きっとそらでつながってた。   作:ローバック

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ふもとでの再会(2/2)

 バッと勢いよく立ち上がったなでしこちゃんがシートの上で脱いでいた靴をいそいそと履き直そうとするが、それには及ばないと僕はなでしこちゃんたちの方へと歩み寄る。

 近くまで行くと、やっぱりそうだったと言わんばかりになでしこちゃんは笑みを浮かべた。隣のリンちゃんに目を向ければ彼女も覚えていてくれたらしく、こちらを見てぺこりとお辞儀をしてくれる。

 

「あの、こないだのキャンパーさんですよね!!」

 

「うん、当たってるよ。先週ぶりだね」

 

 元気よくなでしこちゃんの口から飛び出した言葉に、僕は少しはにかみながら頷き返す。同時に僅かばかりの緊張を引っ込めて、こっそりと胸をなでおろした。口ぶりと態度から察するに、彼女たちは間違いなくこの前本栖湖で出会った二人と同一人物だ。

 

 フィクションの中の登場人物と現実に出会う、それもましてや二度もだなんて普通に考えればありえないことだ。しかしそれが実際に起きたとしたら――よくよく考えればその二度目に遭遇した人物が()()()()()()()()()()()()保証はどこにもないということに、つい先ほど気が付いたのだ。恐ろしい話だがこれがもし本栖湖で会った二人とは別のリンちゃんとなでしこちゃんだった場合、僕はとても悲しい思いをすることになるし、突如馴れ馴れしく近寄ってきた怪しい男という不名誉な称号を得ることになってしまう。

 けれどそうはならなかった。ありがたいことに二人は先週出会ったリンちゃんとなでしこちゃんのままであり、同じ時間を過ごした記憶を持つ彼女たちだったようだ。

 

「ほらっ、やっぱりだよリンちゃん! すごい偶然だねぇ」

 

「本当にこんなことってあるのか……」

 

 無邪気ななでしこちゃんと違っていまいち信じきれないといった様子のリンちゃんにちょっとだけどきりとする。実際、正真正銘の奇跡としか言いようはないのでやましいところは何もないが、二人に会いたいと思って来たのだから下心がないとも言い切れないのだ。

 

 でも言葉尻だけを捉えれば僕も同じ気持ちだ。本当にリンちゃんとなでしこちゃんと再び出会えるなんてまさに夢を見ているかのようだった。どれほど期待を膨らませたとしても裏切られることも十分覚悟していただけに、僕は自分の頬をつねってみたい衝動に駆られる。もちろん、二人の前でそんな奇行に走るつもりはないけれど。

 

「ははは、確かに驚いたよ。しかしそうかぁ、さっそく二人でキャンプしてたんだ?」

 

「ちょうど今一緒になったところです。私は一人で来てたんで、いきなり声かけられてちょっとびっくりしましたけど」

 

 そう言ってリンちゃんはじとっとした目でなでしこちゃんの方を見た。確か、なでしこちゃんのことを考えていたところに声が聞こえてきて無意識に受け答えするシーンがあったはずだ。幻聴だと思っていた相手が目の前に現れたのだからかなりびっくりしただろう。

 

「えへへ。おんなじ高校の友達に今日はこの場所でキャンプしてるって教えてもらったら、つい私も来たくなっちゃって、お姉ちゃんに送ってもらったんです。それにこの前のお返しも……」

 

 リンちゃんの視線を受けてなでしこちゃんは恥ずかしそうに頭の後ろを掻いていた。けれども喋っている途中で急にハッとした顔つきになると、僕の方へと向き直る。

 

「そういえば! えっと、改めて言わなくっちゃ……この前は本当にありがとうございました!!」

 

 なでしこちゃんが僕に頭頂を見せた。

 

「あっ、いやいや! いいんだってそんな、頭なんて下げなくても!」

 

