バカは死んでも治らない   作:さっさかっぱー

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十五話 模擬戦

朝。

 

完全に寝不足である。

貴族様との大喧嘩。

朝早くからの生活指導にくわえて、りんちゃんとの夜遅くまでのお話。

二日合わせて睡眠時間驚異の4時間。

 

……あれ。意外と寝てるな。

前世はともかく、前々世では一日一時間睡眠の繁忙期を毎年のようにこなしていた気がする。

……いや。思い違いだ。記憶は美化されるし誇張される。今より体力のないあの頃でそんな活動できるもんか。しっかり働けてたぶんしっかり寝ていられたはずだ。"平穏の才"があったんだ。そんなのは思い違いに違いない。そうに違いない。あんな残業が平穏にカウントされてしまう労働環境が先進国日本にあるはずないじゃないか。だから思い出すのはやめよう。

 

購買で買ったエナジードリンクを飲みながら森先生の朝礼を聞く。目は冴えるが、どこかぼんやりしてしまう。先生が何を言っているのか理解するのにラグがある。どうやら模擬戦の日時が決まったらしい。今週末の三限目の実技の授業でやるとのこと。場所は第三アリーナ。私とりんちゃんは二限目を免除された上で事前準備をさせてもらえるんだとか。

 

 

…………え?

 

 

 

あっという間の週末。

 

クラス代表戦のための模擬戦と銘打たれていても、私にとっては本番である。

なにせ勝ち目がない。

今後舞台に上がることは間違い無くないんだから。

 

取りたくもない刀を持って、物騒な銃火器の仕様を確認して。

今日乗るISの型番を見てほくそ笑む。

 

貴族様の助けがあっても、なんとか飛んで動くくらいしかモノにできなかった。なんせ特訓時間を入れても起動時間は累計三十時間足らず。代表候補生に質の悪いマトを提供する程度のことしかできなさそうだ。

 

一通り確認を済ませてアリーナに出てみれば満面の笑みを浮かべたりんちゃんが物騒なもの(青龍刀)片手に待っていた。

 

「……久しぶりね。元気そうでよかったわ」

「クラスで毎日会ってたじゃないか」

「遊べなくて退屈だったし」

「よく言う」

 

気力も体力も十二分にたぎらせている彼女は訓練の時間を詰め込みに詰め込んでいたことは知っている。フルに詰め込んだはずの私よりアリーナに入り浸っていたのだから相当だ。

 

「ま。セシリアに任せてよかったわ。詰め込みの体育会系じゃ、私が手を出すまでもなく寝不足で落ちそうだし」

「……問題は詰め込みの理系だったことなんだけどね」

 

思わず溢れた小さなぼやきも、それを耳にしたであろうりんちゃんの怪訝な表情も、ISのハイパーセンサーは余すところなく拾い上げる。

 

 

模擬戦に向けて距離を置こうと言い出したのはりんちゃん。

教えることも、操縦も、私がやるとフェアじゃないし。と貴族様に後のことを任せてそれっきり。

どんな話し合いがされたのか、部屋に戻れば一週間に及ぶみっちりした基礎訓練スケジュールを片手に貴族様がウキウキしながら待っていた。

箒との諸々を解決したいから明日からと切り出したが、気がつけば時間をおいて解決する方向で納得させられ、基礎訓練の量が倍になっていた。

英国貴族は英才教育が凄まじいらしい。貴族様の交渉能力がすごい。前世の経験からすれば、どこの会社でもトップセーラーになること間違いない。竿掛けてもいい。

 

妥協点として話し合いの席を貴族様経由で設けてもらうことになり、一週間の基礎訓練が開始された。

 

けれど残念なことに一週間でモノになったのは移動だとか姿勢制御くらいのものである。刀の扱いは下の下。地に足つけてもまともに振れないのに飛んでできようはずもない。銃の扱いはなんとか中の下。止まった的に向かってであれば百発百中。ISのハイパーセンサー様様である。

