終わらせたい彼の箱庭狂騒曲 作:マスカレード・マスタード
ピタリ、ピタリ、と水滴が落ちる音がする。
「ヒュー…………ヒュー…………」
「う、ああ…………」
「…………」
呻く様な三人の男たちの声がとある廃屋の中に響いていた。
男たちは、三人そろっていたに背中を固定するように縛られており、逆立ちの様に天地逆転したまま顔には布の袋が掛けられている。
湿った布袋。荒い呼吸。何が行われていたのかは明らかだろう。
「終わったか?」
暗がりより、部屋に入ってきたのはいつもの様に髪をヘッドホンで纏めた問題児筆頭。
「思ったよりも簡単だった。ついでに、面白いギフトも幾つか取れたぜ」
答えるのは、眼帯の彼。椅子の背凭れを前にしてその上に腕と顎を置いた彼は右手に持ったあるモノをヒラヒラと振って見せる。
「まあ、証拠としては弱いかもしれないけどな。何も用意しないよりはマシだろ」
「だな。どうも、お嬢様たちは手緩い。やるなら徹底的に潰さねぇとな」
「容赦ねぇな。俺は借り返せればそれで良いんだけど」
二人は互いにそんな言葉を交わして行動に移る。
目的地は―――――サウザンドアイズだ。
*
満月輝く良い夜に、黒ウサギ、十六夜、飛鳥、空胡の四人は夜道を歩んでいた。
「こんないい星空で、誰も出歩いてないとはな。俺の地元なら金がとれるぜ?」
満点輝く夜空の星を見上げて、十六夜はそう呟く。
彼の故郷は眠らない街であった。輝くネオンライトや、夜の世界で生きる人々が動き回り、排気ガスで汚れた空気は世界を霞ませる。
対照的に、戦後間近の時代より来た飛鳥にしてみれば綺麗な空が見える事は何も珍しい事じゃない。
それよりも彼女が気になったのは星の光の方らしく。
「あそこまで満月が輝いて、星の光が霞まないのはどういうことなのかしら?」
「それは、箱庭に掛けられた天幕が、星の光を観測しやすいように作られているからですよ」
「星の光を?それは、いったいどうしてかしら?」
「それは―――――」
「その質問は無粋だぜ、お嬢様。こんな綺麗な星空なんだ、綺麗な星を見てほしいって言う職人の心意気って奴だろ」
「あら、それは素敵な心遣いね。ロマンを感じるわ」
「…………そ、そうですね」
違う、と黒ウサギは否定しなかった。納得したのならばそれでいいし、何より店までもそう遠くは無いのだから。
「空胡さんも大丈夫ですか?」
「そう思うなら、手伝ってくれよ」
振り返った黒ウサギの先、空胡は死んだ眼で木製の荷車を引っ張っている。荷台に乗っているのは、三つの簀巻きにされた布の塊だ。時折痙攣している。
「お前がジャンケン負けたのが原因だろ?」
「ぐぬぬ…………!まさか力業で運ゲー破られると思わねぇだろ。何だよ、石も切り裂くハサミって」
「俺のチョキは阻めないって事だな」
「ジャンケンのルールに則れや!」
「そういうけどな。結局荷車を引いたなら、負けを認めたって事だろ?」
「久遠や黒ウサギに引かせるわけにはいかねぇだろ。見ろ、この荷車。持ち手がささくれ立って木屑が手に刺さってるからな?」
見ろ、と突き付けられた彼の手のひらには細かな木屑が突き刺さっていた。
手伝え、と彼は黒ウサギに言ったが、その本心としてはこのままでいいとも思っていた。女性陣が傷を負うものではないと考える古風な考えに端を発する思想からきている。
そんな雑談を間に挟みながら少し経てば、四人はサウザンドアイズの前までやって来た。
「お待ちしておりました。オーナーと、ルイオス様が奥でお待ちです」
「『お待ちです』?自分たちがいったいどれほどの蛮行を働いたのか理解したうえでの言葉でしょうか…………!」
「私は事の詳細は聞き及んでおりません。どうぞ、中へ」
定型文の会話ですら今の黒ウサギには煽りに聞こえるらしい。
だが、顔なじみになり始めている従業員も仕事として対応しているのだ、怒るのは筋違いというか、酷だろう。
三人が先に入店し、店の脇に荷車を置いた空胡が三つの簀巻きを担いで後に続く。
「いや、ホントすんません」
「…………謝るぐらいならば、面倒を持ち込まないでいただきたいものですね」
「まあ、今回は…………うん。後、俺の勘だけども今後とも御贔屓にって奴になると思う」
「不吉な事を言わないでください」
ゴメンゴメンと笑い、店に入っていく背中を見送り従業員はため息をつくのだった。
*
人間誰しも、初対面から受け入れられない人種というのは存在する。
