休暇期間ほど暇を持て余す時間はない、というのが俺が抱く長期休暇に対しての考えだった。
元々人とワイワイすることが好きではない俺は自然と飲み会なんかをすることはなく、休みといえば寝て、起きて、趣味である読書や積みゲーをすることしかやることがない。
しかし、これがなかなか良いのだ。
人に適した気分転換は人の数ほどある。
何が正しくて、何が悪いのかなんてそんなもの俺には分からん。
健康に良いと言われているものだって、それを享受する際にストレスを感じてしまっていたら意味がない。
結局、自分に1番負荷のかからないものこそが気分転換なんだと俺は思うね。
しかし、本日。
厳密には昨日、予定が出来た。
決行日は明日、その内容とは。
「実家に帰るぞ」
長野への帰郷である。
昨日、俺の元に二通の電話が来た。
送り付けた主は、北上家と母からである。
北上家からは、何時もお世話になっているというお礼の言葉に様子はどうだという確認。
そして、母からは───
『久しぶりぃ!!愛しの‥‥‥愛しの枯太郎!!』
愛の言葉を何度も何度も吹きかけられた。
こちらとしては愛の言葉を囁かれるのは馴れている上に非常にありがたいことなのだが、そこまで『愛してる』と言われても1周回って引いてしまうのが俺である。
事実、10分に渡る愛の言葉に俺のメンタルはヒエッヒエだった。
しかし、そんな母である『
母が帰宅するのは非常に珍しいことである。
そして、運良く俺は休暇。
麗花も、1度帰宅して両親に告げなければならないことがあるだろう。
俺達が長野に行かない理由は、存在しなかった。
「帰るの!?わーい!こっくんと長野だ〜!!」
「1泊するのみだがな。それで、お前も色々報告してこい」
「うん♪」
そう言って、自分の部屋へと戻っていった麗花。
早速支度ってか、随分とまあ楽しみにしているこって。
とはいえ、俺ものらりくらりとしている必要はない。
早いとこ支度して、土産のひとつでも持って行くってのが最低限のマナーって奴だよな。
「俺もするか、支度」
その言葉が決め手となり、俺の午前中の予定は無事決まった。
金と必要最低限のものをウェストポーチに突っ込み、適当な場所に置いておく。
着替えをハンガーにかけ、明日の着替えをスムーズに済ませる。
そうすれば間もなく起床後即出発の準備完成だ。
「さて、後は買い物だが‥‥‥」
母は甘いものが好きである。
そこに至るまでの過程というものは大してある訳では無いが、兎に角彼女は甘いものが好きなのだ。
だからこそ、俺が母さん宛に買うべき東京土産の構想は大体分かっていた。
和スイーツ、和菓子。
だが、保温のことも考えたら和菓子が妥当だろう。
東京土産に困ることは無い。
見繕って、母さんに東京土産を送ってしまおう。
「麗花ー、今から俺土産買いに行くけどお前も行くか?」
「うん!行く〜♪」
まあ、なんだかんだ麗花は外に出ることが好きである。
俺からの誘いを、断ることもなく午後の予定は麗花と外に繰り出すことに決まった。
和菓子、というものに最初は嫌悪感を示していた。
俺がまだまだ精神的にも身体的にもガキだった頃の話だ。
物心が付いた頃には親父が亡くなっていた。
事故だったらしい、まあ何で事故ったのかは知らんがな。
まあ、そんな過程もあって母さんが外を飛び回る仕事に就いた。
毎日毎日外に出て、たまに帰ってきたと思ったら疲れた顔して帰ってくる。
『毎日苦労をかけてごめんね』
俺がまだ自立出来なかった時に、母が口癖のように呟いてた言葉がそれだった。
しかし、朝起きれば母は居ない。
そんな俺が朝起きた時に目にするのはテーブルの上に置いてある朝ごはんに、お土産として置かれている和菓子だった。
それが俺の和菓子が嫌いだった理由である。
あの時の俺は、テーブルには和菓子よりも母さんに居て欲しかったと思っていたんだ。
我ながらガキだと思うね。
事情も何も分からないから駄々を捏ねている。
傍から見たらみっともないガキさ。帰ってくれるだけマシだってのによ。
そんな俺が、和菓子を買いにデパートに来ている。
お隣で、晩飯をほぼ毎日作ってくれた北上家の一人娘と共にだ。
あの時から、俺は成長出来たのかね。
1人が寂しいだなんて、言わない強さを得れたのかね。
そんなことは、実質2人で生活している俺には分からないんだろうな。
