今にして思えば、多分りんちゃんが来たから貴族様は私を囲いに閉じ込めたんだろう。
私を起こして、縛って、閉じ込めて、素知らぬ顔で追い返そうとしたんだろう。
けれど、あの時の私はそんなこと、というかすぐそこにりんちゃんがいるのを気にも留めずに全能力をもって貴族様とぶつかった。
まあだから、この程度で済んだのは良かったの違いない。
頭に角を幻視させる気迫で、嵐の前触れのごとく怒る織斑先生を見ながらそう思った。
満面の笑みを浮かべる貴族様。
多分私も晴れ晴れしい笑みを浮かべていたはず。
部屋に満ちたどす黒い血に立つ彼女は右手から滴る血を一振りの大剣に変える。床に満ちた血はドアを塗り固め壁へと変わる。
「……堂に入ってる。その細腕ですごいね貴族様」
「あなた程ではありませんわよ。随分狂気に沈んでいたと思いましたのに。もう振り切ったご様子で。羨ましいわ」
「クラスの子達も、貴族様が?」
「私ではありません。いえ。そうかもしれないですわね。意図したものではないですけど、私はどうも、狂いすぎてるみたいですので」
笑顔のまま大剣を振り下ろす貴族様。
あまりの前兆のなさに受けそこない、左手の"快刀乱麻"が弾かれる。
「っぐぅ!!」
「狂気は伝染する。家族もみんな狂ってしまいましたわ。母は私を解体しようとしましたし、父は何もかもを捨てようと「"威風「タネは割れてますわ」
「っぁ!」
腕の神器"威風堂々"に変わろうとした"快刀乱麻"が弾かれる。
姿を変えきれなかった"快刀乱麻"は扇子に戻って床に落ちる。
そして間髪入れずに蹴り飛ばされて受け身も取れずに壁にぶつかる。
頭をぶつけたのか、ぐらぐら揺れる地面に倒れ臥す私を笑いながら彼女は扇子を踏みつけて、話を続ける。
「あなたの力。何かしらを召喚する力。右手で触れたものを媒介にしているのかしら。お風呂ではタオル。今は扇子。既に動かない右手を酷使してまで、そんなに力を使いたいのかしら?転生者の考えることはわかりませんわね。……私がわからないのなら普通なのかしら?ああ。なら母も父も普通だったのかしら。きっとそうに違いありませんわ!私を改造した母も!逃げ出そうとした父も!きっと!普通に「いい、ね。もっ、と話して、よ」あら。まだ元気ですのね。細身な割にタフですこと」
扇子は貴族様の足元に転がっている。
壁を背に立ち上がろうとして、足を滑らせ倒れながら貴族様に言葉を続ける。
「普通か、否、か。ふぅ。どうでもいい。私が、聞きたいのは、貴族様が、箒が、私を拒む理由。そこだけだ。殺したいくらい憎いなら、私を"納得"させてみろ。その上で殺してみろ。それまでは意地でも死んでやるもんか」
「……殺してみろだなんて。随分な物言いですこと」
私は別に殺したいわけじゃありませんわ。
そう言いながら大剣を振り下ろす。
予兆なく、ぬらりと。頭めがけて振り下ろされる。
貴族様は勘違いをしている。
神器の発動条件は右手で触れることじゃない。
神器の発動条件は生物化したものだ。
そして転がった扇は神器化はとけていても、生物化はとけていない!
