涼宮ハルヒのドキュメンタル   作:はせがわ

6 / 7


 おう、来たぞ。ここに座ればいいのか?

 ――――はい。ようこそお越し下さいました。……えっと、私もキョンさんと呼ばせてもらっても?

 おい……アンタまでそっちで呼ぶ気かよ。まぁ今更か。好きにしてくれたら良いさ。

 ――――ありがとうございます。改めて、大会お疲れ様でしたキョンさん。いくつかお話を聞かせてもらいたいのですが、構いませんか?

 おう、そう聞いて来たしな。まぁ俺なんぞに大した話が出来るとは思えんが……それで良けりゃ何でも訊いてくれ。

 ――――ご協力感謝です。では早速お話を聞かせて頂きますが……今回の企画、キョンさんはどのような意気込みで臨んでいらっしゃいましたか?

 意気込み? ねぇよそんなのは。
 俺は企画の内容なんてロクに知らないままだったし、特に小道具なんかも用意せずに来たしな。
 勝負だのなんだのは、他のヤツら同士でやればいい。
 ……俺はただ、ハルヒが無茶しないように見張ってただけだ。

 ――――勝負の事は考えていなかった? 優勝するつもりは無かったと?

 ないない。そもそも勝てるとは思えんよ。
 俺は冗談なんぞ言う方じゃないし、誰かを笑わせるなんて柄でもない。
 TVなんかを観てりゃ分かるが……、芸人さんがやってる“馬鹿な事“ってのは、
 しっかりとした理屈と技術に裏打ちされたモンだろう?
 だからこそ“芸“で、客席一杯のお客を笑わせる事が出来るんだ。
 それは簡単な事だとは思わんし、俺なんぞに出来るとも思えん。

 ――――そうですか、キョンさんは純粋に涼宮さんの事が心配で、参加していたという事ですね。

 あと俺、来なかったら“死刑“だったんだよ。
 アイツからの招待状にそう書いてあった。死刑になんのは嫌だろ……。

 ――――ありがとうございます。では次の質問になりますが……少しお訊きしづらい事になるかもしれません。キョンさんは中盤で一度、涼宮さんを無理やり着替え直させた事がありましたよね?

 ……………。

 ――――あの行為については、我々もある程度理解出来るつもりではあるのですが……あの時キョンさんは、いったい何を思っていましたか?

 ……そうだな、あれに関してはもう、平謝りするしかない。
 変な空気にしちまったし、あとちょっとで全部ブチ壊しになってた。
 後で古泉がフォローしてくれなきゃ、ハルヒも俺もどうなってたか分からんからな。
 ……ただ、あの時の俺の事については、あんまり語りたい事でもねぇんだ。
 すまん、アンタの方で好きに書いてくれて構わんよ。

 ――――いえ、こちらこそ申し訳ありません。私個人としても、キョンさんの行動を支持したいと思っています。どうか気を悪くしないで下さい。

 分かってる。ありがとな。
 とりあえず言えるのは、皆にすいませんでしたって事だけだ。
 今はこれで勘弁してもらえるか。

 ――――はい、もちろんです。それでは次の質問ですが……今回の企画に参加してみてどうでしたか? 漠然とした質問になるのですが、全体としてのご感想は?

 ……そうだな、まぁ言えるのは、ただただ「きつかった」って事だよな。
 6時間の長丁場だったし、ずっと気を張ってるのは正直しんどかったよ。
 笑わないように我慢するって事が、こんなにも疲れるモンだとは思わんかった。
 年末の松ちゃん浜ちゃんの気持ちが少し分かった気がするよ……。
 ちょっとした拷問だぞアレは?

 ――――特に印象に残った事、そして一番笑いそうになったのはどこでしたか?

