終わらせたい彼の箱庭狂騒曲 作:マスカレード・マスタード
サウザンドアイズの一件から、三日。
「悪い、手間取った」
「遅ぇよ、空胡。ババアの相手はそんなに大変だったのか?」
「まあ、な。面倒に面倒を重ねて、面倒の上塗りするような面倒くささだった」
無傷の十六夜と、若干襤褸くなりジャージの左袖の一部が破れた空胡はノーネームのホームの前で落合、互いの戦果を確認し合っていた。
「…………ああ、思い出すだけでも、気持ち悪ぃ。婆さんの嬌声とか誰得だよ」
「自分からグライアイの方に行ったのは、お前だろ。何なら俺一人でも余裕だったぜ?」
「そこはアレだ。場を引っ掻き回した手前、何かしらやらないとな?」
「ま、お嬢様たちは拗ねてたけどな」
「時間が無かったから仕方ないだろ。適材適所、春日部は本調子じゃなさそうだったし、久遠に直接戦闘は、な。黒ウサギはゲーム参加できなかったし」
「お前も、本気を出すってか?」
「…………分かんねぇ。グライアイは知恵だった。人型だったし手抜きでもどうにでもなったんだ。けど、あのルイオスって奴はペルセウスの武具が使えるんだろ?」
「多分な。それに、俺の予想が正しければ奴はもっと隠し玉を持ってる筈だ」
「隠し玉?」
「空を見れば分かるだろ」
意味深なつぶやきを残して先にホームへと入っていく十六夜。その背を見送りながら、空胡は空を見上げた。
天幕越しとはいえ、空は曇天。近々雨が降るのではないかというような、そんな空である。
「ペルセウス…………空…………うん?」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら遅れて中へと入っていく空胡。彼も知識は多いが、如何せん専門外の雑学などは持ち合わせてはいない。
うーんと考え、彼はポテポテと歩を進めるのであった。
*
時は遡り二日前。騒動があった翌日。
「―――――で?あの証拠は何時揃えたのかしら?」
野郎二人。正確には、気まずそうに顔を逸らした空胡は女性陣。とりわけ飛鳥に追及を受けていた。
正座をするのは彼だけで、少し離れて十六夜は窓際で腕を組んで壁に寄りかかり、傷を癒した耀は三毛猫を抱いて椅子に座り、飛鳥の隣で黒ウサギは事の動向を伺う。
場所はホームの一室。今回の騒動の主犯格への尋問会場と化していた。
「えっと、な…………まあ、何だ。一方的にやられるのは性に合わなかったと言いますか…………」
「そうね、確かに一方的にやられるのは癪だわ。けど、それを貴方たち二人だけでやってしまった事を私は言ってるのよ?」
「ま、待った!確かに証拠は集めたけども、俺としてはもう少し場が進んでから出すつもりだったんだ!ただ、ちょっと口が滑っただけで…………」
「滑っただけで、あそこまで煽れるだなんてよく回る口ね?」
言い訳するな、と目だけで抑え込まれ空胡は視線を逸らすしかない。
「で、でもだな…………」
「でもじゃないわよ」
「うぐっ…………!」
「ま、まあまあ飛鳥さん!あの場では空胡さんと十六夜さんに助けられましたし、ね?」
「確かに、いい方向には持っていかれたわね。けど、納得いかない事はあるのよ」
言って、飛鳥はカツカツと靴を鳴らして空胡の前へ来ると顔を近づけた。
「今度同じことするなら、私達も混ぜなさい。良いわね?」
「え?」
「良・い・わ・ね?」
「あ、はい」
その迫力は頷かざるを得ない強さがあった。だが、これ以上混ぜっ返せば確実に説教が伸びるために彼は何も言わない。
話がひと段落着いたところで、次は黒ウサギが声を上げる。
「それはそうと、空胡さん」
「ん?」
「ペルセウスの襲撃部隊は、ハデスの隠れ兜を用いていたのでは?あの場ではレプリカであっても、姿は見えなかった筈です」
「ああ、あれか…………まあ、俺も似たようなことできるし」
「似たような?」