つまり。
「"威風堂々"」
踏みつけられた扇がバッタのように跳ね、その姿を変じる。
二ツ星神器
腕の神器
"威風堂々"
筋肉がそのまま露出しているような、赤黒い腕。
突如として現れた腕は椅子、ベッドを弾き飛ばして現れた巨腕は貴族様を掴み取ろうと掌を広げる。
対して貴族様は現れた巨腕に迷うことなく大剣で切りつけるが、微動だにすることのない"威風堂々"にますます笑みを深めると距離を取る。
まるで威嚇するように手をニギニギと閉じては開いてを繰り返す"威風堂々"の陰から血濡れの私は声をかける。
「武術か異能か。それはさておいて。貴族様のそれ。なんとなくわかってきた」
狭い部屋で巨大な腕を攻めあぐねているのか、貴族様から返答はない。この膠着状態の中で打開策がでなければ私の明日はグラムいくらのバラ肉だ。
考えろ。私は葦でしかないんだから。
前兆のない攻撃。これに関して結論は出ている。
鍛錬の結果か、そういう体質か、ありえないほどの関節の可動域か、考えられない強度の靭性か、単純にそういう異能か。種は不明。
結論手の打ちようがない。
だとすれば、こちらの勝ち筋を押し付けるしかない。
私ができて、おそらく相手ができないだろうことで後手に回す。
箒との一悶着を思い出せ、先ほどの斬撃を思い出せ。
攻撃力は恐らく人を両断できる程度。
神器を破壊する程の出力ではない。
"威風堂々"は壊れていない。
"快刀乱麻"で両断出来た。
だが前兆のない攻撃ゆえに不意打たれればその時点でおしまい。
攻撃をさせない動きが必要。
血の針による遠隔攻撃は恐らくない。
なぜならこの部屋は既に血の海だ。
できるのなら、あるいはやる気なら既に私は穴だらけになっていないとおかしい。
固形化できる量に限りがあるのか、条件が不足しているのかは不明だが今こうしている以上考えても仕方ない。保留。
対物理防御は高いかもしれない。箒のテレキネシスがどの程度の強度か不明だが、頭から勢いよく桶の山に突っ込んでも大事なさそうに動けていた。血の操作。武器と成せる。針状になって人を貫通した。"威風堂々"にぶつけても刃こぼれしないほどの強度。"快刀乱麻"で切断は可能だった。部屋を覆っているところを考えれば、下手すればいくらでも作り出せる可能性があるかもしれない。
"旅人"で遮断。
遠隔で操作可能であれば外から破壊される可能性あり。遠隔主体にスタイルを切り替えられれば手も足もでず負ける可能性が高い。却下。
"鉄"、"唯我独尊"、"百鬼夜行"等による奇襲。
物理防御の高さが不明、周りを巻き込んで破壊した場合怪我人死人が出かけない。却下。
"無生物"を"生物"に変える力による拘束。
何を変える?そもそも神器を解いた時点で膠着状態はなくなる。右手から武装を召喚する異能だと勘違いしている今拘束はできる可能性が大。……却下。思い出せ。手首から大剣を生成していた。体から刃を、血を出せるなら、この部屋にあるもので拘束できたとして、たやすく拘束を外せるはずだ。
「ああ。右手で触れたものを媒体にして召喚解除、再召喚も可能なのかしら。ハンバーガーを出すだけなんて、よく言えたものですわね」
声が聞こえる。
準備が整って気をそらすためか、準備を整えるための時間稼ぎか。
"ハンバーガー"に"倍"を加える力。
何ができる。何を倍に……。
「そんなのはおまけさ。私の要望は、丈夫な体、食うに困らない。ちょっとしたファンタジー。その三つだったんだから。まさかこんな殺意増し増しなことになるとは思ってなかったんだ。というか普通に生活しててこんなもの使わないしね」
「あら。お風呂で使われた時は随分使い慣れたようでしたけれど」
声音は変わらない、恐らく表情も相変わらずの満面の笑みだろう。
何ができる?
どうすれば勝ちだ?
「こんな力使いこなせなきゃ人死が出かねない。田舎の山でそりゃあ真面目に練習したさ」
「その真面目さで、私の起こされないくらいには早起きして欲しいですわ」
勝ち?
勝ち負けだって?
私はどうしたい?