 印象に残ったのは……掃除機で互い違い(・・・・)にされちまった古泉かな?
 一番笑いそうになったのは……実はこれ、誰かのネタってワケじゃないんだが……。
 終盤な? ハルヒがあまりにも笑うの我慢しすぎて、もうダーダー汗を流してやがったんだよ。
 ……人間、極限まで笑いを堪えると、こうなっちまうのかって……。それ見た時は、正直吹きそうになったな。
 お前はなんて顔をしてやがんだ……。何がお前をそうまでさせるんだって……。

 ――――あの中で、一番強いと思っていたのは誰でしたか? どなたが一番怖いと思っていましたか?

 そらハルヒだろ? 何をしてくるのか分からんし、すげぇ覚悟で臨んでたからな。
 そもそも、この企画をやろうと言い出したのはアイツだ。
 ハルヒのやつ、絶対自分が勝つつもりでいただろうからな。

 ――――キョンさんの優勝予想は、涼宮さんだった?

 あぁ、なんだかんだあっても、俺はハルヒが勝つと思ってたよ。
 他のヤツラも相当なもんだが、本気になったアイツには誰も敵わん。
 ……というか、そういう風に出来てるんじゃないのか?
 俺達SOS団ってのは、ハルヒを中心とした、ハルヒの為の集まりなんだから。
 ……出来るだけ長く留まろう。ちょっとでも長い間、コイツの傍にいてやろう。
 最後の最後まで、それだけを考えてたよ。







衝突。

 

 

「古泉と朝比奈さんが脱落か……さてどうしたもんか」

 

 手を洗い、ハンカチで拭く。

 俺は今は、ひとり用を足しに来ている所だ。何気なく鏡なんかを確認してみる。

 

「気が付いたら居なくなってんだもんな、あの二人……。

 長門もペナルティを取られたって言うし、いったい何があったんだか」

 

 ハルヒにやられて気を失い、気が付けば部屋の頭数が減っていた。

 古泉には随分と助けられていたし、アイツが居なくなってしまった事に少し不安を覚えるが、これからは何があっても自分で何とかしていかなければならない。

 

 ……それにしても、いったい長門は何を見て笑ったんだろう? 長門に訊いても顔を逸らすばかりで教えてはもらえんかったし、全くの謎だ。

 

「とりあえず、残り時間は2時間を切ったくらいか……。

 気は進まんが、さっさと戻る事としよう」

 

 トイレを後にし、スタスタと部室へ戻る。

 扉を開けると、そこには俺が部屋を出た時と変わらない姿でいる二人。ハルヒは俺の隣の席、長門は俺の正面の席に座っている。

 

「おう、戻ったぞ」

 

「……」

 

「……」

 

 軽く声を掛けるも、なにやら二人はこちらを見つめるばかりで返事をしなかった。ハルヒも長門も俺を見ているし気が付いてはいるんだろうが、すぐに目を逸らしてしまう。

 

「ん? なんだ?」

 

 それを不思議に思うも、とりあえずは座ろうと、椅子を手元に引く。

 するとその椅子の上に、“キリストみたいになった古泉少年“の写真が置かれていた。

 

「――――ッ!」

 

「……」

 

「……」

 

 その場で硬直する俺。目を逸らしている二人。

 

「……………おい、何だこれ。……誰がやったんだ」

 

「……」

 

「……」

 

 ただただ、目を逸らす二人。決してこちらの方を見ようとはしない。

 

「ハルヒ? こっちを見ろ」

 

「……」

 

 もうプイッとばかりに、全力で顔を逸らすハルヒ。

 

「……ハルヒ?」

 

 その顔の真ん前に、古泉少年の写真を突き付けてみる。

 

「――――ッ!! ……ッ!!」

 

「おいハルヒ、正直に言え? なんだこれオイ」

 

 全力で顔を背け、ひたすらフランスパンを齧ってしらばっくれるハルヒ。

 俺はしばしの間、ズイズイと古泉少年の写真を突き付けていくのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 プイッとそっぽを向くハルヒの頬っぺをツンツンしたり、写真を眼前にちらつかせたりしながら暫く過ごしていると、やがて長門が静かに立ち上がる音が聞こえてきた。

