終わらせたい彼の箱庭狂騒曲 作:マスカレード・マスタード
絶望とはこういう事を言うのだろう。
「………………………………はぁ」
辛気臭いを通り越して、疫病神にでもジョブチェンジしたのではと思えるほどに空胡は地の底に沈みそうなほど落ち込んでいた。
原因は言わずもがな、白夜叉との一件に端を発する。
流石にここまで落ち込んだ相手に突っ込むほど、連れである四人と一匹は不躾ではなかった。
「落ち込んでるわね」
「…………うん」
「ま、無理もないだろ。長年どうにかしようとした事が、水泡に消えちまったんだから」
「ですが、空胡さんのギフトは一体何なんでしょう?十六夜さんの様に怪力や、速度を得ているわけでもありませんし。圏境?は白夜叉様も武道の技術体系だと仰ってましたし…………」
「そう言えば、圏境は技術なのよね?確か、“気”を使うんだったかしら」
「周りの世界に同化して、においや音も絶ってしまう。それがギフトではなく技術として存在する。つまり、空胡さんのギフトは武術の達人になる様なもの、でしょうか?」
「それなら、ギフトカードに名前が出るだろ。武芸百般や達人、とかな。けど、アイツのカードに出たのは
落ち込んだ空後の前。少し離れて通りを行く四人の話題と言えば、失えば死ぬとまで言われた空胡のギフトに関しての事だ。
同じく、ギフトカードがエラーを吐き出した十六夜と違って彼はギフトを手放す事を望んでいた。しかし、手放せば死ぬ。それでは意味が無い。
彼が求めた結果は、己だけが助かる事―――――ではない。自身の一族に降りかかったギフトをどうにかする事。死んでしまえば、その先に待つのは彼の解放であっても、一族の解放ではない。
だからこそ、絶望する。
若干一名お通夜の様な空気だが、歩いていれば時間は進む。
噴水広場を超えて、しばらく歩けば彼らのコミュニティである“ノーネーム”の本拠地の前、その門へとたどり着いていた。
「…………少し、ショッキングな光景が見えると思いますがご容赦くださいませ。この門より更に歩かねばならないのデス」
「ショッキング?」
「YES。それは、戦いの名残です。とにかく、中へ」
黒ウサギに促され、開かれた門の先へ。
「…………おい、黒ウサギ。その魔王と戦ったのは
「僅か三年前の事にございます」
「ハッ、そりゃ面白いな。断言するぜ、どんな力がぶつかってもこんな風化しきった街並みが残るなんてありえない」
そう、それは風化しきった街並み。
それも単純なものではなくつい先ほどまで誰かが居たかのような、そしてそのまま人が消え去り風化したような光景だった。
「見て、ベランダにティーセットが出たままになってるわ。まるで、人がフッと消えてしまったみたい」
「…………生き物の気配もしない。人が住まなくなって整備されなくなった家なのに」
「こりゃ、神隠しみたいだな」
「あ、空胡生き返った」
「いや、死んでないからね?そこんとこ間違えないでくれよ、春日部」
先程まで気配が完全に死んでいた空胡は、周りを見渡した。どうやら、燃え尽きていても話は聞こえていたらしく慌てる素振りもない。
「あら、蘇ったのね」
「ちょっと待て、本当に死んでないからね?勝手に人を殺すなよ、久遠」
「でも、相当気配が死んでいたわよ?」
「そりゃ、解決の糸口どころか死刑宣告受けた様なもんだからな。けど、ずっと落ち込んでるわけにもいかないだろ。幸いなのか、この箱庭は白夜叉みたいな人知超えた奴もいる。それなら、俺の先祖と契約結んだ奴も見つかるかもしれないしな」
「前向きじゃない。もしもの時は、手伝ってあげるわよ?」
「そりゃありがたいな。ついでに、春日部も手伝ってくれると嬉しんだが」
「…………十六夜は?」
「アイツは…………どうだろうな」
アッサリと助力を頼むかと思えば、言いよどむ。
