転校することになった。
その話を本音にすれば、いつもほんわかしている彼女はしなっとしぼんでぽろぽろ泣いた。
小学校入学から二年の付き合いになる彼女の初めて見る泣き顔だった。
私だって出来る限りここを離れたくない。けれど、あの優しいながらも頑固な祖母があれほど真剣な顔で言うのだ。神様からもらった力もなんの役にもたちゃしない。
祖母は表立って動いていなかったから何が切欠だったのか正直判断がつかないが、たぶんあれが切欠なんだろう。
"双騎士事件"
世界中から打ち出されたミサイルを華麗に迎撃する2台の人型ロボット。
ミサイル迎撃の後は背後から迫る戦闘機とのカーチェイス。カーじゃないか。
熾烈なというほどのこともなく、まるで子供と遊ぶ大人のように軽く捻って戦闘機を置いてけぼりにして離脱するロボット。
後から聞いた話によるとあれには人が乗っている系ロボットで名前はインフィニット・ストラトスと言うらしい。
そのISを開発した篠ノ之博士が一連の映像とともに声明を出し、世界は大騒ぎとなった。
一緒にテレビを見ていた祖母は硬い顔で私の頭を撫でると自室にこもって何か作業を始めていた。
あれから一ヶ月ほど。やたら親戚の皆さんが祖母のうちに顔を出すなと思ったりもしたし、祖母の外出が増えた気もした。ちょっとたかそうな着物を買ってもらって着付けの仕方を教わった。
今にして思えば状況証拠はこれ以上ないほど揃っていた。
三度目の生にして初めてSFチックな出来事にであって正直浮かれていた私は、これら一連の出来事について考えを巡らせることもしなかった。
フィクションチックなのは神様(自称)がくれた能力群くらいなもので、一度目の杜王町でも、二度目の駒王町でもファンタジーとは無縁。生まれ直す度違う世界に生まれ落ちているようだし、こんなこともあるのかもしれない。
そして気がつけば祖母の元を離れ祖母の年の離れた弟(定年間近、マタギ、未婚)の元で田舎の学校に通うことが決まっていた。
詰めろをかけられた状況で手番はあちら。どうしようもなくなった状況で考えるしかできなかった私は、祖母の動機を考えてみるも、考えるという行為で結果を出せるほど祖母のことを知らないのだと思い至り。
優しかった祖母と向き合わなかったのかと衝撃を受けた。
引っ越し当日。
クラスの代表としてきた委員長としょぼんとしぼんだ本音、そしてまっすぐに私をみる祖母に見送られ。私は東北に引っ越すことになった。
「またね」
「……うん」
「手紙も書くよ」
「…わたしも、かく」
「ん。待ってる。委員長も来てくれてありがとう。クラス代表なんて休日に引っ張り出してごめんね」
「いや、今日は俺もどうせ暇だったし。端からみてて二人とも仲が良さそうだったから、えっと。その。……なんかごめん。気の利いたことも言えなくて。引っ越した先でも元気で」
「ふふ。気を使ってくれてありがとう。おばあちゃん。えっと……また遊びに来てもいいですか?」
「いつでもおいで。……待ってるよ」
「……うん。じゃあ、またね」
そのままおじさんの車に乗り込んで、馴染みのある街を去った。
後ろを見るのが怖くって私はずっと前を見ていた。
転校した先で転校生に出会った。
篠崎箒と名乗る彼女はなんの因果か私と同じタイミングで同じ学校に越して来たらしい。
職員室で短く挨拶すれば、同じ教室に案内される。少人数だから一クラスしかないのかと思いきや小中あわせてで一クラスらしい。
あまりの限界集落ぶりに恐れ慄いている私に反して篠崎さんは面白くもなさそうに「箒だ」と一言名乗って席に座った。
それに倣って「そらです」と名乗るが、どうもしっくりこなかった私は「よろしくお願いします」と一言添えて席に座った。
凛とした子なら似合うが私のようなのんびり系には一言挨拶は向かないらしい。
そのまま授業にはいるが、先生一人に生徒十人。その上学年もバラバラ。どうやらこの空間では自学自習で不明点を先生に聞けばいいらしい。
困った。
小学校二年生のレベルどころかこうこ……中学レベルであれば難なくこなせる私にこの状況は苦行だ。
四十分授業をどう潰すか考えなきゃならん。
とりあえず最初の授業は四十分瞑想するという苦行でどうにか乗り切った私は転校生に御馴染みな質問責めにあっていた。と言っても転校するのは初めてなので、本当に御馴染みなのかは知らないが。
低学年の子たち(三人)に篠崎さんと二人質問責めにされる。その様子を高学年の先輩方(五人)が温かい目で見守っている。
低学年とはいえ三年生の子は私の年上であるので、ぞんざいな扱いをするわけにもいかず。どうしたものかと律儀に質問に答えていると、耐えきれないとばかりに篠崎さんは長い袋を担いで部屋を出て行った。
