涼宮ハルヒのドキュメンタル   作:はせがわ

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 来たわよ。どうすればいいの?

 ――――どうも、涼宮さん。今日はお越し頂き……。

 挨拶はいいわ。ここに座ればいいのね? ……悪いけどあたし疲れてるの。手短にしてもらえる?

 ――――あ……はい、了解です。それではお疲れの所申し訳ないですが、始めさせてもらいます。いくつか質問をさせて頂きますね?

 ええ、構わないわ。と言っても、最後の方って記憶が曖昧だったりするけど……。

 ――――分かる範囲で答えて頂ければ大丈夫です。どうぞ楽になさって下さいね。……では最初の質問ですが、今回涼宮さんはこの“ドキュメンタル“という大会を開催なさいましたが、これにはどういったきっかけがあったんですか?

 きっかけ? ……あぁ、これ有希が言ってくれたのよ。何か面白い事ないかなって探してる時に、有希がこれなんかどうだって。
 番組自体は前からあたしも知ってたけど、実際やる気になったのは有希の一言があったからよ。
 普段無口なあの子の提案だもの。その場で即決だったわ。

 ――――この大会の内容は涼宮さんもご存知だったと思うのですが、どういった意図でやろうと思われたんですか?

 意図……ようは目的ね? まぁこれは前に言った通りよ。笑いのスキルを磨く為。
 ただTV観て研究するより、実際にみんなでやった方が手っ取り早いでしょ? そっちの方がぜったい面白そうだし。

 ――――分かります。……ただ今回の企画に関しては、単純にジョークやお笑いの勉強をすると言うには、何と言うかあまりにも過激すぎるのではないかと思うんです。言ってしまえば、この“ドキュメンタル“という企画でなくとも、他にいくらでもやりようはあったのではないかと。……何故あえてこの企画をやろう(・・・・・・・・)と思われたのか、それを疑問に思いまして。

 ……ふぅん。言うじゃない。
 まぁ確かに、他にバラエティー番組なんて腐るほどあるものね。大喜利とか、漫才とか。
 単純に笑いのスキルを磨こうって言うんなら、確かにそっちの方が適してるかもしれないわ。王道よね。
 ……でもあたしがこの“ドキュメンタル“を選んだのは……少し思う所があってね。

 ――――それが何か、訊かせて頂いても?

 う~ん、上手くは言えないんだけど……。
 ねぇ? 貴方の目から見て、今のSOS団ってどう思う?
 あたし達の関係って、貴方にはどんな風に映ってる?

 ――――それは……どうでしょう? まず私が感じるのは“とても仲が良いんだな“という事。団長の涼宮さんを中心とし、とても強く結束しているんだなという印象ですが……。

 そうね、あたしもそう思うわ。
 みんな本当によくやってくれてるし、いつも助けてもらってるわ。
 ……ぶっちゃけた話、あたしみんなの事だいすきよ? もうみんなが居ない世界なんて、考えたくもないくらい……。すごく感謝してる。
 ……でもね? たまに感じる事があるの。
 あたしは今すごく楽しいけれど、みんなにとってはどうなんだろう(・・・・・・・・・・・・・・・)って?
 すごくあたしに良くしてくれるわ。抱えきれないくらいの愛を感じるの。
 でもそれはみんなが“良い子“だからであって……あたし自身がどうこうとは、ぜんぜん関係のない事なの。
 みんなにも本当は、言わないだけで心に思う事っていうのは、きっと沢山あるんじゃないかって。

 ――――団員の皆さんの本音を知りたかった、と?

 本音と言うか……“本気“が見たかったのよ。
 このドキュメンタルっていう本当の真剣勝負の中で、みんなの本気と向き合いたかった。
 いつものみんなじゃなく……競争相手として本気のみんなと戦いたかったのよ。
 有希もみくるちゃんも古泉くんも、とっても優しい子達だから……。
 ついでに、いつもぶつくさ言ってばっかだけど……キョンも。

 ――――だから漫才や大喜利の大会では無く、あえて過酷なこの大会を開催したんですね。

 ぶっちゃけ、これはあたしの我が儘以外の何物でも無いわ。
 いつも以上に強引に決めたし、開催の意図も褒められた物じゃないかもしれない。
 ……ただみんなにも言ったけど、気をつかうばかりの関係が仲間じゃないわ。時には本気でぶつかる事も、必要だと思ってる……。
 色々理屈をこねはしたけど……結局の所あたしは、“みんなともっと仲良くなりたかった“。
 ……ようはそれだけなのかもね。

 ――――そうでしたか……よく分かりました。では次の質問になりますが……涼宮さんは見事最後まで残り、キョンさんと2人の戦いになりましたね? 実際に彼と戦ってみて如何でしたか?

 ああ、最後はキョンとの一対一だったわね。
 ……ただ悪いんだけど、その辺に関しては記憶が曖昧なのよ。
 自分が何をしてたのか、あんまり思い出せないの。

 ――――我々の目には、とても白熱した戦いに映りましたよ。ではキョンさんの印象としては如何ですか? あの彼と戦ってみての感想などがあれば。

 感想? ……そうね、二度とやりたくないわ(・・・・・・・・・・)

 ――――えっ!? えっと……?

