「ぜったい、仕方ないなんて、思ってなかった」
グチグチと文句を言うなんてのは生産的でないし安寧には程遠い。できる限りそんなことしたくないしそう口にしてしまう状況とは一生関わり合いになりたくないが、それでも口から漏れてしまう。
織斑先生に呼び出された。ごめんね。
そう伝えれば、織斑先生なら仕方ないわねと鷹揚に笑ってみせたりんちゃんは、けれど最初から全力全開のストレス発散モードで暴れてみせた。力を持つだけの素人に為す術などあるはずもなく、彼女のストレス発散に付き合うサンドバックに徹するしかなかった。
空間"把握"に"バランス感覚"に免許皆伝をもらったとは言え上には上がいると言うことか。
見えない砲撃、苛烈な青龍刀。虚実織り交ぜた連打になす術なく。ただ落ちないよう致命となる攻撃以外の防御を諦め、痛みをこらえながら防御に徹する。我ながら防御においてであればこの学園一なんじゃないかと笑い飛ばせるくらいには頑張った。
「あたたた。なんかヒリヒリする気がする」
最後思いっきり吹っ飛ばされて地面に叩きつけられて、アリーナを使用していた他の生徒が引いている中、私を担いでピットまで戻ったりんちゃんはさながら熊か虎である。
食べないよね?と誰かが呟いた声を聞いて思わず笑いそうになったが、むすっとしたりんちゃんの顔が目に入って慌てて笑顔を引っ込めた。
最後は謝りながら立ち去ったりんちゃんを尻目に、思春期は大変だなぁ。と人ごとのように笑って使用したISの整備を始める。
君がいなかったら私はミンチだ。命の恩人感謝永遠に。なんて。声をかけてみても返事なんて返ってくるはずもなく。内部までイジる技術を持たない私は、結局使用した機械の整備を全て上級生に投げることになるのだけれど、とは言え綺麗に拭いてあげるくらいはしたい。
あれだけの猛攻を受けて、凹みどころか傷ひとつない装甲は流石最先端謎SF技術と言わざるを得ないが、それでもアリーナに舞う砂埃でかなり汚れている。意識と機体につながりがないらしいとはいえドロドロに汚れた服を着て欲しくはない。
「あれ。これってもしかして」
どこか見慣れた量産機に、さらに見たことのある型番を見つけて、これが幾度も使ったことのある機械であると悟る。
一度目は受験の際に、そして二度目はりんちゃんとの模擬戦までの一週間。
私と会話した機体だ。
ふと、思い出す。
ISの意識。織斑先生はそう言った。
私の異能に関わることなので、話せたことは誰にも言っていないし、そもそも思い返せば会話と言えるのかも怪しい言葉のやりとり。いや、やりとり以下だ。この子の一方的な話にカチンと来ただけなんだから。
「……やっぱり。生物化できない」
“無生物”を“生物”に変える力。
限定条件は一つ。同時に生物化できるのは一つまで。それだけ。自称神様の取り扱い説明知識でそうなんだから、おそらく間違いはないんだろう。
文字通り生きていないものに仮初めの命を与える力。折り紙のやっこさんにタップダンスを躍らせることもできるし、自らを縛るロープにほどけてもらえることもできる。
あまりに構成が多すぎるものは生物化出来ないが、基本的に例外はない。
つまり、生物化可能な物体が生物化できなかった場合、その物体は生命である。と。そう表現できるものなんだろう。
訓練中、ズルができるかとISを生物化し損ねて貴族様の一撃をモロに食らったことがあった。その時は能力の練度の問題で、つまりは私の意識容量、空を飛んで攻撃を避けながら能力を行使する並列思考、が足りないせいだと思っていた。
結局能力の行使(ズル)はなしで真っ当な訓練をしようとその後能力を使おうなんて思いもしなかったが、その日の訓練を終えて、いつものように装甲を拭いていると、ふと馬鹿げた考えが頭をよぎった。
生物化できないのは、つまり最初から生きてるんだ。なんて。
ISは生きているなんて荒唐無稽すぎて思わずふふっと笑ってしまった。なにせ貴族様の詰め込み教育で疲れてたんだ。箸が転がっても大笑いする精神状況だったし軽い感じでふふって。
そして気がつけば、ISを纏っていて、いつもはセンサーの情報が並んでいるモニターに文字列がズラズラと。
貴族様の詰め込み教育でとうとう精神が病んだのだと思った。
その内容に思わず言い返そうとした私は、けれど何も発することはできず、ISから追い出されて、まるで最初からそうだったように整備室の隅に立っているISの前で転がっていた。
三度目の正直とは行かずサンドバックの革としか使ってあげられなかったことに若干の申し訳なさを抱えながら、もう一度コンタクトできるかなと試してみるが、うんともすんとも言わず、彼女は鈍色の装甲に日光を反射させている。
