きっとそらでつながってた。   作:ローバック

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四尾連湖のすれ違い(1/2)

 

 エンジンがうなりを上げて山の静けさを切り開き、車体はぐいぐいと坂道を突き進んで行く。落ち葉が積もった細い道路は蛇のように曲がりくねっていて、僕は握ったハンドルを右へ左へと忙しなく切り返していた。

 もうずいぶんと登ってきただろうか。路肩に引きずってどかされた倒木の枝、待避所にはみ出した笹薮、落石注意(テントにじゃがいも干してます)の看板――僕の行く手に秘境感を醸し出す数々の兆候が分け入る山の深さを物語っている。けれど民家が減り木々がせり出してくるのと比例して、僕の気分は徐々に上向いてくるようだった。

 

 都市部から離れてすれ違う車の数も減ってくると、僕は決まってカーオーディオをオフにして自らを運んでくれるこの鉄の箱の音にしばらく耳を傾けることにしている。前後を走る車も信号待ちもなくしばらくエンジンの回転やロードノイズに身を委ねるうちに、ハンドルを握る手が何だかそわそわとしてくる。憂鬱だとか、緊張だとか、気分がささくれ立つようなこととは無関係だ。僕の中でスイッチが切り替わるみたいに、待ち望んでいたものに向き合うべく順応が始まる。何であろうと楽しもうという余裕が生まれてくる。

 木立の切れ目からガードレール越しの展望へと目を向ければ、秋の色に染まった山々の向こうにある()()はもう遥か遠く――すなわちそれは日常を離れるための、いわゆるルーティーンのようなものなのだ。

 

 

 

 斜面を覆う葛のカーテンがアスファルトの半ばへと這いだし、茶色に色変わりしたそれを踏みつけながらつづら折りを通り抜ける。

 “蛾ヶ岳(ひるがだけ)”――という名を聞いてもピンとくる人はあまりいないだろうけれど、甲府盆地の南に位置するその山は富士山や南アルプス、秩父の山々を見渡せる格好の展望地であるらしい。中腹には県立自然公園を擁し、なんでも山梨百名山の一つとしても数えられているのだとか。

 ただ僕のような人種にとっては山そのものより、その県立自然公園の名前の方がずっと通りがいいことだろう。何を隠そう僕のお目当てだってまさにその場所にあった。 

 ひた走る県道409号はいよいよもって狭くなり、やがて行き着いた先で未舗装の細い一本道へと切り替わる。すれ違うのも困難なひどく狭い道だ。対向車が来ないことを確認してから僕は慎重に車を進める。

 

 そうしてたどり着いたナビの目的地には、このように記されているのだった。

 

 “四尾連湖 水明荘キャンプ場”――

 

 

 

 

 

 

 この日、僕がようやく四尾連湖の姿を拝めたのは日没を間近に控えた16時過ぎの頃合いだった。辺りには宵闇が忍び寄り始め、赤々とした木々の姿も深緑を湛えた湖水の色も、共に夜の帳に覆われつつあるさなかのことだ。紅葉の名所として知られた景観もこれでは堪能することは叶わないだろう。それを少し残念に思いつつ管理棟の受付で遅めのチェックインを済ませる。

 

 残念なのは有名な紅葉を楽しめないことだけではなかった。夕方近くとなったチェックインは、弾丸のように慌ただしいキャンプに臨むこの夜が土曜日ではなく()()()の夜であることを意味していたからだ。

 ここしばらくの僕は少しばかり運に恵まれていない。いや、見放されていると言ってもいいのかもしれない。先週と、それから今週の日曜日ともに休日出勤が重なってしまい、目論んでいた週末のキャンプの予定が見事に崩れてしまっていた。その埋め合わせとしてもぎ取ったこの日の午後半休もあいにくのトラブルで会社を出るのが遅くなったために、キャンプ場に着くのが日暮れ間近となってしまったのだ。

