決別は驚くほど早かった。
再会を喜びながら風呂に向う私たち。
別れてからのことをちらほらと話していると、どうやら貴族様と同じクラスらしいということがわかった。
これ幸いと共通の話題を掘りすすめると、中には地雷が埋まっていた。
「お前はあんな輩の肩を持つのか?」
「語調はきついけど、悪い人とは思えない」
「私の話を信じられないと?」
「信じられないわけじゃ「頭の固いカビの生えた差別主義のくそったれ貴族のいうことは信じて私のいうことが信じられない。と?」……」
その上処理に失敗して自爆。
なんというか。貴族様は高校デビューに失敗していたらしい。
それも多方面に喧嘩を売るという不良漫画のごとき所業だとか。
言葉を継げず、思わず黙ってしまった私に畳み掛けるように箒は言う。
「あの女は頭のおかしい女性強権主義者と同じことを喋り、あろう事か日本文化まで貶したやつだぞ。そんな輩の肩を持つのか?」
頬を上気させているのは、湯のせいだけではあるまい。
彼女のあまりの剣幕に、浴場でのんびりしていた皆さんがそそくさと出て行っている。穏やかの時間を壊してごめんなさい。これでもまっすぐないい子なんです。許せないだろうからリンチで許してあげてください。
「主義主張は人それぞれだ「他人に迷惑をかける主張なんて捨ててしまえ!」わぁお」
何言っても止まりそうにない。
穏やかさを第一に考える私としては、穏やかであるべき場所ベスト十に入る浴場で騒ぎ立てる事に忌避感どころか嫌悪感を抱くのだが、相手が久々に会っている数少ない友人ということもあって強気に出られない。
「あの。落ち着い「いいか!あの輩は「"旅人"」
能力を行使。
箱の神器
七ツ星神器"旅人"
バタン。と。
瞬く間に出来あがった箱に閉じ込める。
時計の文字盤が刻まれた立方体をぽかんと見つめて我に帰る。
困った。衝動的に神器使っちゃった。強気に出られないからって弱気に実力行使はダメだろう。
転校の契機になった事件のせいか、彼女を前にするとハードルが下がるらしい。
これじゃ思わず手が出ちゃう子供じゃないか。
慌てて"旅人"を解除すると拳を振りかぶった彼女と目が合う。
「うわっ」
慌ててしゃがみこむと勢い余ってつんのめった彼女が私の上にドテンと転ぶ。
「ぶぎゃ」
「きゃ」
女の子にあるまじき声を上げる私と普段の凛々しさに反して女の子らしい声を上げる箒。おっさんが出てきたかな?
……仕方ない。それなりに鍛えている彼女は筋肉がついている分同じ体型の女性より重いんだ。なにより寝ることを優先しているもやしっ子に支えられるはずもない。そりゃ背中に乗っかってきたら重さに耐えられず顔面ダイブしちゃうよ。
べたんとうつ伏せに倒れる私を取り起こしてくれる箒。
そのまま私を胸に抱きあたりを警戒するように見回す。
「すまない。危うく殴ってしまうところだった。大丈夫か」
おっぱいでいっぱいいっぱいになっている私に投げかけられるのは固い言葉。
私一切見ずにそういう彼女は眉間に皺を寄せてあたりを警戒している。硬く私を抱きしめている彼女の向う。影のようなものが漂っているように見え、あれ?消えた?
