ソードアート・オンライン 〜赤狩の月牙〜   作:瀬戸 暁斗

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PoHという男

 アインクラッド攻略も順調に進み、層の数が二桁を超えて攻略効率も上がってきている。

 俺はと言うと、今日もアルゴの指示で未開のクエストに挑戦中だ。

 安全マージンは十分に取っているが、何せ見たことのないクエストに挑む訳だから気が抜けない。

 俺もこんなところで死にたくはないので、プレイヤーを3人雇っている。

 槍使いでムードメーカーのヨネ、短剣使いの紅一点アカネ、タンクでリーダーのホリトンの3人で、彼らは同じ学校の同級生らしい。俺の友人達も生き残ってくれていればいいけどなぁ。

 その場限りのパーティーとはいえ、明るい雰囲気ですぐに仲良くなり、このまま一緒に情報屋の手伝いをしてもらおうと考えていた。

 が、そいつは突然現れた。

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 それはクエスト帰りで、森のフィールドを歩いている時だった。

 一番後ろを歩いていたヨネが、声を上げる間もなくポリゴン片へと姿を変えた。

 そして次々と、倒れていくパーティーメンバー達。見ると、HPバーが全員麻痺の表示になっている。

 俺も例外ではなく、全身に力が入らず地面に倒れ込んだ。

 懸命に顔を上げると、そこにいたのは1人のプレイヤー。黒いポンチョ姿で、何より目を引くのはその上に浮かぶオレンジ色のカーソルだ。

 

「お、お前……が……。何、を……」

 

 麻痺で思うように喋れない上、抵抗すらできない。

 そんな俺を嘲笑いながら、そのプレイヤーはアカネに剣を突き立てる。

 

「や、やめろよ……」

 

 俺の視界に浮かぶアカネのHPバーが恐ろしい速さで縮んでいく。イエローゾーン、レッドゾーンと進み、そして……。

 目の前で人が1人死んだ。恐怖で顔を引きつらせながら。

 

「何、してる……。ここで死んだら、本当に死んじまうんだぞ!」

 

「それがどうした。SAOは命を懸けた楽しいゲームじゃねぇか」

 

 そう笑ったポンチョ男に対し、俺の中へ湧いてきたのはただ純粋な殺意。この男を生かしておいてはならない、そのためならばどんな方法でも取るという強い意志だ。

 ただ、まだ体は動かず、最後に残ったホリトンのHPも無惨に0となり、この世から消え去った。ポリゴン片となり砕け散る直前、俺の方へ助けを求めて腕を伸ばして。

 

「絶対に、許さない……。殺してやる……。例え死んでも、お前だけは殺す!」

 

「殺す、か。いいねぇ、素敵な言葉だ。そんなあんたにいい事を教えてやろう」

 

 睨みつける俺に、ニヤニヤと笑みを浮かべて男は左手の甲を見せつけてきた。

 そこに彫ってあったのは、棺を模した気味が悪いタトゥー。

 

「あんたが殺したがっている犯罪者(オレンジ)プレイヤーは、あんた1人でどうこうできる数じゃねぇんだ。このマークをよく覚えておけよ。俺のギルド『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』には犯罪者、いや、殺人者(レッド)プレイヤーが何人もいるからよ。いつか殺しに来てみろ」

 

「お前達は何のために人を殺す! 罪もない人々を!」

 

 ようやく出るようになってきた声で俺は叫ぶ。運良く近くに人がいれば、対処してもらえるかもしれないからだ。

 

「楽しいからだよ。HPが0になったときの絶望にまみれた顔が最高に興奮するだろ」

 

「そんな下衆な考えで……」

 

 怒りのあまり歯を食いしばる力が強くなり、口内に痛みが走る。数ドットHPバーが減るが、そんな事を気にしてはいられない。

 

「抗ってみせろ。黒鉄宮の生命の碑に書いてある俺の名前に、『PoH』の文字に線が引かれる日まで!」

 

 そういうと、PoHはポンチョを翻して薄暗い森の中へ消えていった。

 俺は1人で取り残され、先程までパーティーで行動していたとは思えない有様になっている。

 死んだ3人がいた場所には何も残っていない。今頃彼らの家族はSAOによって変わり果てた姿を見て、涙を流しているのだろう。まさか知らないプレイヤーに殺されたとはつゆも知らずに。

 

「ごめん……。ごめんな……」

 

 俺はSAOが始まってから、初めて泣いた。

 仲間を助けることが出来なかった自分自身の不甲斐なさ、そしてPoHへの怒り全てを吐き出すように。

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。青かったはずの空は赤く染まり、日が沈もうとしている。

 俺はまだ溢れ出しそうな涙を拭って、麻痺の効果の消えた体を立ち上がらせた。

 そして、虚なままの目でアルゴに向けてメッセージを送る。

 

『大事な話がある——

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 俺がアルゴを呼び出してきてもらったのは、黒鉄宮の生命の碑。

 俺が着いてから数分後、その小さな体は現れた。

 

「どうしたんダ? こんなところに呼び出しテ」

 

「……まずは今日の話から。クエストの情報は充分に取れた」

 

「そりゃあよかっタ。でも、それだけじゃないんダロ?」

 

 俺の表情を読み取ってか、アルゴはいつになく真剣な眼差しで俺を見ている。

 

「ああ。……そのクエストの帰りに、PKプレイヤーに会って……俺だけが生き残った……」

 

「……」

 

「だから……」

 

 感情を懸命に押さえつけ、話そうとする俺をアルゴが抱きしめてきた。

 

「もう、喋らないで良イ。自分を責めないで良イ」

 

「アルゴ……」

 

 思わず涙が溢れ出す。不安や辛さを受け止めてもらえる安心感を俺は知った。

 

「アルゴ、俺……。情報屋、やめるよ」

 

「そうカ……。残念ダヨ。でも、ルナがそう決めたなら無理矢理引き留めたりはしナイヨ」

 

「ありがとう」

 

「でも、これだけは言わせてくレ。無茶だけはするなヨ」

 

 ポンポンとアルゴは俺の背中を叩き、優しく微笑みかけた。

 そして、情報屋として最後の情報売買をしてアルゴは黒鉄宮から出て行った。

 

「これで、良かったんだ」

 

 俺は噛み締めるように呟き、生命の碑から数時間前まで仲間だった3人の名前を探した。

 

「ホリトン……ヨネ……アカネ……。待っていてくれ。俺が全て成し遂げるのを」

 

 これは亡き3人に捧げる誓いだ。そして俺自身を動かす原動力だ。

 静まり返る黒鉄宮の中、俺は新たなスタートを切る。

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