 本当だったら先週は“ほったらかし温泉”と“パインウッドキャンプ場”を訪れてみようと思っていた。原作のカレンダー上ではちょうどなでしこちゃんたちが野クル初のキャンプへと赴くタイミングで、そうであればすなわち――これまで同様の巡り合わせを期待するのならば――僕はそこでなでしこちゃんに加えて「犬山あおい」、「大垣千明」の野クルメンバー両名と出会うことができるはずだった。どんな顔をして彼女たちにお目見えして一緒に過ごすのか、綿密なシミュレーションとキャンプのプランニングを考えていたのだが(他人が聞けばただの痛々しい妄想でしかないが僕は大真面目だった)、それはまさしく絵にかいた餅で終わってしまった。

 そして今週――リンちゃんとなでしこちゃんの二人が焼肉キャンプと称してここ四尾連湖にある“四尾連湖キャンプ場”を訪れる。しかし当然ながら現役の高校生である彼女たちがキャンプをするとなればその日取りは高校の休みに限られるだろう。つまり、どう考えても平日の金曜日にそれが重なることはありえない。

 数少ない彼女たちと出会えるかもしれないチャンスを棒に振ってしまったことに、正直に言えば少し気落ちしている。でも、それはそれだ。やっとの思いで待ち続けた三週間ぶりとなるキャンプが楽しみでないはずがない。

 

 

 

 水明荘のウッドデッキにあがると、そんな僕をビーノに腰かけたリンちゃんが出迎えてくれた。原作で桜さんがホットチャイを頼んでいた座席のそばに設置されたリンちゃんの大型パネルだ。別にリンちゃんは四尾連湖を原付で訪れたというわけではないが、良く晴れた日にワインディングロードを走り抜けるのはなるほど気持ちがいいものだろう。道の脇にビーノを停めて舞い散る紅葉を眺めるリンちゃんの姿が瞼に浮かんで、思わずスマホをパネルに向けてシャッターを切る。それから回り込んで隣に立ち、ツーショットにしてもう一枚。画面を確認してみれば、腕を伸ばした僕と明後日の方向に顔を向けたリンちゃんの姿が映っていた。まるでそっぽを向かれているみたいな構図に首を捻る。反対側に立てばよかったのかもしれない。

 

 木製の手摺に腕を預けて湖の対岸へと目を向ける。水明荘キャンプ場のテントサイトは四尾連湖を挟んで水明荘の反対側に位置している。そこまで車で入ることはできず、キャンパーは荷物を台車かあるいは貸しボートで運ばなくてはならない。平日の夜ということもあってか、はたまた昼過ぎまで降っていた雨の影響か、サイトに明かりは見受けられなかった。久方ぶりの完ソロとなる予感に少しだけ心が躍る。賑やかなキャンプフィールドも悪くはないが、一人静かで満ち足りたあの空気がときどきなんとも恋しくなるものだ。

 

 もう少し時間があればとボートに後ろ髪を引かれながら、僕は年季の入った猫車を借りて荷物を積み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 四尾連湖の日没――

 

 山の向こうに沈みつつある夕日は稜線を緋色の輝きで縁取り、長く伸びた樹木の影との印象的なコントラストを描いている。凪いだ湖面のキャンバス地には、空を茜に染めている夕焼けの名残が鏡のように反射して美しい風景を織りなしていた。僅かばかりの残照はもうしばらくもすれば消えてしまうだろう。普段の生活で意識する機会はそんなに多くないかもしれない。でも少しでいいから頭を空っぽにしてじっくり眺めていると、日の入りとはちょっとばかり注目に値するスペクタクルだと言うことに改めて気付かされる。

 日没を動画に収めながら、僕は目の前の光景とカメラのモニターを交互に眺めてみる。高画素数のCMOSセンサーはレンズ越しにもその様子を克明に捉えているが、肉眼で見るより見劣りするのは撮影者に技術が伴わないゆえだろうか。だがそれでいいのかもしれない。画面越しでは味わえないからこそ、こうしてキャンプ場へ足を運ぶ理由にだってなる。

 

 

 

