バカは死んでも治らない   作:さっさかっぱー

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第二十一話 対抗戦

「てっきり貴族様の本気が見られると思ってたんだけど?」

「昨日のアレで出場停止ですわ。せっかくクラス代表になれたのもおじゃんです」

 

おじゃんとは相変わらず日本語慣れしているなと思いながら、アリーナ内の試合をぼんやり眺める。

 

エキシビションマッチと銘打たれて宙を踊っているのは一組の男子生徒二人。森先生が言っていた出ざるを得ない人たちの様子を眺めながら不貞腐れている貴族様を意識から外す。なにせレポートの提出をせねばならないのだ。一体何を求められているのかさっぱりだが、見ないことには何もかけない。感想文にならないよう気をつけたいが、一体何をかけばいいのだろうか。効率のいいISの落とし方とかが妥当なのかね。

 

近接用ブレードを片手に距離を詰めようと第二世代機"打鉄"を操る黒川一護くんに、詰めさせまいと両手の銃で牽制する第二世代機"ラファール・リヴァイヴ"に乗る嵐湯一矢。

りんちゃんの話から察するにそれなりに場数を踏んでいるであろう黒川くんに対して主導権を握っているあの男は何者だ。

 

珍しい苗字。顔は覚えていなかったが苗字を聞いて思い出した。

あれは委員長ではないか。

小学校の時、本音と一緒に私を見送ってくれた委員長。

思わぬ再会に驚きである。

 

世界に3人しかいない男性操縦者に、SFもかくやという技術を開発した博士の妹。我ながらフィクションじみた交友関係である。

もっとも彼との関係は精々が5分程度の会話だけの上、博士の妹とは昨日縁が切れたが。

 

結局、距離を詰め切った黒川君が嵐湯君を叩き斬ってエキシビションマッチは終了。

搭乗歴精々十数時間とは思えない見応えの試合に観客席はかなりあったまっている。

前情報でもともと盛り上がっていた一組とりんちゃんの試合への前座としては上々だろう。

 

「賭けでもどう?」

「あら。不良さんですわね。内容は?」

「勝敗に関しては私怨が混じって楽しめないだろうから、一組の負け方なんてどう?」

「私怨そのものじゃないですの。でしたら。決着がつくまでの時間、でいかがですか?」

「なるほど。……1分以内かそれ以上か。が妥当かな?」

「そうですわね。……いえ。30秒。それ以上かかるようなら一夏さんに勝ち目はありませんわ」

「なるほど。じゃあ私は時間をかけて一組代表がボコられる方に賭けるよ」

「では私はりんさんがさくっと両断される方に賭けますわ」

「掛け金は来週の洗濯当番でどう?」

「……洗濯は任せたくないのですが」

「じゃあ、掃除?」

「いえ、デザートを一品なんていかがですか?」

「なるほど。単なる学生の身分でデザートの負担は大きいけれど、まあ無料券は二組がもらったようなものだし。いいよ。乗った」

「ありがとございますわね。デザートを頂いてしまって。成長期に食べられないのは辛いでしょうが。まあ望みもなさそうですし」

「こちらこそ。貴族様の体重を気遣ってデザートを食べてあげる私に、もっと感謝したくなると思うよ」

 

笑顔で見つめあって、二人して大声で応援を始めた。

 

私たちの応援が罵り合いに変わりかけた頃、漸くりんちゃんが出てきた。可愛らしい顔を凛々しく固めて、向かいにいるだろう一組代表を睨みつけている。

 

ブザーとともに距離を詰めるりんちゃんに思わず口汚く声援を送る。

 

「何やってるの!距離とってボコボコに叩き潰せぇ!!」

「鴨がネギしょってきましたわ!一夏さん!そこです!膾切りに!!」

 

クラスメイトはドン引きしてる中、周りの様子も気にせずりんちゃんに声援を送る。

観覧席からアリーナへ声が届くはずもなくそのまま相手の射程距離で切り合うりんちゃん。そもそも声が届いたところで距離を取るとは思えないが、それでも大声を張り上げる。

 

斬り合いながら、戦いながら、二人で何かを言い合っている。

表情から察するに舌戦ではりんちゃんの分が悪いらしい。

 