 当然でしょ? もう二度とゴメンだわ。
 いつも「やれやれ」なんてため息ついてるけど、アイツを笑わせるのは至難よ。
 ……何を言おうが、何をしようが即座に跳ね返してくる。
 きっと笑う前に身体が「なんでだよ!」と反応する、生粋のツッコミ人間なんだわ。

 ――――そ、それは……。

 ホントよ? あたし、アイツが“壁“に見えたもの。
 ……今回思ったけど、アイツ心のどっかが壊れてる(・・・・)んじゃないかしら? もうそうとしか思えないわ!
 みくるちゃん、あんなヤツをどうやって笑わせたんだか。








決着。

 

 

「見て見てキョン! ――――もごごごごごっ!!」

 

「おぉすげぇなハルヒ。一秒とかかっとらんじゃないか」

 

 手にしたスイカを、ハルヒが一瞬にして平らげていく。

 先ほど冷蔵庫で見つけたのを、二人で頑張って切ったのだ。

 某コントの神様、変なおじさんの人も真っ青な速度で、 モゴゴゴっとスイカを早食いしていくハルヒだ。

 

「当然じゃない!

 あたしがこの日の為、どれだけのスイカを腹に収めてきたと思ってんのよ!!

 もごごごごッ……!!」

 

「どんだけ食うんだよハルヒ。

 お前今日、お麩だのフランスパンだの食ってばっかりじゃないか。

 腹痛くしちまうぞ?」

 

 正面に座って向かい合い、スイカを頬張る俺達。

 少し前に長門が脱落し、ついにこの大会も俺達ふたりを残すのみとなった。残り時間はあと30分少々だ。

 ゆえに本当は、俺のほうもハルヒを笑わせにいかないといけないのだが……。

 

「見て見てキョン! ――――プププププッ!!」

 

 ゴミ箱に向かい、ハルヒがマシンガンのようにして種を発射していく。

 一寸違わぬ精度で次々とゴミ箱に入っていくスイカの種。それをのんびり眺めている俺である。

 

「どうでも良いが、どんだけ器用なんだお前の口内」

 

「鍛えてるからねっ! こんなのは淑女の嗜みよ!

 いつ必要になるか分かったもんじゃないんだからプププププッ!!」

 

 スイカの早食いやタネマシンガンの技術がいつ必要になるのかは分からんが、とりあえずハルヒの口がとても器用なのは分かった。

 

「次っ! 次はコーラの一気飲みしましょう!!

 コーラ飲みながら笑わせ合って、吹き出しちゃった方の負けだからね!」

 

 いそいそとハルヒが冷蔵庫に向かい、俺が「やれやれ」なんて言いながら追従していく。

 部屋に二人だけになった途端、ハルヒは俺を笑わせるべく、ありとあらゆる思い付く限りの手段を持って、俺を猛攻しにきた。

 俺は言われるがまま、提案されるがまま、それに付き合っているワケなのだが……。

 

「さぁいくわよキョン! れでぃ~~っ、ごーーッッ!!

 ……うげぇーーっぷ!!!!」

 

 微笑ましい。……ただただ、微笑ましい。

 さっきから俺の表情筋がヒクつくような気配は微塵もない。ただただこうして無表情に徹し、ドタバタとするハルヒを見つめながらゲームに付き合うばかり。

 

「……なにこれ! 全然おいしくないじゃない!! ……喉いったいッ!!

 あたし炭酸なんて二度と飲まないわ!!」

 

「じゃあなんでやろうなんて言った?

 炭酸飲めんなら、無理せず牛乳ファイトにしとけ」

 

 残り時間は30分を切る。だがもうこのままハルヒと遊んでいるのも良いかもしれないな。

 そんな事を、いま考えている。

 

 タイムアップでドローなんぞ、コイツにとっては不本意なのだろうが……、しかし最後まで残ったのだから団長としての面子は保たれる事だろう。

 さっきまで色々とありすぎて考え付かなかったが、これは実に良い“落としどころ“になるのかもしれない。

 もしコイツが優勝したらとんでもない事になりそうだし、かと言って俺が優勝しても特にしたい事など無いんだ。

 

 この大会、俺は特に誰かに仕掛けもしなかったし、笑いを我慢する以外の事はしていない。

 だからもし仮に優勝なんて事になっても、微妙な空気になるだけだろう。だったらもう、このままハルヒと遊んでタイムアップを迎えようかと思う。

 

 まがりなりにもこの6時間の間、必死に笑いをこらえて頑張ったのだ。

 俺は俺なりに精一杯やったと言い切れるし、誰に文句をつけられる謂れも無い。

 

「ねぇキョン! これっ! 次はこれをやるわよ!」

 

 この大会も、いよいよ最終盤。

 まるでワンコかうちの妹のように「遊んで遊んで!」とせがんでくるハルヒを、俺は無表情ながらも微笑ましい気持ちで見つめていたのだった。

 

 

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『――――ゾンビタァァァ~~~~イム!! にょろ!』

 

 じゃれついてくるハルヒを素っ気なくいなす。そんな鬱陶しいながらも心地よい時間をぶち壊す音が響いたのは、例によって部屋に設置されたスピーカーから。

 もちろんこれは、鶴屋さんのアナウンスである。

 

『これからそっちの部屋に、すでに脱落して“ゾンビ“となった古泉くん、みくる、

 有希っこが行くよぉ~!