 ぬかるみのない場所を選びテントの幕体を広げてペグを打つ(酷使の結果か、まだ買ってそれほど経っていないにもかかわらず所々に隠しきれない傷みや汚れが目立ち始めていた)。カーミットチェアに焚火テーブル、僕にとってお馴染みの道具たちの準備は手慣れたものだ。地面にしっかりと打ち込まれたランタンポールの先端では、ぶら下がった照明がほどなく訪れる出番を待っている。

 相変わらずと言えば相変わらずなサイト作りだが、不思議と何処へ行っても景色にはよく馴染んでいるし、何より僕の落ち着く空間で気に入っている。

 そのシンプルさゆえに動画にすると少々地味なのは、痛し痒しというところか――隅に立てている三脚を一瞥して肩をすくめる。

 

 そう、今回は久々にキャンプ動画の撮影を試みることにしたのだ。しばらくは転勤や引っ越しで落ち着けず、山梨へ来てからもリンちゃんとなでしこちゃんに出会って動画の撮影どころではなかったが、ここに来て降って湧いたソロキャンプはちょうどいい機会だった。

 カメラの背後に回り込んで録画されている映像を確認する。僕は特にカメラを意識して小粋なトークを挟んだり殊更エフェクトを多用して編集に凝ったりするわけではないけれど、それでもカットを考えたり環境音を取り入れたり、楽しんでいるキャンプの模様が伝わるような心がけはしているつもりなのだ。

 それでも今ひとつ再生数が伸び悩むのは……似たような他の動画との差別化や分かりやすい魅力に欠けているのかもしれない。

 

 キャンプ動画と一口に言っても、その内容は千差万別だ。それぞれにこだわりがあり、音楽や編集上の問題は勿論、使っているキャンプ道具によっても大きく変わってくる。例えばコットンテント、ウッドテーブル、アイアンギア、重くて場所も取るけれどお洒落な道具を数多く用意してグランピング施設のような立派で快適なサイトを披露するものもあれば、はたまた一切の無駄をそぎ落とし最低限の物を除いて後は現地調達というブッシュクラフトなスタイルも存在する。前者には豊富な資金と高積載の車が不可欠だし、後者は一歩間違えればキャンパーではなくサバイバーのカテゴリに入ってしまいそうだが、両極端ながらもそれぞれにしかない魅力がある。他方で大多数のキャンパーは両者の中間のちょうどいい所に落ち着いているはずで、僕もそんな一人だからこそ目を惹く動画というものは一筋縄ではいかないのだろう。

 

 そして、だからというわけではないが今回は以前と少し違う趣向を凝らした道具を持ち込んでいた。箱から引っ張り出されてゴトリと重々しい音を立ててテーブルに鎮座したそれは、長方形をした角形の“七輪”だった。

 ゴツい、重い、嵩張る、そして衝撃に弱いとなると素直に考えればキャンプでの利用に長けたアイテムとは言い難いかもしれない(実際、オートサイトではないキャンプ場でこれを持ち運ぶのは骨の折れる作業だ)。しかしながら少ない炭で効率よく調理できる、遮熱性が高く万が一触れても安全など、簡易的なアウトドアグリルや焚火台に比べて優れた部分もあり、とりわけ寒さの中で強い火力を維持しようと思えば冬の調理で頼りになる。そしてなにより無骨な焼き台が醸す雰囲気の味わい深さを加味したのなら――すなわち似たような機能をもつ他の道具を差し置いて苦労を背負うだけの理由に値すると僕は信じ込んでいる。

 

 炭を七輪へと放り込む。珪藻土の壁面にぶつかるキンキンと澄んだ音は炭が上質な証だろう。期待の高まりが自然と笑みとなって零れるのを自覚する。拾ってきた幾ばくかの薪に着火剤を挟んで炭の合間に突っ込み火を付ければ、あとはしばらく待つだけだ。

 

 

 

 ペットボトルからケトルに水を注いで七輪の上に乗せてせておく。椅子に腰を落ち着けて、メラメラと立ち上がる炎を焚火代わりにぼーっと宙を見上げる。

 暮れなずむ空が紺色の濃さを増し、一番星が輝き始めていた。涼し気というには少しばかり冷たい風が吹き、火の粉が舞い上がって虚空へと消えていく。草むらから控えめに鳴く虫の声だけが伴奏となって僕を包んでいる。

