バカは死んでも治らない   作:さっさかっぱー

22 / 28
十八話 珍客

…………。

 

目が覚めた。いつもと違う枕の感覚に慌てて目を開く。

寝覚めが悪い。妙な気持ち悪さを感じて周りを見渡せば、べちゃりと額から何かが落ちた。

 

「タオル?」

 

手にとって眺めている間に、眠る、いや意識を失う前の記憶を思い出す。

 

ばっ、と。慌てて身を起こせばこちらを見つめる織斑先生と目があった。心なしか申し訳なさそうな表情をしている気がする。

 

「目が覚めたか」

「……敵じゃないです」

「ん?」

「先生の、思惑、お考え、を。私は先生のお考えを「松本?」知ら存じ上げないので、断言はできませんが、先生のお心をそれとなく伝えていただければ邪魔どころかお手伝いさせていただきます矮小なわが身ではありますが粉骨砕身働かせていただきますのでどうか命だけは命だけとは言わず多少の時間も自由にしていいと言っていただけるなら時間の許す限り我が身の能力の許す限り先生に「待て待て。落ち着け。水を」んっくっく。ふぅ」

 

コップに注がれた水を一気に飲み込み息を整える。

 

「こんな矮小な身を心配いただけるなんてなんて寛大な「落ち着け。あとその手、右手のをやめろ。バレバレだ」なるほど」

 

右手に巻かれた包帯の先生の死角になっている肘の裏。

徐々に動き出そうとしている箇所を一瞥して右手をひらひらさせる。

勝てないなら逃げ出せるだけの準備を、と能力行使の準備すらチラと見ただけで看破する。

右手でコップを置いて、右手に巻いた包帯の生物化を解除する。

最悪服を生物化させた上で、九ツ星神「すまなかったな。大人気なかった」え?

 

「一応。裏は取れている。君は敵ではない。先天的な異能者には違いない。かつて箒が襲われた時、君がいなければもっとひどい被害が出ていただろうし、風呂場での一件も、不用意であるが不慮の事故だ。まあ、とにかく。君が何であれ、箒の友人であろうとしていることは信じられる」

「…………」

「ただな。少ないなりに修羅場をくぐっている君が、どの程度できるか知りたかった」

「……それで威圧を?」

 

顔をしかめていえば、苦笑しながら水をもう一杯注いでくれる。

 

「性分だ。不器用でな。剣を交えなければ為人はわからん」

「……交えるどころか」

 

ひと睨みでKOされても判断つくものだろうか。

 

「全くわからないわけでもない。……壁ぶち抜こうと考えて、辞めただろう」

「……」

「沈黙は肯定と受け取る。箒の件から推察するに、君の異能は寮の駆体をぶち抜いて逃げ出せるだけの出力はあるだろう。だがそれをしなかった」

「……。できなかっ「たのではないだろう」……」

「まあ、あくまで私の想像だ」

「かのブリュンヒルデに過大評価いただけるなんて光栄ですね。正確か否かはさておき」

「……意外と森先生の見たとおりなのか。やはり教師としては三流だな」

「どういうお話をされてるのかは大変気になりますが、本題に入っていただいていいですか。私の為人のためだけに呼んでくださったんですか?個人的にはISの意識の方の話に興味がありますけど」

 

「よくぞ聞いてくれました!!」

 

その声を聞いた次の瞬間いくつかのことが同時に起こり、

 

そして。

 

気がつけば、地べたに這いつくばっていた。

 

ガラス片が散らばったアスファルト。

打ち付けたのか痛みを帯びる頬。

背を踏みつけている足。

呼吸がしんどくなるくらいの圧迫感。

 

織斑先生から発されていた威圧感とは違う、もっと物理的な圧力。

 

何が起きたかわからない。

 

私はただ逃げようとしただけのはずだ。

背筋を這い回った怖気に従うかのように、異能の秘匿も、声の主の正体も。何を気にすることもなく逃げ出した。投げ出した。

生物化した服を翼の神器、九ツ星神器“花鳥風月”に変え、窓を突き破って逃げたはずだ。

逃げようとしたはずだ。

 

考えがあったわけじゃない。

確信も何もない。

反射というにふさわしい、だからこそ最速の一手。

 

「んー。どうしていきなり逃げられるのかな。名乗ってないし、姿どころか気配も感じてなかったはずなのに。何を根拠に逃げる選択をしたのかさっぱりわからないや。やっぱり人間って不思議だね。ちーちゃん」

「お前の持論などどうでもいい。今すぐその足をどけてコレを解除しろ。生徒を傷つけることは許さん」

「わあ。素敵な先生ってやつだね。ちーちゃんもペシャンコになってもおかしくない重力場にいるのに平然としちゃってぇ」

「御託は「けどダメ。コイツこの状況でも逃げ出そうとしてるし解除した瞬間さっきの羽根みたいなので逃げ出すに決まってる」……松本。コイツは常軌を逸していて人情のかけらもない負の感情を煮詰めたようなやつだが、危害は加えない。加えさせない。だから逃げ出さずに話を聞いてほしい」