苦虫を噛み潰したような表情で何かをつぶやいている彼女は瞑目して深呼吸をすると目を見開いた。
「すまない。巻き込んだ。私の背で丸まっていろ」
「え?」
「スタンド攻撃だ!後で詳し「そらさん?」っ!!」
扉の向こう。引き戸を開けて貴族様が顔をのぞかせている。
私を背の影にやる箒越しに彼女の困惑した表情が見える。
「オルコット……だと……?」
酷く動揺している。
まっすぐな太刀筋を振るう彼女を一年眺め続けていた。
だからわかる。
彼女は今、とても迷っている。
「…………。あー。これは、その。着替えはカゴに入れておきましたのですが」
頬をやや染めて制服のまま浴場に入ってきた視線を右往左往させながらセシリアは言い辛そうに言葉を選んでいる。
「その、人の趣味にとやかく言うつもりは「"銀の戦車"ッ!!」
影が見えた気がした。
思い切り貴族様に向かって行ったように見えた影はやがて形を失い見えなくなった。
次の瞬間貴族様は頭から吹っ飛び浴場の隅に置いてある桶の山に突っ込みひどい音を立てた。
「っ!!」
思わず貴族様のもとに駆けよろうとする私の左手をがしと握り油断なく桶に埋もれた貴族様を見ている箒。
「セシ「…………テレキネシス、の類でしょうか。」……っ!」
ゆらりと。
桶の山を崩しながら立ち上がる貴族様。
額から血を流し、焦点のあっていない目でこちらを見ている。
その目。
そのあまりの色に、かけた声が途切れる。
貴族様が立ち上がると同時に箒も油断なく立ち上がり、影を従えて構える。
悠然と立つ彼女達の間に嫌な緊張感が張り詰めている。
首をさする貴族様が手をどかすと、そこには赤い跡が。
ミミズ腫れ?テレキネシス?
「攻撃を受けた、と言うことは、つまり。ああ。待ってましたわ。あなたは転生者なのね。あの篠ノ之博士の妹が転生者というのは驚き、いえ。そうでもありませんわね。逆に納得しましたわ」
カタカタ、と。後ろ手で浴場のドアを閉める。
ミミズ腫れのはずが、それにしてはおかしい夥しい流血が、だらだらと制服を染め広がっていく。
制服のまま浴場に一歩二歩と入ってくる彼女の目は虚ろで。
「確かに既存兵器どころか既存勢力すら塗り替えた所業。特典だの異能だのそうなのかもしれませんわね。母も研究畑の人間でしたし」
歩みを進めるほど、彼女の表情は曇っていく。
首筋のミミズ腫れが裂け、血が流れる。流れる血はやがて制服どころか床に広がり一面を黒く染める。
「けれど、不思議ですわね。貴女の"魂"はいたって健全で、一度死を経験したとは思えないほど綺麗ですわ」
ぞるり。と床一面の血液が脈動する。
どす黒いソレは排水口に、私たちのいる方に流れ「っ!!"銀の戦車"!!そらを後ろに放りなげろ!」
「え?いたっ!!」
右腕を思い切り引っ張られて後ろの湯船の放り込まれる。
右手の違和感と突如呼吸ができなくなった感覚に混乱していると箒に掴まれ身を起こされる。
「……これだから転生者は。命を軽く見てるのかしら。そらさんを水死されるつもり?」
「……ぐっ」
箒じゃない?
いや。この声は貴族様?
何が……??
目を開ければ地獄が広がっていた。
私を抱く貴族様の目は虚ろで暗く前を見ていて、部屋が薄暗くなっているようで。
貴族様が見る方向に目を向ければ針の筵になっている箒が。
どす黒いを通り越して真っ黒に染まった床。
天井に伸びる数多の針。
それに磔にされながらも瞳に闘志を称える箒。
その様子を無表情に、虚ろに眺める貴族様。
ああ、これはまずい。
貴族様の瞳に宿る暗さを知っている。
これは彼と同じ目だ。
私を刺し殺した彼と同じ目だ。
あれよりもっと濃いナニカだ。
どろり。と箒を縫い止めていた針が形を失いベシャリと床に波紋する。
ベシャリと同じく床に倒れこむ箒は黒く雫を垂らしている。
…………あれは液体なのか?