「‥‥‥ホンットに、何の因果かね」
今じゃ和菓子を進んで買ってしまうほどの和菓子ジャンキーになってしまった。
遺伝、というものは怖いものだ。
まさか味覚まで母さんと同じだとは思わなんだ。
「お客様、お決まりですか?」
「あ、この和菓子下さい」
「かしこまりましたー」
金を払い、袋に包まれた和菓子土産を片手に提げる。
さて、麗花は何処に行ったのかと見回すと、横から麗花がスキップしながらこちらへやってくる。
周りの目とか気にならんのかね、この19歳児は。
「その和菓子、美味しいよね〜」
「‥‥‥そういうお前は何をやってんだ?」
「試飲〜、このお茶美味しいんだよ〜」
そうか。
まあ、茶よりコーヒー派の俺には縁のない話だろう。
「麗花は何か買わなくて良いのか」
「買った方が良いかな」
「東京土産に希少価値なんてものは大してないが、普段世話になってんだから買っても良いんじゃないか?」
普段、仕送りとかしてもらっているんだ。
あまつさえ、お前はバイトの心配する必要ないほど金を貰っている。
こういう時くらい、土産を買った方が良いとは思うがな。
さて、俺が購入するよう提案してみると麗花が数ある土産物の中から俺の土産を見つめ、その土産と同じものを手に取った。
おうコラ店員、ニヤニヤしてんじゃねえぞマジで。
「じゃあ、こっくんと同じの買う〜!」
「手抜きがバレるぞ」
「運命共同体だね♪」
「巻き込まないでくれませんかね」
一悶着あったものの、麗花が選んだのは俺と同じ和菓子。
店員は相変わらずニヤニヤしたまま会計すると麗花に紙袋に入れられた和菓子を渡す。
それを受け取った麗花を見た俺は土産売り場を後にした。
付いてくる麗花は鼻歌を歌っている。
おかしな鼻歌だ。
「‥‥‥今日、晩飯どうする?」
「あったかーいものを食べたい!」
「じゃあ、鍋か」
鍋なら簡単に出来上がる。
何せ鍋を用意して適当に何か突っ込んどけば鍋にはなるからな。
豆腐に白菜、肉も入れていい。
鍋をするものの好みにより、バリエーションは豊富である。
と、いうわけで今日は鍋だ。
異論は認めん。
「ワインってどんな味がするのかな」
不意に、麗花がデパートに並ばれているワインのケースを横目に呟く。
まさか酒に興味を持つなんてな。
まあ、年齢的には大人なんだし興味を持ってもおかしくはない。
「酒は飲んでも飲まれるな、とはよく言うからな。あまり飲まねえことに越したことはないだろう」
「あの高そうなのとか、気になるな〜」
無視かよ。
まあいいけど。
「俺はあまり飲まんぞ。何か、母さんに酒を飲むなと念押しされてるからな」
母さんが言うには、自分も親父も酒には弱かったらしく1杯酒を飲んだだけで収拾がつかなくなってしまったらしい。
そんな私達から産まれた枯太郎が酒に強いわけがないらしいというのが母さんの考えだ。
酒は百薬の長とは言うが、俺はあまり飲まないようにしよう。
酒癖悪くて他の奴に迷惑なんてかけられないからな。
「それでもいいよ、でも‥‥‥いつか一緒に飲んでみたいな」
「‥‥‥そうか」
「見てみたいな〜酔ったこっくん!」
「絶対嫌だ」
会話しながら、今日の晩飯を買いに惣菜売り場へと向かっていく。
すると麗花が不意に俺の前へ躍り出て、俺の行く手を遮る。
「こっくん」
「あ?」
「今度、お酒一緒に飲もうね♪」
にへっと笑いながらそう言った麗花の言葉には希望があった。
酒なんて別に拘りがある訳じゃないが、何故かその言葉には胸に響くものがあって。
だからかな。
照れ隠しに、俺は麗花の頭に軽くチョップを敢行した。
麗花が『あう』と頭を擦りながら、それでも笑顔は崩さずに俺を見る。
そんな光景をおかしいと呆れつつも、俺は前へと進みながら麗花に言葉を紡いだ。
「ま、少しなら良いぞ」
「本当!?」
「ただ、飲みすぎはしないからな。程々にするぞ」
「わーい!こっくんとお酒〜!!」
「聴いちゃいねえ」
ま、今はそれよりもやらなければならないことがあるんだがな。
麗花はアイドルとしての道を邁進する。
俺は就職に向けて頑張る。
それぞれがそれぞれの道を進んで、その結果ワインを飲めるような歳になれたら、その時は1杯位は交わしたいものだ。
そして、いつか麗花とお互いの夢を語らいながら、酒を飲めればそれも一興だと俺は思うね。
2人はまだお酒は飲んでません(独自設定)