 僕は思わず慌ててしまった。確かにちょっといい格好をしようと勢い込んだかもしれないが恩着せがましくするつもりはこれっぽっちもなかったから、大げさに感謝されるとどうにもばつが悪かった。ただ原作のようにリンちゃんとなでしこちゃんが思い出深い一夜を過ごしてくれれば満足で、自分の存在がそれを阻害しないかどうかと逆に肩身が狭かったくらいなのだ。

 むしろリンちゃんのやったことの一部を肩代わりしただけなのに、やはり同年代ではないためか、なでしこちゃんの対応が少し固いのが気になってしまう。言い方は変だがもっと図太く構えてもらって結構なのだ。あんまり気に病ませたり、気を使わせてしまうのは不本意だし、原作の流れを考えるとなでしこちゃんにもリンちゃんにも申し訳ない。それだけが僕は少し気がかりだった。

 

「本当に大したことじゃないからさ、全然気にしなくていいからね」

 

 気が軽くなればとそんな台詞が口をついて出る。

 

「でも! あのとき起きたら真っ暗で寒くて、私どうしたらいいか分からなかったんです。そんなときリンちゃんのところに連れて行ってくれて、焚火に当たらせてもらってカレー麺ご馳走になって……そしたらなんかすっごくほっとしたんです。二人がいるからたぶんもう大丈夫なんだなーって……だから大したことないなんてそんなことないですよぅ」

 

 しかしながらなでしこちゃんは僕の言葉を否定してにへらと笑った。真正面からそう言われてしまうと僕には返す言葉もなかった。

 本当なら全てリンちゃんに向けられるべき賛辞だけれども、僕はそんな台詞を原作で見たことがなくて――ひょっとしたら、これは僕の一言によって偶然吐露したなでしこちゃんの内心なのだろうか。

 

「そっか……なら、よかったかな……」

 

 そうだとすれば、僕の心配事なんか無用の長物だろう。

 

「大げさだと思う……」

 

 ちらっとリンちゃんと見るとちょっと困ったような感じに目をつぶって息を吐いていた。でもその表情はなんとなく作ったような雰囲気がして……もしかしたら彼女もまた、僕と同じように少し気恥ずかしかったのかもしれない。

 

 

 

「あの、それで!」

 

 なでしこちゃんが声を張り上げ、誇らしげに土鍋を掲げて見せる。

 

「実は今日お礼のつもりでお鍋を作りに来たんです。もしよかったらなんですけど、ばんごはんのときに食べてもらうことってできませんか?」

 

 それにしても現金なものだと思う。先ほど肩身が狭いだの申し訳ないだのと言っていたくせに、なでしこちゃんの提案に抗うことは非常に難しかった。

 だってそれは、仮に恥も外聞もかなぐり捨てれば土下座したってお願いしたいほどのシチュエーションなのだ。

 

「あっ……ほ、本当にいいの? なら、不躾で申し訳ないけど頂くことにしようかな。ありがとうね!」

 

 なでしこ鍋のご相伴に預かる機会をみすみす逃せるゆるキャン△ファンが果たしてどこにいるというのだろう? 僕は自信をもって言うことができる――”そんなのファンタジーだファンタジー”。

 

 でも、僕だけが楽しい思いをすればいいというわけにはいかない。それは飛び上がるほど嬉しいことだけど、リンちゃんのことも考えてあげるべきだ。せっかくソロキャンプを楽しみに来ていたというのに、なでしこちゃんならともかくどこぞのキャンパーがズケズケと上がりこんできたら、きっと内心ではあまり愉快ではないだろう。コミュニケーション能力の化身みたいななでしこちゃんとはまた違ったリンちゃんだから、僕が居てはなでしこちゃんとも話が弾むとは思えない。三人で仲良く食卓を囲めたら最高だが、それは少々高望みというものだろう。実際になでしこちゃんも「一緒に」とは一言も言っていないのは、きっとリンちゃんを慮ってのことだ。

 だからここは自分のサイトに一度引っ込むのが僕にできる最良の選択というやつだ。

 