 

「お、外出か長門?」

 

「着替えたい。出撃の許可を」

 

 おうと頷き、ハルヒと共に敬礼する。それを確認した長門が、フンスとばかりに意気揚々と出掛けていった。

 

「ついに有希もお着換えタイムね。いったい何を着てくるのかしら?」

 

「流石に長門のはちょっと予想が付かんな……。

 まぁ楽しみにしとこうぜ」

 

 俺から見ても、今日の長門は積極的に仕掛けていると思う。いつものように無口なのは変わらないが、撃墜数で言えば一番みんなを笑わせているんじゃないか?

 確か対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースというのは、そんな意味じゃなかったハズなのだが……。今日の長門が優勝候補の筆頭である事は疑いようも無い。

 本当に小さな変化だから分からないかもしれんが、今日の長門はウキウキと、すごく楽しそうな雰囲気なのが俺には見て取れる。

 

 長門はいつも頑張っているし、俺も数多くの場面で助けて貰っている。

 だから長門が今日楽しそうにしている事は、俺にとって凄く喜ばしい事である。

 

「あ、有希きたんじゃない?」

 

「おっ、そんじゃあ前向いとくぞハルヒ。出来るだけ反応しないように頑張れ」

 

 扉の方から音が聞こえ、長門がこちらに戻ってくる気配がする。

 俺達は頬っぺたをウニウニしたり、パンパン叩いたりして心を落ち着かせ、アイツがやってくる瞬間に備えていった。

 

「…………」

 

 ガラガラと扉が開き、そこから長門が姿を現す。

 俺は前を向いているので横目でしか見えないが、どうやら全身黒い恰好でいるようだ。

 

「……口をパクパクと動かして欲しい」

 

 長門はトテトテとこちらに歩いてきて、俺の背中に張り付くようにして、後ろに隠れた。

 どうやらこの小声は、俺に対して指示を出しているようだ。

 

「ん、こうか長門?」

 

 長門に言われるがままに、パクパクと口を動かす。

 声こそ出していないが、俺はまるで喋っているような感じで口を動かし、ハルヒの方に顔を向けた。

 

「ハルヒ、先にシャワー浴びてこいよ」(キョン声で)

 

「「 !?!? 」」

 

 驚愕の表情のハルヒ。対して俺は、いそいで背中に張り付いている長門に目をやった。

 今の長門の格好は、舞台なんかでよく見る“黒子“の格好だ。

 どうやら長門は俺に口パクをさせ、その後ろから声帯模写で喋っていたようだ。

 

「ちょ……キョン! あんたどういうつもりよッ!!!!

 シャ、シャワーなんか浴びさせてっ! いったい何するつもりよアンタッ!!」

 

「落ち着けハルヒ! 長門だ!! 俺が言ったんじゃない!!」

 

「えっ……でも今の、確かにキョンの声だったわよ?

 有希、アンタそんな特技があったの?!」

 

 肩からひょこっと顔を出し、黒子頭巾を被った長門が姿を見せる。

 顔は隠れているので分からないが、どことなく得意げな雰囲気が感じられる。

 

「有希! もう一回!! もう一回やって!!」

 

「脱げよハルヒ。一枚づつ脱ぎながらこっちへ来い」(キョン声)

 

「セリフを選べ長門!! 俺はそんな事言わん!!」

 

 目をぐるぐると回し、思わず制服に手をかけそうになっていたハルヒが「はっ!」と我に返る。

 

「すごいじゃない有希!! まるで本物みたいだったわ!!

 あたしもやりたい! あたしも声真似する!」

 

「そう言う事を見越して、今日はこんな物を用意して来た」

 

 黒子の頭巾を脱ぎ、長門がごそごそと自分のカバンを漁る。そこから俺達SOS団の顔を模しているであろう、5枚のお面を取り出した。

 

「これを被ってする事を推奨。全員のを用意してある」

 

「おぉ、古泉に長門に朝比奈さん……。よく出来てるなこのお面」

 

「あたしとキョンのもあるわね! ……ねぇ有希?