凍りつく空気。泣きそうになる三年生(女)。囃し立てる上級生(男)。げんこつを落とす中学生(男)。
凍りついた空気が今にも弾けそうなタイミングで一番年上であろうお姉さんが手のひらを叩き場を静める。
泣きそうになる三年生をあやしながら私に篠崎さんの迎えにやろうとするお姉さん。
曰く、転校生同士の方が取っ掛かりやすいだろうとのこと。
小学二年生に無茶を言う。
相互理解に努めようとしない人間ほど付き合いづらいものはないんだぞ。
とはいえ新参者が最高権力者に立ち向かっても無様な結果になるだけである。それに人生経験が二回あるとは言え二回とも男社会で生きて来た。そんな私が女性のコミュニティでうまく立ち回れるはずもなく、長いものに巻かれるくらいの処世術しか持ち合わせていない。
……交際経験が片手で足りないくらいあればなんとかできたのかもしれないが、生憎何も残さず生きて来た私にはそんな生産的な技術などありはしない。精々が営業職で培ったその場しのぎ力程度である。
迷うことなく首を縦に振り、パニックになりかけの教室を後にする。
そう言えば校舎の構造すらまだ教えてもらってないなと思うが、古今東西ああ言う輩が行く場所は決まっている。
「あ、いた」
屋上で竹刀を腿に置き禅をする少女を見つけて、側に行く。
扉を開いて二、三歩歩けば篠崎さんから鋭い声で
「近寄るな!」
どうも彼女は大変お怒りらしい。
三年生の質問も当たり障りのないものだったしなぜ彼女がそんなに怒っているのか見当もつかない。
とは言え授業までもう時間もないし、最高権力者であるお姉さんに彼女の捕縛を命じられている私としては彼女の都合に頓着する気もない。
彼女は気にせず近づく私に気がついたのか竹刀を構えて立ち上がった。
「どうせお前も、私の姉が目的なんだろう!私は何も知らないし、姉に連絡を取る気もない!ほっといてくれ!」
いまいちピンとこないが、彼女の言葉から飛躍して妄想すればに遺産を相続してしまったか、借金をこしらえた姉が逃走でもしたのだろう。
……相当参っているらしい。同情するが、相手をするのは面倒だ。
「取引先を怒らせてしまった時の万の心得」がふと頭をよぎる。
前々世で大変お世話になった本だし、前世ではこれのおかげで穏やかに生きられた。とは言え結果としてまっているのが無味乾燥な生活か、槍に貫かれる未来である。
営業成績はそれなりに出せたが、私生活がそんな有様になるのならやるだけ無駄である。
と言うか無味乾燥どころか性の不一致に悩む人生になることがほぼ確定している現在、他人との付き合いで頭をひねるのも面倒だ。
ああ、本音と日向ぼっこしてお茶啜るだけの人生になればよかったのに。
「はぁ。……もう好きにして」
どうせ荷物は教室なのだ。ここから直接帰るなんて暴挙はさすがにするまい。教室に戻ればお姉さんがなんとかしてくれる。
女社会の諸々もそもそも女性が私含めても四人しかいないのなら大したことにはならないだろうし。……ならないといいなぁ。殺伐としてるのかなぁ。
面倒ごとを放置することに決めた私は篠崎さんと距離をとって、屋上の柵に寄っかかってハンバーガーを取り出した。
まだ朝の十時。給食を控えているが気にすることはない。
こうみれば田舎もいいものじゃないか。
一面の緑に綺麗な青空。ポカポカな日向で食べるハンバーガーはまた格別なものだ。
本音への手紙のネタが増えたことを喜んでいると後ろから声がかかった。
「……すまん。悪かった。引っ越しは本意ではなかったし姉のせいでゴチャゴチャして。…………」
のんびり系を自負する私としては他所様の家族関係に首を突っ込みたくないし、こんな誰でもいいから聞いてほしい的なことに巻き込まれるのは面倒だ。
「好きにしたらいいよ。怒るのなら怒って、帰りたいのなら帰って。私はここでのんびりしてくから」
一緒に食べる?そう言ってもう一つハンバーガーを篠崎さんに向ければ、おずおずと手を伸ばす。
あれ?どこから?と首をひねる篠崎さんにマジックマジックと適当に返せばそのままむしゃむしゃ食べ始める。
面倒ごとは聞くのもごめんだし、とは言えこのままバッサリと言うのも性に合わない。
自分の引っ越しすらどうにもできないのだ。
私にできることといえば穏やかに日向ぼっこをするコツを教えるくらい。
それなりの満腹感と穏やかな陽気があれば人は幸せになれるんだから。
二人してモフモフハンバーガーを食べていると、私たちを探しに来た先生とクラスメイト一同に見つけられ、二人でしこたま怒られた。
そのあとハンバーガーが如何に都会の食事っぽいかを三年生の子に語られて、それに当てられたのかお姉さん主催でハンバーガー製作会の開催が決定した。
不安はあったがなんだかんだうまくやっていけそうである。