バカは死んでも治らない   作:さっさかっぱー

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五話 ー進学ー

ーーけど、まさか先輩から誘ってもらえるとは思っても無かったですよ。同期が話してましたよ?あらゆる誘いを断ってる鉄壁の先輩って」

 

週末、華の金曜日、仕事帰りの高級レストラン。

 

入社当初からお世話になっている先輩に誘われるままに入った店は、自分一人だったらまず入らないだろうフレンチレストラン。

すわクビか左遷か、なんて恐れおののきつつも、そんな気配はかけらもなく結局誘われた目的もわからず、最後のジェラートに舌鼓を打っている。

これで、誘われたのが女性の先輩なら最高の夜に期待していたところだ。生憎とノーマルな僕としては、金髪イケメンで社内でも五指に入るトップセーラーとはいえ男性に誘われても困るだけ。

 

 

我慢しきれず聞いてしまって、ワイングラスを口に運ぶ手が止まった様子が目に入る。

地雷踏んだかと戦々恐々としたけれど、先輩の口からこぼれたのは溜息だった。

 

「……苦手なんだよ。大勢で和気藹々とするノリが。どうせ飲むなら一人穏やかに月見でもしながらが一番いい。植物のように穏やかであればそれ以上は求めない」

「あー。確かに先輩孤高って感じですもんね。なのに人当たりもいいとなればそりゃ社内でモテますよ」

 

そういえば、と口にして少し迷う。

社内で度々耳にする先輩の噂。

のみの席での話題には適切だが、普段からあまり私生活を探られたくない様子を隠さない先輩からすれば、これを聞いてもいいものかどうか。

迷った末に取りやめて、最初から疑問に思っていたことを聞いてみる。

 

「どうして今日、僕を誘ってくれたんですか?いや、もちろん光栄ですし、なんなら今後も誘ってほしいくらいではあるんですけれど」

 

プライベートに踏み込むよりは、幾分マシな質問のはずだ。おそらく、多分、きっと。

 

「ん?ああ。ひどく個人的な用だったんだが、いや、実はもう済んでいるんだ。いやそんな狐につままれたような顔しないでくれよ。例えるなら超能力者は二人もいなかった。そんな当たり前の話なんだから」

「いや、一人もいないと思いますよ?」

「違いない」

 

上機嫌にはははと笑う先輩はグラスを傾けワインを呷る。

赤ワインが似合うイケメンってのはなかなかに反則だ。

なかなか上機嫌なのか、面白いくらい進むグラスを見て心配になったが、人付き合いを好まない先輩が、僕の前ではハメを外すなんてシチュエーションにちょっと愉悦感を感じていたり。

……ほんと女の先輩だったらその後を期待したに違いなかったのに。

 

酔っ払いの常なのか、壮年男性の常なのか。人生観を語り出した先輩を僕が止められるはずもなく。延々と続くと思われたそれは我に帰った先輩によって止められた。

彼女のこと、仕事のこと、趣味のこと。そして生き方のこと。

店を出てから時計を見て驚いたが、せいぜい一時間たらずのことだったらしい。

 

「ーーつまりね 君、勝ちも負けもいらない。ただ植物のように穏やかで静かな生活のためなら万難を排してでも……。失礼。ちょっと酔いが回ったようだ。ふぅ。出ようか」

「あ、はい。今日は誘っていただいてありがとうございます」

「こちらこそ誘われてくれてありがとう。ここは奢るよ」

「いや、そん「先輩の甲斐性というヤツさ。ああ、代わりというわけではないけれど、僕が誘ったってことはあまり吹聴しないでくれよ。勘違いした女どもに群がられるのは嫌なんでね」んふっ。彼女さんいらっしゃいますもんね。わかりました。ごちそうさまです…………そういえば、彼女さんどんな方なんですか?」

「……そうだな。手が綺麗な人だ。それはもう切り取りたいくらい」

 

その一年後、楽しげに恋人に惚気ていた先輩は失踪した。その挙句救急車に引かれて死んだらしい。

そしてさらに十年後僕は白い部屋で自称神様と取引をするわけだけれど、そんなものは些細なものさ。

 

些細ではないもの。

 

二度の死を経験してなお色褪せず目に焼き付いているあの表情。あの瞳の色。

静けさを語る先輩の、あの穴の底を垣間見たような暗さとも、太陽を見上げたような明るさとも言える、形容しがたい光。

 