 なんやかんやすると思うけど……もちろんそれに笑っちゃったらアウト!

 そんじゃあ二人とも、必死こいて耐えてよ~ん!!』

 

「……えっ」

 

「……お、おう?」

 

 残り時間20分。突然宣告されたゾンビタイムとやらに、俺達はただただ呆然とする他無い。

 やがて俺達がぼけっとしている内に、なにやら賑やかな音を立てながら部屋に入ってくるヤツラの姿が見えた。

 

「どけどけぇー! どけどけぇー! 邪魔だ邪魔だぁ! どけどけぇ~!!」

 

「ぶ、ぶんぶ~~ん! ぶんぶ~~んっ!」

 

 現れたのは、ひと昔前のヤンキーが着るような特攻服に身を包んだ、古泉、朝比奈さん、長門。

 なにやらその手にはバイクのハンドルのような物“だけ“を持っており、まるでバイクに乗っているかの如くガニ股のような態勢でこちらに練り歩いてくる。

 

「轢き殺されてぇのか馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!」

 

「ばっ、ばっかやろ~うっ! 葬式してぇのかぁバカやろうコンニャロウおめぇ~!」

 

 すでに戦いを終えた解放感からか、とても良い笑顔でノリノリでセリフを喋る古泉。それに対して相方役である朝比奈さんは、微妙にはっちゃけられていないのかテレテレと恥ずかしそうだ。

 長門はただ黙って、朝比奈さんの背中に背負われている。二人乗りの設定なのだろうか?

 

「普通の人間には興味ありません!

 とか言ってんじゃねぇぞ馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「こんにゃろうオメェ~! 入学早々そんな事言われた新任教師の気持ち、

 いっぺんでも考えた事あんのか馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「普通の人間には興味ありません!

 とか言ってんじゃねぇぞ馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「こんにゃろうオメェ~! そんな事言いつつ団員の一人目、

 ただモミアゲが凄ぇだけの一般人じゃねぇか馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「 ――――誰がモミアゲだッ!!

  床屋のおっさんがいつもこうすんだよ! ほっとけよっ!! 」

 

 これは……某いつもこ〇からのネタのオマージュなんだろうか?

 古泉&朝比奈さん(+長門)は、俺達の椅子の周りをバイクに乗っているかの如くの仕草でグルグルと周っている。

 ハルヒはただただ、汗をダーダー流して耐えるばかりだ。

 

「喧嘩した日の翌日にポニーテールにしてくんじゃねぇぞ!

 馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「こんにゃろうオメェ~!

 ポニーテールにしてるの見ただけで『あ、涼宮さんキョンくんと何かあったかな?』

 って丸わかりなんだよ馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「喧嘩した日の翌日にポニーテールにしてくんじゃねぇぞ!

 馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「こんにゃろうオメェー! 最近2週間に一回はポニーテールじゃねぇか!

 仲良くしろよ馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「~~っっ!!!!」

 

 顔を真っ赤にし、おもいっきり頭を抱えているハルヒ。

 たまにこいつがポニーテールにしているのを見かけ「お、ラッキー」くらいにしか思っていなかったのだが、アレにはそんな意味があったと言うのか。

 

「隠れて手品の練習してんじゃねぇぞ馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「こんにゃろうオメェー!! キョンくんと一緒の組になりてぇなら、

 くじ引きじゃなく団長権限で言えよ馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「隠れて手品の練習してんじゃねぇぞ馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「こんにゃろうオメェー!! ずっと『あっれぇ……、おっかしいなぁ……』

 とか言ってハズレくじ見てんじゃねぇぞ! 前みて歩け馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「 ふがぁぁぁあああーーーーーーっっ!!!! 」

 

 ついにハルヒが立ち上がり、天に向かって咆哮する。

 こいつ不思議探索の組み分けの時にいつもゴチャゴチャやってたけど、何かイカサマでも仕掛けようとしてたのか?

 

「バレンタインが近づいて来てソワソワしてんじゃねーぞ!

 馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「こんにゃろうオメェー!! まだ2週間も先なのに、

 練習に付き合ってるわたしが虫歯になりそうだぞ馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「バレンタインが近づいて来てソワソワしてんじゃねーぞ!

 馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「こんにゃろうオメェー!!

 こずかい全部つぎ込んどいて、『……勘違いしないでよ? 義理だからね?』

 とか通るか馬鹿野郎こんにゃろうオメェー!!」

 

「 うわああああああ!! わああああああ!!!! 」

 

 腕を振り上げたハルヒに追いかけられるも、ブンブン言いながら逃げ回る古泉たち。バターになりそうな勢いでグルグルと俺の周りをまわる。

 

「どけどけぇー! どけどけぇー! 邪魔だ邪魔だぁ! どけどけぇ~!!」

 

「 ばかっ! もうばかっ!! 二度と来るなぁーーっ!! 」

 

 やがて散々やりたい放題やった古泉たちが、なにやら非常にスッキリした顔をして帰って行く。

 ゼーハーと肩で息をしているハルヒとはえらい違いだ。

 

「……あいつら、楽しそうだったな。まるで日頃のうっ憤を晴らすが如く」

 

「…………くぅ~っ!」

 

 団長への、プチ下剋上。

 この大会が終わった後の事は、今は考えないでいようと思った。

 

 

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『――――はぁ~~い! それじゃあゾンビタイムも終わった所でっ、

 鶴屋さんからお知らせだよ~!!』

 

 古泉たちが去り、そして何故か俺がハルヒにポカポカ殴られていた時、またしても鶴屋さんからのアナウンスが入る。

 

『とりあえず二人とも、ここまで良く戦ったにょろ!