あ。あの表情は知ってるぞ。

言い負かされた顔だ。

一組の彼から逃げてきた時の顔がまさにあれだった。

 

「あ」

 

それは私と貴族様。どちらから漏れた音だったのか。

 

言い負かされて、動揺したまま距離を取るなんて、格好の的である。

 

不可視の弾幕、それを作る前の隙、場慣れしている一組代表が、その隙を逃すはずもなく。

 

目で追えぬほどのスピードで距離を詰められたりんちゃんの結末は、観客席からでも容易に想像ができたし、実際その通り、構えた刀が輝いた瞬間、私はりんちゃんの負けを確信した。

 

けれど、その結末を見届けることなく。

分厚い隔壁が下され、無粋な警報音が鳴り響く。

 

緊急事態発生。これは訓練ではありません。緊急事態発生。これは訓練ではありません。各員、緊急時マニュアルH-2のもと、避難を開始してください。緊急事態発生。これは訓練ではありません。緊急事態発生。これは訓練ではありません。各員、緊急「皆さん!聞いた通りです!私について来てください!」

 

がなりたてる警報音をものともしない森先生の大声に、漸く生徒たちはなにが起きたのか理解を始めて、ざわつき始める。けれどパニックもざわつきも一切許さず森先生は声を張り上げる。

 

「松本委員長!オルコット代表候補生!生徒の取りまとめをしてください!H-2の内容はわかってますね!」

「クラスごとの順序避難。避難経路も頭に入ってますわ」

「右に同じです」

 

よし。と頷き、毅然とした態度のまま森先生は指示を続ける。

指示の通り動、バキ、き、点呼を。ギギャガ。

 

振り向けば、隔壁に爪を突き立てる無機質な物体と目があった。

 

どういう順番だったのか。

森先生が何かを叫ぶのと、貴族様が先制攻撃を叩き込むのと、生徒たちが状況を理解するのが。おそらくほぼ同時に起こり。そして。その時。

 

その時私は。

 

ぎやん。

と無機質な機械は吹き飛ばされる。

 

穴の向こう。

倒れた機械は立ち上がり顔を上げてこちらを向く。

 

その視線を遮るようにラファール現れる。

 

「なかなか劇的な再会になっちまったが。久しぶりだね。松本さん」

 

先ほど、エキシビションで空を舞っていた嵐湯くんがラファールを纏って私を見下ろしている。

 

「けど、話はあとか。先生。ここは僕が押さえます。早急に避難を完了させてください」

「ありがとう。みんな!あわてず速やかに教室に向かって!走らない!騒がない!」

 

ああ。また目があった。

 

「松本さん!はや「逃げろ!また来るぞ!」え。きゃっ」

「そらさん!?」

「セシリア。お願い」

「何を「松本さん!バカ言って「任せた!」きゃっ」任されました。すぐ戻ります」

 

突き飛ばした先生を抱えて飛んでいく貴族様が、気がつけばブルーティアーズを展開していることに今更ながら気がつきながら、変わりない様子でこちらを見ながら起き上がる機械と見つめあう。

 

「松本さん?早く「嵐湯くんも、転生者?知ってるなら話は早いんだけど」……。まさか自分からバラすとは思わなかったな」

 

平然と、けれど驚きはしているようで。

 

「あら。一組じゃ周知の事実?あいつは危険だ。近づくな。なんて」

「ん?いや。見てたのさ。織斑との一件よりも、オルコットとの一件よりもずっと前からな」

「……それは。随分いい趣味だね」

「そう言われても仕方ないが。見えちまうもんは仕方ない。悪いとは思ってるんだ。お陰でどっちにも肩入れできなくてな。お?」

 

笑みを浮かべた嵐湯君は、小さく息を吐いて地に足をつける。

ラファールを解除して、観客席に降り立った彼はISスーツでも、制服でもない、青い鎧に赤い弓を片手に立っている。

 

「目は無くなったみたいだ。この戦闘は記録されないし、誰にみられることはない。らしい」

「へー?なるほど。それも見えたって?」

「ああ。千里眼持ちでな。遠くまで見える。管制室で織斑先生が記録機器の電源を落とした。ん?ああ。なるほど。一護のやつIS脱ぎやがったのか。まあ慣れない武器は使いづらいわな」

