こんなことが起こると心のどこかで想像はしていた。
しかし、実際に寸分違わず予想していた事案が発生するとは思ってなかった俺にとって、目の前の出来事はどうにも頭を悩ませてしまう。
何せ───
「普通が1番ですよ♪」
「ふ、ふつ‥‥‥いや、確かに僕は普通なんだけど───ってそうじゃなくて!」
この事態を収拾する具体案を、俺は何ら持ち合わせてないんだからな。
とはいえ、このまま傍観者気取ってるわけにもいかない。
このままでは、麗花の暴走は止まらず目の前の男───悲しいかな、皮肉にも世間から不審者扱いされている男の人があまりにも不憫だ。
「麗花」
「あっ、こっくん!」
わーい、と近付いてきた麗花を華麗にスルーして不審者と呼ばれているスカウトマンに声をかける。
「ウス、ウチの天然が失礼しました」
「え、あ‥‥‥うん。別に大丈夫!オーディション受けてみないかって話をしてただけだから」
それが良くないと思うんですが。
現に周りがザワザワしているし。
それに、ここは大学校外とはいえ構内とは目と鼻の先。
巷を騒がす不審者なだけあって、周りの噂話が絶えないのは些か問題だと思うんだよな。
「ここだと話すものも話せないでしょ。近くのカフェでお話でもしたらどうっすか?」
「あ、ああ。そうしてくれるとありがたいけどキミは‥‥‥」
「?近くで道草普通に食ってますけど」
そこで何故躊躇う必要があるのか。
男友達だろうと己のやりたいことに気を遣う必要なんてあるまい。
若さの情動に身を任せ、己の為すべきスカウトに力を注げば良い。
若さってそういうものだろ。
「えー、こっくん一緒に晩御飯買いに行こうよー」
「え、お前アイドル勧誘と俺と晩飯買いに行くのとどっちの方が優先順位高いの?」
「こっくんとお買い物!」
「ファッ!?」
コートを着用した麗花が抱きつこうと伸ばしてきた両手を右に躱す。
というか、いい加減抱きつきに行くの止めてくれませんかね。他なら良いけどここ外だからね?1人、あなたに注目してるプロデューサーさんがいるんだからね?
「オーライ、良く聞け麗花。今お前はとある課題を背負っている。それはなんなのか、家族に幾度となく注意されているお前なら分かるよな」
「んーと‥‥‥なんだっけ」
「だぁからお前は自立をしろって何度も何度も言われてんだろうが!!折角プロデューサーさんがオファーしてんだ!!俺にくっついてばっかいないで話だけでも聴きやがれ!!」
俺と麗花は共同生活を送る際に1つ、約束事をしている。
それは、大学生活を送っている内に1人前の大人になり、1人で生活を送れるようにすること。
炊事、掃除、そして手に職を付けること。
そうして所帯を持つことで、人は漸く大人になれるのだ。
しかし、今の麗花はどうだ。
炊事はできるものの、掃除がお風呂掃除と家事以外は壊滅。手に職を付けるどころか明確な夢がない。
それは俺との約束に反していると思うんだ。
「‥‥‥俺も就活とか色々自発的にやってんだ。前にも言ったろ、何するか考えとけって。選択肢の幅を広げる為にも、こういう話は聞いとくべきなんじゃないのか?」
締めにそう言って麗花の肩を叩く。
すると麗花はぽけーっとしていた表情から不意に笑顔を見せる。
はて、麗花の中でどんな心境の変化が起こったのかと期待していると麗花は俺の両手を両手で握り、一言。
「夢活だね!」
「知らねーよ」
訳の分からん発言をしてくれやがった。
まあ、どんなに意味不明の動機とはいえお話を聞くのは良い事だ。
精々話を聞いて、夢の幅を広げてしまえば良い。それで俺が困ることは何一つないんだからな。
ファイト、麗花。
そして、いち早く夢を見つけるんだな。
プロデューサーの元に駆け出す麗花を見て、若干の安堵を得る。
しかしそれも束の間。
後ろに居る俺を見ると、またしても奴はニコリと笑みを見せる。
なんだ、今度は何を言ってくるんだ。
「じゃあ、話だけしてくるから待ってて〜」
「なんで待つ必要なんてあるんすか」
「だって今日こっくんのカレーでしょ?こっくん、放っといたら激辛カレー作るもん。私、甘口の方が良いから」
流石麗花だ、俺の考えていることを寸分違わずに予測してやがる。
確かに今日は麗花の目を盗んでこっそり激辛カレーを作ろうと思ってたが、そこを見破るとはな。
だが、俺もこんな所で引き下がれない!
今日こそは激辛カレーを食べるんじゃい!!
「大丈夫だって!しっかり激辛用意しとくから!!」
「ダメー!!」
「ぐえっ‥‥‥!?」
その瞬間、麗花の掌底打ちが俺の喉元を直撃する。
いや、なんでコイツこんなに掌底打ち上手なの?
