終わらせたい彼の箱庭狂騒曲   作:マスカレード・マスタード

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 ゲームの開始と同時に、両者の初手は様子見に回るというものであった。

 互いの手の内など知らないし、初手から攻撃を仕掛けてその結果窮地に追い込まれるなどお笑い種にもならないからだ。

 どちらが先に仕掛けるかの間。

 先に動いたのはアーシャであった。

 

「睨み合っても進まねぇし、先手は譲るぜ」

「そうか?んじゃ、遠慮なぐえっ!?」

「待って」

 

 促されるままに進もうとした空胡であったが、その首根っこを耀は捕まえ引っ張っていた。

 結果、シャツに引っ張られて喉が絞まった彼はえずいてしまう。

 非難がましい目を向けられるが、そんな事よりも彼女の関心はアーシャという少女の立場にある。

 

「アナタは、ウィル・オ・ウィスプのリーダー?」

「え?あ、そう見える?なら嬉しいんだけど……残念なことに、アーシャ様はコミュニティのトップじゃないんだなぁコレが」

 

 リーダーと間違われたことがうれしかったのか、アーシャは花が咲いたような笑みを浮かべる。

 意味のなさそうな質問であったが、二人にとってはこれで十分。一瞬互いに目配せをすると、耀を先頭に踵を返してダッシュしその場を離れていくではないか。

 

 そうとは気づかないアーシャは、一人その場でニヤニヤとしていたのだが、その肩をジャック・オー・ランタンに突かれて現実へと戻ってくる。

 そして、目の前へと目を戻して―――――蟀谷に青筋を浮かべた。

 

「こ、このアーシャ様をおだててその隙に逃げやがって…………ハッ、良いぜ。手加減しだ!焼いてやる!」

 

 少し先を行く二人へと追いつき追い抜かんと猛追を開始した。

 

 一方そのころ、一手速く進み始めた耀と空胡は駆けながら情報整理としゃれこんでいた。

 

「あの子はリーダーじゃない。多分、嘘はついてないと思う」

「同意だ。となると、あの喧しい奴は悪魔じゃない。仮に悪魔だったとしても生と死を行き来できるような怪物じゃないって事になるな」

「あくまで、仮定。油断は駄目」

「分かってるさ。後は―――――」

「待ぁぁぁぁちぃぃぃぃやぁぁぁぁがぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 そこまで言葉を交わしたところで、相当な声量の声が二人の鼓膜を揺らした。

 首だけで後方を確認すればアーシャとジャック・オー・ランタンが、結構な距離にまで追いつきそうな距離だ。

 

「焼き払え、ジャック!」

「YAHOFUuuuuUUUUUuuuuuu!!!!」

 

 大きく左手をかざすアーシャと彼女の動きに合わせるようにして、ジャックの右手に下げられたランタンから激しい業火が吹き上がる。

 青い炎、悪魔の業火は容易くステージの樹木を焼き破り二人に襲い掛かった。

 だが、

 

「なっ…………!」

 

 斬ッ、と幾筋もの蒼い線が駆け抜け迫った炎は斬り刻まれた(・・・・・・)

 火力もさることながら、炎を斬るという尋常じゃない事態。

 

(斬撃!?炎を斬るってことはソレに特化してるのか?チッ、多分あっちの男のギフトだよな?女の方は分からねぇ!)

 

 アーシャは、比較的冷静に己の現状を把握しながらも歯噛みする気持ちが抑えられそうには無かった。

 対して、ギフトを使ったとしてもそう簡単には種が明かせそうにない二人はと言うと、ジャックに関してはある程度の情報が出揃っている所。

 

「青い炎だったな。ってことは、伝承通りか?」

「うん。試合前にジンが言ってた通りだと思う」

「とすると、あのジャック・オー・ランタンを作ったのはあの女じゃないな。リーダーの作なら、相当厄介だぞ」

「…………!避けて!」

 

 耀が体ごと並走する空胡へと突っ込みその場を離れる。

 突っ込まれた彼は、突然の事態であったが体幹を使い右の踵を軸に回転しながら後ろに下がり倒れる事は無かった。

 直後に二人が走っていた地点を炎が焼く。

 再び走り出した二人。空胡は相方へと称賛の声を上げた。

 

「へぇ、よく分かったな」

「ん、臭いで分かった。ガスの臭い。青い炎の原因はジャックじゃない。あの子が手から可燃性のガスや燐を撒き散らしてる」

「成る程な。ウィル・オ・ウィスプの科学的な学説がそのまま当てはめられるって訳か」

 

 鬼火の出現に天然ガスなどが絡むのは学説としても発表されている事だ。

 天然ガスの臭いなど、そうそう気付けるような物ではないのだが、耀の鼻は人間とは比べ物にならない程に鋭敏である。仮に、空胡が斬らずとも鷲獅子のギフトによる旋風で逸らすことが出来ただろう。

 

