仮面ライダーAGITO×AGITO feat. SPEC〜Shining Spirits are Awakening〜《完結》   作:田島

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0:プロローグ

 空を見上げると、やや灰がかった雲に隙間なく一面覆われていた。

 ここ数日、はっきりしない天気が続いていた。空を覆うのは雨を降らす程厚い雲ではないが、かといって陽光がその姿を見せる事もなかった。

 どことなく憂鬱さを強く感じてしまうのは、この天気のせいだろうか、それとも。

 空になったじょうろを足元に置いて、真魚は俯いて深く息を吐いた。

 菜園のキャベツと大根も、心なしか元気がなく、やや萎れているように見えてしまう。真魚の世話の仕方は以前指示されたものに従っていたが、指示が出されたのは秋口で、あの頃はピーマンやトマトを育てていた。野菜ごとに、気を配らなければならない事が違うのかもしれない。

 顔を上げると、のっぽの頭が塀越しに中を覗いていた。

「氷川さん」

 小走りに駆け寄ると、氷川誠が、こんにちは、と浅い笑顔で挨拶を返した。

「翔一くんの事、何か分かったんですか?」

「……いえ、残念ながら何も。津上さんの事ですから、何だかひょっこり、何事もなかったように戻ってきていてもおかしくないような気がして、何となく、来てしまいましたが……まだ帰っていないんですね」

「はい」

 氷川は薄ぼんやりと、夢の話でもするような落ち着いた口調で話した。それがどことなく淋しくて、真魚はまた俯いた。

 蠍座生まれの人ばかりが前触れなく理由もなく自殺する不可解な事件、その裏にはアンノウンと、神とも呼ぶべき存在の、人類とアギトを根絶するという目論見があった。

 アギトとギルス、G3‐Xの必死の戦いで、アンノウンは全て倒された。

 あの時アギトは、天に昇らんとする黒い青年を一人追い、爆音と閃光が轟いてそして。

 それ以来、津上翔一は、忽然とその姿を消してしまった。

 あの時、世の終わりを感じたように力を失い枯れた野菜は、半分程は戻らなかったが、残りの半分は、残っていた根や茎からまた逞しく蘇り育った。翔一に申し分が立つ、彼から菜園を預かった身として真魚はそう考えたが、肝心の翔一だけが、いつまで経っても帰ってこなかったから、報告すらできはしない。半分程を枯らして駄目にしてしまったのは真魚の世話の仕方が原因かもしれないから、叱られてもいいのに、未だ事実を伝える事すら出来ないでいた。

「どこに、行ってしまったんでしょうね」

 灰色に淀んだ空を見上げて、氷川が呟いた。どうして氷川さんは翔一くんが死んだとは考えないんだろう。少し不思議に感じたが、真魚自身も何故だか、翔一が死亡した可能性については、ありえないと根拠のない確信を抱いていた。そう信じさせてしまうのが、翔一という青年のおかしな所だった。

 氷川の言う通り、何もなかったようにひょっこり帰ってくるような気がする、まだその時が来ていないだけだ、そんな気がした。

「絶対、帰ってきます。だって、自分の居場所はここなんだって、翔一くん自分で言ってたから。だから帰ってきます」

 独り言のように呟かれた真魚の言葉は、自分に言い聞かせているような強さがあり、祈りのように辿々しくもあった。氷川はふっと真魚を見つめると、頬を崩して微笑んだ。

「ええ、そうですね。そう思います」

 氷川が笑ってくれたので、真魚も少し笑えた。息を吐いて、両腕を後ろに反らして体を伸ばす。

「氷川さん、もし良かったら、一休みしていって下さい、お茶でも淹れますから」

「いえ、お構いなく」

「あたしも丁度一休みしようかなって思ってたから、もしお時間大丈夫だったら、付き合って下さい」

 甘えるように言うと、氷川は困ったように苦笑を浮かべて、軽く頷いた。そこに、バイクのエンジン音が近付いてきた。

 思わず真魚は顔を上げたが、氷川は何度か首を横に振った。音が違うのだろう。

 角を曲がって姿を見せたのは、案の定翔一のバイクではないが、よく見知った男の愛車だった。

 門の横にバイクを付けると、ヘルメットを脱いで、葦原涼は自分をきょとんと見つめる真魚と氷川を見つめ返した。

「……何となく、津上が帰ってきたんじゃないかって、思ったんだが。まだ何も分からないか」

「はい……葦原さんもですか」

「じゃあ、お前もか」

 やや口を曲げて葦原が呟いて、氷川は軽く頷いた。だが二人が何を感じていようと、依然として翔一がどこにいるのか分からない状況には、何の変化もなかった。

「あの……良かったら葦原さんも、お茶でもどうですか。今一休みしようかなって思ってたところだから」

「いや、俺は……」

「いいじゃないですか、上がってってくださいよ、ね」

 言って真魚は、笑顔を浮かべて葦原の手を引いた。常の彼女らしくもない、と思ったものの、そうせざるを得ないのだろうと思われ、葦原は難しい顔はしたがそれ以上何も言わずに、真魚に引かれるまま美杉家の敷居を跨いだ。氷川も後に続いてドアを閉める。

