終わらせたい彼の箱庭狂騒曲   作:マスカレード・マスタード

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 かぽーん、と桶のぶつかる音が響く。

 

「良い湯だ…………」

 

 湯船に肩まで浸かりながら、空胡は蕩けるような表情で息を吐いていた。

 眼帯を嵌めた右目はそのままだ。いつぞやの執事騒動の際にもらい受けたものだが、なかなかどうして高性能。濡れない破れない燃えないという代物であり、元の世界で着けていた医療用眼帯と比べれば雲泥の差がある。

 一緒に入った十六夜やジンは既に上がって久しい。

 元々、風呂の中で長考する事の多い空胡は自然と長湯となった。

 

「面倒な事になったな…………」

 

 考えるのは、魔王襲来の件。

 グルグルと頭を回るのは、違和感だ。しかし、何が引っ掛かっているのか当人にも分からないという悪循環に陥っておりどうしても答えが出ない。

 

「魔王襲来……火龍生誕祭……幼いフロアマスター……明かされない予言……うーん」

 

 湯船に顔の半分まで浸かり、浮かび上がる気泡によって揺れる水面を見ながら一旦頭を空にする。

 

「そもそも、予言を明かさないのは不和の可能性って言ったけどもフロアマスターじゃなくて、サラマンドラからならどうだ?」

 

 ピンときたことを口に出してみる。そして、そこまで考えれば空胡はある事に気が付いてしまった。

 

「オイオイオイオイ、そうなったらひっくり返るぞ?というか、やらせじゃねぇか」

 

 湯船から立ち上がった彼は嫌そうに、その表情を歪めた。

 余談だが、彼の体。武術を得意とするからかかなり絞られており、実に細マッチョ。

 ついでに、思考の海から這い上がった事により彼の耳に壁の向こうの音が聞こえてきた。

 

「…………いや、聞かねぇよ?」

 

 誰に言い訳しているのか、空胡はそのまま出入口へと足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――暑ぃ………」

「長風呂でしたからね」

「いや、考え事しててな…………」

 

 浴衣となり、前を大きくはだけさせて肩まで見えている空胡と、そんな彼を団扇で扇ぐジン。

 二人が見る先では、今まさに十六夜がセクハラをかまして黒ウサギにハリセンで頭をしばかれている所だ。

 

「にしても、ジンよ」

「え、何ですか?」

「いや、アンタってサンドラの事好きなのか?」

「ごふっ!?」

 

 予想外の人から予想外の質問に、ジンは勢いよく噴出した。

 

「ゲホッ!エホッ!な、何ですかいきなり!」

「ん?いや、なに、ちょいと気になったからな。まあ、雑談みたいなもんさ」

「だ、だからって…………!」

「カカッ、悪い悪い。まあ、面白いもの見れたから良いか」

「良くありませんよ!…………じゃ、じゃあ、空胡さんは居るんですか?す、好きな女性、とか…………」

「俺か?俺はなぁ…………」

 

 そこで彼は言葉を切ると、顎を掻く。

 

「…………まあ、居ねぇか。生憎と、初恋とかも未だでな。その点でいえば、ジンにも劣ってるな」

「い、今までに一人もいないんですか?」

「居ない。これからも、それは変わらねぇと思う。元々、色恋には興味が無いしな」

 

 興味が無い。これは、彼の本心だ。

 幼少期に自身の家が抱える問題と向き合う事になった空胡にとって、解決こそが一番であり残りは全てが些事でしかない。

 ちょっとした仕返しのつもりであったのだが、思ったよりも重い話題になってしまったことにジンは俯く。

 そんな彼の年相応の頭の上に手が乗せられた。

 

「気にするなよ、ジン。俺は割と、今の生活が気に入ってる。最初の通り、宜しくは出来ないけど、まあ、力を尽くす程度ならやってやるさ」

「…………」

「アッハッハ、悪かったって。ンな面するなよ、な?」

 

 カラカラと笑う同士の手のひらの感触を頭に感じながら、ジンは前を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂でさっぱりし、一室に集まった面々。

 上座に座った白夜叉は、中央にあるテーブルへと肘をつくと、真剣な表情で口を開いた。

 

