ばたん。とベッドに倒れこむ。
疲れた。
もう寝てやる。
壁に積まれた段ボールに達筆な字で松本そらと書いてあるのが見えた。荷解きは早いうちに終わらせなさいよ。なんておばあちゃんの言葉が頭をよぎるが、おばあちゃん私今日は疲れたよ。都会なめてたよ。十年弱の田舎生活は私から社会性を失わせるのに十分だったよ。明日から本気出すから。
頭の中に浮かぶおばあちゃんに頭にツノが生えたあたりで、ノックの音が聞こえた。ドアの方を見れば、隣のベッドが目に入る。
そうかルームメイトがいるのか。
…………。はぁ。
気の合うなんて贅沢は言うまい。
はっきり言えば、本音であれば最高。のんびり屋な子なら次点。
「はじめまして。わたくぅぃっ!?」
金髪美女なら最悪の極み。
祈るようにドアを開ければ、金髪美女と目があった。
爽やかな笑顔が妙な形に固まって可愛らしさとも凛々しさからもほど遠くなる。
私も似たような顔をしていたに違いない。
いったいどんな采配だ。
自称神様、今度あったら思いっきりぶん殴ってやる。
神器能力込み込みで本気の一撃見舞ってやるからな。
時を遡ること半日ほど。
右手からこぼれたハンバーガーの残骸をどうにか袋詰にした後。
電車のボックス席に私と金髪美人は座っている。
彼我の距離は2mほど。あまり広いとは言えないボックス席でギリギリまで距離を取ろうともがいている金髪美人に、そんな嫌なら違う席も空いてるよ?と問えば、貴方みたいな危険人物放っておけるもんですかときた。
いったい私が何をした。
そんな彼女に私ができることといえば
「えーっと。てんせーしゃなんて身に覚えも心当たりもないんだけれど。うち神道だし。食べ物で遊ぶなんて不謹慎だと怒るのは至極当たり前だと思うしそのことについては謝ります」
全力でとぼけることくらいである。
もちろん転生者なるものに対して心当たりはある。
おばあちゃんから名前だけは聞いていたことだし。
あれから一切細かいことは教えてもらえなかったけど、考えることはできた。
転生。つまりは死んで新たに生を受けることのはずだ。
一度目から二度目はともかく、二度目から今生へは死んで生まれているので転生と言えるだろう。
と言うか今まで気にも留めなかったけど、右手からハンバーガーが現れる様は完全に普通ではない。
二度目からこっちかれこれ三十年ちょっと。
誰からも突っ込まれなかったので完全に普通の認識でいた。
いや、オーフィスなんてなんか黒い蛇を常に飼い慣らしていた身につけていたし、あの幼馴染も妙な帯電体質だったし、槍出現させて挙句人を刺し殺す輩もいるんだからハンバーガーなんて全然平和的じゃん。なんでこんな警戒されるのか。不思議極まりない。
マジックですよ。奇術なんです。と袖をめくって右腕を見せる。
ほら肩から手首にかけて如何にもな怪しい布巻いてるじゃん。詳細はネタバレになっちゃうから言えないけど、引っ掛けたり引っ張ったり引きつけたりそれはもう練習してさ。いや。もうハンバーガー切れたからもう一度はできないんだけど。と言うかハンバーガー出しただけでこんな警戒しなくてもさ。え?ハンバーガー?なんでって。手のひらに収まらないサイズのもので、普通?出てくる?なんて?思わないような?出てくると思わない?思わないもの?を?出した方が驚かれるじゃない?ですか?…………ほらハンバーガーしかない。
いやそんな胡乱な目で見られても。
ネタバレ?イヤイヤ。マジシャンにネタバレ求められても困ります。
他の?他って?…………!?いやいや。鳩とかトランプって。いやいやいやいや。
…………中学校。えっと海外だとエレメントスクール?え?みどる?そうなんだ。そこの出し物でこれだけ練習してね。
いや私といえばハンバーガーだったし。送別会でも特大ハンバーガー用意してくれるレベルで私といえばハンバーガーだったから。
誕生日ケーキじゃなくて誕生日ハンバーガーだったから。あの子達のハンバーガー絶品だったから。え?ジャンキー?不健康?
…………見た目通りのお嬢様な感性ですね。貴族?へぇ。この美味しさも手軽さも理解できないなんて自称貴族様は随分狭量なんですね。偏見で物見て、自分で考えることしないなんて。だから現代で化石みたいな身分引けらかせるんですよ。は?下々?貴族のことわからないってそっくりそのままお返ししますよ。とう言うかそれ思いっきりブーメランですよ?貴族なんて頭立つ身分のくせして下々に上に立つ人間の理解求めるんですか?え?ノーブレスオブリージュって貴方の母国の言葉ですよね?ああ、いえ。すいません脱線しました。
貴族云々はどうでもいいんです。あ、いえ。貴族様様です。貴族サイコー。あなたのおかげで私は今まで生きてこれました!
それはそれとして貴族様にはやっぱりハンバーガーの良さを知って欲しいんですよ。
ほら。これ。全て手作りです。
無農薬無添加で神様印のまさに至高の一品。
これを一口食べてもらえれば……え?また?袖使ってない?
