バカは死んでも治らない   作:さっさかっぱー

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二十二話 乱入の後

ああ。

はじめまして。ちょっとお邪魔してます。

落し物を探してましてね。

見つけたはいいんですが、拾うのがどうにも難儀で。

なに、お邪魔はしません。ちょいとここを貸してもらえれば。

どうぞ私のことはそこら辺の石だと思って無視してください。

なぁに。軒先で雨宿りさせてもらう程度ですので。

 

……というわけにも行きませんか。

曲がりなりにも私は商人。

ここを間借りさせていただく代わりに、一つお知恵をお教えしましょう。

 

あなたの知らない知恵です。あなたが欲する知識です。

あなたが知り得ない、関わるはずがなかった世界。その知識。

何、私は旅の商人ですので、その手のお話は得意なんです。

 

さて、どんな話しがいいか。

そうですね。自己紹介も兼ねて、私が落としたものの話でもしましょうか。力を失った仮面の話。友人と再会した森人の話。勇者が世界を救った後に旅した話。繰り返す世界の終わり。

 

不思議なあなたには、ちょうどいいお話でしょう。

 

そのお話で、間借り分をチャラにしてくださいな。

 

では自己紹介から。

ワタクシ、旅の商人をしております、幸せのお面屋と申します。

 

 

 

衝撃がアリーナに満ちる。

吹き飛ばされながら、りんちゃんをかばう。

 

熱で歪む空気から一刻も早くりんちゃんを逃す。

 

ドロドロに灼熱した地面から男が這い出る。

覆うような箱を退けてヒビだらけの鎧の奥に変わらず赤い瞳をかがやかせながら。

 

「傑作だ。まさか死にかけるとは。なんだこれ。しらねぇなぁ。結界、魔法の類か?っち。結のやろう伏せてやがったな。はぁ」

 

ぼとり。と肉が落ちる。

ドロドロに焼けた地面に沈むそれを、男は一顧だにせず這い出る。

腹わたを落としたにもかかわらず、目を輝かせながら立ち上がる。

脚は太くなり腕は翼に変じはじめる。

 

「いやはや。全くとんだ伏兵だ。NPCに庇われた挙句伸びてた落第野郎が、まさかこんな伏せ札持ってるとは。あーあ」

「……帰るつもりは、ない。そうですか?」

 

"花鳥風月"で逃したりんちゃんを目で追う。

アリーナの陰で貴族様と合流したのを見届けて男に視線を戻す。

飛んで行った驚く様子もなく、男はこちらを見続ける。

 

「はー。最終って言った手前なぁ。これで合格、ではあるんだが」

「結果が出たなら帰ってくれ」

「おい!何言ってる!」

「まてっ!一夏!」

「おお。言うね。開幕から伸びてた野郎、おっと失礼。女郎が何かできるって?」

「……そう。私は間違えた。挙句友人があのざま。可愛らしい友達は、私のために倒れ伏した」

「逃すかっ!」

「させるかっ!」

 

指を向け爪を放つ一組の代表に、それを応じて動く黒川。

そしてそれを意にも止めない銀の男。

 

弾丸を受けた脚がひしゃげ、刃を受けた翼が折れる。

それでも変わらずこちらから視線を動かさない男、いやすでに元の竜の姿に戻った銀竜は、すでに仕込みに気づいている。

 

「それで?今にも死にそうな俺に一体何するって?」

「三枚におろす。嫌なら逃げろ」

 

こいつは敵だ。

 

まっすぐ伸ばした左手から、蛇のように伸びる"百鬼夜行"が牙を剥く。

 

五ツ星神器

槍の神器

"百鬼夜行"

 

仕込みのせいで、重ねることもできず、倍加も使えない。

ただの生きてる神器。

 

話に聞いた百足のような生物が牙を剥く。

竜の懐に入り込み、柔らかな腹に牙を立てる。

竜は負けじと"百鬼夜行"に牙を立てようとするが、噛まれる前に神器を解く。

 

一ツ星神器

砲の神器

"鉄"

 

角の生えた砲台から、雷撃を纏う牛が射出される。

雷撃を放ちながら突進する牛を火炎弾で迎撃する竜は、迎撃で減速した牛を踏み台に中空へと避難する。

 

その目は、こちらを見据えて、翼を広げる。

 

三ツ星神器

刃の神器

"快刀乱麻"

 

右手の包帯が、姿を変える。

鍔のない、鉈のような刀。

そのまま右手もその色を変える。

木のような、肉のような質感。

人というより、どこか人形のような、作り物のような腕。

 

毒に汚染された森。

沼に沈んだ神殿を幻視する。

 

