三度目。
考えもしなかったが、二度目で終わりということではなかったらしい。神(自称)に力を授けられ槍に貫かれて人間に輪廻転成とはもう何の宗教だかわからない。
思いもしなかった三度目の生に動揺する。
二度目とはいえ未だ慣れない前世を思い出す感覚に頭を振りながら、今世の状況と前世との感覚をすり合わせる。
今は昼で周りは子供ばかり。
自分の記憶を辿れば小学校の2年生と言ったところか。
黒板をみればプロジェクターに映し出されたリンゴを三人の子供が取り合う光景を包丁を持った女性が困り顔で見ているイラストが写っている。スクリーンが汚れているのか曲がっているのか女性の顔に影ができているせいで、妙に猟奇的なシーンに見えてしまう。
ああ。
確か前回もこんな感じだった。
前世が今世に馴染む感覚。
自分と自分が混在して、ゆっくりと混ざり同一になる感覚。
気持ち悪いが、どこか愉快な、呼吸を我慢しながら水面を目指しているような、そんな感覚。
三度目の割り算の授業を終え、感覚の余韻に浸りながらぼーっとしていたら隣の席の子に袖を引かれた。どうも給食当番だったらしい。
懐かしいランドセルをみれば、側面に給食セットと書かれた袋が吊るされている。
「ん?」
違和感を覚えた。奇妙な違和感。
まるでボタンを掛け違ったような違和感。ドリアを頼んだはずなのにグラタンが出てきたみたいな。キャベツと間違えてレタスを茹でてしまったような。
エプロンを身につけて給食帽をかぶりながら違和感を辿って視線を右往左往。
そして違和感の元にたどり着いて、ゆっくりと股間を弄ってみて。
私は意識を失った。
学校教育に求められる水準が著しく高くなっている昨今、生徒が教室で意識を失えばどうなるか。
答え。担任の首が飛ぶ。
翌日に担任がいなくなったと聞いて驚きました。そりゃもう。
穏やかで優しそうな気のいいお兄さん風の担任は意地の悪そうな中年のおばさん先生に変わっていた。
私の精神強度がまさか一人の人生を狂わせるとは思いもしない。お世話になっていた先生には大変申し訳ない。
とはいえ許してほしい。
男だと思いながら赤いランドセルを見て、あるべきものが、計五十年の付き合い(途中でモノは変わったけれど)の竿がなくなったのだから気を失うくらい許してほしい。
先生(元)も竿無くしたら気くらい失うに決まっている。私の竿掛けてもいい。
兎も角。
今世の性別は女性らしい。
名前は松本そら。
昭和を感じるひらがな二文字の名前は、これまでの二つ目の名前よりも馴染むような気がする。性別に馴染みはないが。
まだ年齢一桁にもかかわらず両親とは事故で死別。現在は祖母の元で二人暮らし。我ながら中々に重たい背景の少女だ。
記憶を遡れば、この松本そらという少女一人でいることを好み趣味は昼寝か日向ぼっこ。休日は祖母とともに縁側でお茶と饅頭とお昼寝を楽しむ少女らしい。
何というか、とても親近感がわく。
前世でも前々世でも私の休日はそんなだった気がする。
最も隣に祖母はいなかったし縁側のある家にも住んでいなかったが。
そんな松本そらという少女には一人の友人がいた、いやいる。
日向ぼっこをする傍らでニコニコふわふわとのんびり喋る少女。
何をするでもなくぼーっとするだけの友人関係。
彼女の名は布仏本音。
記憶によればのんびり屋の秀才少女。
私の観察からすればいいとこのお嬢様。
ほんわかなんて擬音を背負っているような少女で、気を失った翌日も朝目があった途端に、とてとてとこちらに駆けてきて一声かけてくれた。
松本そらはいい友人を持っていたらしい。
と、人ごとのようにいうけれど松本そらは間違いなく私である。
前世を思い出しこそすれ、性別がわけわからなくなりこそすれ、私は松本そらであるのだ。
"今世の私は"ということではない。
私は間違いなく松本そらなのだ。◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎やーーーーーであり、松本そらなのだ。
生まれてからの記憶は確かにある。
二桁に及ばない記憶だが、今は亡き両親の愛に育まれ、死別を悼み、祖母とともに生活してきたのは間違いなく私である。
私が私であることの何が問題であるのか。
…………男である自意識には問題しか感じないが。
「んー。そららどうしたのー?」
「んーー。ゎんでもー」
ハンバーガーにパクつきながら公園のベンチで本音と日向ぼっこしながら、とりあえず前世のすり合わせに区切りをつける。
こうなったのは仕方ない。あとはおいおいやってこう。
「営業の心得十二条」「肉を切らせて骨を断つ四の心得」「ぼったくってもぼったくられるな」
