終わらせたい彼の箱庭狂騒曲 作:マスカレード・マスタード
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二一〇五三八〇外門居住区画。ここに、ノーネーム農園区も存在している。
ここ最近は、次元刀の鍛錬に空胡が刀を朝早くから振るっている事が多いのだが、今日は彼の姿は無い。
というのも、珍しくも朝早くから彼は出かけているのだ。珍しい事に。
「ふふっ、朝早くから勤勉だの、空胡よ」
「忙しいだろう東のフロアマスター殿に配慮した結果さ。第一、アポの時点でこの時間を指定したのはそっちだろ?」
「確かにそうであったな。もっとも、おんしが確りと義理を果たすのかを見たかった、というのも私には有るんだがな」
「果たすさ。黒ウサギの恩人で、コミュニティの恩人だろ?無下にはしないし、そんな不義理は気が咎めるからな」
場所はサウザンドアイズ。開店前の店の前で、彼は今回の待ち人である白夜叉との顔を合わせを行っていた。
「とりあえず、中へ。私の私室で話そうではないか。人払いもしておこう」
「そりゃありがたい」
そうして、二人は店内に。途中で女性店員が何か言いたげな顔をしていたが、今回の空胡は予め連絡を取っていた白夜叉の客人としてこの店にやって来ている。一店員が何か言える事ではなかった。
いつぞやでも通された和室。上座に白夜叉が座り、その対面で空胡が脇に次元刀を置いて胡坐を組む。
「さて、おんし。まずは、その刀を見せてくれるという話だったな?」
「ああ。その代わりに、俺が持ってきた案件の情報が欲しい」
「承った。こちらとしても、特殊なギフトというのは見ておくべきもの。何より、弱体化していたとはいえ星霊のギフトを斬り刻んだほどの代物ならば猶の事」
受け渡される次元刀。
やはり、その見た目は刀というにしても、シンプルさを突き詰めたかのような真っ黒の合口拵えだ。
白夜叉の体格からすれば、鞘入りの状態でも持て余す程度には大きいが、彼女はその大きさを苦にすることなく見分していく。
「ふむ…………材質は、既存のものが該当しないか……抜いても?」
「あー…………多分、抜けないぞ?」
「む?どういうことだ?」
「ご先祖の記録に、次元刀が強奪された記録は少なからずあるんだが、そのどれでも所有者本人じゃなければ抜けなかったって話だ」
「ほう。どれ、ならば私が…………!」
言って、白夜叉は次元刀を抜こうとする―――――だが、抜けない。星霊としても最高クラスの存在である彼女。膂力なども見た目とはかけ離れた存在だ。
そんな彼女が抜けない。力に制限がかかっている状態でありながら、鞘や柄が握り潰されることも無くギリギリと震えるばかりだ。
「…………ッ、はぁ!ほ、本当に抜けんではないか!」
「いや、抜けないって言ったろ?」
「むぅ…………刀剣のギフトはやはりその刀身を見ねば………抜いてくれぬか?」
「刀身を絶対に触らないなら、な。流石に知人の指が飛ぶの何て見たくない」
「約束しよう」
その言葉の後、再び二人の間を次元刀が渡った。
空胡は鯉口を斬り、ほんの少しだけ刀身を覗かせる。
「…………見事なものだの。まさしく、異次元の物質…………いや、最早その括りでは表せない何か、といったところか。そして、その刀自体に契約のあれこれがかかっておるようだの」
「契約?」
「どれ、見せてやろう」
言って、白夜叉は近づくと。空胡の握る柄に触れ―――――その指先はすり抜けた。
「…………これは?」
「恐らく、その刀の契約は二つ。一つは“所有者以外には抜けない”。もう一つは“抜けている際には所有者以外触れられない”。刀身は別としても、な」
「…………めっちゃご都合主義じゃね?」
「そうかもしれん。しかし、それほどのギフトをそう易々と誰彼にも使わせないためにはこれ以上のものは無いだろう?いや、しかし、十六夜なども含めておんしらのギフトは本当に規格外だの。少なくとも、おんしと十六夜ならば箱庭中層であろうとも通用するであろう」