以前の一回は偶然の産物だったんだろうなぁと思うけれど、普通に話せたはずの人、厳密に言わずとも人ではなく機械だが、人と話せなくなるのは愉快じゃない。箒もそうだし、仲直りできたとは言え貴族様もそうだ。果たしてあの偶然は再現性のあるものだったのだろうか、であれば条件を見つけたいものだけど。
あーでもない。こーでもない。と機械を前にして腕を上げ片手で触り両手で撫で抱きつきぶら下がり発動しない能力をかけたりとやりたい放題の奇行にふけって入ると頭にペットボトルをぶつけられた。
「あた」
「何やってんのよ。心配して損したわ」
冷えたスポーツドリンクが床に転がり、私はISから落ちないように腕部に足を引っ掛けてぶら下がる。
さながら中国雑技団。……果たして今世には存在するのだろうか。
ISからぶら下がったまま上下反転した出口から歩いてくるりんちゃん。タオルにスポーツドリンク。マネジャーと言うより気の利く妹を幻視する。
「ちょっとね。思考錯誤してた」
「一発芸を?やめなさいやめなさい。あなたセンスないから。お笑いならセシリアの方がセンスあるんじゃない?」
失敬な。
「あれはユーモアのセンスがあるってより天然よりなんだろうけど。はい。これ」
りんちゃんはぶら下がる私に床に転がるスポーツドリンクを拾って差し出すと呆れ顔のまま続けた。
「これでも、宴会芸には自信があったんだけど」
「血まみれダンスを芸だって言うんならやめてね。食事全部もどす自信があるから。……。本当に大丈夫そうね」
手を離し足だけでISに引っかかりながら、さながら蛇のように地に足つける私の様子を見て再度呟く。
「この子に守ってもらったしね。大したことないよ。と言うか心配するなら青龍刀ぶん回す前に考えるべきだと思うんだけど」
「それが出来てればもっとお淑やかになってるっつーの」
「その短慮さを活かして彼に告白してくればいいのに」
「短慮って何よ。気風がいいと言いなさい」
それでいいならそう形容するけど、果たして意味わかって言ってるのかな?
「気風の良さで告白でもなんでもしてくりゃいい。世間一般では可愛い部類だよ。君は。靡かない男がどうかしてるね。……ありがとね。感謝しとく。今度缶コーヒーでも奢るよ」
「缶コーヒーじゃなくて甘いのがいいわ」
「……そうだね。学生向けならコーヒーよりジュースか。バーガーに合うのは「……ハンバーガーじゃなければなんでもいいわ。そらのハンバーガーってなんか重いし」!!」
衝撃である。
軽食でご飯と言うよりむしろお菓子と言ってもいいほど生活に馴染むハンバーガーが重い!私の振る舞いがそうさせているのであれば、ハンバーガー伝道師を自称する私としてはその振る舞いを直さなければならないし、そうのたまったりんちゃんにハンバーガーを親戚で年下の後輩くらいの気軽い距離感に感じさせなければならない。
「ハンバーガーが重いなんてっ!どこが!!」
「そこよ」
そろそろ初夏とは言え、皐月の夜はまだ冷える。
風呂上がりの湯気を纏いながら寮監室のドアを叩く。
りんちゃんの小さな嫌味と貴族様の苦笑いに送り出され歩くことしばし。寮長室の前に立つ。
肩を組んで仲よさそうに夜会の準備をする二人の様子に思わず閉口してしまったが、今夜の織斑先生は私とのアポがある。夜会がバレる心配はいつもより低いと言えるのだろう。だからか寮監室まで歩くまでどこで知ったのかやっかむような視線と、夜会の準備を楽しげにして見せる同級生の姿が散見された。
部屋の中から私の気配に気がついたのか、手の甲がドアを叩く前にドアが開いた。
「入れ」
意図せず手のひらに当たってしまった手の甲を気にすることなくそう言う先生。
とって食われそうな気迫を感じながらのっそりと部屋に入る。
「あれ?」
「どうした?」
綺麗で整った部屋の様子を見て首をかしげる。
りんちゃんの言葉で片付けが苦手で散らかしてばっかりだと思っていたんだけれど。
「いえ。ステキな部屋だなぁ。って」
「ほう。鈴音に何か言われたか。私が片付けができない女だとでも?」
「いやいや。プライベートを言い回るような子じゃないですよ。ああ。……強いて言えば一回だけ」
「ほう?」
「先生の妹になる為なら努力を惜しまないって」
「……。変わってないか」
「以前の彼女を知りませんけど。可愛らしくて素直な子です」
「そうか」
懐かしげに目を閉じる先生は何を思い出しているのだろうか。
というか、りんちゃんを名前呼びってことはそういうことなんだろうか。今は業務外だから腹を割って話そうと暗に言っているんだろうか。
「真っ直ぐすぎて織斑君と喧嘩したらしいですけどね」
「やはりか」