「じゃあ、あのテントが見える? 僕は向こうのサイトにいるから、出来上がったら声を掛けてくれれば取りにくるよ」

 

「分かりました! 腕によりをかけて作るので、ちょっと待っててくださいね」

 

 僕がそう言うとなでしこちゃんは笑顔で頷いた。やっぱり、これが正解だろう。

 

「それじゃあまた後で」

 

 一時の別れを告げて僕は自分のサイトへと帰る。自然とその足取りが軽くなり、スキップの一つでも踏み出しそうになるのは仕方がない。なにせなでしこちゃんがリンちゃんと僕のために腕を振るってくれるのだ。これはもう望外の喜びと言っていいだろう。

 原作の通りなら、なでしこちゃんが作ってくれるのは担々餃子鍋だ。寒い冬にぴったりの辛そうで辛くない少し辛いお鍋、とはなでしこちゃんの談。本当に楽しみだ。

 

 おもむろに頬の肉をひっつかんでぎゅっと引っ張ってみる。少し強すぎたそれが残した痛みに、僕は嬉しくなった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 焼き網に乗った食材から一筋煙が上がるのを合図に缶ビールのタブを引く。ぷしゅりと音を立てて開いたビールはテーブルの上に放置していたもので、温度はそのまま外気温と同じ。つまり、いい感じに飲み頃だ。でもすぐに喉奥へ流し込む前に――まずは網の上のソーセージを一つ取る。

 熱を加えて弾けた表面の皮はまさにちょうどよく焼けていて、はみ出した肉汁が滴り落ちそうになっている。かなり熱めのそれに注意をしながら半身程を口の中へと迎え入れ、勢いよくかぶりつく。カリカリとした香ばしい皮目を断ち切るプツリとした音に続いて、舌の上へと広がっていく脂と塩と旨味が溶け出したあつあつの肉汁に堪らず僕はハヒハヒと喘ぐ。一口、二口、肉を噛みしめてたっぷりと堪能したのち、すかさずビールの缶口を唇にあてがい、そのまま斜め45度を保つ。目が覚めるような炭酸が口の中を洗い流し、喉を鳴らして黄金色の液体の半分近くが一気に胃の中に収まった。声にならない溜め息が僕の口から零れ落ちる。

 この一連の流れこそがキャンプにおける至福の喜びだと多くの大人が同意してくれることだろう。煙の匂いを纏いながらの焚火前での調理は、焦げの苦みすらも味わいに変えてくれる。外ごはん効果の極致がここにあると、僕は確信している。

 

 ビール片手に辺りを見渡せばどこのサイトもちょうど夕飯時だ。あちらこちらから焚火の煙に紛れて食事を作るいい匂いが風に吹かれて漂っている。僕なんかは火の上に食材を並べただけだが、それなりに手の込んだ料理を楽しむキャンパーもいるわけで、なんだか妙にエスニックな風味だとか、やけに辛そうでスパイシーな香りだとか、もちろんキャンプの定番であるカレーの匂いだとかが、時々僕のサイトを訪れにやってくる。この中になでしこちゃんたちが作っている鍋のものも混じっているのだろうか。そう思えば僕は大きく息を吸い込んで想像した鍋の匂いを嗅ぎ取り、そして一人で勝手に浮足立つ。

 期待に胸を高鳴らせながらビールを飲んでもう一つソーセージを摘まみ、火の調子を確認する。網に乗せた他の食材ももうすぐ焼きあがりそうだ。

 

「こんばんわー」 「こんばんわ」

 

 まだほとんど飲んでもいないのにすっかり酩酊した心持ちでいた僕に待ち望んだ声がかけられる。顔を上げるとなでしこちゃんとリンちゃんの二人が目の前に立っていた。どうやら約束の物を僕のサイトまで運んできてくれたようで、なでしこちゃんの手には湯気の立つ器の姿があった。きっとその中にはなでしこ鍋の中身が盛られているのだろう。おまけにリンちゃんまで一緒に来てくれたことに僕は少し驚いていた。