高水準の営業成績を築き上げて来たあれらの本を思い出せ。
対症療法的にしのげるもんさ。これまでもそうだったんだから。
「あー。いいなー。はんばーがー」
「んんー。……ん」
「おーくれるの?」
「ん」
「ありがとー」
私の持つハンバーガーにパクつく彼女を眺めて、何とかなるさー精神で懸念事項を放り投げる。
TGとか知らないしマイノリティーとかも知らない。
中学生になるまで男女もないさ。大丈夫大丈夫。はははー。
「そららのはんばーがーおいしー」
「なんてったって神様印だからねー」
一つを二人でペロリと平らげて、いいとこのお嬢さん(推定)にジャンキー代表とも言えるバーガーを食べさせていいものかと首をひねる。
まあ悪いものが入っているわけでもなし、夕飯が食べられなければ本音が怒られるだけかと目を閉じる。
「みすてられたきがする」
普段のとぼけた様子に反して妙に鋭い本音の勘。
一周回って納得しそうになる彼女の勘だが、問題は彼女の鋭さではなく、ムスッと頬を膨らませる幼女である。
ほっぺにはハンバーガーのケチャップが付いていてとても可愛らしい。
主観年齢とか性差とか今生の私は性的錯綜せざるを得ない条件が整い過ぎている気もするが、まだ小学二年生である。この身に恋はまだ遠い。
解決は思春期の私にまる投げるとしよう。
「見捨てるなんて。頬にケチャップが付いたまま帰ると本音が怒られるんじゃないかなーと思っただけ」
そう言いながらティッシュで本音の口元を拭う。
されるがまま拭われる本音を見ながら、やっぱりいいとこのお嬢さんは着替えだのなんだのは人にさせるものだから人に何かされるのをあんまり嫌がらないんだろうかとどうでもいいことを考える。
「えへへー。そらら、お姉ちゃんみたい」
そりゃ内年齢は計50を超えるもの。お姉ちゃんどころかおばあちゃんと言われたって反論できない。……大変不本意ではあるが。せめておじいちゃんでありたかった。
「本音にお姉さんっていたっけ?」
記憶を遡る限り、それらしい人と出会ったことはないはず。
一年半の付き合いで、出会ったことがないのなら中学生以上の年の離れたお姉さんなのだろうか。
「いるよー。ろくねんせー」
年は離れているが小学生らしい。
こんな妹がいれば心配で顔を見にきそうなものだが、やはり学内で姉妹に会うのは気恥ずかしかったりするのだろうか。
もう一口いい?と聞く彼女に、好きなだけどうぞ。と三分の一ほど残ったバーガーを渡すと、わはーと歓声をあげてもしゃもしゃしだした。
……思い返しながらよく考えてみると、本音は本音でしっかりしている。忘れ物したところを見たことがないし、移動教室でもいの一番に動き出す。周りをよく見て動いているし、交友関係もソツなくこなしている。多分クラスで、もしかしたら学年の中でも、一番交友関係が広いのではないだろうか。
思い返せば、こうやって二人で日向ぼっこをするのはたまにで、大半は私一人でボーッとしていることの方が多い。
私が日向でボケーっとハンバーガーにパクついていると、トテトテと近くに来てハンバーガーをねだるか、ポテっと隣に座って舟を漕ぎだす。
営業スキルをフルに使った二度目の自分と比べてみても、異例の交友範囲である。自分の営業スキルなど大したことがないんじゃないかと思ってしまう。
いやいや、彼女のスキルの高さを賞賛すべきで比較して落ち込むようなもんじゃないと自己弁護しながら、私も二度目のように、彼女のようにちょこちょこと動き回るべきかと前世で幾度となく考えたことを再考する。
今世では上手くやるなんて漠然した目標じゃなく、鮮烈で恋い焦がれるような、そんな夢を、私は生きていたんだと納得できるものを探そうとすることに決めている私は、これまでと反して自分のやりたいことをやると決めている。
流されるまま生きてその果てにあるのが無味乾燥な労働か串刺しなら、好き勝手生きてそのまま燃え尽きる方に憧れる。
とは言え、まだ夢も目標もない私は、ただただ日向で頭をひねる。
そんなことでは前進し得ないことを半ば理解しながらも。
変化が必要だ。
死んでも治らなかった性根に、変化が必要だ。
バカにつける薬が必要だ。
考えねばただの葦だ。
とは言え、将来を黙々と考えると性差と内年齢の問題が首を擡げる。
第二次性徴期で内外の差異が均されることを祈るが、万が一の予防策は必要だ。
どのくらいの付き合いになるかは不明だが、この可愛らしい友人にもカミングアウトする必要が出てくるかもしれない。
ただパクつく少女を眺めながら、ただ一人の友人には理解してほしいなとぼんやり祈る。