 残り時間も後10分ほど! もう終わりも近づいて来たっさ!

 ここでキョンくんハルにゃんの、ペナルティカードと“獲得ポイント“を

 確認しておくよ~!』

 

 ペナルティとは、俺達が笑ってしまった時に受けるヤツだろう。……しかしこれまで聞いた事が無かった獲得ポイントという言葉に、俺の目が点になる。

 思わずハルヒの方を見てみるが、コイツは黙って俯いているばかり。今大会のプレイヤーであると同時に主催でもあるコイツは、きっとその意味を知っているのだろう。

 

『現時点でのペナルティは、キョンくんがオレンジカード、ハルにゃんがイエロー!

 これは前に伝えた通りだねっ。

 そして獲得ポイントっていうのは、君達が誰かを笑わせた数(・・・・・・・・)の事!

 いうなれば撃墜数ってヤツの事だね! それを今から発表してくよぉ~!』

 

「撃墜数……? 鶴屋さん、そんな事までカウントしてたのか?!」

 

「……」

 

 本家の番組も未視聴な俺は、細かいルールなど知らずにこの場に来た。

 あらかじめ知っていたのなら事前に作戦なども練る事が出来たんだろうが……もう今更言っても仕方の無い事だ。

 そもそも皆とは違い、俺にはこの大会に賭ける想いなど何も無かったのだから(・・・・・・・・・・)

 

『キョンくんの撃墜数は6! ハルにゃん、古泉くん、みくるから1回づつ、

 そんでなんと有希っこから3回の笑いを獲ってるよ~! ゆえに6ポイント!!

 そしてハルにゃんは、撃墜数0! 現時点では0ポイントだね!』

 

「 !? 」

 

 攻撃をした憶えも、誰かに仕掛けた憶えも無い俺が、6ポイント。

 何かの間違いなんじゃないかとは思うのだが……それより今はハルヒの“0ポイント“の方が気にかかる。

 こいつは未だに……誰も笑わせてはいなかった(・・・・・・・・・・・・)

 

『この大会は、笑わずに最後まで生き残った者が優勝!!

 でももし時間内に決着が着かず、今いる二人共がそのまま生き残った場合は、

 持ってるポイントの多い方が勝ち!

 すなわち“誰かを笑わせた数“の多い方が勝者となるかんね!

 ――――それじゃあ残り時間はあと10分!

 ふたりとも、最後までめがっさ頑張るにょろ!!』

 

「……」

 

「……」

 

 モニターから、鶴屋さんの姿が消える。

 だがそれから暫くしても、俺の身体が動いてくれる事は、無かった――――

 

 

 


 

 

 ――――今大会を戦ってみての、涼宮さんのご感想は?

 

 感想? ロクなもんじゃないわよまったく……。

 あれだけ大口を叩いたのに、結局あたしは誰も笑わせず終い。文字通り、何も出来ずに終わったんだから。

 キョンが6ポイントで、あたしは0。加えてキョンはまだオレンジで、全く勝ち目なんて無かったもの。あの時点でもう完敗よ。

 ……でもそうね、とりあえず思いつくのは、この大会を通して沢山の“気付き“があった事。

 そして、何度も心が折れそうになったって事、かしら。

 

 ――――沢山の気付き? まずそれをお訊きしても?

 

 うん、今回すごく思ったのは、私が普段みくるちゃんや古泉くん……そして沢山の人達に何気なくしてもらってる事……。

 それは、こんなにも有難い事だったんだ(・・・・・・・・・)って、改めてそう実感出来たの。

 誰かに笑顔を貰える事、何気なく笑いかけてくれる事……、それって本当に、本当に幸せな事なのよ。

 

 ――――何故、そう思われましたか?

 

 ……なんて言ったらいいのかしら? うん、もうね……頭がおかしくなりそうだったの。

 普段私たちが住んでるこの世界と、もう全く別の世界なのよ、あの部屋は――――

 いつも朗らかに笑いかけてくれる人が……私に笑ってくれない。

 大好きな人がくれる笑顔を……私は真顔で跳ね除ける。

 ……そんな事を長い時間繰り返しているとね? もう自分の中の感覚というか……常識かな?

 それが段々おかしくなってくるの。……あたしの世界が、壊れていくのよ。

 

 ――――――……。

 

 誰かに笑いかけて貰ったら、笑い返すわよね?

 誰かが面白い事を言っていたら、それを面白いって言って笑うわよね?