 

「お鍋が出来ました! 担々餃子鍋です」

 

「あ、わざわざどうもありがとう。持ってきてくれたんだね」

 

 そう言って鍋の入った器を受け取る。覗いてみると確かに真っ赤で辛そうだが、そこまで刺激的な匂いはしない。

 

「辛そうで辛くない少し辛いお鍋ですよぉー。おかわりも一杯ありますからねぇ」

 

「まだやるのか田舎のおばあちゃん」

 

 ふざけるなでしこちゃんとツッコミを入れるリンちゃんの掛け合いから原作での彼女たちのやり取りが目に浮かぶようで、つい顔がにやけてしまう。それを気取られないように僕は器を口へ運び、担々餃子鍋を味わうことにした。

 

 顔を近づけると湯気と一緒に唐辛子のぴりりとした匂いが鼻の奥へ入り込んでくる。汁には旨味がよく溶け、ネギやニラといった香味野菜の風味が辛みと一緒に白菜とブナシメジや豆腐によく染みている。一口すすればその熱さは舌を躍らせて、後を追う辛みは喉奥から徐々にじんわりと身体を温め始める。そのままでも美味いであろう浜松餃子の皮が汁を吸ってもちっとした触感に変わり、それを破って中身をスープと絡めればこれまたさらに食欲を掻き立てる。

 ゆるキャン△アニメのロケハンで作った作中料理の中で一番良かったらしいという話題をどこかで耳にしたが、名前だけで期待十分なこの鍋は確かにその通りに美味かった。ひとたび手を付ければ、次々と器の中身が口の中へ放り込まれていった。外ごはん効果×なでしこ手作り効果のシナジーは、僕の期待以上の成果を上げている。実におそるべしだ。

 

「ああ、これは美味い。いいね、体が凄くあったまる」

 

 シンプルに感想を述べればなでしこちゃんが小さくガッツポーズをとる。冬はお鍋が一番、その言葉に偽りはないと素直に思える出来だった。流石は”鍋しこちゃん”の名を欲しいままにするだけのことはある、そう感心してしまった。

 

 参った。こんなお裾分けを貰ってこのまま引き下がってはお隣キャンパーとして面目が立たないではないか。

 

「そうだ、ねえ二人とも。ソーセージとハマグリがちょうど頃合いだからよかったら食べていきなよ。あと牛タンも焼くからさ、ほらどうぞどうぞ」

 

 そう言って紙皿と割り箸を一組ずつ取り出して、僕は二人に押し付けるように手渡す。

 

「いいんですか!? あっ、でもこれはカレー麺のお返しだから、お返し貰ったらお返しじゃなくなっちゃう……のかな?」

 

「カレー麺の? まさか、こんなお鍋ご馳走になったらカレー麺じゃあ釣り合わないよ。まあ僕が値段を付けるとしたら、このお鍋には……そうだね、1500円くらいの価値があるってところじゃないかな?」

 

 そう言って僕はにやりと笑った。

 

「せ、1500円!? リンちゃん、どうしよう、凄い褒められちゃったよ!!」

 

「興奮するなって。リップサービスだから」

 

 はしゃぐなでしこちゃんを呆れたように窘めるリンちゃん。でも僕は本気でそのくらいの価値は感じているのだから仕方ない。それだって、少ないくらいだと思っているほどだ。

 

「うん。だから遠慮なくどうぞ。それにカレー麺のお礼って言ったら、僕だってそっちの……ええと、リンちゃん――でいいのかな。彼女からカレー麺をご馳走になってるからね。だから僕もそのお返しってことになるのかな。あ、もうお腹いっぱいだったら無理にとは言わないけどさ」

 

 そう言いながらも既にトングで焼きあがったソーセージを掴み、彼女たちへと差し出す。けれどそれよりも僕は一つのことを意識していた。

 

 ずっと、うっかり口に出してしまわないように気を付けていた。

 “リンちゃん”、“なでしこちゃん”――何度も彼女たちに声を掛けようとするたびに呼びたかった名前。そのうちの一つをついに僕は音に乗せて発したのだ。

 

