? もうゲームも終盤じゃないか。みんなで何かして遊ぼう」
「……」
ハルヒは少し離れた場所でひとり座っている。
流石にさっきの事を申し訳ないと思っているのか、気まずそうに俯いている。
そして俺は長門と向かい合い、椅子ではなく長門と視線を合わせるように屈んでいる。
俯いているコイツの顔が見えるよう、若干下から覗き込むような感じで。
「じゃあ俺と遊ぶか長門?
お互いオレンジ同士だし、俺と何かして遊ぼう」
「……」
やはり先ほどの事が気まずいのか、長門はなかなかこっちを見てくれない。
だがそんな事も関係なく、俺は長門に声を掛け続ける。
「ほら長門、お前は何がいい?
長門のしたい事しよう。何して遊ぶんだ?」
「……」
「オレンジ同士の勝負だぞ? 相手を笑わせた方が勝ちだ。
お前今日すごく強いじゃないか。俺とも勝負してくれよ」
ハルヒには悪いが、少しだけ待っていて貰おう。アイツも今は少し気まずいだろうし、ここは俺が頑張るべきだ。
俺が顔を覗き込む度に、目が合う度に長門はプイッと顔を背けてしまう。その仕草もなにやら愛らしく映る。
「じゃあ俺が決めていいか? にらめっこしようか長門。
お前こういうの強いだろうし、俺だってきっとなかなか笑わないぞ?
良い勝負になると思わないか?」
「……」
「ほら、こっち向いてくれよ。にらめっこだぞ長門? 俺と勝負しよう」
傍から見れば、まるで年の離れた兄妹のような感じなんだろう。
ちいさな子にするように、へそを曲げた子をあやすようにして、俺は長門に話しかけていく。
やがて長門が俯いていた顔を上げ、少しだけ上目遣いで俺の方を見てくれた。
「よっし、じゃあやるか長門。
笑った方の負けだぞ? 準備は良いか?」
「……」
「ほらいくぞ? だーるまさん、だーるまさん、にーらめっこしーましょ。
笑うーと負ーけよ。あっぷっぷ」
俺は長門と顔を近づけ、正面から覗き込むようにして真っすぐ見つめる。
別に変な顔をする事も無い。ただ長門の顔をじっと見ているだけだ。
それだけでもきっと楽しいんじゃないかって、そんな風に思う。
「あ、顔を逸らしたら駄目だぞ?
ちゃんと俺の顔を見ないと。にらめっこだぞ長門?」
「……いや」
じ~っと長門の目をみつめる俺。それに耐えかねたように、長門がぷいっと顔を背けてしまう。
「ほら、もう一回やろう。
だーるまさん、だーるまさん。にーらめっこしーましょ」
「……いや」
間近で向かい合い、再びにらめっこ開始。だが長門はまたぷいっと顔を背けてしまう。
なんだか楽しくなってきたぞ俺。
「どうした? にらめっこだぞ長門? 俺と遊ぶのは嫌か?」
「……そんな事ない。でもいや」
「ほら、やろう長門。だーるまさん、だーるまさん」
「いや……」
何度やっても、ぷいっと顔を背けてしまう長門。その仕草が子供のように可愛く見えて、俺も優しい気持ちになっていくのを感じる。
こんな風に、童心に帰るのも良いもんだな。昔を思い出すよ。
「ほら、こっち向きな長門? だーるまさん、だーるまさん」
「……っ」
膝の上でギュッと手を握り、長門が恥ずかしそうにぷいっと顔を背ける。少し顔が赤くなっているような気がした。
『――――はぁぁーーーい! いま有希っこ笑ったよぉ~~っ!!
イエローカードだかんね有希っこっ! がんばるにょろ~!!』
突然サイレンが鳴り響き、鶴屋さんが長門にイエローを告げる。
いきなりの事に俺は驚いてしまったが、どうやら長門は笑ってしまっていたようだ。
「長門、笑ってたのか?
お前下むいちまうもんだから、俺見えなかったよ」
「……」
「ほら、もっかいやろう長門。
今度はちゃんと俺に顔見せてくれよ? ほら、だーるまさん、だーるまさん」
「……っ」
また長門の顔を間近で覗き込み、にらめっこの歌を始める。
すると長門はすぐに顔を背けてしまい、今度はなかなかこっちを向いてくれなくなった。
「どうした? こっち見てくれよ長門。
ほら、だーるまさん、だーるまさん」
「~~ッッ!!」
長門の耳元に顔を近づけ、やさしく声を掛ける。
制服の襟元から覗く長門の首が、もう燃えるように真っ赤になっているのが見えた。
きっと長門の顔も今、同じように真っ赤なんだろう。そう思った瞬間――――
『アウトォォォーーーーッッ!! 有希っこレッドカードォォオォーーーッッ!!!!
……いやぁアタシ、ドキドキしたよ!! 観てるだけで胸がキュンキュンしたよ!!
もうキョンくんじゃなく、キュンくんだね君はっ!!
そんじゃあ有希っこもこっちの部屋においで~! 待ってるよ~ん!!』
………………………………………………
テテテと走り、俺から逃げるように出口の方へ消えていく長門。
俺は何が起こったのか分からず、ただただその姿を見守るばかり。
「……長門のヤツ、また笑ったのか。
あいつ、あんなにもにらめっこ弱かったんだな……」
難攻不落に思えた長門の脱落。
俺はアイツがトップ2まで残ると予想していたから、ただこの事態に驚く他ない。
……いやはや、意外な弱点もあったもんだ。
「これからもたまに、長門とにらめっこするのも良いかもしれん。
あいつは本読んでばっかだし、こうやって遊ぶのも悪くないだろ」
そんな風に腕を組み、ウンウンと頷く俺。
ふと視線を感じて振り向けば、そこには驚愕の表情を浮かべ、ワナワナと身体を震わせるハルヒの姿があった。
キョン オレンジカード(注意)
涼宮ハルヒ イエローカード(警告)
長門有希 レッドカード(失格)
朝比奈みくる レッドカード(失格)
古泉一樹 レッドカード(失格)
残り時間 00:47:56