 ……それってね? “好意を返す“って事なのよ。

 貴方と居るのが楽しい、貴方の事が大好きだ――――人は笑顔を返す事によって、そう相手に伝えているのよ。

 あの部屋は……それが禁じられた世界。

 相手への好意とか、愛情とか……そういう物がまったく存在しない世界なの。

 

 ――――――愛情や好意の……存在しない世界……。

 

 古泉くんの冷たい顔。感情のないみくるちゃんの顔……。そんなの見た事も無かったし、今まで想像すらした事が無かったの。

 これは笑うのを我慢してるんだ、ゲームだからワザとそうしてるんだって……頭では分かってるのよ?

 みんなはあたしの事を好きでいてくれてるって。あたしはこの人達に愛されてるって。だってあたしも大好きなんだからって……ちゃんと知ってるもの。

 ……でもね? あたし怖くて堪らなかった。何度も何度も、叫び出しそうになった。

 

 あの部屋にいると、頭がおかしくなる――――

 もしキョンが傍にいてくれなかったら……きっとあたし折れてた。

 

 

 

 

 


 

 

「 ――――立てっ、ハルヒッッ!!!! 」

 

 気が付けば、俺は大声で叫んでいた。

 

「――――ほら、やるぞハルヒ!! あと10分だ!!」

 

 上着を脱ぎ捨て、上半身裸になる。

 意味なんて知らん。ただそうせずにはいられなかっただけだ。

 

「えっ……キョン?」

 

 もう目も当てられないくらいに沈み込んだ、ハルヒの顔。

 そんな物を見る為にここに来たのではない。こんな顔をさせるために、俺がいるワケじゃない。

 このまま、こんな顔をしたままで、終われない!! その想いだけが、俺を突き動かす!

 

「ちょっ! ちょっとアンタ何してんのよっ!! なに上着脱いで……!!」

 

「 うるせぇ!! さぁ何やるんだハルヒ! 俺はなんでも良いぞ!! 」

 

 両手を広げ、まるで……というかもう変態その物の姿で、ハルヒににじりよる。

 それに対し、両手で目元を隠しながらズザザッと後退するハルヒ。なんか指の間からこっち見てる気もするが……。

 

「何してんのよばかっ! えっち! 変態ッ!! 変なモミアゲ!!」

 

「うるせぇ! 変なモミアゲが何だ!! そんなモンこうしてやる!!」

 

 俺はモミアゲをひっ掴み、勢い良くそれを引っこ抜く!! 部屋に響き渡るような〈ブチブチィ!!〉という凄い音がした。

 

「 ――――痛ってぇ!!!! 超痛ってぇッ!!!! 物凄く痛ぇぇええーーー!!!! 」

 

「だから何してんのよアンタ!? いったい何なのよキョン!?!?」

 

「 うるせぇって言ってんだろうが!!!! さっさとしねぇとこうだぞハルヒ!!!! 」

 

 もうハルヒがドン引きしているのをアリアリと感じる。だが俺がそれに止まる事は無い。

 モミアゲを引き千切ったあまりの激痛に床でのたうち回りながらも、俺がベルトにカチャカチャと手をかけ、ズボンを脱ごうと試みる。

 

「 ぎ……ぎゃぁぁあああーーーッ!!!! ぎゃぁぁぁあああああーーーーッッ!!!! 」

 

「……痛てぇ!! ちょ……おま痛てぇって!!!!」

 

 どこから取り出したのか、ハルヒが卵を投げてくる。生卵だ。

 それは矢次に投げられ、全てが俺の股間にヒットしていく。パンツ一枚になっていた俺の下半身はドロドロだ。

 股間を押さえればいいのか、モミアゲを慈しめばいいのか、もうよく分からない。

 

「 何よばか!! 変態!! すけべ!! 変質者!!

  ちんちん玉子でとじて、いったい何丼作るつもりなのよ!! 」

 

「 これお前がやった玉子とじだろうが!! さぁ何やんだこの野郎!!

  やってやんぞこの野郎!! 勝負しろハルヒこの野郎!!! 」 

 

「 ばか! ばかばかばかキョン!! 信じらんないっ!!

  良いわよやってやるわよばかキョン!! ちんちん引き千切ってやるわよ!! 」

 

 リボンとカチューシャを地面に叩きつけ、ハルヒが上着とスカートを脱ぎ捨てる。何の封印解除だそれは。

 

「 ちょ……お前それやめろっつっただろうが!!!! 何脱いでんだお前っ!!!! 」

 

「 あんたが先に脱いだんでしょうが!! 卵でとじたんでしょうが!!

  何よ?! あたしも卵でとじればいいの?!

  ほら投げて来なさいよアンタ!! ほらっ!! 」

 

 そう大声で叫ぶハルヒが、自らの身体にたまごをぶつけ出す。

 胸と言わずお腹と言わず、もう全身たまごでドロドロだ。まっ黄色に染まる。

 

「 なに食い物粗末にしてんだお前!! もったいねぇだろうが!! 」

 

「 うっさいわね! なによ! じゃあ食べればいいでしょうが!!

  食べたら良いんでしょうがコレを!! 」

 

 窓ガラスがビリビリする程の怒声を上げ、ハルヒが地面に落ちた卵をジュゴゴゴ……っと啜りだす。

 下着姿で四つん這いになり、まるで勢い良く土下座するみたいにジュゴゴッと地面に顔を付ける。

 もちろん俺も、即座にそれに続く。

 

「 ジュゴゴゴ……! ほら全部食べたでしょうが!!