 

 完ソロというのはソロキャンプの中でもまた独特だ。辺りには誰もおらず、ただぽつんと自然の中に取り残されている。間違いなく人の手で整備された区画であり、携帯の電波だって飛んでいるというのに、その気分だけはまるで彼方の原野を行く旅人のようだ。火を見つめていれば時の流れが緩やかになり、燃える薪のちらつく緋色にどんどん没入していく。深く考え込んでいるようでもあり、ひたすらに呆けているようでもあるその時間は、家族や仲間と過ごすのとはまた違う孤独を輩とした炎との語らいだった。 

 ただ静かで、ただ穏やかで。必要だとか不要だとかの分け隔てなく、自分という器の中身がほんの少しだけ抜け出ていく。そしてその分だけ外からまっさらな空気が沁み込んで来る。自分がしたいと思っただけそれを続ければいい。静寂の湖畔はこの瞬間僕ただ一人だけのものなのだから。

 ほんのりとした寂寥感がどうしてか心地良く、あらゆるしがらみから一時身を離して何者でもない自由を謳歌する。生きるために必要な何かを、ちょっとだけ取り戻す。

 ソロキャンパーとは、きっとそういう生き物なのだ。

 

 

 

 燃え盛っていた炎が次第に落ち着きを取り戻していくと、それに伴い炭にも徐々に火が回ってくる。ちりちりと音を立てる備長炭が七輪の開口部から真っ赤な光を覗かせる。直上に手を翳せば数秒と耐えきれない程の熱が陽炎のような揺らめきを立ち上らせ――同時にそれの向こう側に小さな白い光が浮かぶ。

 

 僕はおやと思って湖の奥に視線を向けた。

 

 ふわふわと浮かんだ白い光が、木々の間を抜けるようにちらちら明滅していた。その振る舞いがなんだかまるで人魂のようで、ふと僕の中で四尾連湖に伝わる牛鬼の伝説が想起される。日本では昔から日の入り前後を“逢魔が時”なんて呼んだりするが、もしかするとあの湖を漂う光が牛鬼出現の先触れなのではないか、と。

 湯気を吐くケトルにティーバッグを放り込みながらその様子をつぶさに眺める。それは湖を回り込んで徐々に近付いて来るようでもあった。そういえば、設営を急いだばかりに作中でなでしこちゃんが拝んでいた石碑に手を合わせるのをすっかり忘れていたことを思い出す。確か湖を回る道の途中で通りかかっているはずだが、そのときは猫車から逃げ出しそうになる寝袋に気をとられていてそれどころではなかったのだ。僕も小銭の何枚かお供えしておくべきだったかもしれないと後悔しながら、ケトルからマグへと紅茶を注ぐ(チタン製のダブルウォールのヤツだ。もう唇の火傷に悩まされる必要は無い)。

 誰もいないキャンプ場で今晩牛鬼に遭遇したらどうなってしまうのだろう。件の伝説がどんなものだったかはっきりとは知らないが、あれは人を襲うのだろうか。持ってきた国産牛(980円)を差し出して何とかならないものか……いや駄目か、それでは共食いだ。

 

 そんな他愛もないことを考えているうちに光はどんどん近付いてきて――それと同時にがらがらと車輪の回る音が小さく聞こえ始める。

 ああ、もう現実逃避は止めにしよう。湖岸の道を通ってきてテントサイトの端に顔を出したのは、どうやらチェックイン時間ギリギリで滑り込んできたキャンパーのようだった。目いっぱいに荷物の積まれた猫車を少々難儀しながら押しているが、後に続く人物は見受けられない。おそらくはソロなのだろう。

 なんのことはない、白い光の正体はその人物のLEDライトだったというわけだ。そのキャンパーはテントサイトを少し歩いて暫く様子を窺うと、僕のサイトのすぐ背後へとその野営地を決めたようだった。

 

 思わず額を手で覆ってむむむと唸る。別に何が駄目ということはないはずだ。誰にだってこのキャンプ場を利用する権利はあるし、それで僕のキャンプが台無しにされるということもない。

