バカは死んでも治らない   作:さっさかっぱー

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十九話 春の夜長

あの女、篠ノ之束から逃げ出したのは失敗だったが、逃げ出すべきだと判断を下した本能には拍手喝采を送りたい。

 

累計70年ほどになる私の三度の人生であれほど優秀な人間には初めて出会った。一体どんな経歴があればあれほどの逸脱できるのか。まさに絶世。世界とは隔絶された存在だ。稀代の大天才。ある雑誌に曰く"天災"とは言い得て妙だ。あれは災害に似た何かだと言われた方がまだ納得できる。

あれに比べれば私なんて赤ん坊遡って受精卵レベルである。

あれに比べれば生を投げ捨てて新たな人生を求めたクズである私の方がまだマトモである。

 

 

気がつけば新品同然となっていた織村先生の部屋で、織村先生の陰に隠れながら篠ノ之博士とISの意識のお話。

マトモにコミュニケーションを取ろうという気がないのか、会話らしい会話にならず、尋問という表現が適切なやりとりをすることしばし。憮然とした表情でもういい。だからお前は凡人なんだ。と捨て台詞を残してSF映画よろしくその姿を消した。

何が気に食わないのか同じことを何度も繰り返し聞くくせに、結局私が聞きたいことは答えやしない。

 

前々世の営業経験でやたら注文を付けるくせに利益を寄越さないクライアントを思い出した。利益よこさないどころか協力的ですらないのだから最悪の部類に入る。その上あの博士は今までの経験上の誰よりも優秀と言うのだから救いは存在しない。

何かしらの事情で取引をやめられないと言う点もそっくりである。

 

深夜。消灯時間が過ぎ、真っ暗な廊下を歩く私はきっと側から見ればゾンビである。いつかの箒の罵倒が想起されますます気分が落ち込む。

懐中電灯を片手に私の半歩前を歩く織村先生は、そんな様子に気がついてか振り向いて声をかけられた。

消灯時間を過ぎているからか普段よりずっと声量を絞っている。

 

「束が礼を言っていた」

「は?あ、いえ。すいません。失礼な口を聞いてしまいました。なんとおっしゃいました?」

 

教師、目上の方に向けてあんまりな言い方だが、織村先生の発言にはそれだけの破壊力があった。

時間にしてせいぜい二十分。さらにその内の五分弱は博士に踏んづけられただけの付き合いだが、確信を持って言えることがある。

あの博士は人を人とも思わないマッドサイエンティストだ。

あの謝罪の薄っぺらさよ。

 

そんな人間が、付き合いの薄い私に礼?

今生最高のジョークだ。

 

「束はあれで、真っ当な感性を持った人間なんだ」

「まっとう」

「そう嫌わんでくれ。あれでも友人だ。松本はいい印象を持っていないだろうが」

 

なにせ出会い頭に足の裏をお舐め状態である。

とはいえ失礼極まりない態度であったことは否めない。

逃げ出そうとして神器を繰り出して拳を振り上げて。

最終的にお茶しながらお話したとは思えないはじまりだ。

 

「すいません。ただ好ましくは思えないです」

「そうだろう。誰彼構わず挑発して、それを楽しんでいる節がある。そういうスタイルとはいえ、そんな人間を初対面から好ましく思うものなどいるまいよ」

 

さぞ生きづらいに違いないが、あれほどの傑物であれば、生きづらさなぞ気にしないに違いない。なにせ生きている世界が違うんだ。

 

「それであいつは口が裂けても言わないだろうが、礼の件だ。箒の件、箒を助けてくれてありがとうと」

「箒?」

 

なぜそこで箒の名前が?

かけらも分からず首をひねる。

箒の名前が出てくる理由がわからない。

 

「……?箒は束の妹だ。その縁で私とも交友がある」

「…………。なるほど……?」

 

…………???