「信用できません」

 

“ハンバーガー”に“倍”を加える力

力を倍にする。

名付けて"パワ"そら。

 

大仰な神器は見せ札として丁度いい。

 

“ハンバーガー”に“倍”を加える力。

ステータスの倍化。

使いやすい上に秘匿性が高いのが素晴らしい。

 

体の"力"を倍に。

それでも身体にかかる重圧は酷く重い。

だが潰れそうな苦しさは軽くなった。

かろうじて動けそうだ。

 

けどまだ足りない。

 

さらに重ねる。

 

速さを倍に。

名付けて"ハヤ"そら。

 

こうも重ねても普段以下。

けれどそれでも。ゼロよりはマシになった。

 

踏みつけられた足を。

全身にまとわりつく重さを。

はねのけて立ち上がってやる。

 

「いい警官と悪い警官ですか?威圧した後、なだめすかして褒めてみせて後ろから不意打ち」

 

手と足で踏ん張って、上の足を気にせずゆっくりと起き上がろうと力を込める。

否、倍加した力と早さをもってしてもゆっくりとしか起き上がれない。

倍化の継続時間は1分。

二つ重ねて30秒。

重力場では倍化が切れれば動くことすらできなくなる。

 

「織斑先生はそう言った腹芸が得意でないタイプだと思ってました」

「んー。オマエがなに思おうが別にどうでもいいんだけど」

 

重力場と表現した。

重力の場だ。

であれば範囲内のものすべてに影響があるに違いない。

つまり重くてデカイ神器なんて枷にしかならない。

 

「無駄な努力とはいえ、この“天災”を前に諦めないその意地の悪さは認めよう!けど残念、オマエが何をしようと何も出来るはずが「“旅人”」___」

 

なら枷にならないものを使えばいい。

 

七ツ星神器

箱の神器

“旅人”

 

箒との関係をこじらせた切欠。

内からは破れぬ絶対の檻。

唯一他の神器と併用できる使い勝手のいい神器。

何より非殺傷なのがいい。

 

背に足が乗っている。

つまり元凶の人間は私の上にいるわけだ。

 

生物化させた服が、大口を開けて私の上にいる女性を囲い込む。

彼女が発しているであろう重力場かが効果を失えばよし、そうでなくても閉じ込められれば逃げられる可能性が「ザ〜ンネン。凡人が“天災”に届くわけがない」

 

箱が閉じるきる寸前。

聞いたことのないような硬質な音が響き、ハラハラと何かが降ってきた。

 

何が起きたのか理解したのと同時に、勝ち目のなさを理解してしまった。

 

貴族様の予兆ない攻撃云々の比ではない。

りんちゃん相手に勝ち目を探すこととも月とスッポン。

 

私を踏みつけているこの女。

“旅人”を内側から破壊しやがった。

 

速さ、硬さ。

この二点において“旅人”はトップレベルの性能を持つ。

コンマ5秒で閉じられる箱は内側の攻撃では破壊されない。

そう設定されている神器。

出てくる場所も秀逸。なんと言っても相手の足元を自動的に判別して発動するんだ。目の前にいる私に意識を向けている相手であれば気がつけば既に閉じ込められているなんてザラ。

 

それを、

避けるどころか、

動くことなく、

破壊しやがった。

 

何かカラクリがあった?重力場だけが彼女の異能だけではない。腕力が著しく高いのか?それとも破壊に特化した何かが「あれ?もしかして今のが最後?他にもあるんだよね?結から色々もらってるんでしょ?いろいろやってたんでしょ?それでこれだけ?いやいや。凡愚とは言えそれはないでしょ。結が手を加えれば凡愚も英雄に早変わり。え?本当におしっおお??」

 

腰から生えた手で、女の右足を思い切りはらいのける。

背中からもう一人私が生えてきた光景にさすがに度肝を抜かれたのか、キョトンとした顔で私を見ている。

 

「二ツ星神器”威風堂々“。歯ぁ食いしばれっ!!」

 

バラバラに散った服の破片がその身を赤黒い腕に変じ摑みかかる。

"威風堂々"の握りこぶしからひょこっと出た顔に向かって思い切り左の拳を振り抜く。

 

奥の手。最終手段。最後の切り札。

バイそら。

 

私自身を"倍"にした。

 

神器はいい。

その大仰さゆえに警戒心はそちらに向く。

 

ステータスの倍加はもっといい。

大仰な神器に隠れた切り札になる。

 

そして。ステータス以上のものを倍加できるこの能力はの真価は。

全て晒した後にこそ効く。

 

伏せ札は、今こそ生きる。

 