問題は避ける側にもハイパーセンサーが付いていることで、貴族様どころか善意で協力してくれた先輩にも銃弾が当たらない。ISのハイパーセンサー凄すぎである。まさか弾を見て動けるレベルとは思わなんだ。素人の私でさえ避けられるんだもの。

 

飛行と射撃を両立できる程度に動けるようになったところで、代表候補生相手との戦闘を考えれば焼け石に水である。というか何故年頃の女学生集めて対抗戦をさせる種目が殺し合いの真似事なのか。上手く使えば国一つ火達磨にしかねない兵器を女学生に渡して今から殴り合いを始めてもらいますとは、最高にクールな指導方針である。

所謂戦闘行為が総合的な能力を見られるなんてお題目が通っているらしいが私としてはもっと道徳と倫理を優先して欲しい。

 

とまぁ。初めてISに乗るまでは模擬戦を酷く倦厭していた。

 

現実逃避気味に世の首脳やらIS委員会なんて怪しげな組織に呪詛を吐くが。りんちゃんの満面の笑みを見ていると自分の価値観が信用できなくなる。

 

「りんちゃんが元気そうでよかったよ。私はどうもこういうのに慣れてなくてね」

「またまた。結構飛び方堂に入ってるわよ」

「空間"把握"に"バランス感覚"はね。免許皆伝しちゃった。まさかこの一週間でモノにできるとは思ってなかったけど。嬉しい誤算だ」

「そうね。嬉しい誤算だわ。私も危なっかしい羽虫落とすより、ヒュンヒュン飛ぶ燕落とす方が楽しいわ」

「お望みなら翼でも生やそうか?」

「あら。あんたに翼なんて似合わないんじゃない?セシリアみたいに金髪のくるくるロングじゃないと。あんたが生やしたら天使より烏天狗って感じ」

「あやや。随分な物言いだね。そんなに私って暗い?笑顔を心がけてはいるんだけど」

「その能面みたいな笑顔のこと?やめてよね。セシリアといる時くらい自然じゃないと笑顔なんて言わないわよ」

「能面の表情も味わい深いと思うんだけど」

 

りんちゃんの背丈以上の青龍刀を担ぎながら私より上空から見下ろす彼女。

彼女の声はもう聞いた。

既に"納得"は済ませている。

なんなら負けてもいいけれど、私にも闘わなければいけない理由がある。

 

「理由つけて棄権すると思ってたわ」

「理由がなければここにいちゃいけない?」

「理由がなければ闘わないでしょ。あんた」

「精々一週間で随分と私を知ったふうに言うね。さては私のファンかい」

「バカ言ってんじゃないわよ。友達のことくらいわかるわよ」

「光栄だね。恐悦至極」

「……。ラッキーだったわ。セシリアに教師の才能があったなんて」

「貴族様?」

「セシリアが上手くモチベーションをあげたんだと思ったんだけど」

「ああ。理由の話か。貴族様はあまり関係ない。シンパシー、かな。陳腐な同情と言っていい。かくあるべき、と自認しているものに一歩踏み出して欲しかった。それだけ」

 

だから。と右手に銃を、左手に刀を。

銃はブラフで刀もたいして使えない。

 

勝算は皆無。

そう証明された。

 

理詰めで、統計で、確率で。

私が理解できる全ての方法で証明を突きつけられた。

 

だからこそ。

 

「悪いけど、落とす気で行く。精々優しくコテンパンにしてね」

「ほんと嬉しい誤算だわ。やる気がある方が楽しいもの。それに私まだ女友達と喧嘩したことないのよね」

 

ああ。

全く。

知り合って一番の笑顔じゃないか。

 

「じゃあ、そら。行くわよ」

「おうともさ、りんちゃん。仲良く正しく喧嘩しよう」

「ええ。仲良く元気に。殴り合いね!」

 

直後驚くほど重たい斬撃が振り下ろされ、なんとか防御が間に合うも、受け切れず地面に突っ込んだ。

彼我の距離が突然消えたかと思う速度。

ハイパーセンサーに感謝。

まさかアクション映画よろしくで青龍刀とチャンバラするとは思わなんだ。

 