 それでも作り上げた世界に何かが割って入ったような不安定さを感じずにいられなかったのは、きっと僕の我儘なのだろう。完成された絵画に他人が新たな一筆を加える瞬間を目にしたかのような、円熟のレジェンドバンドが新進気鋭のアーティストとコラボレーションすることを聞かされた往年のファンの心持ちのような、得も言われぬ収まりの悪さだ。たぶん今の僕は野クルに勧誘されたときのリンちゃんみたいな顔をしているに違いない。溜め息が出る。

 しばし目をつぶって、それから今しがたやってきた人物が荷物を下ろしている途中で致命的な忘れ物に気付いて立ち去っていくという展開が起きやしないかと期待する。もちろんそんなことがあるはずもなく、荷物を広げてテントを立て始めた隣人を見て僕は現実を受け容れることを決める。

 

 

 

 こうして完ソロの時間はあえなく終了となったが、まあ仕方があるまい。それにこの日の四尾連湖の夕べは独り占めするには少々勿体ないと思うのもまた事実だった。分かち合うことの美徳を僕は知っているつもりだ。広い湖畔に二人分のスペースもないだなんてけち臭いことを言うのは狭量に過ぎるというものだろう。

 

 寧ろ牛鬼ではなかったことを喜んだ方がいいのだろうか?

 難しいところだ。もし仮に()()が出るとすれば今日ではなく明日の夜であるはずなのだから。

 

 そう、けっして今夜ではない。

 

「明日か……そうだよなぁ、明日だもんなぁ」

 

 どうしようもないことだけれど、つい未練が顔を覗かせる。あともう1日ずれていたならば、もしかするとここには僕とリンちゃんとなでしこちゃんと、鳥羽先生にその妹さんが揃っていたかもしれないのだ。

 

 なでしこちゃんと四尾連湖の風景の写真を撮って回ったり――

 火が着かなくて頭を悩ませるリンちゃんに呼ばれてみたり――

 結局なでしこちゃんが連れてきた“ベテランさん”の手際に一緒に感心して――

 出来上がった料理をお隣同士で交換し合って――

 夜中に()()に出くわしたリンちゃんを目撃――なんてしたら、きっと笑ってしまいそうだ。

 

 そんな一夜に立ち会ってみたかった。手の届かなかった湖畔の夜とキャンプの人々に思いを馳せれば、一抹の寂しさが風に吹かれて胸の内に去来する。

 僕はそれをそっと静かに押し留める。

 

 

 

 さて、何も完ソロでなくたって構うことはない。寂しさを楽しむのもソロキャンプの醍醐味だという言葉に、僕は改めて同意しよう。さみしいもたのしいも全部ひっくるめて、あとは満喫するだけでいい。そう思えば今の状況はまさにうってつけだ。

 チタンマグの中身を飲み干して椅子から立ち上がる。ランタンポールの先端で待ちくたびれていた照明に火を入れてやれば暖かな光がサイトに満ちる。七輪の方も準備は整ったと言わんばかりにやる気十分に燃え盛っている。

 革手袋を嵌めて七輪の網を外し、炭火を崩して熱量の調整を行う。端から順に強火、弱火、保温のゾーン分けだ。小さなテクニック、されどこうすれば黒焦げの肉を食べずに済む。大事なことをゆるキャン△からも学べるのだ。

 

 追加の備長炭を火床へ放り込もうとしたところで――サイトの隅にじっと佇む三脚が目に入った。ひょっとしたらと思ってお隣のサイトに目を向ければ、どうやらカメラの画角内に入り込んでしまっているようだった。

 これは少し懸念すべき事柄かもしれない。はっきりと映り込むことはないだろうが、動画を撮影していてそれを投稿しようというのなら一言声をかけておく方が無難だろう。面倒ではあるがそうしたトラブルの事例を知っているならば、それを避ける努力を払うのは投稿者のマナーであるべきだ。

 

 そうとくれば仕方がない。隣でサイトの設営にいそしむ人物がちょうどテントを張り終えたところで、僕はタイミングを見計らって声を掛けることにした。

 

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