終わらせたい彼の箱庭狂騒曲 作:マスカレード・マスタード
自身に歯向かった羽虫が潰れるさまを見ながら、ルイオスは余裕を崩さなかった。
元より、彼にしてみればここに到達したところで星霊であるアルゴールに勝てる存在など早々居ないのだから。
何せ、アルゴールの石化は場合にもよるが格上であろうとも効力を発揮することもできる。今回の様に雲などを石化させればそれだけで相手を押し潰す超質量の山が生み出す事が可能で捻り潰せるのだから。
「あっはっはっは!随分と呆気ないじゃないか!ま、この僕に噛みついたんだ一息に潰しただけでも慈悲だと思ってよ」
高らかに笑うルイオス。
そんな彼に、しかし十六夜は噛みつくことも無く冷静に移動ルートを確かめながら走り回っていた。
黒ウサギやジンは、目の前で空胡が潰される様を見てしまった影響か意気消沈といった様子であったのだが、彼は確かにその声を聴いていたから。
そして、その時は来る。
最初の変化は、初めに落ちてきた岩山。蒼銀の線が幾重にも走り、次の瞬間には細かな瓦礫となって粉塵を昇らせて砕け散ったのだ。
それだけではない。その岩山のみならず、落ちてくる岩山のその尽くがまるで網目状の刃を通ったかのように細切れにされているのだから。
「なっ…………何が起きて」
高笑いも失せて、目を見開いたルイオスはその光景を見る事しかできない。
そして、
「―――――ハッ。アイツもかなりの規格外じゃねぇか?」
岩山が瓦礫へと変わった原因に気付いた十六夜は、不敵に笑む。その傍らでは、崩れていく岩山を見て惚けた黒ウサギと、ジンの姿が。
舞い上がっていた粉塵が少し収まり、その先に影が現れる。
「―――――あー…………死ぬかと思ったぜ?いや、マジで。恐ろしいったら、ねぇわ」
足音が全くしない歩みで、瓦礫を蹴り分けながら現れる彼、空胡は参ったといった様子で右手で頭を掻きながら十六夜たちの元へとやってくる。
「ヤハハ、腹は決まったのか?」
「まあ、な。とりあえず“抜く”覚悟は決まった。まあ、抜かなきゃ死んでたし」
あっはっは、と軽く笑う空胡だが、彼の受けた恐怖を考えればそんな軽いものではない。
何せ、どこに逃げても人間の脚力は愚か、どれだけ力を振るっても逃げる事など不可能な岩山が空より振ってくるのだ。十六夜のような山河を砕く様な力を持つならばまだしも、単なる達人である空胡には抗う術などない。
しかし、それでもこの場に立っているという事は彼もまた人類最高クラスのギフトを有したプレイヤーである事の証明であるとも言える。
再起動を果たした黒ウサギが絞り出すように声を発する。
「く、空胡さん…………そ、その右目は?」
「ん?んん、まあ、気味悪いだろ?だから隠してたのさ」
いつもつけていた眼帯がとられた彼の右目。
そこにはポッカリと
眼窩と同じ大きさの穴。永遠の奥行きがあるようにも、そのまた逆で手前に出っ張っているようにも、平面にも見えるようなそんな穴だ。
そして、その穴より黒いオーラのような物が鬼火の様にユラユラと揺れて溢れていた。
人ではない。人型の化け物。感想としてはそれらに尽きる。
更にもう一つ目を引くのが、彼の左手のモノ。先程までは無かった代物だ。
三人の視線で悟ったのか、空胡は左手を突き出すように持ち上げた。
「こいつは、俺の家に代々受け継がれてる代物だ。次元刀って言ってな?銘は“無銘”。この目と一緒に、血が最も濃い子孫に発現する呪いのワンセット。その片割れさ」
ヘラリと説明されたソレは、まるで夜を押し固めた様に真っ黒な合口拵えと呼ばれる形状をした一振りの反りの浅い太刀であった。
材質は、金属のようで、木材のようで、石のようで、プラスチックのようで、何物でもないようなそんな代物。
「んじゃ、十六夜。後頼むぜ?」
「は?お前はやらないのか?」
「俺は、“ジャック”でも“ヨハン”でも“浅右衛門”でもない。露払いはするけども、締めは任せるわ」
唐突な人名。しかし、十六夜は理解できたのか少しの間空胡を見つめたのち、視線を切って前へと出た。
「おい、どうした?顔が真っ青だぞ?」
「…………チッ、調子に乗るなよ!」
十六夜が煽れば、反論するに合わせてルイオスは炎の矢を放ってくる。しかし、
「―――――フッ」
十の矢は、十の斬撃によって切り捨てられていた。
パチリ、と鯉口が合わさる音だけが響き若干前傾になっていた空胡は元の体勢へと戻っている。