 物は相談なんだけど、後でコレあたしにくれない……?」

 

 なにやらハルヒが俺のお面を持ち、ごにょごにょと長門に耳打ちしているが、その声は聞こえなかった。

 とりあえず俺は古泉のお面を被り、試しにヤツの声を真似て喋ってみる。

 

「どうも、古泉です。…………いや駄目だな。長門のように上手くいかん」

 

「手本を見せる。見てて」

 

 長門が朝比奈さんのお面を被り、俺達に向き直った。

 

「女の子同士だし……涼宮さんのパンツ盗っても、

 怒られるだけで済むよね……?」(みくる声)

 

「何してんだよ朝比奈さん!! 盗っちゃ駄目だって!!」

 

「えっ、みくるちゃん? ……えっ」

 

 あまりの声真似のクォリティーに、これが長門だというのも忘れてつっこんでしまう。

 対してハルヒは絶句しており、なんか非常に動揺してしまっている。

 

「えっと……有希? ウソよね?

 ホントにみくるちゃんが言ってたんじゃないよね?」

 

「……」

 

 長門は顔を隠すように、ただ朝比奈さんのお面を被るばかり。その表情は伺えない。

 

「……もういいわ! 貸してっ! あたしも声真似やる!!」

 

 真っ青な顔をし、その絶望を振り切るかのようにして、ハルヒが俺の顔を模したお面を被る。

 

「あ~。長門のおしっこ、飲んでみてぇなぁ~」(キョン声)

 

「――――そんな尖ってねぇよ!! なんだその性癖っ!!」

 

 大声で抗議をするが、どうやらハルヒの声真似もなかなか堂に入っているようだ。

 長門がコテンと首をかしげて、スカートをたくし上げるような仕草をしたが、俺は全力でそれから顔を背ける。

 

「この変態っ! どうせガブガブいきたいとか思ってるんでしょうが!!

 このペドフィリア!!」

 

「ペドじゃねぇし!! ごく健全な男子高校生だ俺は!!

 親に顔向け出来ねぇ事はしねぇ!!」

 

 俺とハルヒがギャーギャー言い合っている内、さりげなく長門がハルヒ顔のお面を被り、こちらに向き直った。

 

「鼻に火の着いたタバコつっこめば、鼻毛ぜんぶ剃れるんじゃないかしら?」(ハルヒ声)

 

「――――そこまでフロンティアスピリッツないわよ!! 地道にがんばってるわよ!!」

 

 まぁこれに関しては長門の戯れと、ハルヒを信じてやろうと思う。俺達まだタバコ買えないからな。

 

「こら有希ッ! アンタよくもキョンの前であんな……!

 

「……」

 

 ハルヒが腰に手を当てて、プリプリと長門を叱っている。

 その声はこちらには聞こえないが、なにやら長門が悪びれずにハルヒを見つめているのが分かる。

 俺にはお互い様のように思えるんだが……。

 

「もう怒ったわっ! ……勝負よ有希!!

 ここで決着を着けましょう! 可愛さ余って憎さ100倍ってヤツよ!!」

 

「望むところ。了解した」

 

 肩を怒らせ、小道具の入ったダンボール箱の方へ歩いて行く二人。なにやら剣呑な雰囲気になってきたのを感じ、慌てて俺も追いかける。

 

「やめろってお前ら! 喧嘩すんなって!」

 

「喧嘩じゃないわ! 勝負よ! これは乙女の矜持を賭けた聖戦(ジャスティス)なの!