「ええ。早く仲直りして欲しいですね。愚痴聞かされる身にもなってほしいです。そういえば、先生。最近生徒間で対抗戦の一位に誰がなるかって話題になってますけど、先生はどう見ます?」
「ほう。私に聞くのか?」
「やっぱり一組推しですか?」
「……」
「……すいません。失礼でした」
「いや。いい。だがずいぶん喋るな。森先生から聞いていた印象とだいぶ違うが」
「天下のブリュンヒルデの部屋にお呼ばれしたらそりゃ普段とは違いますよ」
なんせ美人の部屋で二人きり。
その上美人はスーツを若干着崩しているんだから私の中のおっさんもビンビンである。
「ミーハーなことは好まないと思っていた」
「キャーキャー騒ぐだけがミーハーじゃないですからね。ISのこと調べてみて驚きました。ISの記事の実に3割は織斑先生の記事なんですから。ファンにもなりますって」
「そういうものか」
「ええ。そういうものです。で、どうですか?」
「ん?」
「その。後ろの。それが何か知りませんが、何かわかりました?」
織斑先生の背後。
筋骨隆々な金色に輝く男が揺らいでいる。
見るからにパワー系なその男は睨むでも眺めるでもなくただ私を見ていた。
「……見えるのか」
「ええ。それ、箒のと同じですか?」
「"銀の戦車"も見えるのか」
「ああ。確かそんな名前でしたね。銀色の騎士のことですよね?」
「……なるほど。松本。結という名に聞き覚えはあるか」
「ムスビ?紐の結び方だったり、あるいは起承転結の結ですか?」
「……なるほど」
気がつけば、輝く男の拳と織村先生の竹刀が私の目の前で止まっていた。この竹刀はいつどこから取り出した?
驚いて後ろに倒れれば、謝罪とともに先生に助け起こされる。
「すまない。一応の確認だ」
「……確認にしてはずいぶん暴力的ですね」
「性分でな」
驚いた。
風を受けた。
拳で押し出された空気がまるで圧のように。
けれど、あるはずの動作が、男の動作も先生の動作も。
全く見えなかった。
前々世とは種族からして変わっているためか、いわゆる身体技能は軒並み上がっている。
天界人はよほど過酷な環境に適応してきたのか体力テストでは満点を取りのがすのが難しいレベル。もちろんそれは動体視力も同様で、これまで見逃すほどの速さになんてお目にかかったことはない。
ISの高速軌道さえ肉眼で追える私が見逃すなんて一体どれほどの速さか。
よほど早いのかそれともべつのカラクリか。
「教え子に手をあげるなんてメディアが面白おかしく騒ぎ立てますよ」
「許せ。これから話すことの前提みたいなものだ」
敵意はない。はず。
暴漢に感じた害意も、貴族さまから感じた忌避感も、箒から感じた嫌悪感もどれも織斑先生から感じられない。
「前提。というと例えばあの夜のモロモロですか?てっきりISの意識の話のことだと思ってましたけど」
「それはあとだ。もう一人来てから話す」
「後。とすると今はあの夜の?」
「ああ。異能を持つ人間は一定数いる。松本がそうであるように、オルコット、私や箒を始め何人かな」
「まあ。私が持ってるってことは他の人が持ってるっていうこともあるんでしょうね」
前世の幼馴染は携帯の充電に困ってなかったし、オーフェスも人外じみた身体能力を誇っていた。私を刺し殺したあの槍も何もないところから出て来ていたしそういう異能だったのかもしれない。
「そう。それほど珍しいものではない。おそらく世界人口の1%前後。それくらいは観測できている。歴史上そうだろうと思われる人間の資料も散見された。そして異能を持つ人間は二つに分類できる。先天的か後天的かだ」
「はぁ」
「そして現代に生きる後天的な異能者はほぼ九割九分ある男が関わっている」
ゆっくりと席に座りなおす先生は、けれどその圧は先ほど竹刀をつきつきられた時より増して。
「小娘。お前。私の敵か?」
座りながらに腰を抜かした私は笑うことしかできなくて、前々世で鍛えた営業スマイルを貼り付けることしかできなかった。
敵意も害意もないただの圧。
威圧感というのは、こういうものを言うんだろうか。
表情筋を一つでも動かそうものなら叩き切られそうな圧。
呼吸でさえひどく重い。
抵抗を選択肢に入れたくない。
竹刀は床に転がっている。
織村先生は何をするでもなくこちらを見つめているだけ。
先程のように背後に黄金の像が揺らいでいるでもなく、竹刀を突きつけられているわけでもない。
かのブリュンヒルデだろうと、いかに達人であろうと、人以上の性能で“神器”を振り回す天界人の方が大仰で強力には違いない。
なのに。
まるでこの場を切り抜けられるイメージがわかない。
で、は、これ、は、考えが纏まらない。
視界が白んできた。
あれ?世界が、傾
い
て。
…………。