二度目、彼に殺されたからこそ、あの一度目のあの記憶が引き立った。あの異様な光に、あの時感じなかった違和に気がつけた。

私を槍で突き殺した彼。

彼の瞳には先輩に比べて濁りが目立ったけれど、それでもあの輝きは眩しかった。

 

私が生涯帯びなかった輝き。

命を賭してでも望むこと。

多分先輩も彼もそれを心に秘めていた。

 

 

 

箒と別れてから早5年。

おばあちゃんが好き勝手言い放ってから5年。

引っ越し先も連絡先も教えてもらえず、進学せずとも疎遠になってしまったことにショックを受けるだなんて、自分が思っていた以上に箒のことを好ましく思っていたなんて一幕もあったけれど、自称神様のいう"反動"なんてまるで何もないかのように穏やかにすぎた。

私が望んだ通り平穏無事の時間は過ぎた。

 

小学校を卒業しても相も変わらず同じ教室で自習する日々。

気がつけば最年長になり、徐々に人数が減っていく新入生の世話をしながら、本音と文通をする毎日。

人付き合いをしていないわけではないのに、これと言って友人が増えないのはおかしいとぼやく私に、私がいるよ!と返信してくれるのが目下のブームだ。本音がいればもう何もいらない気がする。

 

本音の進路はIS学園だそうだ。

ISになんて興味ないとかつての手紙に書かれていたような気がしたが、なんだかんだ興味があったのだろうか。

 

IS学園

私が中学に上がる前くらいに設立された学校。

日本にありながら受験にパスポートが必要となる無国籍学校。

高校受験で、まさか指紋認証レベルの本人確認をされるなどと思ってもみなかった。

高校受験レベルをはるかに超えた理数系のテストに、日本人であることに疑問を覚える国語のテスト。一転、社会科目のテストはといえば一般常識があれば満点が取れるような当たり障りのない易しい試験。

ちぐはぐと言わざるをえないテストの数々と機体を起動させるだけの名ばかり実技試験。

 

そう。私もIS学園を受験して、なんの因果か受かってしまった。

"反動"とやらのおかげ説が今のところ有力候補である。

 

受験する切欠は本音からの手紙と、神様とやらの神託。

なんてのは後付けで、フィクション染みたテクノロジーなんて男の子心にダイレクトに突き刺さる言葉のおかげだ。

一度目の人生では技術営業にも手を出した時期もあったし、今世は最先端テクノロジーを売り歩く男なんてのもかっこいいかもしれない。

…………最先端テクノロジーを売り歩く女なんてのもかっこいいに違いない。

 

"双騎士事件"以降ちらほらとメディアに出てきていた最先端テクノロジー。

最近では世界大会なんてのもあると聞く。

女性しか使えない宇宙にすら手が届く代物であるらしいインフィニット・ストラトスは私の心の琴線に触れた。

体は女心は男。そんな私が使用できるか心配だったが問題なく起動できたし空も飛べた。

名ばかりの実技試験を終えて帰宅した私が軽く調べてみると、精神と肉体の性差に悩む人間で起動できるか否かの実験を行ったことがあったらしい。

結果は生まれ持った肉体の性別に依存するとのこと。

アメリカの軍大学の発表である。

 

……気になってさらに調べてみたらインフィニット・ストラトスに関わる論文全てがどこそこの軍学校が提出しているものであった。であれば、表に出ているのはほんの一部に違いない。公開しているもので結構な数あるのだから軍事機密扱いのものも相当な量あるんじゃなかろうか。そんな軍事機密のオンパレードに私が乗って大丈夫なんだろうか。

さらに調べてみれば現在、インフィニット・ストラトスの過半数は軍事利用されず、思春期の少女のおもちゃになっているらしい。

IS学園所有(つまりは国連所有)となっているのだとか。

 

びっくりである。

世界に200台ないらしいISのうちの半数近くがIS学園にあることとか。

たったの2台で数百のミサイル迎撃して、当時の最先端戦闘機を軽々と置いてけぼりにした兵器が半数とはつまり100機ほど。思春期の少女が集まる学校に置いてある。

入学試験の個人確認甘すぎじゃあなかろうか。

静脈とか網膜とかDNAとかもっと確認した方がいいんじゃなかろうか。

それともISちっくなファンタジーサイエンスで実は個人確認が必要ないレベルのセキュリティだったりするのかも。

 

