俺がアルゴに会ってから約二週間後、つまりゲーム開始から約一カ月後に俺の元へメッセージが届いた。
『トールバーナまで来てくレ』
トールバーナは、第一層でははじまりの街以外で最大の町だ。俺はトールバーナには何度か行った事はあるが、拠点にしている訳ではないので、いちいち出向かないといけない。
短く『了解』とだけメッセージを送り返し、アイテムストレージからフード付きマントを取り出す。
現実でこんなのを羽織っていたなら不審者だと思われるだろうが、ここはゲーム。しかもアバターの姿が自分と同じなら、少しでも顔や体を隠したいと思うのは自然なことではないだろうか。
そんな不審者極まりない格好で、俺はトールバーナへと向かう最中、いろいろな人やNPCを見かけたが、ずっと思っていたことが1つある。
(日本人の顔にファンタジー世界の格好は合わないだろ。顔整ってないと)
顔が良ければ、どんな服装でも格好良く見えてしまうこの世の理不尽さをありありと感じている今日の俺である。
そんなつまらないことを考えながらも目的地に到着した。
トールバーナに一歩入ると視界に浮かぶのは『INNER AREA』の文字。これを見るとホッとするのはプレイヤー全員だと思う。こういう安全な街区圏内がなかったらと思うとその先は考えたくない。
「遅かったナ。待ちくたびれたゾ」
道の端のベンチに座っていたアルゴが手招きをしている。なお、服装は二週間前と同じだから人を覚えるのが苦手な俺でもわかった。
「そんな事言って、またお仕事してたんじゃないのか?」
「売れる情報は全て売るのが情報屋だからナー」
おっと、冗談のつもりだったんだけどな。本当に仕事熱心ですね。
「で、見せてくれるっていう面白いものって?」
「こっちダ。付いてきてくレ」
付いていくこと数分。着いたのは、街の噴水広場。そこには、武装したプレイヤー達が集結していた。
「ここにいるプレイヤーは、第一層攻略のために集まったフロントランナー達ダ」
数えてみると、44人。ベータテスト時に比べると、あまりに少なく感じるが、デスゲームとなった今ではこれくらい集めるのが限度なのかもしれない。
まぁ人数面で不安を感じるのはボス戦闘の経験のあるベータテスターだけだろうが。
「オレは『ディアベル』、職業は気持ち的に『ナイト』やってます!」
心配な気持ちを吹き飛ばすかのようなよく通る声で、噴水の縁に立つ青髪の剣士は爽やかにそう言った。思わず笑ってしまったが、こういう明るい人物が中心になるのは現実でもSAOでもあるんだな、なんて事を第三者視点で俺は見ていた。
「オレっち達は、ここにいるプレイヤーをサポートする立場になるからナー。未来のお得意様がいるかもしれないから、ちゃんと顔を覚えておくんだゾー」
「ん? あ、うん」
ボーっとしていた俺だったが、アルゴの声で意識がこっち側に戻ってきた。何て言ってたか全然聞いてなかったし。
「そろそろ行くカ。この層最後の仕事が残ってル」
俺達はまだ続く会議を最後まで見る事なく、噴水広場を後にした。立ち去る直前、「わいは『キバオウ』ってもんや」なる声が聞こえたが、その『キバオウ』さんの主張までは聞いていない。
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最後の仕事、それはボスの情報収集だ。主にベータテスターへの聞き込みで信憑性の高い情報を集める作業をその日はずっと行った。もちろん、俺やアルゴの記憶もその情報の一部になる。SAOが始まってからずっと頭を使っている気がするが、これも攻略のためと割り切ってテスト中かっていうくらい頑張った。
情報はアルゴが冊子にし、道具屋に委託する。これで完了だ。
「ふぅ。終わったな」
戦闘の疲れとはまた別の疲れを感じて、俺はトールバーナの宿にて横になっているが、アルゴは疲れたそぶりも見せない。情報屋歴の差をありありと感じるし、彼女はこれから『メッセンジャー』の仕事だ。敏捷力極振りの彼女には合った副業だと思う。俺は戦闘する事を第一にステータスを上げてきたから、彼女の敏捷力にはとてもじゃないが敵わないだろうな。
「じゃあ今度は、一層攻略後に会おうナ」
アルゴが部屋を出て行き1人になると、ある不安が浮かんできた。正直あって欲しくない不安だ。
(もし、ベータテストのボスと仕様が変わっていたらどうしよう。死ぬ可能性が格段に上がるぞ)
常に最悪の場合を考えるのは、現実において重要だ。しかし、SAOで起こる最悪の場合は死という事実のたった1つ。命を落とすという取り返しのつかない事が、攻略本のせいで起こってしまったら、そう弱気になってしまう自分自身に大丈夫、大丈夫と言い聞かせて、俺は明日届くであろう一層ボス戦の勝利の朗報を待とうと決めた。
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翌日、総勢44人のボス攻略隊が迷宮区へ向かって行くのを、離れた場所から俺は見ていた。
彼らの装備は、特別優れているといったものではない。良くても俺と同じか、少し上くらいだ。レベルもそこまで離れていないだろう。それでも彼らは戦いに行き、俺は街で見送っている。
この差、彼らにあって俺にないもの。それは覚悟だ。
俺は情報屋となる事で、ボス戦で命を落とす恐怖から逃げている。もちろん、彼らにも同じ恐怖はあるだろう。しかし、俺はこの感情の壁を乗り越えることができない。
そう自覚しているからこそ、動けない自分自身に腹立たしいし、あの勇敢な攻略隊のプレイヤー達の事を誇らしく思える。
(頼むから、無事に帰ってきてくれ)
俺は名前も知らないプレイヤー達の無事を、この時ばかりは神に祈った。