 あんたは黙ってそこで見てなさい!!」

 

「私は負けない。勝負」

 

 決意を瞳に宿した長門が、小道具箱の中から洗濯バサミの束を持って来る。

 どうやらこれは4つの洗濯バサミを紐で繋げた物であるらしく、その内の二つをハルヒ、残り二つを長門が手に取った。

 

「これで乳首を挟み、互いに引っ張り合う事により勝敗を競う。

 いわゆる乳首相撲で勝負」

 

「上等よ有希!! 負けた方が鼻タバコの刑だからね!

 あんたの鼻毛をマイルドセブンにしてやるわ!!」

 

「やめんか馬鹿たれ! ふたりとも冷静になれ!!」

 

 額を突き合わせ「ぐむむ……!」と睨み合う二人。その手にある洗濯バサミが大変にシュールだ。

 ハルヒも長門も、今にも洗濯バサミを装着しそうで気が気じゃない。

 

「やめろハルヒ! 乳首がおやつカルパスみたいになっちまうぞ!!」

 

「いいじゃない! 赤ちゃん出来た時に便利かもしれないじゃない!

 やってやるわよ!!」

 

「やる」

 

 ムキーとヒートアップする二人から、なんとか洗濯バサミを取り上げる事には成功する。だがハルヒも長門も火が着いて止まらない様子だ。

 

「なんで止めるのよキョン! なんで止めるの!?

 あたし悪くないもん! 有希が悪いんだもん!」

 

「痛ててでで!!」

 

 ハルヒが猫のように「フーーッ!!」と声をあげ、おもいっきり俺の腕に噛みつく。

 

「やめて。貴方の行為は目に余る。暴力行為」

 

「なによ有希! こんな時に自分だけ良い子なの?! そんなのズルいじゃない!!」 

 

「そうやって、嫌われてしまえば良い。

 我が儘を言い、困らせて、彼に嫌われてしまえば良い――――」

 

 その瞬間、あれだけ激昂していたハルヒがハッとした顔になり、言葉を失ったように硬直する。

 対して長門は真剣な目でハルヒを見つめる。いつもの儚げな雰囲気はどこにも無い。

 

「勝負して。

 もし私が勝てば、彼に謝ってもらう」

 

「な……、なっ……」

 

「ごめんなさいと言い、彼に日頃の感謝を。それだけで良い」

 

 一見、いつもの無表情。だが俺には、長門が今ものすごく怒っているように見えた。

 本当は止めに入るべきなのだが、あまりの事に放心してしまい、身体が動かない。

 ハルヒは今も言葉を失っており、さっきまでとは裏腹に意気消沈してしまっている。

 

「洗濯バサミで、おやつカルパスになってしまえば良い。

 ボインは赤ちゃんの為だけにあるのではない。彼に嫌われてしまえばいい」

 

「「!?!?」」

 

 シリアスな雰囲気の中で突然出てきた“おやつカルパス“の響きに吹きそうになるが、どうにか持ちこたえる。

 

「でも私はへいき。決しておやつカルパスになる事はない。

 貴方に嫌われる事もなければ、赤ちゃんが困る事もない。

 どうか安心して欲しい」

 

「長門?」

 

 今度は真っ直ぐに俺を見つめて語り出す長門。あまりの展開に頭がついていかない。

 そんな風に俺が放心していると……、どうやら硬直から立ち直ったらしいハルヒが、おずおずと長門に声を掛ける。

 

「えっと……有希? ちょっと良いかな……?」

 

「なに」

 

 真面目な表情で返事をする長門。

 対してハルヒは何故か冷や汗を流し、恐る恐るといった様子で語りかける。

 

「有希のが丈夫なのは分かったけどね? でもちょっと、無理なんじゃないかな……?

 赤ちゃんはともかく……多分キョンは喜ばないと思う……」

 

「なぜ? 言ってる意味が分からない。説明を要求する」

 

「だってあんた、おっぱい小っちゃいじゃない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 ……純真な、とても綺麗な瞳で言い放つハルヒ。まるで小学校の先生が子供を諭しているような感じで。

 対して長門の身体は、頭上に〈ピシャーン!〉と雷が落ちたように硬直している。

 

「えっとね……? さっきはペドとか何とか言ったけど……。

 やっぱりキョンも男の子だし、おっきいのが好きみたいなのね……?」

 

「……」

 

「キョンがみくるちゃんとかを見る時って……ね? 分かるでしょ?