 僕の言葉を受けて二人は互いに顔を見合わせた。なでしこちゃんは目を輝かせて、リンちゃんはそう言われちゃしょうがないかといった様子で笑って。

 

「なら、カレー麺のお礼ということで」

 

「えへへ……じゃあいただきます。あ、あとそれから私――」

 

 嬉しそうに割り箸を割ったなでしこちゃんが僕を見て言葉の先を続けた。

 

「なでしこっていいます!! 各務原なでしこです!!」

 

 ようやく僕は彼女の口からその名前を教えてもらうことができた。

 アニメを見たときからずっと、出会ったときからずっと知っていた既知の事実だというのに――僕はそれを今初めて聞いたような気がしたのだった。

 

「そっか、なでしこちゃんか……よろしくね」

 

「はい!」

 

 名前を呼ぶと嬉しそうに返事をするなでしこちゃんがなんだか眩しくて、思わず目を眇めそうになってしまう。

 次いでなでしこちゃんにつられる形でリンちゃんも自己紹介をしてくれた。

 

「えっと、さっきからちょくちょく聞いてると思いますけど……志摩リンっていいます。まあその、どうも」

 

「どうもリンちゃん――なるほど、確かになでしこちゃんのおかげですっかり馴染んじゃってるよ」

 

 本当は違うけれど、そういうことにしておこう。

 これで僕は二人の名前を堂々と呼ぶことができるようになった。すると当然今度は僕も名乗らなければならない流れになるのだが……これがなんだか恥ずかしい。まるで妄想の中でキャラクターに自分の名を喋らせるような気分になってちょっと抵抗があるのだ。まあ、もちろん呼んで貰えれば嬉しいし名乗らないのも不自然だから、黙っているという選択肢はないのだけれども。

 

「そうだね、僕は――」

 

 だが意を決して名を告げようとしたそのときだ。

 

「あわわ、ハマグリがっ!?」

 

 パチンと音を立てて跳ねたハマグリが、その拍子にバランスを崩して網の上から転げ落ちそうになったのだ。

 

「おっと!」

 

 慌ててトングでレスキューする。もういい感じに火が通って汁気も少なくなり、これ以上焼くと焦げ付き始めそうだった。

 

「はい、焼けたみたいだよ」

 

 そのままなでしこちゃんのお皿に取って渡す。「ありがとうございます!」と受け取ったなでしこちゃんは、フーフーと熱を冷まして貝の肉を割り箸でつつき始める。

 

「はい、リンちゃんもどうぞ」

 

「いえ、その、私は……」

 

 躊躇ったリンちゃんに、そういえばリンちゃんは貝類が苦手だっけなと思い出す。

 

「あ、もしかしてこういうの苦手かな? じゃあとりあえずこっちを先に。今から牛タン焼くからちょっとだけ待っててね」

 

「すみません……ありがとうございます」

 

 代わりにソーセージを渡し、気まずそうなリンちゃんにいいのいいのと手を振って網の上に牛タンを並べ始める。

 

 「あっつい! けどハマグリおいひぃー!」

 

 なでしこちゃんがはふはふ言いながらハマグリを平らげ、リンちゃんはまるでさっきの僕の焼き直しのような流れを経てソーセージを齧っている。僕も自分の分のハマグリを取って貝殻から引きはがしその味を見る。程よい焚火の火加減で焙られた食材はこれだけシンプルながら絶品だ。自分で言うのもなんだが、キャンプの食事としてなら決してなでしこちゃんの鍋にも劣らないと思う。

 追加で火にかけた牛タンにも熱が通り始めて肉らしい匂いが自己主張を始めると、なでしこちゃんの口からはもうよだれが垂れそうだ。

 

「お肉も美味しそー!!」

 

「これだけご馳走になると確かにカレー麺じゃ全然釣り合わないかも」

 