「…………」

「さて、早々にこっちを片してから一夏た、凰たちの応援に行きたいんだ。もともと戦うつもりのようだし、手を貸してくれるならありがたいんだが」

「……まだ他にも?」

「ああ。あと二機。一夏と一護の前衛、凰の後衛で凌いでる。友人の危機だ。助けに行きたい気持ちもわかるだろう?」

「わかった。けど一つ聞かせて」

「おう」

「……見送りに来たあのタイミング。あの時すでに知ってた?」

「ああ。人気のないところであの馬鹿でかい武器を使ってりゃあ見ない方が難しい」

「そ、じゃあ話は後……え?」

「おうそうと決まれば話は早い。俺は見た通り弓を使う」

「…………嵐湯君?」

「まずは俺が落とす。トドメは任せた」

「…………。すでに飛べないと思うんだけど」

 

会話の最中。

まるでそうであるのが自然な様子で弓を射る彼。

あまりに自然すぎて、3度目の射まで気がつかなかった。

 

「そうか?あの篠ノ之束謹製の一品だぞ?俺程度の矢の二、三本じゃあ及ぶべくもないと思うが」

 

無機質な機械が飛び立とうとする瞬間、背のスラスターに、飛び立とうと力をためた膝に、寸分たがわず矢が刺さる。

射ったことはわかる。だが、いつ構えたのかもわからないし、そもそも矢をつがえた事すら気づかなかった。

すでに主だった関節には矢が刺さりまともに動けるとも思えない。

 

「……わかった。一旦無力化する。これ。矢で飛ばせる?」

 

右腕に巻きつく包帯に、彼の元に伸びてもらいながら彼に尋ねる。

 

「ああ。それならいけるぜ。あの馬鹿でかい武器になると準備がいるが」

 

彼が取り出した、いや、生み出した?彼が虚空から取り出した矢に巻き付いてもらい、あの無機質な機械の元まで飛ばしてもらう。

 

「"旅人"」

 

頭部に刺さった矢に巻きついた包帯が伸び上がり、姿を変じて無機質な機械を囲む。

 

数字がいくつか彫り込まれた木箱に変じたソレ。

七ツ星神器

箱の神器"旅人"

 

内側からは決して破れぬことのできぬ結界神器。

 

篠ノ之博士との一件で強度不足の懸念はあったが、流石にあそこまで物理法則から外れてはいないらしい。とすると、あの博士はあの機械よりも腕力がある可能性が生まれたが、まあ考えるだけ意味のないことである。

 

「あとは電池切れまで待てばおしまい。あるいは先生に引き渡すかな」

「そうだな。とっとと凰の方を片して怒られに行くか」

「織斑先生はお怒りで?」

「角が見えるくらいには」

 

先月。こってり絞られた事を思い出す。

しかも今回はメンバー的にアウェイ感が非常に強い。

 

「りんちゃん連れて逃げるね」

「おお。そりゃいい。逃げ切れるよう祈っとくよ」

 

とん。と。

観客席からアリーナへ飛び降りる。

 

先程こちらを見ていたものと同じものが二機。りんちゃんたち三人と宙を舞っている。

 

「一夏!」

「ああ!見えてる!こっちも片付けるぞ!」

 

観客席の隔壁をくりぬいた爪が迫る中、白いISは刀でいなし柄で打ち、子供をあしらうように相手取っている。

一方、黒い装束を纏い身の丈ほどの出刃包丁を振り回す黒川君も一方的と言えるほどに機械に攻撃を加えている。

 

「馬鹿!前ですぎ!一夏!次で決めるわよ!」

 

白いISの背後からおどり出るりんちゃんの声に機械を足蹴にして距離をとった白いISは、その手の刀を構えて上段に構える。

 

「3カウント!直進!任せた!」

「おう」

 

その、彼の、刀から立ち上る光の柱。

妙な既視感。

 

剣から立ち上る、あの、光。

俺は、かつて、あれと、あれを携えた勇者と、対峙、した……?