「激辛カレー食べたら、喉がひりひりーってしちゃうからだめ!」
「巫山戯んな!!激辛を食べた時に吹き出る汗が良いんだろ!?汗をかくことが大切なんだよ!!それが肝要なんだよ!!」
「そうなの?」
「そうだ‥‥‥分かってくれたか、麗花」
「でも、私は甘口が良いなー」
「くっそ、この甘党め‥‥‥」
折り合わないカレーの好み。
あまりの相容れなさに少々辟易しているとくすくすと笑い声が聞こえた。
それは麗花の笑い声ではなく、男の少し低い声。
気が付くと、プロデューサーが笑っていたのだ。
「‥‥‥何笑ってんすか」
「いやいや、キミ達を見てたらまるで仲睦まじい彼氏彼女の関係に見えてきてね」
ジーザス。
恵美や金髪にも言われたが俺と麗花はそんな風に見られてるのか。
おい、麗花大変だ。
俺とお前は付き合っているように見えているらしいぞ。
「‥‥‥付き合ってる?」
「ほら、あれだ。プロデューサーが言ってんのは俺とお前が男女の関係になってるってことだ。俗に言うイチャイチャしてるっていう、例のアレ」
「こっくんと‥‥‥私が?」
さっきまでニコニコ笑顔だった麗花の顔が固まる。
その姿をずっと見つめていると、3秒程した後に麗花の顔が朱に染まった。
その姿は、まさに小学生。
狼狽しているその様が、ちょっとだけ可愛い。
「そんなの私には100年早いよ!!!」
うん、知ってた。
前も聞いたし、それ。
「‥‥‥と、いうわけです。俺と麗花は付き合ってなどいませんのでどうぞお気遣いなく───ああ、麗花。名刺だけは貰っとけよ。ワンチャンあの人ガチもんの不審者の可能性あるし」
「不審者じゃないよ!?」
それも概ね分かってはいる。
今のは俺の使えないボキャブラリーを活かした低俗なジョークだ。
とはいえ、名前も所属も知らない状態で完全に信じるのには無理がある。
出来ることなら、そっちの個人情報を教えてもらいたいものなのだが。
「そ、そうだ!そこまで怪しまれているのなら僕がプロデューサーっていう証拠を見せよう!!」
男はスーツから名刺を2つ取り出し、麗花と俺に渡す。
ほう、765プロとな。
ほほう、石嶺さんとな。
ほほほう、39プロジェクトとな。
うん、さっぱり分かんねぇ。
「僕の名前は石嶺広夢。765プロのプロデューサーで、現在とあるプロジェクトに必要なアイドル達を集めている最中なんだ‥‥‥因みに僕は今日アイドルを2人スカウトした!!」
友達を何人泊めた的なノリで言われても。
まあ、本日だけで2名の確約を取れたのって非常に優秀なのだろうな。
丁度良い、どんな人がスカウトされたのか聞いてみようか。
「企業秘密なら別に構わないんですが、どんなアイドルを見つけたんですか?」
「おっ、聞いちゃうかい‥‥‥?今日の僕の活躍を、聞いちゃうかい?」
「はぁ、まあ聴けるもんなら聴いてみたいっすけど‥‥‥」
したり顔の石嶺プロデューサーに曖昧な返答を返すと、彼は少し得意気な顔で改まり、両手を広げる。
その格好はこれから世界征服を目論む魔王のような立ち振る舞い。
端的に言うと、彼の爽やかフェイスにその立ち振る舞いはアンバランスが過ぎて似合ってない。
「‥‥‥じゃあ、教えてください」
「可愛さと自信が一級品の野々原茜さんだ!」
あ、それ知り合い。
ワロチ。
「それから、読モとして活躍してた所恵美さん!最近は時々しか見てなかったけど、アイドルをやってくれるらしいんだ。いやぁ、掘り出し物だったよ」
あ、その読モ俺の生徒。
マジテラワロス。
「そして、北上麗花さん!今日は大漁だったよ!!」
大漁なのか。
それは本当に大漁なのか。
俺の不安はそこにあった。
ただ、この短期間でアイドルを2人獲得出来たというのは大きいことなんだろう。
尤も、石嶺プロデューサーがこの先何人アイドルをスカウトするのか───というのが気になるところではあるのだが。
「まあ、麗花をアイドルにするのなら‥‥‥あれっすわ。頑張って下さい」
「‥‥‥?あ、ああ。頑張るよ」
プロデューサーさんは知らない。
北上麗花という女の子が、どれだけのクレイジーガールなのかってのをな。
まあ、それを抜きにすればアイドルとしての才能───プロデューサーさんが言うところの歌う、踊る、会話、ビジュアルの面で麗花は天才的なそれを持っている。
是非是非、二人三脚で頑張って欲しいものだ。
ミリシタとは違ってぷっぷかさんがお外でスカウトされました。
わーい!もう無茶苦茶だぁ!
2019/11.13 細かな誤字を修正