その場は熟考ということに留まったと言えば良いのだろうか。
ファミレスでの1幕。
本来なら2人で今後についての会話をするのが定石な筈のこの場面。
その場面に俺がいるというのもなかなか奇天烈なことだと思うのだが、この光景を麗花やプロデューサーさんはどう思ってるんだろうね。
そんな思いから横に座る麗花を見遣る。
「わーい!パフェ美味しーい♪」
先程の狼狽っぷりが嘘のように、緊張の欠片もなくパフェを平らげてやがった。
まあ、こういう物怖じしないマイペースっぷりは良くも悪くも麗花の持ち味ではあるのだが、今回はそれが悪い方に作用しそうで気が気でない。
続いて、プロデューサーを見る。
「あはは‥‥‥なんていうのかな、大物っぷりを感じるね」
麗花の食べっぷりに苦笑いしているプロデューサーの顔付きは若く、俺より歳がやや上程度と予想できるほどの男だった。
スーツをピシッと着込んでいる訳では無いが、シワになっていないシャツや、パンツ。そして確りと正された姿勢は彼を好青年たらしめる要因となっていた。
成程、これがプロデューサーというやつか。
そう考えていると、あまりに俺という存在が場違いな気がしてきた。
何せ、俺はプロデューサーと麗花の仲を取り持っただけの一般人なんだからな。
「俺ってここに居ていいんスか?」
「何故だい?」
「こちとら麗花の幼馴染って面を除けばただの一般人なんですぜ?アンタにとっては俺の存在は正直無意味。下手したら邪魔になってる可能性もあるんだ」
そんな俺がここに居て良いものなのかと本気で悩んでいる。
俺の存在で麗花の夢の幅が狭まるのは嫌だ。
それは、多分俺にとっては死ぬこと並に辛いことだから。
けれど、石嶺プロデューサーはそんな俺の一言に笑みを見せると、サムズアップを敢行する。
「いや、良いんだ。寧ろキミみたいな冷静に物事を分析できるような男の子が居てくれた方が良いのかもしれない」
「俺が冷静だって‥‥‥?」
その目曇ってんじゃないのか、というのが真っ先に出た考えだった。
が、その考えを口に出してしまう前に石嶺プロデューサーが畳み掛けるように言葉を発する。
「キミ、不審者の情報が出ていることを危惧して北上さんの前に立ったろう?」
「あ?」
「咄嗟の判断だったと思う。不審者情報が出てたのは‥‥‥僕的には不本意だったけど、キミは北上さんを守る為に何が正しいのかというのを察して北上さんの前に立ったんだ」
────それは。
「買い被りが過ぎますよ。俺にそんな甲斐性はありません」
そんなことが出来ているのなら、俺はもっと友達ができていると思う。
仮に何が正しいのか、というのが分かっていたとしてもそれを行動に移せるほどの勇気もない。
ただ、あの時の俺はトラブルメーカーにもなり得る麗花の珍行動を阻止するために石嶺プロデューサーの前に立ってみせた。
じゃなきゃ石嶺プロデューサーが大学の警備員にしょっぴかれる可能性もあったしな。
結果として、その行動が高評価に繋がったというのなら、それは素直に嬉しいが。
「そうかなー‥‥‥ま、仮にそうだとしてもそういう『気遣い』や『お節介』ができる人は好きだよ。何ならウチに欲しいくらいだ」
いや、お世辞かよ。
まあ良い。
ここは調子には乗ってはいけないが、口車に乗せられた方が面倒なことも起きまい。
素直に感謝しとこう。
「ありがとうございます!」
「‥‥‥あ、今お世辞だと思っただろ。今に見とけよ、高木さん‥‥‥社長がキミみたいなセンス光る子を見逃す訳がないからね」
はいはい。
嘘松も程々にして欲しいものだ。
とはいえ、俺の必死の営業スマイル&お世辞対応が簡単に見破られたのは今後の課題だ。
そこは直しとかなければな。
「さて、そろそろ本題に入ろっか。北上さんの食事も終わったみたいだし」
パフェを食べ終わった麗花がスプーンを置く音が聴こえると、談笑の為緩んでいた空気がピリっとなる。
なるほど、これがON/OFFの切り替えって奴か。
社会人ともなると、これが当たり前のように出来なければならないのだ。つくづく学ばされる。
「うん、まあ僕としては北上さんに765プロに加入してもらいたいと思ってるよ。北上さんには確かな才能を感じた、アイドルとして大成できるだけのそれがね」
「こっくん!私アイドルの才能あるって褒められた!」
「まあな、お前歌も上手いし基本どの運動だって出来るし、無駄に顔良いし」
まあ、勿論石嶺プロデューサーが見たのはそれだけではないと思うが。
麗花の外見だけじゃない。もっと───プロデューサーとしてアイドルを何人か引っ張ってきた石嶺広夢なりの勘があったのだろうと俺は思っている。
ただ、問題はそこじゃない。
「ただ、北上さんにアイドルをやるという意思があるのか。そこが大きな問題だ。自分からアイドルに誘っておいてなんだけど、目指す目標に真っ直ぐになれない人を765に加入させようとするほど、こちらは急いでいる訳では無いから」