「最近はどっかの誰かさんが拗ねて起こしてくれなかったから、1人で寝起きしてたけどね」
ああ。そうか。
前提が違う。
戦う必要はない。
言葉をかわすための時間稼ぎができればいいんだ。
「この1ヶ月弱。寂しかったよ。幼馴染は射殺さんばかりに睨んでくるし、ルームメイトは私がいないかのように振舞ってるし。せっかくの高校生活が新聞紙並みにモノクロだった」
「転生者にも人並みの感情をお持ちなのね」
「ああ。貴族様には大変不愉快だろうけどね」
"威風堂々"をとく。
ぽちゃんと血の海に落ちた扇は生物化すらさせていない。
笑顔がやや崩れた貴族様にしてやったりと笑顔を返しながら言葉を続ける。
「けれど、人並み以下な部分もあった。残念ながらね。平穏であればそれでもいいと思って、そう結論を出そうともしてた。けど、1人でそうやって自己完結してたから生を投げ出したんだと、刺し殺されたのだと思ってね。"納得"すべきだと。そう、ただ一つ。"納得"がしたい。そのために行動すべきだと。貴族様が私に何を思ってこうしたのか。それをわかれば、それでいい」
「狂人の言い訳に興味がありますの?」
「ああ。あるね。生憎読心の異能は持ってないんだ。言ってくれなきゃわからない。狂人だったら、なおのこと」
"納得"させてくれ。貴族様。
「……」
「改造。と言ったね。この血のこと?」
「……」
「転生者が絡んでいる。いや、転生者が改造をした?転生者への復讐のために改造を受けた?」
「……」
崩れた笑顔は既に満面の笑みに戻っている。
大剣を構えた彼女は変わらない笑顔を私に向けている。
反応はない。
彼女の言葉なしに"納得"はありえない。
思い出さなければいけない。
わずか一週間足らずの彼女との生活を。
彼女は何を望み、どうあろうとした?
自在に動く血液。
何にでも変じられる血液。
最初から私がそうであるとは知っていた。
いつでも殺せる機会はあったはずだ。
けれど生きている。
だが殺そうと動いている。
……いや、違う。また間違えた。思索だけでは届かない。
考えたってわからない。わかるわけがない。
思い出せ。案ずるより産むが易し。行動せよ。
……逆転させよう。
「私の話をしよう。君が思うところのある。転生者の話。聞きたくなくても聞いてくれ。それまでは……」
聞いてくれるまで、死んでも殺されるもんか。
反応はない。
陰った瞳が私を写すだけ。
「昔気質な頑固親父と昔はちょっとしたものだったらしい母の元に生まれる。生まれは日本。北のほう。S県M市の杜王町。特筆すべきこともなく学校を終え、地元ではそれなりに有名なカメユウ商事に入社。期待もされ今でも尊敬している先輩の部下になり、順当に出世。私生活では特筆すべきことはなし。そして転機となるのは。神と名乗る存在との遭遇」
陰った瞳が動いた気がする。
そう思いたいだけかもしれない。
「その神曰く、私には平穏に過ごせる才能があるそうだ。そしてその才能を欲しがった神は才能と交換でいくつか望みを叶えてくれるという。条件としては転生がつくと。そう言う話だ」
ややこちらを向いた気がする。
そう思いたいだけかもしれない。
「そこで魔がさした。その誘いに乗ってしまった。ああ。嫌悪されるべき選択と言われても反論できない。だって、これまでの人生を価値がないものだと自認したも同じだ。自殺より殺人より罪深いと言ってもいい」
表情に動きがあった気がする。
そう思いたいだけかもしれない。
「私は、人生を。……投げ出した」
心が動いている。
そう思いたいだけだ。
「そして、愚かにも生を受け。無様に成長し、そして君に出会った」
何かを言おうとしている気がする。
そう思いたいだけだ。
「平穏無事な穏やかな生活。確かに私は好きだった。満足していた。満ち足りていた!けれど。残ったのは私だけ。後世に何かを残すことなく、時とともに風化して消えるだけ。夢も野望もない立ち止まり時の流れを感じるだけ。何の価値もない人生だった。何も残らぬ、何も目指さぬ無価値な生だ」
そう思っていただけかもしれない。
「けれど、私は変われるはずだ。何かを望み、何かを残す人間になれるはずだ」
そう思いたいだけかもしれない。
「だから、魔がさした。新たな生を望み、結果として恨まれて死んだ。恨みを残せただけまだマシとも言えるが。何かを目指したわけでもない。それでは到底"納得"できない」
そう思っている。
「私は満足して死にたい。"納得"して生ききりたい。貴族様。君は一体何を望み、なぜ私を憎むんだい?」
それで納得できるなら、殺されたって満足できるかもしれない。
恨み以上が残せれば御の字だ。
「…………」
ああ。けどこれは自己満足か。
勝手に思いを押し付けて。わかってもらうつもりで何を言おうが結局彼女には届かない。
だって結局。私は何も残せないんだから。
「………」
けれど、それでも。
未熟な私にはこの程度のことしかできない。
あとは、待つのみ。
「私の望み。ですか」
「ああ。転生者を、……」
殺したいのかい?