少なくとも今自分の目の前で傲岸不遜な態度を示す若い男は嫌いだと、空胡は眉を寄せていた。
男、ルイオスはニヤニヤとした嫌な笑みを顔に浮かべて、真っ先に黒ウサギを買い取ろうとしてきた。その時点で、少なくとも飛鳥と空胡の二人は彼に対する好感度があればマイナス振り切っていただろう。
「―――――嫌だ。決闘なんて冗談じゃない。第一、そっちのホームでウチの部下が暴れまわっただなんて証拠がどこにあるんだい?」
「それは…………彼女の石化を解いてもらえれば―――――」
「そんな事すれば、そっちと口裏を合わせるかもしれないだろ?第一、吸血鬼は一回逃げ出してる。売り飛ばすまでは石化は解かないよ」
嫌な物言いだが、筋は通っている。黒ウサギも言い返せない。
そこに畳み込むようにして、ルイオスは更に口を開いた。
「そもそも、あの吸血鬼が逃げ出したのはお前たちのせいだろ?実は盗んだんじゃ―――――」
「…………逃げられる方がマヌケなんだろ」
小さくボソリとつぶやかれた言葉が嫌に部屋に響く。
自身の言葉を態々遮られた形のルイオスは、じろりと発言した彼、空胡を見る。
「何か言ったか?」
「いやいや何も?猿山の大将様に、“名無し風情”が何か言う訳ないだろ?」
空気が今度は凍った。面倒は嫌だと言っていた当人が一番に火種へと燃料をぶちまけている件について。
この状況で楽しげなのは、十六夜位だ。その彼も、この場を更に引っ掻き回す為に、
話の場に転がる三つの簀巻き。
「何だよ、コレ」
「まあ、見てろって。空胡」
「あいよ」
ルイオスの咎める声を無視し、十六夜に言われて空胡はあるものをポケットから取り出した。
「ちょっと前に、書庫の中から発掘したんだがな?結構面白いもんなんだわ」
「何かしら、それ。水晶玉?」
「そ、それは…………録音玉ですか?」
「録音玉?何か音を取り込めるのかしら?」
「YES。その名の通り、外部の音を取り込むだけの代物デス。使い道などまるでありません。強いて挙げれば、歌を歌う種族が客観的に自身の歌を聞いたりするなど、でしょうか?」
頭にはてなを浮かべる、黒ウサギと飛鳥の二人。
しかし、問題児がそんな手緩い使い方をするはずもなく。
「まずは、こいつを見てくれ」
そう言って、十六夜は簀巻きの一部を解き、布を剥いだ。
現れるのは、死んだ眼をした野郎ども。
「なっ…………!」
絶句したのは、ルイオスだ。彼にとっては見覚えのあり過ぎる者たちだったから。
「ついでに、コレな?」
更に追撃するように、十六夜は己のギフトカードより兜、羽の付いた靴などを取り出し並べる。ご丁寧にも三人分だ。
「コレはオマケだ」
そこに、空胡の持った水晶玉より音が流れ始めた。
それはこの襲撃計画と、ノーネームに対する暴言の数々。何より、“皆殺し”という発言が見事に入ってしまっていた。
その後も、襲撃した部隊の数や構成人員。目的等々、出るわ出るわ後ろ暗い数々。
「俺としても、白夜叉への義理?がある状態じゃ手を出す気は無かったんだぜ?けど、いろいろ証拠が手に入ったなら話は別だ」
「まあ、面倒は御免だが。アンタにレティシアや黒ウサギをどうこうされるのは、ハッキリ言って不快だしな」
「で、どうするペルセウス?」
「…………チッ、役立たずめ」
追い詰めた、とまではいかずともこれで両者に非がある事を示すことはできた。
何よりこの場には、サウザンドアイズ直系幹部の白夜叉が居る。彼女はノーネーム寄りであるし、ルイオスに対する印象は悪い。
ルイオスとしても弱小ノーネームなど、歯牙にもかけずに終えるはずだった。だが、その結果はこれだ。
部下の捕縛。並びに、襲撃計画の漏洩と、その際に相手を仕留める発言により立場が悪い。
だが、彼もそれ以上は悪くならないだろう。
「で?お前らはそんなものを持ち出してどうするつもりだよ?まさか、そんな物で吸血鬼を手放せって言うのかい?―――――だったらナメてるだろ、人間ども」
ゾッとするような声色で呟かれ、ルイオスの手には鎌が握られる。
ペルセウスの鎌。ハルペーと呼ばれるそれは、ペルセウスがゴルゴンの怪物の首を刎ねる際に用いたことが有名だろうか。
しかし、それが向けられても二人が動じた様子はない。
「俺達は、ゲームを申し込む」
「はぁ?何でお前らなんかのゲームを受けなきゃならないんだ?」
「受けるさ。お前は確実に、な」
目がマジだ。