とはいえ、現実にそんな状況で数年運営しているのだからそれなりに信用できるセキュリティなんだろう。

信用できるセキュリティなんだろうけど、学校生活の説明が分厚いマニュアル一冊送って終わりだなんて中学生にはちょっとハードル高すぎませんかね。一度目ではセキュリティの最先端は逆にアナログだという売り文句で営業をかけたこともあったけど、本当に大丈夫なものなんだろうか?日本の配送業者ってそれほど信用できるものなのか。

紙で送って終わりってそれはセキュリティ大丈夫なの?引越しの準備の片手間に読める量じゃないんじゃないかな。

 

ぼーっと、表紙に極秘だなんて冗談みたいなハンコが押されてる冊子で目を滑らせていると、右手を引っ張る少女が一人。

どうやらおままごとに誘ってくれるらしい。

その子のお姉さんが後ろで慌ててペコペコ頭を下げているが、そんな気にしなくても。

やんわりと右手を掴む手を離し、左手をつなぐ。

どこでやるのと聞けば校庭の松の木の下でやるらしい。

なかなかみる目があるじゃないか。あそこは学校内じゃ随一の昼寝スポットだ。

今にも走り出さんばかりに左手を引っ張る少女をしっかり手綱を取りながら、少女の姉にひらひらと手を振る。

 

お飯事ではペットのハムスターをやる羽目になった。猫派の主張は多数派に潰され無言で見守るハムスター。挙句「檻からでちゃダメね」とは罰ゲームか何かだろうか。チビちゃんたちが嬉しそうでお姉さんは嬉しいよ。まったく。

 

 

ちびっこの相手をして、お別れ会なんて開いてもらって。

ヒデ爺に見送られておばあちゃんと少し過ごして。

おばあちゃんとお話ししながら引越しの準備をして。

涙ながらの別れもあって、笑いながらさよならした。

経験則からいえば、あのちびっこたちとは二度と会うことはないのだと思うと悲しいような気もする。村から出て行った人たちと再会したこともない。けれど、なんだかんだ続いた腐れ縁だってあったのだから縁さえ合えば会えるだろう。

 

地元を離れIS学園に向かう電車を待つ。

日本領海にあるのに切符買うのにパスポートがいるのはこの駅くらいのもんだろう。

お祝いにもらった扇子をパチパチしながらショルダーバック片手に写真を眺める。

左手に群がるちびっことそれを微笑ましく見守る先生たちと撮った集合写真を眺めながらパチパチパチパチ。

もらって二日と経ってないのにもう左手に馴染んでいる扇子。

さすがおばあちゃんセンスがいい。……なんちゃって。

なんてくだらないことを思いながら時間を潰していると後ろから声がかけられた。

 

「それ、やめてもらっても?」

 

振り返れば金髪の美少女が眉をひそめて私を睨んでいる。

美人が凄むと怖いけど、右手見てもそれほど気にしない態度は結構好印象。

私より扇子が似合いそうな彼女は左手に視線をやり顔を上げた。

 

「ごめんなさい。癖になってて」

 

扇子を胸ポケットにしまって写真を鞄に。

パチパチで迷惑かけるとは扇子が馴染んでいない証拠じゃないか。

こんな美人いたのに気がつかないとは男の子心は死んでるね。

この調子で女の子心が芽生えれば言うことないんだけれどなぁ、なんて。

 

「貴方もIS学園に?」

 

扇子を仕舞えば眉間のシワは幾分かやわたんだけれど、空気は硬いまま。

こんなのはごめんだと当たり障りのない質問をするが、そもそもこの駅にはIS学園行きの電車しかこない。無駄極まりない質問である。

 

「ええ」

 

…………。おわり。

でしょうよ。

どうもこの金髪美人馴れ合うつもりはないらしい。

であれば、わざわざ痛い目みる必要もない。

 

「…………」

「…………」

 

無言で二人、海の見えるホームで電車を待つ。

 

…………。

 

……麦わら帽子かぶってきたらよかったな。思ったより日差しが強い。

小腹が空いたのでハンバーガーにパクつけば後ろから怪訝な声が。

 

「……今それどこから出されました?」

「あーっと。……、食べる?」

 

しまった。完全に意識の外だ。

後ろに彼女がいたの失念していた。

 

慌てて新しいものを差し出すも、悪手であると気がついたのは出した後。

 

右手に突如出現したハンバーガーをギョッと見つめて、彼女は一歩後退る。

そのまま恐る恐るといった感じで右耳の青いイヤーカフスに手を伸ばすと震える声で呟いた。

 

「貴方も"転生者"ですの?」

 

べチャリと。ハンバーガーが地面に落ちた。

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