そんな妙な反応を示す空胡に二人は首を傾げるが、なぜ言い淀んだのかまでは分からなかったらしい。
(だってアイツ、興味なければ無視しそうだしな)
空胡自身も経験のある事だったが、人よりも上の視点を持てる人というのはその後の成長に大きな影響を齎す場合があった。
例えば、空胡の様に微妙に壁を作って大事な部分にまで踏み込ませないよな者とか。
*
ノーネームの構成員は、子供ばかり。百二十人ほどの子供たち+黒ウサギやジンといった構成であったのだが、今回の召喚により、新たに四人のプレイヤーを有することになった。
その一人、空胡は食事もそこそこにノーネームに現存する書庫の中へと籠っていた。
「…………」
辞書を片手に、読み進めるのは分厚いハードカバーの図鑑のような物であった。
只、見た目が図鑑のようであるだけで、中は百科事典も真っ青な文字の細かさと所々にSAN値を消し飛ばしそうな幾何学的な図形とも絵ともとれる妙な代物が書かれている程度。
ハッキリ言って、読むどころか眺めるだけでも精神を摩耗させてしまいそうな代物だが、空胡は何食わぬ顔でそれらを読み込んでいた。
「―――――よう」
「…………ん?」
静謐が息づく空間でページの捲られる音と、時折揺れるランプの炎だけだった書庫に声が響く。
空胡が顔を上げれば、半ば地下空間となった書庫に見知った顔がいるではないか。
「何か用か?風呂なら最後に水浴びでもするから、俺は良いぞ?」
「いや、風呂の話じゃない。まあ、回りくどいのも俺は御免だからな」
そう言って十六夜は、書庫に降りてくると椅子の一つに背もたれが前に来るように腰掛けた。
「話ってのは、お前のギフトに関してだ」
「…………」
「いい加減、切り込まれるとは思ってただろ?俺としても、御チビに言った手前動こうと思ってな。ま、今回のゲームで負けたら知らねぇが」
「ゲーム?久遠たちがやるって言う、アレか?」
「ああ。で、だ。負けたら俺は、このコミュニティを出ていく」
「…………は?え、マジで?」
「ああ、マジだ」
言い切った十六夜の気配は本物。空胡も流石に、本を開いたまま対応できないと判断したのか本から顔を上げた。
「魔王を倒すんじゃないのか?」
「確かに、魔王は倒すさ。けど、ここじゃなくてもそれはできるだろ。魔王は無差別にゲームへと巻き込む強制権もあるみたいだからな」
「…………まあ、十六夜がそれでいいなら俺からは何も言わないけどよ。じゃあ、何しに来たんだ?俺の、ギフトに関してって」
「いつまで、手を抜く気だ?」
「……………………」
「お前が隠したがってるのは分かってる。けどな、やっぱ見てるとモヤモヤすんだよ」
「やっぱ、ダメか?」
「俺もお嬢様たちの手の内は知らねぇ。けど、ある程度は予想がついてる。ただお前のギフトは別だな。俺と同じでエラー吐いてるし」
「…………はぁ」
空胡はガリガリと頭を掻く。
彼とて分かっているのだ。このままではいけない事など。しかし、踏ん切りがつかない。
「俺もな、分かってはいるんだ。そりゃ、ギフトゲームは力だけでどうにかなるとは思ってない。けど、やっぱり力は必要だよな。でも…………」
「何迷ってんだ?」
「厄介なんだよ……………………よし、決めた」
少しの間をおいて、空胡は一つ頷いた。
「いいか、十六夜。今回はお前だけに見せる」
「へぇ、黒ウサギたちには内緒か?」
「内緒って言うか、久遠たちは明日ギフトゲームだろ?無駄に悩み増やせないだろ」
言って、空胡は右目の眼帯へと手を掛けた。
そう言えば濡れてたな、と眼帯に触れながら思い出した彼だったが今はそれどころではないと剥ぎ取った。
チラチラと揺れるランプの明かりの中、眼帯の下は露となる。
「ッ、それは…………」
「まあ、もっとあるんだが取り合えず、な」
十六夜すらも息をのむ。
それは―――――