「…………あ、もしかして圏境にございますか?」
「まあな。相手は透明だが見えないだけだし。気配が完全に消えてるわけじゃない。追っかけるのは簡単だったし、後は顎先を殴って脳を揺らしてやればいい」
「…………顎先?」
「顎先を殴ると、頚椎をてこにして脳が揺れるんだ。ボクシングが有名じゃないか?」
「…………ボクシング?拳闘の事かしら?」
「そう言えば、お嬢様の時代は…………まあ、そうだな。因みに、素手よりもグローブの方が薄皮一枚をより引っ張れるからやりやすいって話だ」
だろ?と十六夜に水を向けられ、空胡も頷く。
「人型なら基本的に有効的だな。強いて挙げれば、角のあるやつは、角の先端を思いっきり殴るんだ。そして、揺れたところを角の反対側を強打すれば昏倒する」
「どうして、空胡君はそんな事を知ってるのかしら?」
「…………まあ、必要だったからな」
いつの間にか正座を崩して胡坐をかいた空胡は、そっぽ向いて頭を掻く。
バツが悪いのか、はたまた語りたくないのか。どちらとも取れる反応だが、とにかく語る気が無い事は見れば分かるだろう。
流石に飛鳥もそこを掘り返そうとは思わないらしい。
「それで?計画はどうするのかしら?」
突っ込まない代わりに、飛鳥は窓際の十六夜へと水を向ける。
正直なところ、野郎二人で完結してしまい周りには情報共有が行われていないのだ。頭を捻れども、そもそも手元の材料が少なければ答えは導き出せない。
「あん?ま、このままだな。ただ、時間は無いぞ?急がねぇとあのお山の大将が、レティシアを箱庭の外に売り飛ばしかねないからな」
「それはあの時防いだんじゃなかったの?」
「あの時限りだな。俺も、空胡も、ゲームを挑むとは言ったが長い期間を開けてゲームを挑まなきゃ、相手もハッタリだと考える。持っても五日。一週間は難しいな」
「五日…………それまでにゲームを挑む状況を作るのね?」
「そうなるな。で、ゲームの内容なんだが…………ま、そこは黒ウサギに解説してもらうか」
「わ、私ですか!?」
「一応、俺達でも目星は付けてるがな。箱庭自体の情勢は俺たちにはない情報だ」
「な、成る程…………因みに、お二人の予想は何なのです?」
「まあ、グライアイとクラーケン当たりじゃないかと思ってる。な、十六夜」
「ああ。ペルセウスって言えばゴーゴン狩りだが、神話の通りならこの世界にはその首は無いだろ。アレは戦神に献上されてる筈だからな」
「で、候補としてはアトラスも挙がるけど。その巨人も、山になってる筈だ。なら、残るのはこの二つだと思ったんだが…………」
「お、お二人の知識は一体どこから来ているんですか?」
「なに、ちょっとした雑学程度さ」
「俺は…………まあ、必要に駆られて」
十六夜ははぐらかし、空胡はそっぽ向く。神話知識を必要に駆られて齧るなど、どんな必要だ、と突っ込まれそうなものだが彼にしても仕方が無かったと言う外ない。
その後、計画を煮詰める際に一悶着あったのだが、その結果が冒頭へとつながる事となる。
*
翌日にゲームを控えて、各々が最終調整に勤しんでいる頃。空胡もまた、廃屋の一つ屋根に上って仰向けに夜空を見上げていた。
「星…………星図表でも作ってみるか?」
左手を持ち上げて親指だけを立てて拳を握り、立てた親指で星を隠しながら空胡はポツリと呟く。
知識の偏りはあるものの、星図を書く程度ならばできる彼。下手糞だが。
「―――――こんな所に居られたのですか、空胡さん」
「ん?何だ、黒ウサギか」
「むぅ、『何だ』とは失礼デス!なぜ、皆様そこまで黒ウサギを軽んずるんですか!これでも私は『箱庭の貴族』と呼ばれる由緒ある“月の兎”なのですよ?!」
「別に軽んじてるわけじゃないさ。十六夜だって、久遠だって、春日部だって、アンタの事を軽んじては無いだろ。アレだ、気安い間柄って奴」
「…………それは、空胡さんも、ですか?」