それはなぜ?
復讐?嫌悪?忌避?
言葉を重ねようとして、黙る。
待つべきだ。
いや。時間を稼ぐべきだ。
いや。すでに言葉は尽くした。
殺されてはたまらないけれど、待つべきだ。
まだ口は回る、けど私の思いはすでに伝えた。
彼女は逡巡している。
きっと思いを口にしてくれる。
そう思いたいだけかもしれない。
ほら。口が開いた。きっと思いを伝えてくれる。
たとえそれが死刑執行の言葉だとしても。
そうに違いない。
そうであってほしい。
「私は生きなければなりません。私は、オルコット家長女として、逃げ出してはなりません。未来を選ばなければいけない」
再確認するような、気負うことなく口から出てきた言葉。
そこに感情の色は見えず、妄執も狂気も感じられない。
けれど、だからこそ。
きっとこれは。
彼女の心そのものだ。
そう思いたいだけかもしれない。
「そ。じゃあ。……生きるために、選ぶために、私は、不要?貴族様の、未来に私は邪魔?だから?」
「……」
ああ。口を出してしまった。
けど、それでも言わずにはいられない。
友達からの拒絶がこんなに辛いなんて。
「私は、あの時嬉しかったんだ。君に見惚れた。布団を剥いで仁王立ちしていた君は。私の頬に手を添えて、私はここにいるのだといった君を!君は一歩踏み出してみせた。転生者だと知って、よく思っていない、憎んですらいたにも関わらず。私に手を差し伸べてみせた。一歩踏み込んでみせた!馬鹿馬鹿しいと笑いながら!震えながら!頬に添えられた君の手に!!」
あの瞬間君は私に希望を見せてくれた。
人は変われるんだって。
男だったら惚れてたね。
「セシリア。僕にとって君はもう友達なんだ。だから」
不要だなんて言わないでほしい。
言葉に詰まって、口から出たかどうかわからない。
涙ぐんで言葉に詰まるだなんて情けなくて悔しくて、顔を伏せて歯をくいしばる私の頭に優しげに手が乗せられる。
「ああ。……転生者に狂人。割れ鍋に綴じ蓋ですわね。……部屋汚してしまってごめんなさいな。いつかの約束。明日昼食にでも……」
そう言って、貴族様が上から降ってくる。
形を失った大剣はどろりと溶けて消えて無くなる。
「ごめん」
潰されながら受け止めて。
抱きとめきって声をかける。
既に気を失っているらしい彼女に届いたか否かは些細な問題だ。
多分、私の言葉は届いた。
押し付けがましかっただろうけど、それでもきっと届いてくれた。
彼女のことは理解しきれなかったし、彼女が譲ってくれたんだろうけれど、彼女の抱えたものの得体の知れなさは"納得"できた。
それ以上の価値はない。
願わくは、友人の助けになれんことを。
「満足したか」
脱力しきった友人の向こうから、冷え切った声が飛んでくる。
目を向けてみれば、これ以上ないほどに怒っているだろうスーツ姿の女性が仁王立ちしていた。
「はい」
「……そうか。……覚悟はできているだろうな」
「はい。織斑先生。止めずに待っていてくださって、ありがとうございます」
「……まずは部屋を片付けろ。説教はその後だ」
「え。説教?」
「なんだ。不満か?」
説教?事情を知っているらしい人間が説教だけで済ませるのか?謹慎どころか、放校処分までありえるんじゃ。
「ふん。高々学生の喧嘩程度で何を心配しているのか知らんが、お前も私の生徒だ。説教を免れると思うなよ。明日は覚悟しておけ。朝礼前には片付けを終わらせて寮長室にくるように」
そう言って踵を返す織村先生はドア越しに見てたりんちゃんをヘッドロックしながら引きずっていく。痛い痛いと騒ぐりんちゃんに黙祷と感謝を捧げながら、とにかく片付けを始めようと右腕に包帯を巻き直して、貴族様をベッドに寝かせた。
明日は平穏とは程遠い一日になりそうだけれど、不思議と悪い気はしなかった。
さぁて。まずは血濡れの床の掃除からだ。
ああ全く汚しやがって、今日は眠れないに違いない!