 種を見破られたアーシャはと言うと、このままでは敗北待ったなしの状況である。

 両者の走力で言えば、耀と空胡に軍配が挙がるのだから。炎を放ってもその都度斬り刻まれるだけであるし、既に耀は鋭敏な感覚によってゴールまでの道筋を把握している。

 それ故に、

 

「…………くそったれ。悔しいけど、今のアタシじゃあの二人に届かねぇか…………だから、後は任せるよ。本気でやっちゃって、ジャックさん」

「分かりました」

 

 聞こえるはずの無い返答に、耀は思わず後ろを振り返る。

 その瞬間、はるか後方であったはずのジャックの姿は眼前へと現れていた。

 

「嘘」

「嘘じゃありませんよ。失礼、お嬢さん」

「やらせるわけねェだ、ろッ!」

 

 ジャックの巨大な手が耀へと迫る。

 だが、当たる直前に次元刀を棒高跳びの棒のように使った空胡が、巨大なカボチャ頭へと後ろ回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばしていた。

 

「ヤホホ、良い動きですね。私の動きを、確りと見切りましたか」

「生憎、目は良いんでな」

 

 居合の体勢で腰を落とした空胡と空中で体勢を整えたジャックが向かい合う。

 

「く、空胡」

「先に行け、春日部。元々、アンタを勝たせるのが俺の仕事だ」

 

 鯉口を切ったその背は覚悟を感じさせる。

 その背に一言、耀はかけるのみ。

 

「―――――信じてる」

 

 それだけを残し、彼女は先へと進んだ。

 その言葉を背に受けて、彼はニヒルに頬を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かい合う、空胡とジャックの両者。

 既にゲームプレイヤーの二人は先に進ませた。

 どちらもが、相方の勝利の為に相手を止めなければならないという利害の一致からだ。

 

「ヤホホ、隙が見当たりませんねぇ。その若さでよくぞその高みにまで上り詰めたものです」

「ハッ、褒めてくれるのはありがたいがな。俺のこいつ(技術)呪い(ギフト)の副産物さ」

「それでも、貴方の(ギフト)なのでしょう?」

「まあ、な!」

 

 会話の中から、先手は空胡。肉眼ではほとんど捉える事すら出来ない抜刀による居合が空を切り裂きジャックへと迫る。

 

「ヤホホ!成る程、貴方は生粋の戦士のようですね!」

 

 だが、斬撃は当たる直前にジャックの姿が陽炎の様に消えたことにより背後の根の檻を深く切り裂くばかり。

 カボチャの幽鬼が現れるのは、空胡の背後。ゴウゴウと燃え盛るランタンが振るわれ、その中に秘められた業火が解放される。

 扇状に広がった炎は容易く木の根を焼き焦がし、彼の姿を飲み込んでしまった。

 

「嘗めるんじゃねぇ!」

 

 直後、炎の波は不自然に一瞬膨らみ弾け飛んでいた。

 散り散りとなった残り火の中、頬を熱気に赤くさせながら飛び出してくる空胡。

 居合抜きの速度は、抜かれる刀の切れ味に依存する。

 某有名な元人斬りが持つ逆刃刀など、本来ならば抜刀術に不向きな筈なのだ。

 次元刀は、鞘以外は基本的に何でも斬れる。その切れ味で鞘をレールに放たれる居合抜きは視認などまず不可能というもの。

 放たれた斬撃は、間一髪でジャックの黒衣の一部を斬り飛ばし、その先にある根の檻を切り裂いた。

 

「成る程、その剣、いえ刀ですか。それが貴方のギフトという事ですねぇ。凄まじい切れ味。私のカボチャ頭も真っ二つにされそうです」

「チッ、その割には軽々と避けるじゃねぇか」

「それは当然の事。こちらも、コミュニティの看板を背負っておりますからねぇ」

 

 軽口を交わしながらも二人の戦いは膠着状態へと陥っていた。

 ジャックが遠距離から火焔を放ち、それらを空胡は居合によって斬り刻み前へと進むというもの。

 様子見というにはあまりにも苛烈なその戦いに、多くの観客たちは飲み込まれていく。

 そこには、ノーネームであるという差別的な見方は既にない。

 

「時任君って、ここまで強かったの?」

「そう言えば、お嬢様はアイツが戦ってるのは見てなかったんだっけな」

 

 曲芸の様に宙返りなどを合間に挟みながら炎を切り捨てる仲間の姿に、飛鳥は思わず隣の十六夜に問うていた。

 ペルセウス戦の後から参加するようになった幾つかのギフトゲーム。それらは、ここまで大規模な戦闘になる事など無かった。その為、周りに配慮して真面に戦おうとしなかった空胡の実力をその目で彼女が見る事は今までなかった。

 だからこそ驚く。ほぼブレるばかりでハッキリと視認できない右腕から放たれる居合の技の凄まじさに。

 

 そんな同じコミュニティの面子に驚愕されているとは思いもしない空胡はどうにも攻めあぐねていた。

 彼が気にするのは耀の位置。ゴールが分からない手前、どの方向にどの程度進んでいるのか分からないせいで、本気で次元刀を振るった場合どうなるか分からないのだ。

 そして、その事にジャックは気づいている。

 