「まあ、俺の目的はこのギフトをクーリングオフすることだけどな」
「勿体ない。おんしは本当に、出世欲などないのか?」
「少なくとも、殺してばかりで奪うしかない地位には興味ないな。出来る事なら、俺はギフトゲームも乗り気じゃないし」
「しかし、おんしらは魔王打倒を掲げたコミュニティだろう?であるならば必然、奴らに目を付けられる。魔王のギフトゲームからは逃げれられんからの」
「それは、分かっちゃいるんだが…………」
煮え切らない空胡。成り行きでコミュニティ復興に手を貸す形となった彼だが、元々ギフトゲームへは消極的。何より、自分のギフトに関して使う事どころか手に取る事すらも忌避していたのだから。
「まあ、よい。おんしのギフトは見せてもらったからの。して、おんしの案件とやらを聞こうか」
「あ、ああ」
話を切り替える様にいう白夜叉に、空胡も頷くと己のギフトカードより在るものを取り出した。
それは、大きめの額縁。
「これ、なんだがな?」
「む?…………随分と趣味の悪…………いや、これは…………」
「ああ、そうだ。この絵の中にある生首は
二人の間に置かれ、天井を反射するその絵はペルセウスとのギフトゲームの後に、ルイオスより回収した代物だった。
「俺が知りたいのは、この絵の出どころ。それが無理でも、せめてこの絵を作った奴の名前なんだ」
「むぅ、調査か。いや、ここまで異質な品が箱庭内に流通しているのなら、フロアマスターとしても看過できるものではないな」
「頼めるか?」
「あい分かった。しかし、それならばルイオスからは聞き出せなかったのかの?」
「これはもともと、ルイオスの親父さんが持っていたものらしい。渡されたのか、それとも押し付けられたのか、それも分からないらしい」
「成る程…………して、この絵が気になる理由は聞いておらんかったの」
「…………まあ、何だ…………俺のご先祖が関わってる可能性があるんだ」
「おんしの先祖?」
「ああ。この絵を見た時、引っかかったんだがその場じゃ分からなかったんだ。ゲームが終わって、考えてたんだが、そこで漸く思い出せた。昔見たご先祖の手記に似たような記述が残ってたんだ」
「ほほう。つまり、この蛮行はおんしの先祖によるもの、と?」
「それは分からねぇ。百年以上前のことだし、この首が人間だったら生きて無いだろ?」
「いや、保存のギフトを用いればあるいは…………とにかく、調べておこう。他にも何かあるか?」
「…………」
絵を受け渡した空胡は、その問いに言葉を詰まらせ癖になりつつあるのか頭を掻く。
「…………白夜叉は大抵のことはできるよな?」
「む?まあ、私も元とはいえ魔王だからの。大抵の事ならば可能ではあるが…………」
「じゃあ―――――」
彼の口は語る。未来の可能性を。
自身よりも圧倒的な強者である元・魔王であるからこそ、語られたその言葉。
「―――――…………それは、事実か?」
「ああ、間違いない。もしもの時には頼みたいんだ」
「…………こちらとしても、軽々しくは頷けない。おんしが良くとも、周囲は黙っておらんだろう?」
「かもな。勿体ないぐらいに良い奴らだ。だからこそ、これは白夜叉に頼むんだ。まあ、俺としても最善は尽くす。尽くすが、正直なところ俺の力は次元刀が無ければ大したものじゃない。だから、な?」
頼む、と彼は両手を畳について深々と頭を下げた。
つむじを見せつけられる形の白夜叉は、眉根を寄せて難しい表情。
そして、気づく。本題はこちらだったのだと。
「…………頭を上げよ、空胡」
「…………」
「確約は出来ぬよ。おんしの頼みは私にしても、尋常ならない。まずは、そちらで話して決めるべきこと」
「…………無理だ。俺は絶対、言えない。言う訳にはいかない」
「ならば、この話は保留としておこう。おんし自身も迷っているならば、猶更な」
「…………ああ」