 やっぱりね? どうしてもこう…………あるみたいなのね? 男の子だし。

 ……あっ! 牛乳もそうだけど、鶏肉とかがすごく良いらしいのよっ!

 ナイショだけど、あたしも最近毎日ね? だからその……有希もさ?」

 

「……」

 

 

 悪気が無い(・・・・・)というのは、こんなにも残酷な事なのか――――

 

 いっそこれが悪意から来た言葉であれば、もう殴るなり何なりして、思いっきり発散させる事も出来るものを。

 

 いま心から長門の事を想い、そして100%の思いやりを持って語りかけるハルヒを見て、俺は涙がちょちょ切れそうだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「なぁ長門、機嫌なおしてくれよ」

 

「……」

 

 俯き気味に、足元を見るばかりの長門。あれから少しばかり時間は立ったが、今も長門はこんな調子だ。

 

「な? もうゲームも終盤じゃないか。みんなで何かして遊ぼう」

 

「……」

 

 ハルヒは少し離れた場所でひとり座っている。

 流石にさっきの事を申し訳ないと思っているのか、気まずそうに俯いている。

 

 そして俺は長門と向かい合い、椅子ではなく長門と視線を合わせるように屈んでいる。

 俯いているコイツの顔が見えるよう、若干下から覗き込むような感じで。

 

「じゃあ俺と遊ぶか長門?

 お互いオレンジ同士だし、俺と何かして遊ぼう」

 

「……」

 

 やはり先ほどの事が気まずいのか、長門はなかなかこっちを見てくれない。

 だがそんな事も関係なく、俺は長門に声を掛け続ける。

 

「ほら長門、お前は何がいい?

 長門のしたい事しよう。何して遊ぶんだ?」

 

「……」

 

「オレンジ同士の勝負だぞ? 相手を笑わせた方が勝ちだ。

 お前今日すごく強いじゃないか。俺とも勝負してくれよ」

 

 ハルヒには悪いが、少しだけ待っていて貰おう。アイツも今は少し気まずいだろうし、ここは俺が頑張るべきだ。

 俺が顔を覗き込む度に、目が合う度に長門はプイッと顔を背けてしまう。その仕草もなにやら愛らしく映る。

 

「じゃあ俺が決めていいか? にらめっこしようか長門。

 お前こういうの強いだろうし、俺だってきっとなかなか笑わないぞ?

 良い勝負になると思わないか?」

 

「……」

 

「ほら、こっち向いてくれよ。にらめっこだぞ長門? 俺と勝負しよう」

 

 傍から見れば、まるで年の離れた兄妹のような感じなんだろう。

 ちいさな子にするように、へそを曲げた子をあやすようにして、俺は長門に話しかけていく。

 

 やがて長門が俯いていた顔を上げ、少しだけ上目遣いで俺の方を見てくれた。

 

「よっし、じゃあやるか長門。

 笑った方の負けだぞ? 準備は良いか?」

 

「……」

 

「ほらいくぞ? だーるまさん、だーるまさん、にーらめっこしーましょ。

 笑うーと負ーけよ。あっぷっぷ」

 

 俺は長門と顔を近づけ、正面から覗き込むようにして真っすぐ見つめる。

 別に変な顔をする事も無い。ただ長門の顔をじっと見ているだけだ。

 それだけでもきっと楽しいんじゃないかって、そんな風に思う。

 

「あ、顔を逸らしたら駄目だぞ?