そう。
どんなものでもそうだが、上を目指す気概がなければ人はスキルアップを計ることは出来ない。
スキルアップ出来ない奴は、上から離され、下に突き上げられ、いつの間にか堕ちていく。
そういう世界だ。
その世界に今から飛び込むのにやる気の欠片もないのなら、それはやめてしまった方が良い。
それが身のためだ。
「ちょっと意地悪になっちゃったかもしれないね。けど、僕がスカウトしてきた娘達は皆そう。ある娘は時間がないと言った。ある娘は家族を楽にさせたいという明確な決意を胸に秘めていた。そういう意志のある子は強いよ。どれだけ折れたとしても、その決意に魅せられた人達が支えてくれる、付いてくる。
北上さんには、あるかな。その目標の為だけに頑張れるっていう目指すものが。壁にぶち当たった時、その目標を糧に突き進めるものが‥‥‥」
石嶺プロデューサーのその一言の後、俺の周囲を無言が襲う。なんなのかね、この空気は。
否、それは考えるまでもないよな。
隣で騒がしかった麗花は顎に手を当て、何かを思案している。
昔もそうだ。
奴は何かを考える時、何時もの騒がしさが一転して黙りこくる時がある。
長野に居た時の高3の春がまさにそれだ。
仲の良かった友達とのお別れに何か思うところがあったのかは知らんが、兎に角考え込む。
そして、最良の答えを導き出すんだ。
極端な奴ほど、感情の機微は悟りやすい。
そして、今のこの瞬間が麗花の感情変化の瞬間なんだと俺が気付くことに、迷いはなかった。
麗花にとって、かけがえのないもの。
夢に突き進む為の決意。
それを麗花は数ある答えの中から1番大切なものを答える為の取捨選択をしている最中なんだ。
「席、外すぞ麗花」
「こっくん?」
「考えろ、お前にしかない何か。最良の答えを導き出せよ」
そして、それを盗み聞く権利は俺にはない。
俺は俺、麗花は麗花だ。
ここで他人が干渉するようなことは、決してあってはならない。
幼馴染と言えども、引くべき一線は引く。
俺にとって、その一線が『夢に対しての干渉』だった。
席を立ち、先に会計を済まそうと石嶺プロデューサーの前を通る。
そのすれ違いざまに、石嶺プロデューサーは俺を見て笑みを浮かべた。
その笑みは、顔を少し歪ませた嫌らしい笑み。
ハッキリ言おう、気色が悪かったね。
「‥‥‥やっぱりキミは、他者のことを考えられる子だ」
「だぁから買い被り過ぎですって」
再度繰り返された賞賛とは名目ばかりの世辞。
その言葉をはぐらかすと、石嶺プロデューサーはその言葉に若干の苦笑を見せ、続ける。
「‥‥‥知ってるかい?今、世間を賑わせてる不審者のお話」
「そりゃ、まあ」
情報が嫌でも耳を通る現代社会だ。
不審者がアンタを除いてもう1人居るってのは分かってるさ。
何でも『ティン!』とか抜かすらしいではないか。
ウチの金髪が言ってたぞ。
「あはは‥‥‥よく分かっているじゃないか」
「本題を話してください。で、それが何だって?」
帰るつもりが会話が長くなってしまう。
早いところ、麗花との2者面談に移って欲しい俺にとってはこの会話を早く終わらせたいのが実情だった。
故に、遠回しとも取れる石嶺プロデューサーの発言の真意を探ろうとすると、石嶺プロデューサーは最後に頼んだコーヒーを一口飲んで喉を潤した。
「キミ、その人に多分気に入られるよ。そういうタイプの子だ」
はっ。
なんだ、不審者に気に入られたところで大して嬉しくはないんだがな。
そもそもの話、俺がそう何回も不審者に絡まれてたまるかってんだ。
不審者に絡むのはアンタの対応で懲り懲りだね。
後ろを振り向くと、そこには麗花が居る。
笑顔を向ける何時もの光景。
けれど、これからはその光景が変わるかもしれない。
それくらいの人生の岐路に立たせれていると俺は思う。
そんな大事な状況に俺が居ること自体が先ずはお節介なんだと気付かねばならない。
俺に出来るのは、夢や希望の可能性を共に探ること。そして同居人として、幼馴染として、奴が進むと決めた道を1人の人間として応援することだけだ。
───そして、今出来るのは麗花大好物のカレーライスを丹精込めて作り上げる事。
「麗花、甘口カレーちゃんと作っとくから。お前は存分に悩めよ」
「うん!」
「じゃ、失礼します」
踵を返して、俺は店内を出る。
コーヒーのお金は、テーブルに置いといた。
後は2人が話し合えばそれで話は終了。
是非是非、アイドルでもなんでもやってくれと切に願う俺であった。
この時の俺はまだ考えていなかった。
この時の甘い見通しが今後の人生に関わることになっちまうなんてな。
まあ、つまりだ。
あの時の俺は、超がつくほど油断してたってワケなのさ。