「やっぱり貰いすぎかなぁ? どうしよう、お鍋にごはん追加して雑炊にすれば……って、あ゛っ!?」

 

 突然なでしこちゃんが大声を上げ、リンちゃんの身体が一瞬ビクッと跳ねる。

 

「な、なんだよ……」

 

「シメのごはん忘れたぁ……」

 

 心底残念そうな声を出して眉尻を下げるなでしこちゃん。その様子があまりに哀れっぽくて思わず笑ってしまいそうになるが、同時に本当に食べるのが好きなのだと感心してしまう。だからついつい世話を焼いてあげたくなって、リンちゃんも桜さんもこれにやられてるんだろうなぁと妙に納得をしてしまった。それがなでしこちゃんの人徳(?)というものなのだろう。

 

「流石にそれは腹一杯だろ」

 

「お米あるけど要る?」

 

「「えっ?」」

 

 僕はレトルトパックのごはんを颯爽と取り出した。原作を知っている身からすればここは是非やってみたいと思って抜かりなく用意していたのだ。

 

「このまま食べるよりシメの雑炊の方が美味しそうだからね」

 

 僕はサムズアップしてなでしこちゃんにごはんを差し出した。

 

 

 

 

 

 

 それから牛タンを食べた後にリンちゃんとなでしこちゃんのサイトに場所を移し、鍋にごはんを投入して雑炊にした。

 思った通り担々餃子鍋の雑炊は美味しくて、「炭水化物と炭水化物……」というリンちゃんの呟きも気にならないほど箸が進んで仕方なかった。原作では二人(ほぼ一人)でもすぐに食べつくしてしまったのだから三人で鍋をつつけばその消費速度は言わずもがな、気が付けばあっという間に鍋は空っぽになっていた。どうやらなでしこちゃんの食事ペースがリンちゃんはともかく僕よりも早かったようで、もう見てるだけでお腹一杯といったリンちゃんの顔が印象的だった。

 

「お鍋美味しかったー」

 

「うぷ……」

 

 まだ余裕ありそうななでしこちゃんといっぱいいっぱいなリンちゃん。僕ももう十分に満腹だ。食後の状態は三者三様だが、いずれも満足感に溢れていたのは間違いない。

 

「二人とも、ありがとうね。お鍋ご馳走さまでした」

 

「お粗末さまでした!!」

 

「いや、なんか私たちの方がだいぶご馳走になっちゃったというか。シメのごはんも貰っちゃったし」

 

「あっ! そ、そうだった……えーと、ポテチあるけど食べますか?」

 

「さ、流石に食べ物はちょっといいかな……」

 

 僕が遠慮するとどうしたものかとなでしこちゃんは狼狽えている。別にお返しの釣り合いなんて考える必要もないのに、なんとも律儀なことだ。そんなことを言ったら僕なんて貰いすぎじゃないのだろうか。二人と一緒にキャンプができるというだけで、僕はお釣りで破産してしまいそうだ。

 

「じゃあさ、思いついたんだけどね」

 

 あんまりになでしこちゃんがうんうん唸るものだから、うっかり助け船を出してしまう。

 

 僕はスマートフォンを取り出すとアプリを立ち上げ、画面を開いて彼女たちの前に示す。二人は身を乗り出してそれを覗き込む。

 

 それにしてもというべきか――酔っていたにしろ後から思えばとんでもないことを提案したものだ。

 

「これ……もしかしてキャンプ動画ですか?」

 

「あはは、そんなところだね。キャンプの様子を撮影して簡単に加工しただけなんだけど……」

 

 なんだか急に恥ずかしくなってきて僕は頭を掻いた。

 

「とむ、キャンピング?」

 

「友達からそう呼ばれてて、捻りもなくチャンネル名にしちゃったよ。細々とやってるけど意外と見てくれてる人がいてさ。今登録者数が400人くらいかなあ」

 

 そこで一旦、僕は唾を飲み込んで、それから本題を切り出した。

 