 

「それはたしかに礼を言われることになるのでしょうが、もしかして人違いでは?おっしゃってる箒ってあの、今私と絶賛喧嘩中で一組に在籍されている剣道部所属の篠崎……ああ。偽名でしたね。そういえば。もしかして本名って」

「そうか知らんのか。察した通り本名は篠ノ之箒。束の妹だ」

「あー。……なるほど。あーー」

 

ああ!!

 

「今点と点が繋がりました。そりゃ狙われますね。あんなモンスターみたいなやつが派遣されるわけですよ。……襲われ慣れてるはずですね。……」

 

……なるほど。

 

「友達を助けるのに、自分が生き残ろうとするのにお礼言われても困ります。ただ、まあそうですね。真っ当な感性を持ってるみたいですね」

「……妹思いだからな」

 

妙な間が気になるけれど、家族思いな人であれば悪い人ではないんだろう。コミュニケーションを取りづらい人間というだけであまり仲良くしたいとも思えないが。

 

けれどよくよく考えれば、第一声は排他的な表現ではなかったはずだ。説明しよう!なんてむしろこちらに歩み寄る発言だったはずだ。とすると一目散に逃げ出した私が悪いのか?いや、百歩譲って私が悪いにしてもあれはない。

 

「織村先生。博士とは仲良くなれそうにないですけど、いの一番に逃げ出そうとしたことを謝っていたとお伝えいただけますか。虫のいい話ですが」

「ああ。伝えよう。……だが私に言わせれば、あそこで行動を起こせた。その点は評価したいがな。行動の選択は間違いだが」

「評価?」

「束の第一声。大抵は心が折られる。本人の気質を結がさらに……いや。これは明日にしよう。この話を始めれば夜が明ける。明日は空いているな」

 

部屋の前についたところで、先生は話を区切る。

そして次のデートの約束を取り付けようとするなんて私のモテ期がようやくきたらしい。

 

少し扉を見つめて、先生に答える。

 

「光栄なお誘い嬉しい限りですが、……明日は貴、セシル、あー、オリ………ルームメイトが取り付けてくれた箒との仲直り会があるので、可能なら夜中まで時間取っておきたいです」

「……では明後日の金曜日を空けておけ」

「空いてますけど、クラス対抗戦の後ですよね?」

「ああ。この話に猶予を与えられない。聞かないという選択肢もだ」

 

わぁ。モテモテだぁ。

クラス対抗戦の後に重たそうな話し合いなんて素敵。

 

「わかりました。就寝時間までは空けておきます」

「すまないな」

 

そう言って、部屋に入るよう手で示して踵を返す織村先生は、最後に思い出したように普段の声量で言葉を発した。

 

「鳳、オルコット。就寝時間は遠に過ぎている。次は反省文だ。来たいのなら来てもいいが、対抗戦で無様を晒すようなら私直々にシゴいてやる。松本。来客の件は他言無用だ。以上。明日遅刻はするなよ」

 

名前を呼ばれた途端扉の奥でどったんばったん聞こえて来たが、織村先生はそれを気にすることなく廊下の影に消えていった。

消えた向こうに小さく一礼して部屋に入れば、小さな声でやいのやいの言う声が聞こえる。

 

「だから言ったでしょう!部屋の戻るようにと。お陰で私まで先生に注意されましたのよ!」

「あんたがドアで耳そばだててるからでしょ!私これでもかくれんぼ得意なの!音も匂いも消してたわよ!千冬さんがドア一枚透視できないわけないじゃない!私は部屋の隅でガタガタ震えてただけよ!」

 

流石に透視能力は持ってないと思う。

小声で言い争うなんて高等技術は昨今の女子高生に標準装備されているんだろうか。

 

「ごめん。織村先生がここまで送ってくれるとは思ってなかったや」

 

ドアを閉めて言えば、気にしなくていいと二人に言われる。

 

「いいわよ。別に。千冬さんから逃げられるなんて思ってなかったし。また随分ドロドロになって帰って来たわね。シャワー浴びた……あら?その割には服は綺麗ね」

 