右腕の意のままに"快刀乱麻"を振り下ろし、空から舞い降りる竜と打ち合う。

鉄板すらやすやす引き裂く"快刀乱麻"は竜の脚に浅い傷をつけるに終わる。

そのまま押しつぶそうと立てた刃を意にも介さず全体重をかけられる。刃が深く入り込み、頭上から垂れる血で汚れる。

 

両断するより潰れる方が早い。

天界人とはいえ、この竜の体重を支えられるはずもない。

猶予は一瞬。

 

二ツ星神器

腕の神器

"威風堂々"

 

竜と私を隔てていた刃が消え、血濡れの足が頭上に迫る。

重力に任せ、身を屈め、わずかな時間を稼ぐ。

 

足元が隆起する。

まだだ。

出現質量が、空気を押したのを感じる。

まだだ。

走馬灯がよぎり、視界いっぱいに竜の足に塗りつぶされる。

 

視界の端に、皮膚が剥がれて、筋肉がむき出しになったような指先がうつる。

 

間に合わない。

 

衝撃。

地面に叩きつけられるが、押しつぶされる前に地面から生えた腕が竜を殴りつける。かち上げられた竜は折れた翼を器用に広げ、姿勢を整える。

竜を掴もうと手のひらを広げる"威風堂々"の動きをかいくぐり、さらに上空へと距離を取る。

 

竜の表情なぞわからないが、あの口角の上がり具合は、笑ってでもいるのだろう。勝ち誇っているのだろう。

 

こちらの勝ち筋を読みきったとでも思っているのだろう。

"威風堂々"による握りつぶし。

あるいは握りこむことでの拘束。

 

神器の切り替え。

自信はあったが。私のそれより相手の空中機動の方が上だった。

 

これで私の勝ち筋はなくなった。

 

ボロボロの翼で降りてこないところを見るに、こちらの対空手段のなさにも気づいている。

さっき"快刀乱麻"で待ったのがまずかった。

あれで対空手段がないことに気づかれた。

 

時間稼ぎももう無理だ。

 

状況だけ見れば"快刀乱麻"で打ち合う直前と同じ。

つまり振り出しに戻った。

 

けれど今度はあちらが有利。

地べたに叩きつけられたせいでフラフラしてるし、こちらの手札は暴かれた。

 

一方あちらは、火炎弾をちまちま撃っていればいずれ僕は焼け死ぬ。

単純作業。詰めろの状況。

 

けれど、

 

「"牙"act3 。次こそ落とす」

「"月牙天衝"っ!!」

 

すでに仕込みは終わってる。

 

折れた翼が爪弾を受けて弾け飛ぶ。

片翼になったところに、黒い月が突き刺さる。

 

地上からの対空攻撃は、もう選択肢になかっただろう。

りんちゃんを逃して貴族様と合流したところまでは、知っているはずだ。であれば、私が陽動、貴族様が本命、とでも思ったのだろう。

 

だからこそ、こちらの対空手段を確かめた上、上空へ飛び空対空の警戒をしていた。地対空を一切警戒していないことから察するに、私と一組代表の不仲は承知の上だろう。

 

で、あれば。

 

一組代表との連携こそ相手に埒外にあるはずだ。

採点とやらが終わり、もはや攻撃を意にも介されなかった二人。

 

貴族様経由で、まだISを纏っている一組代表への連絡。

 

この上ない不意打ち。

 

竜はすでに地に落ちた。

互いにボロボロ。

だが数の優位はこちら。

 

形勢は逆転した。

 

「あぁ。ぃ欲張っちまった」

 

地に伏した竜は人へと姿を変え、片腕をかばいながら立ち上がる。

大剣にもたれかかり、こちらを睨みつける。

医学知識がなくても重傷と分かるほどの大怪我。

 

銀の鎧は見る影見ない。

血塗られ、黒く、嫌な臭いが溢れている。

 

「オーケーオーケー。合格。順調に塗り替えてんね」

 

生々しい音に、硬質な金属音。

男の胸当が外れ、地面を凹ませながらべチャリと音を立てる。

 

「っ!」

 

思わず目を背ける。

露出した肋骨。くすんだ色の鮮やかな臓器。輝かしい心臓。

 

でろり、と口から見える黒い刃。

 

見覚えのある、黒い刃。

 

『一夏ぁ!離れろぉお!!』

『篠ノ之!しの、箒!まっ』

 

友達だった人の声。

最強と謳われる先生の声。

 

アリーナに響いた音を声と認識する前。

まだ黒い刃がが何かを認識できる前。

 

『そいつを刺させるなっ!』

 

背けた目を戻す。

どういう手段か、口内に隠していた刃は、まるでそうあるのが自然なように、男の心臓へと向かう。

 

その刃が何かを思い出す前。すでに体は起きていた。

 

走馬灯。

箒を蹴りつけた暴漢。

男が言った、結という名前。

箒の兄、結という男。

貴族様とりんちゃんの仇。

 

起こした体を、そのまま前へ。

 