「それではこれより、第一回黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を――――――」

「始めません」

「始めます」

「始めません!」

「既に、結構なものを着てると思うが?」

「く、空胡さん!?」

 

 アホな議題を持ち出す白夜叉に、彼女に便乗して悪乗りする十六夜。そして、興味なさげに頬杖をついた空胡のそれぞれへと黒ウサギの突っ込みが走った。

 とはいえ、おふざけがワンクッションとして入れば必要以上の気負いも無くなるというもの。

 

「白夜叉、緊張解すのはいいが、本題はどうしたよ」

「ふむ、おふざけではないのだが…………まあ、良い。それに本筋からはそこまで外れてはおらんのでな」

「何だ?黒ウサギの衣装でも新調するのか?」

「これなんてどうかの!」

 

 真面目な雰囲気になるかと思えば、どこから取り出したのか白夜叉は衣装を晒す。

 

「へぇ、丈の短い着物か」

「…………いや、黒ウサギが着るには少し小さいだろ」

 

 口笛を吹く十六夜に、しくじったと額に手を当てる空胡。

 

 そこからどうにかこうにか話を軌道修正し、話題は耀の出場するギフトゲーム。その決勝の話へ。

 

「――――そういえば、白夜叉。私達の明日の相手ってどんな感じなの?」

「それは明かせんな。ゲームの公平性は保たねばならん。教えるとすれば、コミュニティの名前ぐらいだの」

 

 パチリと白夜叉の指が慣らされ耀の前に羊皮紙が現れた。

 

「ウィル・オ・ウィスプに――――――――ラッテンフェンガーですって?」

「うむ。この二つは珍しい事に六桁の外門。要するに一つ上の階層からの参加者でな。格上と思ってもらって構わん。詳しく明かすわけにはいかんが格上と考え、覚悟をしておくべきだろう」

「鬼火に、ネズミ捕り道化か。おどろおどろしいな」

「成る程な、さしずめお前らの明日の相手は、ハーメルンの笛吹き道化ってところだな」

 

 同じく、契約書類へと目を通していた十六夜がそう呟けば、そこに白夜叉と黒ウサギが喰いついてくる。

 

「ハ、ハーメルンの笛吹ですか!?」

「詳しく聞かせてくれぬか、小僧。事と次第によっては、厄介極まりないぞ」

 

 思わぬ二人の食いつきにそこまで意図していなかった十六夜は、瞬きする。

 彼含めた新参者たちの反応に、白夜叉は一つ咳払いすると重々しく口を開いた。

 

「最近召喚されたおんしらは知らんのであったな。実はな、ハーメルンの笛吹きというのはとある魔王の下部コミュニティだったものの名なのだ」

「なに?」

「魔王だ?」

「さよう。魔王のコミュニティは幻想魔導書群(グリムグリモワール)。全二百篇以上にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した召喚士が統べていたコミュニティだ」

「しかも、一篇から呼び出される悪魔は複数。特に驚くべきなのが、魔書の一つ一つが独立した世界を内包しており、魔書そのものがゲーム盤にもなるというもので、その強制力と確立されたルールは穴を突くことすら難しい強大な魔王でございました」

「…………へぇ?」

 

 十六夜の目が鋭く光った。

 黒ウサギの説明は続く。

 

「けれど、その魔王はとあるコミュニティとのゲームに敗れてこの世を去ったはずなのです…………ですが、十六夜さんはラッテンフェンガーをハーメルンの笛吹きだと言いました。黒ウサギは童話の類には詳しくありませんので、万が一にでも備えてご教授願えませんか?」

「成る程、そういう事か」

 

 十六夜は納得したように頷いた。

 彼としても、ここで疑問を晴らしておくことに異論はない。似たような知識を持ち合わせているであろう空胡に目を向ければ、肩を竦めているため彼自身が語る気が無いのは明らかだ。

 であるならば、

 

「話は分かった。ならここは、御チビ様にご説明願おうじゃねぇか!」

「ええっ!?ぼ、僕ですか!?」

 

 まさかの選出に、十六夜の隣に座っていたジンは驚きの声を上げた。

 何やら耳元で少しの言葉をかけて、彼は少年をおす。

 それが決め手となったのか、彼は口を開いた。

 

「ラッテンフェンガーとはドイツという国でネズミ捕りの男を指します――――――――」

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