ドロドロ?と思い頬に手を当てれば砂埃の汚れがひどい。髪もガサガサのゴワゴワ。博士にボコボコにされていた時の汚れだろう。

博士は服の修復はできても体の洗浄はしてくれなかったらしい。

 

「どんぱちになっちゃって。……あれ?結構音立てちゃったけど聞こえなかった?」

「え。千冬さんに喧嘩売ったの?命知らずすぎでしょ」

「音は聞こえませんでしたわ。松本さんもうちょっとおしとやかになられたら?力を持っていてもどう使うかは自由なんですから」

「初手拘束監禁を選んだ貴族様には言われたくないです」

「あ。あと。私の名前について、またお話しさせてくだしましね」

 

その言葉にふふふと笑って貴族様に脱いだ服を投げつけて、シャワーを浴びにユニットバスへ。

服を生物化させて筆談で概要だけ説明させておく。

 

あ。あれ買っとこうかな。幼児用のホワイトボード。

あれを生物化させたらペンと紙を用意しなくても説明させられるし、何より某映画のワンシーンを思い起こさせるから見た目も楽しい。

ペンとボードが一体型のものがあれば生物化の能力のみで丸投げできて楽でいいし。

おもちゃの名前なんて言うんだったっけ。

 

……例えば市販のホワイトボードとペンをはんだごてでくっつけたらそれは一つのものとして生物化させられるんだろうか?そもそも普段生物化させている包帯にしても数多の繊維を縒って編んでいるものだ。一つってなんだ。

 

……しばらく悩んで考えるのをやめた。

バラして組んで能力の試行錯誤すれば実証はできるだろうが、そもそもこの能力は彼、あるいは彼女、不手際で転生を2度させるようなあの自称神様が作った異能である。そこまで厳密なものでもあるまい。

 

シャワーを終え、ドライヤーで髪を乾かしているとトントンと扉を叩く音が、返事を返すとガチャガチャと扉が音を出す。

鏡に映る扉を見れば鍵が閉まっている。

今開ける、と声を出そうとすれば異臭と共に扉の隙間から液状の赤い手が伸びて三度の挑戦ののち扉の鍵を開けた。

 

「鍵閉めなくてもいいのではなくて?」

「浴槽のドアでノックアウトしちゃうと後味が悪いからね」

 

まあ、ぶつけたことはあってもノックアウトしたことはないけど。

 

「けど貴族様。いくらルームメイトとはいえ閉まってる鍵を開けるのはどうかと思うよ」

「入室許可はいただきましたわ」

「そうだけど」

 

後ろのりんちゃんもちょっと引いてるよ。

 

「それで?乙女の着替えに乗り込むなんてよっぽどの「結という男。知っていることを教えてください」……なるほど?」

 

貴族様の目。

あれは大剣片手に私と喧嘩した時の目だ。淀んで濁って。良いも悪いもごちゃ混ぜにした黒。

 

「私は何も。多分。その話は明後日、織斑先生とすることになるだろうけど、それまで待てる?」

「ええ。ええ!待てるに決まってます。なにせこの五年待ち続けてたんですから。ああ。ようやく。ようやくですわ!どれだけこの時を「落ち着きなさいよ。就寝時間過ぎてんのよ」あら。失礼」

 

貴族様の後ろから声をかけるりんちゃん。

それに対して口に手を当てて微笑む貴族様だが、血生臭い思い出がよぎって私は笑えない。

思わず大丈夫?と聞いたが、満面の笑みのまま大丈夫と答えてくれる。明日の一組が平穏無事に授業を終えられることを祈るばかりである。

 

 

翌日。

食堂でハンバーガー片手に箒と貴族様を待っていた私は、どうやら箒と貴族様が第二アリーナで大喧嘩を始めたと慌てた様子で走って来たりんちゃんの伝言を聞いて天を仰いだ。

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