六ツ星神器

車輪の神器

"電光石火"

 

可能な限り、早く。

 

ゆっくりと黒い刃が輝く心臓へと飲み込まれる。

 

左手を伸ばす。

 

男は大剣の陰に隠れようと一歩引く。

 

大剣を乗り越える。

 

心臓に、黒い刃が突き刺さる。

 

男は骨がむき出しになった右手でかばう。

 

左手ではねのける。

 

黒い刃から、雷光がほとばしる。

 

左手を再度伸ばす。

 

男の心臓は、眩い雷光とともに、より一層輝きを増す。

 

左手が、黒いヤイバに触れる。

 

左手が、傷ひとつない男の手に掴まれる。

 

まただ。間に合わない。

 

削げた肉が隆起する。

銀の鱗が輝きを増す。

焦げた血は、その鮮やかさを取り戻す。

 

「奥の手、というほどのものじゃない。悪刀 鐚。結製の完成形変態刀の一振り、生体の活性化。竜を混ぜ込まれた僕は生命力が強くてね。一本あれば、全快さ」

 

雷纏う銀竜。

燃え盛る炎はその輝かしい龍鱗すら焼き焦がす。

 

赤黒く焼け焦げたその姿は一層深く、一層熱い。

 

掴まれた左手を無造作に投げられる。

 

前後不覚。上下の感覚の喪失。

視野が黒く染まる。

 

天界人の優れた感覚が、このままだと死ぬと伝えてくる。

頑丈な体でも、壁にぶつかれば柘榴のように弾けるのだと伝えてくる。

 

走馬灯。

どう回転しているのか、血の登った頭では、妙に黒く染まった思い出しか出てこない。

 

ぶつかるまでもう間もない。

 

けれど、まあ。

次の私はうまくやってくれるでしょう。

 

 

とん、と。

私を受け止める。

 

フリスビーのごとく回転しながら飛ぶ私を、そっと受け止める。

目を回す私と少し見つめ合い、能力を解く。

 

「へえ?分身?」

 

天災に言葉がよぎる。

意味不明な、自己完結でしかなかった言葉。

どちらが本物かなんて考えたこともない。

 

翼の神器

九ツ星神器

"花鳥風月"

 

おどろおどろしい七色のに艶めく筋繊維。

それを翼の様にまとめただけの翼と形容しがたい造形。

 

だが飛べる。

何より早い。

 

お陰でりんちゃんを連れて貴族様のもとまで逃げられた。

 

私の倍加を解く。

これで、倍加のリソースを別にさける。

竜人の相手に全てをさける。

 

嵐湯くんは変わらず壁際でうずくまっている。が意識は戻っているらしい。弓に矢を添えて気配を探っている。

黒川くんは刀を構えているが、上昇し続ける熱を感じて距離を取っている。

一組の代表は、その熱を感じるや否や、ISを見に纏い、刀を構えて隙を伺っている。

 

一方の竜人は。

上がり続ける熱のせいか、銀の輝きは見る影もない。

黒く焦げた体躯は、一層黒く、深く。刻一刻と赤黒く染まる。

目の前の竜から感じる熱は先ほど火炎弾から感じたものと遜色ない。

 

「見逃したくせによく言う。私が空に逃げたから、貴族様への対空をより気にしてたくせに」

「貴族様ねぇ。そりゃあ、なぁ。魔改造されてるとはいえ。原作キャラだし。なにしろアレの忘れ形見だ。気にもなる。あーあ。もっときゃっきゃうふふな青春ラブコメだったのになぁ」

 

がちん。と足元の胸当を踏み潰す。

鎧か、あるいは竜人の体そのものか。

かすんだ銀は、そのまま男の足元で燃え上がりすすとなる。

 

「まあ、闇堕ちモノは悪くない。NTRモノに比べれば雲泥よ。最初っから堕ちてれば、ヒーローがすくい上げるのが見えてるしな」

 

そう言って、男たちへ目を向けて、その身を竜へと変じる。

 

「ま、合格。順調に世界を塗り替えてるね。このまま頑張ってくれたまえ」

 

翼を広げ、両脚に力を込める。

飛び去ることを隠そうともしない。

 

両翼が視野を狭める一瞬。

気を伺っていたそれぞれが一斉に行動する。

 

嵐湯くんの矢。

黒川くんの斬撃。

一組代表の飛び込み。

 

全てを受け、物ともせず宙へ浮かぶ竜。

 

勝ち誇っているのか、中空で大きく吼え、やがて空へと姿を消した。

 

雲の向こう。天界人ですら見えない先にその姿が消えてようやく、小さく息を吐いた。

 

"花鳥風月"を解いて地面へ降り立つ。

自重を支えられず膝をつく。

 

誰かに手を差し伸べられ、その誰かを確認する前に、そのまま意識を失った。


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