  もったいなくないでしょうが!! 」

 

「 ジュゴゴゴ……!! おら俺だって食ったろうが!! 手伝ってやったろうが!!

  てめぇニワトリさんの気持ちマジ考えた事あんのか!?

  まずニワトリさんにありがとうだろうが!! ありがとうございますだろうが!! 」

 

「 あ~ら! ちんちん卵まみれにして何いっちゃってるのかしらこの人は!!

  ホントにニワトリさんに悪いと思うなら、いますぐ油に飛び込みなさいよアンタ!

  あたしアンタに小麦粉とパン粉つけて、カラッと揚げてやるわよ!! 」

 

「 おーやってみろよオイ!! やってみろよハルヒ!!

  じゃあお前、俺のちんこ食うんだな?! カラッと揚げた後ちゃんと食うんだな?!

  ――――どんなサイコパスだよお前!! 俺そんなヤツ聞いた事ねぇよ!! 」

 

「 誰があんたのちんちんなんか!!

  あんたこそ、あたしのおっぱい舐めなさいよ!! お腹も! おしりも! 全部! 

  ……まだたまご残ってんのよ!! ドロドロしてんのよ!!

  ほら卵がもったいないんでしょう?! ニワトリさんありがとうなんでしょう!?

  さっさと舐めなさいよアンタ!! ペロペロしなさいよ!! 」

 

 半裸と下着姿の男女が、たまごでドロドロのまま半狂乱で罵り合う。

 だがそんな事、今の俺達に分かってるハズない。だた感情のまま突っ走るだけだ。

 

「 うるせぇ馬鹿野郎!! ブゥゥーーーーーーーーッッ!! 」

 

「 うわっ! ちょ……汚っ!!!! 」

 

 ペットボトルの水を口に含み、勢いよくハルヒに吹き出す。

 

「おら逃げんな! 洗ってやってんだろうがハルヒ!! ブゥゥーーーーッ!!!!」

 

「うぷっ! なな……何すんのよアンタァーーッ!! ブゥゥゥーーーーーッッ!!!!」

 

「 うおっ! おまっ……冷てぇッッ!! 」

 

 ペットボトルをひったくられ、水を吹き返される。

 その後なんどもひったくり返し、ひったくり合い、「ブゥゥー!!」「ブゥゥー!!」と水を吹きつけ合う。

 その甲斐あって、だいぶ身体が綺麗になってきた。

 

「冷てぇじゃねぇかこの野郎!! いま気温何度だと思ってんだオイ!!」

 

「あんたこそ風邪ひいたらどうしてくれんのよ!!

 うちの高校にエアコンなんか無いのよ!? しがない県立の貧乏校なんだから!!」

 

「お前はもっと良いとこ行けただろうが! 自業自得だバカ!! このかしこがっ!!」

 

「 誰がお勉強ばっかのお嬢ちゃん学校なんか行くもんですか!!

  そんなのつまんないじゃないっ!!

  ――――今あたし、燃えるように充実してるのよっっ!!!!

  北高に来て良かったでしょうが!! ほらっ! あたし間違って無かったッ!!!! 」

 

「知るかバカたれっ! ブゥゥーーーッ!!!!」

 

「何すんのよキョン! ブゥゥーーーッ!!!!」

 

 引き続き水をぶっかけ合う俺達。やがてペットボトルが空になり、足元は水たまりになっている。

 身体もずぶ濡れ、前髪はおでこに張り付いている。お互い半裸と下着姿であるし、もしこの姿を誰かに見られても「ちょっとプールに入ってました」で通るかもしれない。

 通るワケがない。

 

「オイもう水なくなっちまったじゃねぇか!! どうすんだよハルヒ?!

 どうすんだよ!!!!」

 

「やかしいのよ黙っててよ!! ……ああもう何にも思いつかないっ! 頭働かないっ!

 ……つかそもそも、なんであたしが残ってんのよ!! なんであたしなのよっ!!!!」

 

「知らねぇよ!! 面白れぇからだろうが!! 強ぇから残ったんだろうが!!!!」

 

「面白くないわよっ!! 強くないでしょわよッ!!!!

 どう考えたって有希かみくるちゃんわよッ!!」

 

「うっせえってんだよ馬鹿野郎!! ……おらどうすんだよ! 来いよっ!!

 なんでもやってやんぞオイ!! 来いよハルヒおい!!!!」

 

 半狂乱で頭を振り回すハルヒを、無理やり腕をひっぱって振り向かせる。

 

「 立てこの野郎! 脱ぐぞっ?!

  俺ここでパンツ脱ぐぞこの野郎!!!! いいのかッッ!!!!」

 

「脱ぎたきゃ脱ぎなさいよ!!

 あたしそれ見ながら魚肉ソーセージ食べてやるわよ!!

 ちんちん見ながらモグモグいってやるわよ!!」

 

「お前マジサイコパスじゃねぇか!! 想像するだけで痛ぇ! 痛ぇんだよ!!」

 

「ほらっ! はやくおちんちん出しなさいよ! はやくしなさいよ!!