何が起きたのか。何の事は無い。等しく彼が刻んだだけの事。ただその射程が、通常の刀剣とは天と地ほどかけ離れているぐらいか。
「へぇ、居合か。マジで猫被ってやがったな?」
「被ってねぇよ。俺はあくまでも露払い。好きなように突っ込みな」
「ハッ!後悔すんなよ!」
言うが早いか、十六夜は第三宇宙速度で前へと飛び出していた。最早人間の速度ではない。
そして、その後方で舞い上がった粉塵に顔を顰めながら空胡は腰を落とす。上半身を前に、左手を腰に添えて親指で鯉口を斬る。右手は柄に軽く添えるだけだ。
その光景に、ルイオスは星霊殺しのギフトであるハルパーを呼び出すと一気に高度を落としていった。
「アルゴール、その男を抑えろ!」
「GYAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!!!」
アルゴールに命じて十六夜を抑え込み、自身は空胡を狙う作戦らしい。
だが、彼はあまりにも見通しが甘いとしか言えなかった。
「―――――はっはーっ!!どうした、元・魔王様!こんなもんか!?」
力比べをしていたアルゴールは一瞬拮抗しただけでアッサリと十六夜に力負けすると、そのまま闘技場の床へと叩き伏せられてしまう。更に、腹部を何度も踏みつけるオマケ付き。
「その首、刈り取ってやるよ!」
「…………ふぅーっ」
ルイオスもまた最高速度で鎌を構えて空胡へと襲い掛かっていた。その速度は第三宇宙速度とまではいかずとも、空中という機動力に優れた場所を主戦場にするだけあって常人ならば視界の端に捉えるのがやっとといったところ。
だが、
「―――――シッ!」
「な、にっ…………!?」
突き出された次元刀の柄頭は正確に、ルイオスの胴体を捉えていた。咄嗟に、鎌の柄で直撃を防いだ背後まで突き抜ける衝撃に一瞬だけ、その勢いが止められ後方へと弾かれる。
流石に、力に関しては十六夜に圧倒的に劣る空胡だ。その距離は大したものではないが通常の刀の間合いからは外れている。
しかしそんな事は、次元刀には関係が無かった。
「は…………!?」
気づけば、ルイオスは闘技場の床を転がっていた。
何が起きたか分からない彼だが、足元を見た時点でハッキリした。
「は、羽を…………斬ったのか!?」
ブーツより出現した羽。それらすべてが瞬きの間に全て切り刻まれていたのだ。
「機動力を削ぐのは基本だろ?」
やったのは、今まさに柄頭を突き付ける形の空胡。
その姿に、ルイオスは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
今、目の前の男はギフトを“斬った”。羽が復活しない事から、機能そのものを破壊されたのだろう。
「あり得ない…………貴様、本当に人間か!?」
「失敬な。俺は単なる―――――
空胡が注意した直後、闘技場の床を粉砕して何かがルイオスの背後に叩きつけられる。
それは、ズタボロの襤褸雑巾のような有様になるまでボコボコにされたアルゴールの姿であった。向こうでは、両手を打ち合わせてはたく十六夜が呆れたような表情だ。
「この程度かよ、元・魔王様。これなら、サンドバッグ殴ってる方がマシだぜ?」
「いや、十六夜のパワーに耐えられるサンドバッグとか無いだろ」
そんな会話を交わしながら距離を詰めてくる二人。
ゲームマスターとして、星霊を従える者として圧倒的に優位に立っていたはずのルイオスは、しかし気付けばこの状況。どちらが責められているか明白であるし、勝敗が決しているように見えなくもない。
「い、いったいどんなギフトを有すれば貴様らのような人間が現れる!?」
狼狽えた様に、叫んだルイオス。幸か不幸か、その言葉は二人の足を止めるだけの効果はあったらしい。
「ギフトネーム・
「ギフトネーム・
片や、飄々として。片や、肩を竦めて。
その二人の様子が、余裕をそのままに表しているようでルイオスは奥歯を噛み締めた。
ここで、事の成り行きを見守っていたジンが声を上げる。
「い、今のうちにトドメを!石化のギフトを使わせないでください!」
彼が言うように、この場で全員石化されてしまえばその時点でこの状況も崩れてしまうだろう。
だが、ここはルイオスが早かった。
「―――――終わらせろ、アルゴール!」