 

「援護、も必要ないか。それなりに、ん?おいおい!避けろ!上からくるぞ!」

 

彼が何か叫ぶ直後。

 

ずがん。と。

アリーナの天蓋をぶち破り、真上から化け物が降ってきた。

 

黒川くんと対峙していた機械をさらい、りんちゃんの目の前の機械をに噛みつき、"旅人"ごと中の機械を踏み潰して、その化け物は地面に降り立つ。

 

外からの衝撃には非常に弱い"旅人"ごと無機質な機械を踏み潰し、キョロキョロと周りを見渡すソレ。

銀の鱗の乱反射にまるで太陽そのものかのごとく輝く、ソレ。

 

「リオレウス、しかも希少種……だと。どこから来やがった!」

 

足元でもがく機械を意に介さず、横に顔を向けたまま何かを見つめるように目を細めると、加えた機械を噛み砕き足元の二機を踏み潰して、天高く咆哮をあげる。

 

「さてさて。遅刻はしたが、なんとか間に合った!」

 

咆哮が異音になったかと思えば、人の言葉を発していて、まるで潰れるようにヒトガタへと姿を変えていた。煌びやかに輝く鎧を纏うヒトガタは背に担いだ大刀を地面に突き刺して楽しげに続ける。

 

「美男美女が選り取り見取り。ここから選び放題とは結も全く粋な依頼をしてくれる!」

 

そう叫びさらに大声で咆えると、一目でスクラップとわかる機械を放り投げて、獰猛に笑った。

 

「諸君。テストの時間だ。せいぜい足掻いてくれたまえ」

 

直後ヒトガタは世界を焼いた。

 

 

 

 

乾いた空気に、頬を焼く空気。

目の前に転がる足が目に入り、自分が壁に寄りかかって座っているのだと気づく。

 

顔を上げれば、銀に輝くヒトガタが大剣を振り回して暴れていた。

その光景が目に入り、次第に音が聞こえてくる。

 

炎が地を焼く音、なにかが弾けるような金属音、重量物が衝突したような重低音。

 

そして苦しげに呻く人の声。

 

「っ……!」

 

思い出した。

私はあの銀のヒトガタに吹き飛ばされた。炎を撒き散らすあの竜に、あの竜の一息で吹き飛ばされた。

 

火の息(ブレス)。あの火球。

目の前で弾けたところまでは覚えている。

破裂の衝撃で壁に叩きつけられ、そのまま気を失ったのだろうけれど、違和感を覚える。

 

思うがまま、感じたまま顔を上げて、銀のヒトガタと戦う男たちの手前に。

 

焼け焦げた橙の装甲をまとった少女がうつ伏せに倒れていた。

大きいはずの青龍刀は熱でひしゃげて転がって、嵐のような彼女は微動だにせず目の前に倒れている。

 

その向こう。

つまりこの惨状を生み出した元凶。

 

龍の形をしていた男。

りんちゃんをああしたあの仇。

 

狂ったように箒を蹴飛ばしたあの男。

あの再現だ。

 

私はまた間違った。

 

「及第点。……いや。まあ。あらよっと。合格。としよう。このままだと狩られるのは僕になりそうだし」

 

一組の男の弾丸をかいくぐりながら爽やかに続ける。

 

相対してなお迷った。

 

「声を大にして言いたいのが、まだ負けてない、ってことだ。君たちを潰すに当たって。僕も腕の一本か二本は覚悟しないといけないし、そもそもそこまでのことは必要、おっと、ないわけで」

 

黒い刀を振り回す男を蹴飛ばし、目に向かう矢を焼き落とす。

 

敵対してなお逡巡した。

 

「上だ!舟がっく!」

「そうか。君は目が良かった。失念していた」

 

まあ。関係ないが。と。

嵐湯くんの弓をはねのけ、足に纏った炎で焼き蹴る。

 

「さて、手の内をバラされた以上、妙に長引かせるのも程度が知れる。試験結果を伝えよう」

 

アリーナの壁に打ち付けられた嵐湯くんは微動だにしない。

続ける男の周囲が歪む。

 

挙句、友人が死にかけている。

 

「戦闘試験 攻撃編は合格。おめでとう」

 

男の纏う熱量が空気を、光を歪め、空間を焼く。

 

私のせいだ。

 

「最終試験に移ろう。防御試験だ生き残ってくれたまえ」

 

鎧の奥の瞳が赤く輝く。

 

俺のせいだ。

 

直後爆炎を見た。


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