「ヤホホ♪これも勝負ですからねぇ。命までは奪いません、が再起不能とさせていただきましょうか!」

「ッ!」

 

 空中から足場の木の根へと降り立った瞬間の僅かな硬直。

 その瞬間、空胡を取り囲むように正三角形の形で業火を溢れさせるランタンが出現する。

 

「フィナーレと参りましょうか!顕現するは、地獄の業火!」

 

 蓋越しにすら溢れていた業火が一斉に中央に向かって吐き出される。

 跳躍して躱せるような物でもない。十六夜ならば別だが、あくまでも空胡は人間でしかないのだから。

 であるならば、死なないために抗うしかない。

 

「―――――フーッ!」

 

 腰を落とし、次元刀を左腰に添えて右手を柄に掛ける。

 目を閉じ感覚を鋭敏化。そして、動き出した。

 

「――――――――――次元刀斬法」

 

 業火が彼を飲み込み、三つがぶつかった波が岩壁にぶつかって空へと弾けるように打ちあがる。が、次の瞬間には炎の波は弾け飛ぶ。

 見れば、炎を吐きだしていたランタン諸共周囲四方八方に斬痕が走り、弾けるではないか。

 宙をユラユラと揺れる残り火。その中央。不自然なまでに焦げ目のついていない足場があった。

 

「あっぶねぇ…………!消し炭になるかと思ったぜ」

 

 その中央、ほんの少しだけ頬に煤の跡を残した空胡はいつぞや山を斬ったときのようにヘラリとそこに立っていた。

 

「あっちぃ…………」

 

 次元刀を鞘ごと噛んで口にくわえ、空胡はジャージの上着を脱ぐと腰に袖を巻いて結び、腰布の様に括りつけた。

 まさかあの状態からほぼ無傷で生還してくるとは思っていなかったジャックは、炎を宿した瞳を僅かに細める。

 

「ヤホホ、これは何とも驚きです。まさか、あの包囲網を無傷で切り抜けられてしまうとは。それに四方八方に飛んだ斬撃。後学の為に聞いてもよろしいでしょうか?」

「別に大したことはしてないさ。只、少し頑張って(・・・・)腕を振るっただけだ。炎が斬れるのは見てたから知ってるだろ?」

「ヤホホホ!これはこれは、何とも凄まじいですねぇ!まさかルーキーでここまでの力を誇るとは!」

「抜かせ」

 

 吐き捨てた空胡は再び腰を落とす。

 柄に掛けられた右腕は、先程までジャージの袖によって隠れていたために分かりにくかったが血管が浮かび上がるほどに力が込められていた。

 脱力を重視するのが基本であるのだが、彼のこれは謂わばデコピンの力を溜めているような状態。次の一手への準備だ。

 その気配の変化に、ジャックも感づいた。問題は、如何に地獄の業火であろうとも斬られてしまう点。

 だが同時に弱点もまた気付いている。

 

 ジャックの後方に四つのランタンが現れ、蓋が開かれ巨大な炎の塊が形成されていく。

 

 明らかに互いの必殺の一撃を放とうとしているのは明白だ。

 空気が張り詰めていく。観客たちもまた、生唾を飲み込み次に何が起きるのか、その一瞬を見逃すまいと目を皿のようにしてその光景を見つめていた。

 

 だが、忘れるなかれ。これは決闘でも一騎討でもなく、ギフトゲームだ。何より向かい合う両者は主役ではない(・・・・・・)

 

「―――――ッ!」

 

 空胡が前へと駆け出す。溜めた力を爆発させ、左手で鞘を後方へと引きながら抜刀へ。

 対するジャックも、集めた火焔を膨脹に任せて球体のまま放り込む。

 激t―――――

 

「「ッ!」」

 

 互いの必殺がぶつかる前に、ガラスの砕けるような儚い音が響きジャックも空胡も舞台の上へと戻ってきていた。

 今まさにぶつかり合おうとしていた二人のみならず、息をのんでいた観客たちもまた同じことだ。

 何故このような事になったのかというと、

 

『勝者、春日部耀!』

 

 黒ウサギの宣言が全ての答えを明かしてくれた。

 ゲームの勝利条件を耀が満たしたのだ。如何に派手だろうと、空胡とジャックの戦いはあくまでも足止めに過ぎなかった。

 

「…………はぁ………疲れたぁ…………」

 

 右手を次元刀の柄より放して、プラプラと振るいつつ空胡はそのまま舞台の上にへたり込み息を吐きだす。

 余裕があったようにも見えたかもしれないが、そんな物はまやかしだ。一歩間違えば消し炭にされていたかもしれないのだから。

 

「お疲れ様」

「ん?よぉ、春日部。お前もお疲れ様だな」

 

 ボケっとしていればいつの間にやら耀が隣へとやって来ていた。

 

 とにもかくにも、ゲームに勝った。その事実は覆らない事実。

 再度、空胡は空を見上げ―――――

 

「あ?」

 

 それに気付いた。


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