2022年11月6日。世界初のVRMMORPG『ソードアート・オンライン』の正式サービス開始日だ。
天才『茅場晶彦』によって作られたこのゲームは、世界中のゲーマー達が首を長くして待ち望んだフルダイブ型のゲームだけあって、遊ぶことができるのは限られた人々だけだ。
正式サービス前のベータテストの参加者が、抽選で1000人。正式発売の初回ロットでもたった10000本しかなく、聞いたところによると、通販サイトや店頭販売ではすぐに完売してしまったらしい。
「ホント、ラッキーだよな……」
俺は目の前に置いてある、2つのヘッドギア型のゲームハードの『ナーヴギア』に手を置き呟いた。
片方は大学生の兄の分で、今日から一緒にプレイするはずなのだが、未だに家に帰ってこない。
兄弟揃って『SAO』で遊べる幸運を得たのは、学校をサボってまで買いに行った友人達には悪いが、家族のコネのおかげだ。
ベータテストに兄が当選したので、優先購入権がプレゼントされたし、姉が『SAO』をリリースした会社である『アーガス』に勤めていることもあり、どうにかもう一本を入手できたのだ。
ベータテストは兄が当選したが、交代でさせて貰ったから、俺は一応いわゆる『ベータテスター』ってやつだ。
そんな時、ベッドの上に置いていた俺のスマホから、突然『威風堂々』が流れ出した。
この着信音は間違いなく兄だ。
「どうしたの兄ちゃん? 遅いけど、何かあった?」
「悪いけど、
「オッケー。追いつけないくらい先にレベリングしとくね」
「くっそー。いいなぁ」
最後に兄の本音が漏れたところで通話を切って、俺はベッドに寝転がってナーヴギアを頭にかぶった。そして、期待に胸を膨らませながら、あの合言葉を呟く。
「リンク・スタート」
そう、地獄への合言葉を。
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ログインした俺は、見覚えのある石畳の上に立っていた。
ベータテストで見た『はじまりの街』と何ら変わらない景色だが、なぜか新鮮に感じた。格好のせいだろうか?
今の俺の姿は、ベータテストの時とは違う。あの時は兄のアバターを使っていたからで、今は自分で一から作り上げたアバターの『Luna』だ。現実とは違い、どこから見ても好青年なアバターで同じ所といえば、身長や体つきくらいだ。
「さてと、今からどうするかな」
兄と一緒にログインするはずができず、友人達とは約束しているわけではないので、今頃ログインしているであろう彼らとは合流はできない。しかもアバターだけでは俺も向こうも判別できないだろう。まるっきり別人なんだから。
「まずは、あそこに行ってみようかな」
俺はベータテスト中に見つけた裏道のお得な武器屋へ向かおうと、この浮遊城アインクラッドで一歩踏み出して——。
「うわぁ!」
いきなり誰かにぶつかられ、倒れ込んだ。
なるほど、こけた痛みでさえ現実を再現している。
「悪い! 大丈夫か?」
見上げると、ザ・主人公と言った容姿の少年が心配そうに手を差し伸べてきていた。
「大丈夫です。問題ありません」
彼の手を取って立ち上がり、俺は答えた。
「そんなに急いでどうしたんですか?」
「いや、ちょっとな……」
彼の口ごもる姿を見て、俺はカマをかけてみることにした。ベータテスターなら知っているであろう武器屋のことを。
「もしかして、あの裏道の武器屋ですか?」
俺の言葉を聞いた彼は目を見開き、そして俺もベータテスターであることを悟ったのか、笑みを浮かべた。
「ああ。じゃあ、俺は急ぐから」
そう言い残し走り去っていった。
わざわざ名前を聞くようなことはしなかったが、同じベータテスター同士どこかでまた会うこともあるだろう。そう思いながら、俺は歩いて武器屋の方へと向かった。
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「ぷぎぃぃぃー!!」
俺はもう何体目かもわからなくなった青イノシシ、もといフレンジーボアがポリゴン片となり、砕け散るのを見つめていた。こういうのを見ると、やっぱりゲームなんだと実感させられる。
そんな時だった。
リンゴーン、リンゴーン。
——鐘の音が第一層の空に鳴り響く。
突然の出来事で驚いた俺は辺りを見回すと、視界の先に見えていた草原が青いシートを通しているかのようにみえる。
俺はこの光を知っている。ベータテストで何度も体験した、『転移』の光だ。
この青い光が薄れた時に俺がいたのは草原ではなく、あの黒鉄宮前の『はじまりの街』中央広場だった。
不安や苛立ちに満ちた中央広場の空に現れたのは巨大な赤ローブ。顔は無く、皆が不安感を募らせるには十分な出で立ちだった。
『プレイヤーの諸君。私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
「か……か、茅場だと……」
茅場の名を知らない者はほとんどいないだろう。SAOのみならず、ナーヴギアを作り上げた天才量子物理学者だ。
その茅場によると、『ソードアート・オンライン』からはログアウト不可能で、ナーヴギアを外そうとしたり、HPが0になればナーヴギアのマイクロウェーブで脳を電子レンジのようにチンされて死ぬ。残るのは動かなくなった死体とホカホカに温まった脳だけだ。もちろん、俺たちの意識は三途の川を飛び越える。
恐るべきことに、ゲームが始まって間もない今でもう既に213人ものプレイヤーが亡くなったという。
クリアするには、ベータテストでも第六層までしか進めなかったアインクラッドの第百層まで辿り着かなければならない。
「どんな無理ゲーだよ……」
ベータテスターならわかる。一層一層がどれだけ大変か、どれだけの難易度かを。
『諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』
もう現実には帰れないかもしれない、いやこれはただの演出なんじゃないか。胸の中で2つの思いがぐるぐると回るが、まずは周りと同じようにアイテムストレージを開き、入っていたアイテムをオブジェクト化させた。
「なんだ? 手鏡?」
呆然とした表情のLunaのアバターが鏡に映るのが見える。その瞬間、全てのアバターは白い光に包まれた。
すぐに光は消え、風景は元に戻った。そう、風景は。
再び手鏡を見ると、そこに映っていたのは、毎日見慣れたそこそこの顔つきだが目つきの悪い、いつもの
本当にゲームの中なのかと疑うほど、現実と一致した俺自身の顔を見て、茅場晶彦が言っている事は紛れも無い事実なのだと実感させられた。
ふつふつと湧き上がる茅場への怒り、そして絶対に生き残ってみせるという意思を込めて俺は赤ローブの茅場が消えた空に向かって吠えるように叫んだ。
「俺は! 絶対に生き残ってやる! お前には負けない! 茅場晶彦!」