「よかったら二人に覗いてみて欲しいんだ。それで、面白かったらチャンネル登録してくれたらいいよ。あー、……どうかな?」

 

 おずおずと顔色を窺うようにして僕はなでしこちゃんとリンちゃんの目を交互に見る。そんな僕の提案を受けた二人の顔に浮かんでいたのは優しそうな笑顔だった。

 

「そのくらいでよければ喜んで」

 

「はいっ!! トムさんの動画全部見ます!!」

 

 そう言って二人は快諾してくれた。

 

「っておい、その呼び方は失礼なんじゃ……」

 

「あはははは! いいよいいよトムさんで。いや、是非そう呼んで欲しいな」

 

 慌ててなでしこちゃんを窘めようとするリンちゃんだったが、僕には何故だかそれが凄くしっくりきた。

 

 僕らはお互いに異なる世界の住人でありながらも、どういうわけだかここでこうして一緒に過ごすことができている。けれども僕にとってのリンちゃんとなでしこちゃんの実在が検証不可能であるように、彼女らにとっては僕の実在が不確かなものに違いない。

 しかし、ならばここにいる二人が空虚な幻かと言えば決してそんなことはないと僕は思っている。彼女たちの話す声も仕草も、それに乗せられる感情だって、触れ合って分かるのはそれが確固としたパーソナリティに基づくものだということだ。

 彼女たちが紛れもなくゆるキャン△時空と呼べるものの中に存在していて、それが何かのつながりを介して僕の前に現れているというのなら――インターネット上で自己を指し示すニックネームというものは、まさにぴったりのアイコンではないだろうか。

 

 

 

「じゃあ、僕はそろそろお暇するよ。まだまだ夜は長いけど、身体冷やして風邪ひかないようにね」

 

「あ、おやすみなさい」

 

「おやすみなさーい」

 

 靴を履きながら、手を振ってくれる二人に僕も手を振り返す。

 

「ありがとう二人とも。今日は楽しかったよ」

 

 別れ際に僕は心を込めて二人へとそう告げた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 多くの人が集まったキャンプ場も、星空の下で少しずつ寝静まり始めている。

 けれどまだ賑わいの名残がちらほらとあって、時間と共に少しずつトーンダウンしつつも揺らめく焚火の炎やケロシンランタンの暖色、最新式LEDランタンの昼白色、はたまたそれらが透かすテントの幕色に染まった影が、夜景に鮮やかな彩りを添えている。

 他に誰もいないソロで迎える夜と対照的な華々しさは、それはそれで楽しいものだ。夜半の静まり返ったキャンプ場で感じる寂しさ、心細さ、不安、そして恐怖――そういったものに時々立ち向かわなければならないソロキャンプに比べると随分と……そう、温かだ。

 孤独の中に身を置くことも人には(少なくとも僕と、たぶんリンちゃんにも)必要で、そういったときに一人ぼっちでいることは心に安寧とゆとりと、意外にも豊かさをもたらしてくれる。

 だけど人は本来一人で生きていけるように出来ていない。誰かの存在を感じることが大きな喜びとなる機会はやっぱりたくさんあって、そしてそれはキャンプにも当てはめることができる。誰かが隣にいてくれて、手分けして設営の苦労を分かち合ったり、調理を分担してその味に感想を言い合ったり、流れ星を見てはしゃぎまわったり羨ましがったり――同じように感情を共有してくれるというのは、それだけで満たされることなのだ。

 だから今日は僕もそんな気分だ。僕と同じ場所にいて、同じ空気に触れていて、美味しい料理を分かち合った少女二人が同じ空の下にいることに喜びを感じないはずがなかった。ちょっとくらいサイトが離れていたってなんの問題にもならない。

 

 今頃、リンちゃんとなでしこちゃんはブランケットにくるまって夜の富士山を眺めているに違いない。夜中に流れるラジオをBGMに、明日の朝どんな富士山が見られるのか想像して語り合っているのだろう。僕は山梨の放送局が分からないからラジオではなくオーディオプレイヤーの方から音楽を掛けているけれど……きっと聞いているものは同じはずだ。