解放されてしまった褐色の光。それは、この場のルイオスとアルゴールを除く全てを石化させてしまう勢いで一気に広がっていき、
「―――――…………カッ。ゲームマスターが、狡い真似してんじゃねぇ‼」
「―――――我が一族に、斬り拓けぬ道無し、てな」
褐色の光は、
比喩表現などではなく、文字通りの意味として褐色の光は消え去ったのだ。十六夜の足に踏み潰され、空胡の次元刀によって斬り刻まれた事によって。
「ば、馬鹿な…………!?」
ルイオスが絶句するのも致し方ない。目の前で、箱庭最強種である星霊のギフトが無効化されたのだから。
それは、後方で状況を伺っていたジンと黒ウサギも同様。
「せ、星霊のギフトを無効化―――――いえ、破壊した!?」
「あ、ありえません!山河を破壊する怪力とギフトを無効化する力が同居するだなんて!そ、それに、ギフトを斬るギフトだなんて!」
後者ならば、まだあるかもしれない。それでも、白夜叉があり得ないと述べた様に、二人のギフトは規格外。
片や、山河を砕く怪力と第三宇宙速度を発揮する速度、さらにギフトを破壊する力も持ち合わせていながらギフトカードに表示されるのは正体不明の一つのみ。
片や、右目が異次元と化して全てを切り裂く次元刀などという代物と、それを万全に扱うために極致のような武技を得る解析不可などというエラーをギフトカードに表示させた異物。
まさしく規格外を二人も前にして、最早ルイオスの闘争心は折れていた。
戦っても、どちらか片方が居るだけで勝ち目がない。そんな相手に挑めるようなバックボーンを彼は持ち合わせてはいなかったからだ。
「さあ、続けようぜゲームマスター。“星霊”の力はこんなもんじゃないだろ?」
それでも十六夜は止まらない。不敵な笑みを浮かべて、更に前へ。
しかし、そこに黒ウサギが待ったをかけた。
「いえ、どうやら種切れの様です」
「あん?」
「最初に気づくべきでした。あの厳重とも言える拘束具は、全て星霊の力を抑えるためのもの。それはつまり、ルイオス様が星霊を完全に掌握するには―――――余りにも未熟である為です」
彼女の指摘に、ルイオスは怒りを燃やせど、その軽薄な口からはついぞ反論の言葉は出てこなかった。
事実であったからだ。今の今までサウザンドアイズの後ろ盾と、“星霊”という大きな笠を着て彼自身は力を高めてはこなかったのだから。如何に星霊といえども力を抑えられた状態で、人類稀に見る化物二人を相手に戦えるほどではなかった。
この言葉に、目に見える勢いでルイオスへの興味を失わせた十六夜。
「―――――ハッ、所詮は親の七光りと元・魔王様。長所が潰されれば打つ手なしかよ」
勝敗は決した。審判である黒ウサギが勝敗を宣言する―――――前に、十六夜は更に追い込んでいく。
「ああ、そうだ。このままゲームが終わったら、お前らの旗印がどうなるか…………分かってるよな?」
「な、何だと?お、お前たちの目的はあの吸血鬼じゃ―――――」
「んなもん、後でもできるだろ。そんな事より、お前らの旗印を奪ったら、次はその旗印を盾に即座にゲームを申し込む―――――今度は、お前たちの名前を賭けてな」
ニヤリと笑った十六夜に、ルイオスは血の気が引くのを感じた。
部下は全て石化中。相手方も二人ほど戦闘不能にしている物の肝心の突起戦力はどちらもピンピンしている。この状況でゲームになれば間違いなく敗北するだろう。
十六夜は更に続ける。
「お前らの二つを手に入れたら、今度はペルセウスそのものを潰す。この箱庭で二度と活動できないように、名を、拠点を、旗印を、何もかもを取り上げて、徹底的に乏しめる。良いか?
「や、やめろ…………!」
容赦なく追い詰めていく十六夜に、空胡は引いたように一歩下がるとその場に腰を下ろした。肩に次元刀を立てかけて動向を伺う。
そんな事など知らぬとばかりに、十六夜は両手を広げた。
「そうか、嫌か。だったら、これから何をすべきか分かるよな?」
最早どちらが敵であり、ゲームマスターであったのか分からないこの状況。快楽主義者は止まらない。
「
「負けない…………負けられない、負けてたまるか!奴を倒すぞアルゴール‼」
「GYAAAAAAAAAaaaaaaaaa!」
十六夜に挑む、ルイオスとアルゴール。その光景を見ながら、空胡はポツリと呟く。
「これもう、どっちが魔王か分かんねぇな」
彼の呟きは、決死の闘争に紛れて誰にも届くことは無いのであった。