天災の想定外をぶつけられる。

だから"倍"を加える力はその警戒を打ち抜くのにちょうどいい。

 

確実に油断はつけた。後はそれに乗じて逃げられれば_____

 

が。

そこで理解した。

理解してしまった。

 

私の左手を一瞥もせずに掌で受け止めるその女。

爛々と目を輝かせて私を見つめるその女。

対して力を込めた様子もなく"威風堂々"の掌を片手で止めたその姿。

 

この女がどうやって"旅人"を破壊したのか。

何をもって破壊できたのか。

 

その女の身の丈ほどある巨大な掌による拘束をまるで飴細工のようにその片腕で変形させている。

 

あろうことかこいつ腕力だけで神器を破壊しやがったのか。

 

「驚いた。分身までできるんだ。いや?分裂?それともコピー?自己意識はどうなってるのかな?おやや?どっちも本体!?いいねいいね!ようやく面白そうな能力持ちに出会えた。再現が簡単そうなものばかりだったし、結の異能も大した事ないんじゃないかって思ってたんだけど。そういうのもあるのか」

 

笑みを浮かべる女は美人だ。

おっさんは反応しないことに違和を覚えるくらいには美人。

絶世という形容はきっとこの女にこそふさわしい。

 

ああ。まさに世から隔絶されている。

 

笑みを浮かべながら、興奮を語りながら、重力場になすすべなく地に伏せている二人の私にゆっくり近く。

起き上がれないにしろ、常人より遥かに丈夫でタフな天界人としてのこの身を力でねじ伏せ、私たちを同時に組み伏せる。

 

理解した。

勝ち目はない。

勝ち目を考えることすら恥ずかしく思えるほどの力量差が存在している。ゾウとアメーバの差の方がまだ近い。人と惑星を比べた方がまだましだ。

 

だが勝たなくったっていい。

私の目標を思い出せ。

本能に身を任せて逃げ出そうとしたのは正解だ。

逃げ出す前に逃げ出せないほどの差まで理解できていれば大正解ではあったが。

 

勝つ必要はない。

学生生活に戻れればいい。

どうすれば切り抜けられる。

七ツ星神器が破壊された。だとすればそれ以上の強度の「束。いい加減にしろ。「あいたぁっ!!イタタ!痛いよ!愛が痛すぎぃっ」ふんっ」

 

突如。私たちを組み伏せていた女が消え。両肩にこれでもかと乗っかっていた重みも消え失せた。

 

「分身はよほど興味をそそったようだな。ようやく隙ができた」

 

助け起こされ、背の汚れを払われる。

私と目があった織村先生は不敵に笑い私の頬についた泥を拭って背を向ける。

 

「信じられまいが、信じられようがどちらでも構わん。話をする必要がある。松本。すでにお前は私に覚悟を見せている。私はそれを見て、信じられる人間だと思っている」

 

背を向ける織村先生の背後、つまり私の目の前、に先ほど見た黄金に輝く男が現れる。

 

「だが、束の件に関しては申し開きはできない。あいつの頭を下げさせて謝罪させる。そこから始めることにしよう」

「えー。なんでそんなのに謝る必要があるのかな。逃げ出そうとしたそいつが悪いんじゃん」

「お前みたいなのが背後にいれば誰だってには出すに決まっている。そもそもお前が悪くないはずがない。覚悟はいいな」

「うふふ。私は、悪く、ない。わーるくないよーだ。悪くあるはずがない。ちーちゃんと楽しく愉快に喧嘩するのも楽しそうだけど、今はいいや。話をするってんならそれで手打ちにしよう。お前が逃げ出さなければ、分身なんて見られなかったし。だからとりあえずまあ。ごめんね?それとありがとう。これでいい?ちーちゃん」

 

いつのまにか持っていた白いハンカチをヒラヒラ降ってコーサンと笑う女を見ている織村先生の表情は私からは見えない。

女はそのまま織村先生に背を向けて、割れた窓から部屋に戻ってひと撫でで割れた窓を直して見せた。気がつけば神器の余波でそれなりに荒れていた地面も、ズタズタになったはずの私の服も元の通りに戻っている。

 

窓を開けて手招きをする女の様子に織村先生はため息を一つつくとこちらに向き直り手を伸ばす。

 

「すまないが、少し付き合ってもらう。信じるか否かはそれから決めるといい。私たち、……私は、少なくとも松本の敵ではない」

 

逡巡する。

そもそも思わず逃げ出したが、呼ばれた原因であるISの意識には浅からぬ興味はある。

 

だが思わず逃げ出した。

この事実から考えれば、その時の本能を信じれば、きっと今窓から手招きしているあの女、あれに関わるのはやめたほうがいいに違いない。

 

私は何がしたい?

私は何を目標にしている?

 

瞑目して。

考えて。

 

織村先生の手をとった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。