 こっちはもうスタンバってんのよ!! ソーセージ片手にスタンバってんのよ!!」

 

「誰が出すか馬鹿野郎! 食われてたまるかバカ!!

 俺にも夢とか未来とかあんだよ!! 家族設計とかあんだよ!!!!」

 

「生卵まみれのちんちんで何いってんのよ!!

 あんたのせいでせっかくの無精卵が台無しよ!! なんか誕生したらどうすんのよ!!」

 

「うるせぇぇええーーッ! 育てりゃいいだろうがそんなモンはぁぁあああーーーッ!!

 愛情込めて育ててやるよオイ!! 大学まで出してやるよボケェェーーーッ!!!!」

 

「 ――――あんた片親で育った子供の心の闇みくびってんの?!?!

  半裸で! 生卵まみれのちんちんで! 顔面あたしの唾液まみれで!!

  そんな男に嫁なんか来るもんですか!!

  おっぱいも出ないくせにどうやって育てんのよ!!!! 」

 

「 そんじゃあお前育てたらいいじゃねぇか!!!!

  育てろこの野郎ッ!! 俺と一緒に育てろこの野郎ッ!!!! 」

 

「 あぁ育ててやるわよ!! とびっきりのお母さん子に育ててやるわよ!!!!

  戦場で死ぬ間際の兵士はねっ?! その大半が最後「おかあさん……」

  って言って死ぬのよっ!? あんたおっぱいの偉大さなめてんの?!?! 」

 

「 俺の息子を戦争になんかやれっかぁぁぁああああーーーーーッッ!!!!

  平和な世の中作るぞこの野郎ッ!! 愛で世界包めこの野郎ぉぉーーッッ!!!! 」

 

「 ――――いまおっぱいの話してるんでしょうが!!

  あんたも好きなおっぱいの話でしょうが!!!! 」

 

 ハルヒが「ムッキィィー!!」とか言いながらブラのホックを外そうとする。慌てて腕を取り押さえ、それを阻止する俺。

 

「 放しなさいよ!! 見せてやるわよ!!!!

  愛とやらで世界を照らしてやるわよ!!!! 」

 

「照らすな! しまえ!!!!

 俺達ゃ地道に活動してくんだよ!! 募金とかすんだよ!!!!」

 

「今この瞬間にも、世界中で罪もない子供たちがなんやかんやしてんのよ!!

 そんな事よりあたしのおっぱい見なさいよ!!

 あたしはあんたのちんちん見てソーセージ食べるから!!!!」

 

「 どんなプレイだよそれ!!?? 俺そういうの詳しくねぇよ!!!!

  平々凡々が一番だろうが!! 俺の両親は普通でも幸せそうに暮らしてるよ!! 」

 

「 なによ!! いいじゃない!! 何でもやってみたら良いじゃない!!

  ジャス ドゥ イット!! あたしのTシャツにもそう書いてあんのよ!! 」

 

「Tシャツ作った人も、そこまでは想定してねぇよ!!

 なんか『まぁやってみたら?』的な感じで、とりあえず言ってんだよ!!」

 

「今しかないのよ! あたしには今しかないのよ!!

 アンタあたしが明日死んだらどうしてくれんのよ!!

 ちんちん見れずに成仏出来なかったらどうすんのよ!!!!」

 

「 生きろよ!!!! 生きてりゃ死なねぇんだよ!!

  頑張って明日を生きねぇヤツに、夢は振り向いてくれねぇんだよ!! 」

 

「うん! 生きるっ! あたし生きるわキョン!!

 なんかもう人生楽しくなってきたわあたし! 生きるって良いわねキョン!!」

 

「あぁそうだろうがハルヒ!! 命って素晴らしいだろうがッ!!!!

 命! おっぱい! ポニーテール!! 俺が一番好きな言葉だ!!!!」

 

「 三つあるじゃないのっ!! どれか一個にしなさいよ!!!! 」

 

「 ことわぁぁるッッ!!!! 」

 

 ついに言葉じゃなく取っ組み合いに発展する俺達。たまごで手がベタベタしているので、四つ手に組もうとしてもなかなか上手くいかない。ぬるっぬる滑る。

 

「――――もうあったま来た! 乳首相撲するわよキョン!!

 洗濯バサミ持ってきなさいよ!! 早くしなさいよ!!」

 

「やるかバカ! お前マジでおやつカルパスみてぇな乳首になりてぇのか!!」

 

「あっ、ウソつき!!!! キョンさっき何でもやるって言ったじゃない!!

 ウソつきウソつきウソつき!!」

 

「なんとでも言え!! だが将来お前は、必ず俺に感謝する事になるぞ!!

 風呂場で見る度に思い出せッ!!