 ちゃんと俺の顔を見ないと。にらめっこだぞ長門?」

 

「……いや」

 

 じ~っと長門の目をみつめる俺。それに耐えかねたように、長門がぷいっと顔を背けてしまう。

 

「ほら、もう一回やろう。

 だーるまさん、だーるまさん。にーらめっこしーましょ」

 

「……いや」

 

 間近で向かい合い、再びにらめっこ開始。だが長門はまたぷいっと顔を背けてしまう。

 なんだか楽しくなってきたぞ俺。

 

「どうした? にらめっこだぞ長門? 俺と遊ぶのは嫌か?」

 

「……そんな事ない。でもいや」

 

「ほら、やろう長門。だーるまさん、だーるまさん」

 

「いや……」

 

 何度やっても、ぷいっと顔を背けてしまう長門。その仕草が子供のように可愛く見えて、俺も優しい気持ちになっていくのを感じる。

 こんな風に、童心に帰るのも良いもんだな。昔を思い出すよ。

 

「ほら、こっち向きな長門? だーるまさん、だーるまさん」

 

「……っ」

 

 膝の上でギュッと手を握り、長門が恥ずかしそうにぷいっと顔を背ける。少し顔が赤くなっているような気がした。

 

 

『――――はぁぁーーーい! いま有希っこ笑ったよぉ~~っ!!

 イエローカードだかんね有希っこっ! がんばるにょろ~!!』

 

 

 突然サイレンが鳴り響き、鶴屋さんが長門にイエローを告げる。

 いきなりの事に俺は驚いてしまったが、どうやら長門は笑ってしまっていたようだ。

 

「長門、笑ってたのか?

 お前下むいちまうもんだから、俺見えなかったよ」

 

「……」

 

「ほら、もっかいやろう長門。

 今度はちゃんと俺に顔見せてくれよ? ほら、だーるまさん、だーるまさん」

 

「……っ」

 

 また長門の顔を間近で覗き込み、にらめっこの歌を始める。

 すると長門はすぐに顔を背けてしまい、今度はなかなかこっちを向いてくれなくなった。

 

「どうした? こっち見てくれよ長門。

 ほら、だーるまさん、だーるまさん」

 

「~~ッッ!!」

 

 長門の耳元に顔を近づけ、やさしく声を掛ける。

 制服の襟元から覗く長門の首が、もう燃えるように真っ赤になっているのが見えた。

 

 きっと長門の顔も今、同じように真っ赤なんだろう。そう思った瞬間――――

 

 

『アウトォォォーーーーッッ!! 有希っこレッドカードォォオォーーーッッ!!!!

 ……いやぁアタシ、ドキドキしたよ!! 観てるだけで胸がキュンキュンしたよ!!

 もうキョンくんじゃなく、キュンくんだね君はっ!!

 そんじゃあ有希っこもこっちの部屋においで~! 待ってるよ~ん!!』

 

 

 

 

 

 

………………………………………………

 

 

 テテテと走り、俺から逃げるように出口の方へ消えていく長門。

 俺は何が起こったのか分からず、ただただその姿を見守るばかり。

 

「……長門のヤツ、また笑ったのか。

 あいつ、あんなにもにらめっこ弱かったんだな……」

 

 難攻不落に思えた長門の脱落。

 俺はアイツがトップ2まで残ると予想していたから、ただこの事態に驚く他ない。

 ……いやはや、意外な弱点もあったもんだ。

 

「これからもたまに、長門とにらめっこするのも良いかもしれん。

 あいつは本読んでばっかだし、こうやって遊ぶのも悪くないだろ」

 

 

 そんな風に腕を組み、ウンウンと頷く俺。

 

 ふと視線を感じて振り向けば、そこには驚愕の表情を浮かべ、ワナワナと身体を震わせるハルヒの姿があった。

 

 

 

 






 キョン     オレンジカード(注意)
 涼宮ハルヒ   イエローカード(警告)
 長門有希    レッドカード(失格)
 朝比奈みくる  レッドカード(失格)
 古泉一樹    レッドカード(失格)


 残り時間    00:47:56

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。