…………しまった。
我を忘れてしまった結果である。
身からで錆とも言う。
今にして思えば、あれは彼女なりの策略なのではなかろうか。母国で貴族やってると言えばそれなりに話術も政治力もあるだろう。そんな彼女にかかればのほほんと過ごした大和撫子である私が隠していることなど瞬く間に暴かれて…………ないな。墓穴掘っただけか。
営業で鍛えた誤魔化し力はどこいった。きょうはおっさんの調子悪いのかな?このまま出てこなきゃいいのに。
右手に出現したハンバーガーを恐る恐る見つめる彼女と目が合う。
取り繕うことを諦めた私は、右手のハンバーガーに噛り付き、無言で窓の外を見る。
…海を見ながらハンバーガーってのもいいものだなぁ。山育ちな私にはこうだだっ広いとちょっと不安になっちゃうなー。
「オルコッ党と言う言葉に聞き覚えは?」
震える声で囁くように発された音は静かな車内で私の耳に届いた。
今度こそ本当に聞き覚えのない言葉に首を傾げて返した。
「オリゴ糖?あの単糖がいくつか結合してできるあの?」
見つめ合うことしばし。ゆっくりと深い息を吐いた彼女は知らないならいいですの。とコッテコテなお嬢様言葉で返事をして、そのまま窓に向かう人形となった。
その後何を話すでもなくIS学園について、人混みに紛れたと思ったら彼女はどこかへいてしまった。
その後寮生活の注意を受けて、制服などの支給品と事前に郵送済みの荷物はすでに部屋に運ばれている旨を伝えられ、軽いオリエンテーションがあって、寮に来たわけである。
……人多過ぎ。ガヤガヤしすぎ。キャピキャピしすぎ。
何。私今あれらと同じ生物なの?ここまで違うの?おっさん出てきて。今こそ鍛えた営業力を発揮……ちょっと人酔いしすぎた。本音探すどころじゃない。自分見失って神器で逃げ出すところだった。
そして一人部屋で一息つこうとしたところで金髪美人再来である。
もうどうにでもなってください。
「…………はじめまして。松本そらです」
「……初めまして。セシリア・オルコット、です」
「……」
「……」
「とりあえず入ります?」
「………………………。はい」
間。
そんなに嫌か。瞑目して眉間に皺寄せるレベルで悩むところか。
背を向けて自分のベッドに座って入口を見る。
おい。十字を切るな。私をなんだと思っている。
はた。とそっとドアが閉まる音が聞こえてそれからゆっくりと十秒かけてベッド机のそばまで歩いてくる。
牛歩戦術ってのはこう言うやつか。
机の上に鞄を乗せて、壁においてあるアルファベットでいろいろ書かれている段ボールに目を向けてふぅ。と息をはいてこちらを向いた。
背筋を伸ばしてキッと鋭い視線を向ける様はとても様になっていて。
何かを恐れている様子も、萎縮している様子も見受けられない。
「ほい」
と右手にハンバーガーを出して見ると思わず一歩引く彼女。
心なしか目が潤んでいるように見える。
「…………」
鞄から紙皿を出してテーブルへ。
ハンバーガを置いて両手が空っぽアピール。
「ほいっ」
「ひぃ」
右手からハンバーガーを出してみればさらに一歩下がる彼女。
……なんか面白くなって来た。
紙皿をもう一枚取り出してハンバーガーをそこへ。
二皿とも金髪美人、オルコットさんに向けてみれば怪訝な顔をこちらに向ける。
「どうぞ。何があったのか知らないけれど、これからルームメイトになるわけだし。腹割って話したい。私が何かするたびに右往左往されても困るし、どうせなら代返し合えるくらいには仲良くなりたいんだ」
だからどうぞ。とハンバーガーを指差せば、恐る恐る近寄る彼女。
二つのハンバーガーを見比べて右の皿に手を伸ばす。
右の皿に触れたのを確認して、左皿に乗っているハンバーガーにパクつく。
「私の名前は松本そら。ご指摘の通り、君が知るものと同じかはわからないけれど、転生者のくくりに入る人種だ。君が転生者の何を知っているか知らないけれど、私は君に敵意も害意も持っていない。…………強いて言えばハンバーガーの美味しさをいかにわかってもらうかを懇々と考えているくらい。ハンバーガーをポンポン出すだけの一般人です」
ひつ口齧ったハンバーガーを皿において。ゆっくりと自己紹介。
あなたは?と目で問えば、彼女もゆっくりと口を開く。
「私の名前はセシリア・オルコット。イギリスの名家オルコット家三十七代目当主。転生者とやらについて知っていることはほとんどありませんが、二度と関わり合いを持ちたくない人種であることは間違いありませんし、ジャンクフードを好む気持ちもわかりません。が、お気遣いいただきありがとうございます。これはありがたく。いただき……ます」
なんで疑問形?と首を傾げていると、ほんの少し躊躇して思いっきりかぶりついている彼女が目に入った。
予想外というように目を開く彼女の表情に、してやったりと美味しいでしょ?と問えば、目をそらしながらもハンバーガーを完食する彼女。
美しい所作で口元を拭き、多分相当ニヤついている私を軽く睨む彼女に私は思わず大笑い。
ハンバーガーを美味いと思う人間に悪い人はいない。
なんとかうまくやっていけそうで何よりなにより。