 あぁこの乳首は、俺が守ってくれたヤツなんだとなぁ!!!!」

 

 ポカポカ殴られながらも、俺は床に胡坐をかき、不動のままでひたすら耐える。

 この痛みも、男の修行なんだ。時に黙って耐える事も必要なんだ。

 

「じゃああたし一人でやる! そこで見てなさいよ!」

 

「じゃあ俺がやるよ! お前そこで見てろよ! カルパスしてやるよ!」

 

「嫌よ! あたしがやるわ! あたしあたし!」

 

「俺がやる! 俺がやるって言ってんだろ! 俺が俺が!!」

 

「あたしよあたし! あたしよ!」

 

「俺だよ俺! 俺が俺が!!」

 

「…………えっと、じゃあ、僕がやりましょうかね……」

 

「「どうぞどうぞ」」

 

「――――っておぅい!! ……と、お約束を済ませた所で。

 ところでお二人さん、もう良いのですよ?

 すでに終了時間は過ぎています」

 

「「へっ?」」

 

 ハルヒと共に「どうぞどうぞ」のポーズをしながら、お互い目をキョトンとさせる。

 気が付けば、辺りには古泉、朝比奈さん、長門の姿。

 いつものSOS団の面子に、囲まれている。

 

「ヒートアップして気が付かなかったようですが……すでに大会は終了しています。

 大きなホイッスルも鳴っていたハズなのですが……。

 僕らはそれを告げに来たのですよ?」

 

「はい、涼宮さんこれを着て下さい。お疲れ様でした♪」

 

「おわった」

 

「「……へっ?」」

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 俺は古泉、ハルヒは朝比奈さんにバスローブのようなもので身体をくるまれ、未だ目を丸くしている。

 何があったのか理解出来ない。……というか、さっきまでの記憶が無い。何もかもが分からん。

 

「とりあえず……優勝は彼、という事になるのですが。

 ……でも今言っても理解出来そうにありませんね。

 まずはシャワー室に行きましょう。話はそれからです」

 

「じゃあわたしが涼宮さんを連れて行きますねっ。

 ほら行きましょう涼宮さん? はいはい、歩きましょうね~」

 

「ん? ん?」

 

 何があったのか分からないという表情のまま、朝比奈さんに連れられたハルヒが、出口に消えていく。

 その姿をぼけっと見送る俺。とりあえず、バスローブあったけぇという温もりだけを感じる。

 

「さて、では我々も行きましょうか。

 何はともあれ……、お疲れ様でした」

 

「…………お、おう?」

 

 古泉に肩を支えられ、トテトテと歩いて行く。

 この格好のままでシャワー室まで歩くのはどうかと思うのだが、鶴屋家の警備のお陰で何の問題も無く行く事が出来る。

 そもそもそんな事、今はまだ考える事が出来ない。

 

「……えっと……終わった? 終わったのか古泉?」

 

「ええ、しっかりと。無事に。

 改めて……ありがとうございました。

 最後まで残ったのが貴方で、本当に良かった――――」

 

 廊下を歩き、シャワー室へと歩いて行く。

 途中、何気なく窓の外を眺めていたが、空は眩いばかりの晴天。

 

 あの部屋とは違う、俺が慣れ親しんだ美しい世界だ――――

 

 その心地よさだけを、今は感じている。

 

 

 


 

 

 ……まぁ……負けたわね。

 あんな恥ずかしい想いまでして、あれだけみんなに心配かけて……。

 でもいま清々しい気持ちでいるわ、あたし。……これって変かしら?

 

 ――――いえ……まぁあの、良いんじゃないでしょうか? 感じ方は人それぞれ、という事で。

 

 なによ、言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ。……あんまり言ったら、ぶつかもしれないけど。

 

 ――――遠慮しておきます。痛いのは嫌なので。

 

 でもまぁ、スッキリした気分でいるっていうのはホントよ?

 あんなにもバカな事やったのは生まれて初めてだったし、言いたい事も言って、おもいっきりぶつかり合ったんだもの。

 ……なんか思ってたのとはだいぶ違う感じだけど……でも折れずに最後までやれて良かった。

 みんなと……キョンとおもいっきり遊べて……嬉しかった。

 

 ―――――はい。それはもう、画面からヒシヒシと感じました。……ちなみにですが、優勝したキョンさんは、みなさんに何を要求されたのですか?

 

 さぁ? そういえばアイツ何も言って無かったわね?

 鶴屋さんにトロフィー貰ってから、何も言わずに古泉くんと帰っちゃった。

 また後日なんか言われるかもしれないけど、その時はその時よ!

 何を要求されようが、バッチリ胸を張って応えてやるわ!! 団長らしくね!!

 

 ――――よく分かりました。……では本日はお疲れの所、どうもありがとうございました。大変良い物を観せていただき、とても楽しませて頂きました。どうぞ気をつけて。

 

 ありがとっ。

 それじゃあ帰る事にするわ。みくるちゃんと有希も待ってくれてるし。

 

 ――――はい、それではさようなら。私も鍵を掛けて出なければ…………ちなみに涼宮さん、もし勝ったらば、彼に何を要求してました?

 

 

 …………さぁ? 忘れたわ。

 あんまりにも今日は楽しくて、もう忘れちゃった!

 

 まぁ……いくら優勝賞品だからって、それで手に入っちゃったらつまんないかもしれないしね。

 

 こういうのはきっと……、心のぶつかり合いなのよ。

 ぶつかり合って、笑い合って、それでお互いを理解し合っていくの。

 

 だからもう、だいじょうぶ。

 やり方は今日、覚えたわ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――涼宮ハルヒのドキュメンタル、了――

 

 

 


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