たった一度。

りんちゃんの一撃だけでわかる。

勝ち目はない。

重たい一撃をいなす技術はないし、あんな速度避けるのに精一杯だ。

負けない努力でお茶を濁すしかない。

 

神器のスペック差を用いなければ私なんて所詮その程度。

生物化と倍加で数の優位を作らなきゃ、勝ちの目も生まれない。

 

何処かの誰かが計算した通り。

勝つ努力が身を結ぶ未来が見えない。

 

そう。

だからこそ。

 

一矢報いねばいけない。

たとえ、その可能性がなくたって、行動のもと未来が生まれる可能性が皆無じゃないのだと。生物は変われるのだと。

きっと、いまは、コレでしか伝えられないだろうから。

 

因果なものを作るね、篠ノ之束博士。

 

 

怒濤。

息つく間もなく。

苛烈な。

 

修飾語句が足りない。

いっそシンプルに激しいと表現するしかない攻撃が繰り出される。

受ける技術なんて持っていない私からすれば避けるだけで精一杯。距離をとることすら許さない立ち回りに容赦の無い振り回し。

知識のない私にすらわかるほど洗練されている連撃。箒がやっていた素振りとは違う、振り続けることを前提とした踊りのような攻撃。側から観戦するだけなら激しさより美しさが優っていたかもしれないが、分厚い鉄板が顔スレスレを通り過ぎれば感心する余裕なんてなくなる。

 

「その刀は!飾り!かしら!避けるだけじゃ!勝てないわよ!」

 

アリーナは有限。前方はりんちゃんが振るう青龍刀の嵐。横に逃げようものならこれ幸いと蹴りが飛んでくるのが目に見える。このままだと追い詰められるのは目に見えている。けれど、打開策はなし。彼女の制空圏上を通らねば、上にも下にも行けやしない。無策に突っ込めばタコ殴りされるのは見えている。

 

打開策が必要だ。

そして当然、策はある。

手も足も出ない。その結果を覆せ。

 

一瞬。そう一瞬あればいい。

噂の遠距離攻撃は今回に限って彼女が使うはずがない。

他ならぬ彼女がそう言っていた。

行動しろ。命に可能性を提示しなければならない。

 

最終目標は一矢報いる。

どうすればいい?

彼女に勝利はできない。性格性能経験どれを取っても勝てる状況は整えられない。

前提は敗北か?

敗北を前提として、どう一矢報いる。何をすれば一矢報いたことになる?

そもそも誰に一矢報いる?

決まっている。諦めている自分に。そう言った命に。

かくあれかしと定められた運命に。

 

敗北を前提に"渾身"の一撃を叩き込め。

 

勝算などなくとも、勝気でちっちゃい友人に目にもの見せてやれ。

 

アラートが鳴る。

背後も頭上も、既に逃げ場はない。

可愛らしい顔が勝ったとばかりに力強く歪む。

とうとう背を壁にぶつけて、恐ろしい威力を孕んだ青龍刀が迫ってきている。

 

けどね。りんちゃん。

勝ち誇った時、既に君は敗北している。

勝利を持って行けるほど、技術も能力もなくても、一矢報いさせてもらう。

 

歯を食いしばって衝撃に耐える。

絶対防御があったところで痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。

 

けれどここでなら。

重たい一撃でも、激しい一撃でも、吹き飛ばされて距離を置かれることはない。

壁と青龍刀に挟まれた今なら。

この瞬間でしか私の"渾身"の一撃は届かない。

 

りんちゃんは、二撃目には移れない。

私に食い込んでいる刃は既に私が抱き込んでいる。

 

足を壁に。両足を沿えろ。

思いっきり蹴り出せ。

刃を抱えている手を動かせ。

愛しい人を抱き込むよう両肩に添える。

 

ガチン。

と。

 

金属がぶつかり合う異音がアリーナに響き渡る。

遅れて、ガラン。と。床に落ちた青龍刀が音を立てる。

 

飛び膝蹴り。

それも殺意溢れる顔面への攻撃。

十中八九これでは終わらない。

天界人として一般人とはかけ離れた身体能力であっても、ISの加速を利用した一撃であっても、壁を蹴り出した反動を利用できたとしても。

 