 

 リンちゃんがソロ以外でキャンプをしたことがないというのなら、彼女はキャンプの楽しさの半分しか知らないことになる。果たして今日、彼女はその残り半分を味わったのだろうか。鍋を作って、皆で焚火を囲み、そして今なでしこちゃんの隣に座って過ごしていることを、楽しいと思っているのだろうか。

 これから徐々にその機会を増やしていくリンちゃんは、やがて野クルの皆や斉藤さんとも一緒にグループでキャンプをするようになる。そのきっかけは間違いなくなでしこちゃんで、そして()()()()()においては僕もそこに含まれているということになる。これはもう責任重大で、そして一ゆるキャン△ファンとしては名誉なことだろう。

 

 どうか僕との出会いがリンちゃんとなでしこちゃんに悪い影響を与えていないことを願う。

 そしておこがましくも、二人の中で僕との出会いが良い思い出となることを望む。

 

 僕の心が宙に溶け出して、独りでにふわふわ彷徨いそうになる。まるで祭りの夜のような浮世を離れた非現実感――今宵のキャンプ場はそんな空気を孕んでいるかのようだ。

 

 

 

 相変わらず僕は眠れなかった。この身に満たされた感情を一人抱え込んで、誰とも分かち合うことなくここに座っている。他人と共有しようとしてもこればかりは難しいだろう。同じ経験をしたもの同士でしか実感できないものが多過ぎるが、さりとて同じ経験をしたものを探すにはきっと少しばかり稀有過ぎる。

 しかしこの感情を解きほぐしていくのは手強くも楽しくて、そしてソロキャンプの夜というのはこんな作業にまさにぴったりなのだ。

 これでは明日の朝なでしこちゃんとともに日の出を見るのはちょっと無理かもしれない。あるいは起きてみれば以前のように彼女たちは煙のように消え去ってしまっていることもあるかもしれないが、そうだとしてもがっかりすることはないだろう。二人と分かち合った今日この一日は、夢か現かと振り返って不安になるにはあまりにも濃密すぎたのだから。

 

 過去を思い返すより未来に思いを馳せるべきだ。なにせ僕がなでしこちゃんとリンちゃんに出会うのはこれで二度目になる。二度あることは三度あるという言葉があるのだから、これから先にまた別の出会いがあることを期待するのはそんなにおかしなことではないはずだ。

 野クルの面々とは出会えるだろうか? 鳥羽先生は? 変化球でリンちゃんのおじいちゃんだったらどうだろう? そんな愉快な妄想を、夜が更けていくまで僕は飽きることなく繰り返していった。それが時間を忘れるほど楽しいひとときだったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 そして案の定、翌朝の僕は盛大に寝過ごして大急ぎで撤収する羽目になり、慌ただしくキャンプ場を後にすることになった。

 やはりリンちゃんとなでしこちゃんは起きたときにはもういなくなっていてそれが少し残念だったけれど、まあ……チェックアウト時間ぎりぎりまで眠りこけている方が悪いのだからこればかりは仕方ないだろう。

 

 

 

 今回のキャンプはあまりに楽しいことばかりでしばらくの間ずっと僕のテンションが高かったものだから、職場では彼女でもできたのかと疑われたくらいだった。

 

 でもとりわけ僕が一番嬉しかったのはというと。

 

 

 

『面白かったです!! 私もこれからこんなキャンプやってみたいです!!o(*^▽^*)o』

 

『この前はお世話になりました。次の投稿も楽しみにしてます』

 

 僕の動画に付いた二件のコメントが誰のものなのかはっきりとしたことは言えないものの――

 

「ふふっ」

 

 スマホでアプリを開き、何度も画面を眺めてはその度にだらしないにやけ面を晒してしまう。

 

 ――キャンプの翌日、久しぶりに二件ほど増えたチャンネル登録者数がたまらなく愛おしかったことだけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

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