「また、奪うのですわね。あの女と同じように。私から、人としての生も、生活も、尊厳も、全てを。もう私はあの頃とは違う。無力で泣くことしかできなかったあの頃とは違うもう私は選べます強要されることなく自分の意思で選びますえらびますともすべてかちとらなければいけないけだかくうえな「"銀の戦車"!!思い切りぶん殴れ!!」っ!!」
バシャン。とまたまた水没し、今度は自分で立ち上がる。
さっきは急だったが、落とされることがわかっていれば、殴りかかる黒い影が見えていれば、慌てることはない。
「そら!逃げろ!そして千冬さ「"悲鳴共鳴"。さようなら。転生者さ「そうだ。選ばなきゃいけない。"威風堂々"箒を守って」
ばきゃん。と床から現れた刃は四方八方から箒に殺到するが、同じく床から現れた二本の巨腕がそれらをすべて打ちはらう。
「"無生物"を"生物"に変える力。"ハンバーガー"に"倍"を加える力。二ツ星神器“威風堂々”。合わせて重ねて。二ツ星神器重ね技"暗黒幻影獣ボンゴボンゴ"……なんちゃって」
ギョッとした様子の箒に、虚ろにこちらを見つめる貴族様。
「さて。誤解を解きたい。貴族様、箒は転生者じゃない。彼女の幼馴染で、そして転生者である、この私が保証する。不器用でまっすぐな、つまり愚直な年相応の女の子だ。まっすぐが故に思い込みが激しい部分があるから今回のような誤解が起きたが。原因は私だ」
目に宿る暗さは消えない。
表情の影はさらに深さを増した。
けれど、
「ええ。そうですわね。そうでしたわね。ハンバーガーを出せるだけの一般人さん。……結局。そうなるのですね」
そう呟いて、私に向かってボソリと何か呟くと、浴槽に浸かっていた両足をそのままに、そのまま歩いて出て行った。
ガタン。とドアが閉まると思わずその場に座り込む。
温かいお湯に浸かっているはずなのに、背筋の震えが止まらない。
彼女は箒を殺そうとしていた。いや、転生者を殺そうとしていた。一切の迷いなく。あの刃で滅多付きにするつもりだった。生前私を刺し殺した彼の比じゃない殺意。一体彼女は何者だ?
ふと気がつけば、黒く染まっていた床は元の青いタイルに戻っている。そして一部が赤く…………箒!
「大丈夫かっ!」
バシャっとお湯をはねのけて箒のもとに駆け寄る。寄ろうとして立ち止まった。
右腕に二箇所、右足左足に一箇所ずつ。左腕は壁に寄りかかっているので見えないが血が流れている様子から察するに怪我をしているはずだ。すぐにでも近寄って引きずってでも保健室に連れて行きたいが、ゆらりと立ち上る影がそれを邪魔をする。
「やはり、見えているのか」
影の手前で立ち止まってみれば、固く重い箒の声。
影が何かを突き付けている。
……これは猟銃?
「…………これは?」
「教えると思うか?」
つまり。
「寄るな転生者。全部仕込みか。あの時からずっと。…………信じていたのに」
彼女は私と敵対している。
「手負いだからとなめるなよ。"幽波紋"は精神の力。私の心は今怒りに煮えたぎっている。悲しみに震えている!」
のそりと、壁から離れ怪我をした両の足で立ち上がる。
フラつく体とは裏腹に、闘志を燃やす瞳に思わず下がる。
「待って。何を言っているのか分からないし、そもそも私は戦うつもりも「ない、と?」……ええ。」
「…………。"銀の戦車"ッッ!!」
「………??……!」
気がつけば、銀の針が顔の隣を通り過ぎていた。
頬が裂け、一条の血が落ちる。
触れてわかった。これは甲冑を着た騎士だ。
形を持った精神だ。
ああ。これは、
先輩のと同じものだ。
思わず飛び退いた私を変わらず睨みつける箒に言葉を失う。
「もう私に近寄るな。失せろ。」
「なっ。ほ「失せろっ!ゾンビがっ!」っ!!」
気がつけば、取るもの取らず部屋に向けて走っていた。
神器も能力も使って全力で。
待ち望んだベッドは固く冷たく私を迎えた。
まだ濡れた髪もそのままに。枕を抱いて目とつむった。
翌日風邪をひいた。
朝から晩まで寝ていた私は結局貴族様と昼を食べることなく、日曜日も一日寝ていた。
丸二日寝るだけの生活ができたのだ、
これを平穏と言わずして何が平穏となるのか。
だから私はこの二日に満足しなければならない。
満足しなければ。