だが、今出せる最大の一撃。

 

「君の計算を上回れたかい?」

 

武術を習ったわけでもない私にはこの状態からの連撃なんてできようはずがないが、この気を逃せばほぼゼロな勝算はゼロとなるのは間違いない。

頭に抱きつく形になっている両手に再度刀と銃を取り、技術も心得もなく乱打に乱射。確かに手応えがあって、撃ち尽くせば、五分に持っていける確信が

 

「ええ。全く計算外もいいとこよ。コレ。使うつもりなんてなかったのに」

 

露と消えた。

 

背後から、気配なく答えが返ってきて、自分が声を出していたのだと気づく。

 

ハイパーセンサーは注視していた。

センサーが表示しているシールドエネルギーは、先ほどの乱射乱打が、確かに届いていたことを示している。

 

一体どうやって背後へ移った。

今の今まで確かに攻撃は当たっていたはずだ。

 

先ほどとは異なり、隙間から発光しているような肩部のユニットを示す彼女。ハイパーセンサーはさらに笑みを深めている彼女の表情と頬を落ちる汗の一粒さえ見逃さない。

 

「影へ舞い込む。意識の影を掻い潜る。人呼んで影舞踊、なんて。けどね。嬉しいわ。やっぱり友達って対等じゃないと。一方的になぶるなんて趣味じゃないし。まさか避け切った上に受けて返されるなんて。そら。次はどんなことしてくれる?どんな策がある?さあ!行くわよ!これで終わりなんて言わないでよ!!」

 

ごめんりんちゃんこれでおわりです。

 

見えぬ弾丸の雨になすすべなく。

蹂躙された末、勝者はあっさりとりんちゃんに決まった。

 

 

「はい。2人ともお疲れ様でした。ということで、クラス対抗戦への出場者は鳳鈴音さんに決定です!」

 

パチパチパチパチ。とそれなりにしっかりした拍手がクラス中から起きる。小さな体で目一杯胸張って勝ち誇る彼女は随分と可愛らしい。

 

「では鳳さん対抗戦頑張って!あと一応今の時間は実技の授業なので、きちんとレポートは提出してもらうからね。来週のこの時間までに私宛に提出してください」

 

はーい。と元気よく返事するクラスメイトたちの様子はこの模擬戦を起こした騒動の時とは雲泥の差だ。

 

ない胸張って勝ち誇る様子は確かに可愛らしいが、勝算のない模擬戦だったとはいえ負けるのは悔しい。この鬱憤はからかって解消するとしよう。

 

「さて。ではこの流れで対抗戦のスケジュールと集合場所のアナウンスに移ります。当日は朝からアリーナにこもりっぱなしなので教室じゃなくてアリーナへ直接いってもらいます。座席は__」

 

どうせれば勝てたかな。

……まずは基礎練習を重ねないと。

 

その日。授業を終え、ささやかな残念会を貴族様とやった夜。

久しぶりに枕を高くして寝られた日。

 

ふと。目が覚めた。

これまでの人生で一番の目覚めと言っていいほどの爽快な目覚め。

だが夜中である。

 

激動とも言える一週間を終えてようやくゆっくりと眠れるタイミングだというのに。

貴族様のシゴキは終わった。

りんちゃんとの模擬戦に頭を悩ますこともない。

唯一の不安の種である箒との諸々は貴族様によって日取りも決まった。

不安はあれど、ひさびさに枕を高くして寝られる日。

 

目覚めの爽快さはやがてどんよりした嫌悪感に変わる。

 

窓から覗く満月に、窓に映った私の顔が映り込む。

気持ち悪い。

 

たまにあるのだ。

気がつけば心地よい微睡みが去って、妄想、それもタチの悪い、が居座って眠気を寄せ付けない時が。

貴族様を起こさないよう。そっと身を起こしてカーテンをくぐる。

窓越しに見る月を眺めながら、小さくため息をつく。

どうやら今日はもう眠れそうにない。

 

窓から月が見えなくなるまで、月に映り込んだ自分と見つめ合った。

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