「まあ、そうじゃないか?アンタらは見てると楽しいしな」
カラリと笑った空胡だが、彼は決して黒ウサギの方を見ようとはしなかった。
これは場所の問題だ。空胡は屋根に寝そべっており、頭が屋根の天辺に向いた形。そして、黒ウサギの声はその屋根の天辺の方から聞こえてきていた。
そして彼女は、際ど過ぎるミニスカートを穿いているわけで。つまり、頭を上に動かせばどうなるか火を見るよりも明らかな結果となるだろう。
彼は、フェミニストなのだ。
「で?何か用か?明日は、黒ウサギも審判業なんだろ?」
「大丈夫です。それなら、明日のゲーム攻略を担当する空胡さんこそ、早く休まれるべきでは?」
「寝ようと思っても、寝れないからな…………まあ、寝るならこのまま寝るさ。最悪、十六夜たちが居ればどうとでもなるだろうし」
「…………」
黒ウサギは何も言わずに、彼の隣へと腰を下ろした。
「どうして、空胡さんはそうなんですか?」
「…………何が?」
「貴方も確かにこの箱庭に招かれた才覚ある人類である事には変わりありません。ですが、どうしてそこまで自分を卑下なさるのですか?」
「…………」
隣から見下ろしてくる黒ウサギの目に、空胡は眉根を寄せた。
何を考えているのか、視線が空から額の方に動き少し彷徨って、元に戻ってくる。
「卑下、してるつもりはないんだがな…………」
それは紛れもなく、本心だった。少なくとも、空胡としては卑下しているつもりは毛頭ない。ただ、事実を述べている。そのつもりだ。
しかし、
「いいえ、卑下しています!貴方は、自分の凄さを分かっていません!」
「お、落ち着け黒ウサギ。な?」
「それに!空胡さんがペルセウスの襲撃犯を捕まえてくれたおかげで、あの場でうまく立ち回れたのです!もっと自分に自信を持ってください!」
フンス、と鼻息荒く詰め寄ってくる黒ウサギに、目を白黒させる空胡だが、逃げようにも横になっているせいで動けない。
チェリーボーイに彼女のような美少女の中の美少女は心臓に悪すぎた。
「ちょ、く、黒ウサギ…………!近い!近いから…………!」
止めて、と仰け反ろうとする空胡だったが寝ている状態で仰け反る事など出来るはずもない。顔を背けるにとどまっていた。
「むむっ、どうしてこちらを見ないのですか。まだお話は終わっていませんよ?」
「い、いやいや、聞いてるから!と、とりあえず離れろ、な?」
「むぅ、我儘ですね空胡さん」
不服そうにしながらも離れた黒ウサギ。
「そう言えば、空胡さん」
「な、なんだ?」
「あの時、黒ウサギを庇ってくれましたよね?」
「…………え?」
一呼吸おいて、空胡の頬から赤みが若干抜けたころ、黒ウサギからそう切り出してくる。
ただ、思い当たる節が無いのか彼は首を傾げているが。
「ルイオス様が下品な目を黒ウサギに向けてきたときに、庇ってくださいましたよ?」
「…………マジ?」
「はい!」
「あー…………完全な無意識だ、うん…………いや、まあ、アイツ嫌いだけどさ。それに…………いや、いいや」
ルイオスという男は、空胡の嫌う人柄第一位をより合わせたような男だった。
確かに、才覚を持ち強大なギフトも持ち合わせているのだろう。だが、決定的に性根が腐りきっている。
何より―――――
(あのまま行ったら、絶対黒ウサギは“月の兎”と同じような末路になる)
月の兎は見ず知らずの他人の為に命を捨てて、他人を救う究極の自己犠牲のお話だ。
空胡もその神話は知っていた。まあ、腹が立って口が滑ったのもまた事実だが。
「あの、そんなにも意味深な事を言われると気になるんですが?」
「気にすんな、黒ウサギ。俺も気にしないから」
「私が気にするのです!」
迫ってくる黒ウサギを押しのけて、空胡は横向きになると腕を枕に目を閉じた。
空は月が輝き、それに負けない星の光が降ってくる。
その一つは、今も輝きを変えながら鈍く光り続けていた。