 雲は切れる様子もなかった。だが流れてはいる筈だったから、いつか太陽はその姿を覗かせるだろう。氷川も葦原も真魚も、それを信じているに違いなかった。

 

***

 

 それは、初めて経験する感覚だった。突然襲い来たそれは瞬く間に広がり、芦河ショウイチの意識を埋め尽くした。

 行かなければならない。

 焦燥によく似ている直感のような、そんな想念に抗えずに、膝に乗せていたノートパソコンを畳んで両手で持つと、腰掛けていた壁際の椅子から立ち上がる。

「ショウイチ……? どうかしたの?」

 Gトレーラーのオペレーションルームで、オペレーター席に腰掛けて提出用の書類を作成していた八代陶子は、待機任務中で同じく書類を片付けていた筈の芦河が突然立ち上がったのに驚いて、振り向いて彼を見つめた。

「……分からん。分からないが、急がないと取り返しがつかなくなる予感がする」

「えっ?」

「済まん、ガードチェイサーを借りる!」

 やや大きな声で告げて、椅子の上にノートパソコンを置くと、芦河は格納庫へと駆け出した。

 彼は理由なく奇矯な行動はとれない生真面目な男だったし、何よりアギトだった。強力な超能力に目覚めた彼には他者の知覚できないものが分かるのかもしれない。

 八代がオペレーター席から遠隔操作をして後部ハッチを開けると、ガードチェイサーが走り出していく。運転席に無線で指示を飛ばして、Gトレーラーも芦河の後を追った。

 警視庁から大田区方面、海の方へ。脇目もふらないで、ややスピード超過気味に、芦河はひたすらガードチェイサーを走らせた。

 埠頭沿いを暫く走り、芦河はやがて停車すると、海へと駆け寄って、直角に切り立った岸壁からやや身を乗り出して水面を覗き込んだ。

 例えるならば、マッシュルームの水煮缶を開けたところ。明るい茶色の頭が、岸壁直下の水面からやや覗いてぷかぷかと波間をたゆたっていた。

 苦い顔をして芦河はガードチェイサーに戻ると、無線機のスイッチを入れた。

「こちら芦河、G3ユニット、どうぞ」

「こちらG3ユニット、ショウイチ、一体何があったの?」

「……遅かったかもしれん。土左衛門がいた」

「えっ……もうホトケさんなの?」

「それは分からん。引き揚げるから手を貸してくれ」

 通信が終了すると、程なくGトレーラーが姿を現した。積み込んであるロープを使い、芦河が(他に人がおらず、もし土左衛門が生きているなら海の中に放り出しておく訳にもいかず)海に降り、漂う体を引き揚げた。

 引き揚げてみると、年若い青年は意識こそないが水はあまり飲んでいないようで、安らかな寝息すら立てていた。

 彼の服装は明らかにおかしかった。今は初夏だが、彼の格好は実に暖かそうなフリースのジャケットと赤いチェックのネルシャツにジーンズ。冬向きの服装だった。

 たっぷりと水を吸ったフリースのジャケットが大柄な青年の重量を更に増している。水面から岸壁の上までは二メートルほどだが、引き上げには少々難儀した。

 じきに救急車が到着し、青年が搬送されていく。芦河は不審げに辺りを見回すが、倉庫の立ち並ぶ埠頭は人気もなく、不審な点は何もなかった。

 あの胸騒ぎは、いてもたってもいられなくなるような激しい不安感は何だったのだろう。波が寄せて帰る音が繰り返し響くだけで、辺りには気配らしい気配はなかった。

 勘違いか。そんな曖昧な言葉で自分を納得させて、芦河はガードチェイサーを押して、ほど近くに停車しているGトレーラーの格納庫へと向かった。

 芦河が気付けなかったのも詮無い事かもしれない。その視線は、彼のいる埠頭から注がれていたものではなかった。

 

***

 

「何か見えたのかい?」

 目張りをして外からの光を遮断したような、暗い部屋だった。差し込む光もない。

 一寸先も見誤りそうな暗闇の中に、壮年の男の太い声が低く響いた。

 もたりと、澱んだ闇が揺れた。そこにいる誰かが、首を小さく縦に振ったようだった。

「何が見えた?」

「大きな力……でも、どこかおかしい」

「おかしい?」

「分からない……」

 男と話しているのは、澄んでやや高い少女の声だった。

 会話の体は成しているものの、二人はまるで適当な言葉をそれぞれ好き勝手に呟いているようにも聞こえた。

「でも、アギトだわ。彼はもう目醒めているわ」

「アギトか、もう二人目が出てきてしまったのかい……いや、正確には三人目、か」

「どっちでもいいわ、そんな事」

 元々相手に対する興味が薄い様子だった少女の声からは、冷たささえ漂うようになった。

「……ああ、そうだね、すまない。彼が我々に協力してくれるのか、敵になるのか……どちらにしろ、計画は前倒しした方が良さそうだな。あの体は上手く馴染んだようだから」

「体って、彼?」

「そうだよ。ついに私は、神をこの手で創り出すんだ」

 くぐもった笑いが低く響いた。その笑い声は、少女には向けられていないようで、その事が憂鬱だったのか少女は軽く息を吐いたようだった。

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