残りの2話に少々時間がかかっておりますが、必ずキリの良い形で完結はさせて頂きますので、もう少しお付き合い頂ければ幸いです。
新幹線を使っての長野行きは半年ぶりだったか。
そんなことを想像しながら、俺は車窓から見える景色を眺めていた。
眺める景色は緑に染まったり山々の景色になったりと目まぐるしい。
しかし、そんな景色もいつかは見覚えのある街並みに変わり、自然と安堵感のようなものを得るのと同時に、帰ってきたんだな───ということを強く実感するきっかけになる。
「‥‥‥ま、直ぐに帰ることになるんだがな」
母さんの滞在期間は今日のみ。
明日にはまた家を出て仕事だ。
そうなってしまえば俺が長野に居る必要はなくなる。
旧知の友人など、欠片もいないからな。
その一方で、麗花にはやらねばならぬことがある。
家族にアイドルをすることを認めてもらうこと。
後は、部屋のこと。
アイドルが男とひとつ屋根の下で暮らすことが不味いことくらい流石に知っている。
それは、幾ら幼馴染だとしてもだ。
麗花と俺は幼馴染の垣根さえ外してしまえば、赤の他人。
俺と麗花が幼馴染だということを世間は知らないだろう。
と、なると麗花が今のままの暮らしをしていたら少なくとも何らかの形で不都合が生じる可能性がある。
要は、麗花も一人暮らしをしなきゃいけないってことなのさ。
「わー!長野だよ、こっくん!長野ー!」
目の前には、そんな心配露知らずとでも言いたげなスマイルで車窓から見える景色を眺めている麗花。
どうしても、コイツが部屋を1人で綺麗にできる生活が想像できないんだが、どうしたもんかね。
「こっくん?具合悪いの?」
「‥‥‥頭が痛いよ」
未来に関してのことでな。
そんな意図を孕んだ言葉を麗花に告げると、麗花は俺の頭に手を添える。
「おい」
何してんだ。
「こっくんに魔法をかけるんだよ」
「お前何言ってんの?」
「痛いの痛いの飛んで行けー♪」
コイツ1度はっ倒してやろうか。
「そんなおまじないでお前は俺の頭痛が治るとでも思ってんのか‥‥‥?」
「うん!」
ジーザス。
俺はおまじないが通用するほどお子ちゃまでもなければ狂信的なおまじない信者でもない。
新幹線という公共の場で俺を子ども扱いするのは辞めて欲しいものだ。
「それにしても‥‥‥懐かしいな」
長野の景色が見えてきた。
そろそろ駅にはつく頃だ。
おおよそ見積もって30分といったところかな。
「こっくん」
「あ?」
「灯さんに、会えて嬉しい?」
その言葉に、俺は目を見開く。
それは、あまりに唐突な発言だったからか。
しかし、いつまでも固まっちまう程この状況に慣れていないワケではない。
「かもな」
気を取り直して、そう言う。
しかし麗花は納得いかないのか不満気。
解せぬ。
「えー、でも笑ってないよ?」
「ばっかお前。俺、心の中では滅茶苦茶笑ってるからね?表情筋攣るくらい笑ってるからね?」
心の中では笑えてるのかもしれないという一抹の期待からそんな虚言を吐き、保身に走る。
しかし嘘松は何れバレる運命にあり、それは俺も例に漏れず。
「じゃあ笑って〜!」
「やだよ!!って、また!?またそれ!?やめて麗花手を俺の顔から離せ‥‥‥アーッ!!!!!」
結果、余計な体力を使う羽目になってしまったのだったのは言うまでもない。
新幹線は約2時間程かけて東京から長野へと辿り着く。まあ、そこまでは簡単な道のりだと言えよう。
しかし、ここから電車移動等を挟むと流石に座り疲れのようなものが身を襲う。
ましてや普段は物静かな俺が麗花との会話のペースに合わせようといつもより気を張ってしまっていた。
そりゃあ疲れるわな。
当たり前っちゃ当たり前だ。
「帰ってきた〜!」
「疲れた‥‥‥予想以上に、疲れた」
それにしたって予想外の疲労感である。
不可抗力っちゃ不可抗力だが半ば自業自得でもあるこの展開。
容赦なく襲う倦怠感に俺は涙が止まらないね。
「この後はどうやって行くの?」
「ああ、この先は母さんが車で来てくれるらしいから。テキトーにベンチで座って待つぞ」
「おー!」
おかしい。
麗花だって2時間近く新幹線に座ってたはずなのに。
彼女と俺では持ってる体力が段違いではあるのだが、それでもその違いは驚愕だ。
長旅を楽しいものと感じているかどうかの違いか。
どちらにせよ、麗花の底なしの体力には脱帽せざるを得ない。
「そういえば」
不意に麗花が空を見上げながら呟くと、その顔をにぱっと笑みに染める。
期待感が滲み出ており、ワクワクしているという様が見て取れた。
「なんだ?」
「灯さんって、車変えたのかな」
「どうだったかね‥‥‥」
確か、ずっと車検とかに出しつつも車種は変えてなかった気がするんだが。
「そもそも、どうして急に母さんの車のことを気にしたんだ?」
「灯さんの車の風を感じられる感覚が大好きだから!」
そりゃどの車でも窓を開ければそうなる気がするんだがな。
ただ、穏やかな空気が蔓延しているこの地域で運転しながら風を浴びるのは俺とて嫌いな訳では無い。
故郷は嫌いではないからな。
普通に、大好きだ。
「お前も免許取ってたよな」
車の免許を取ると聴いた時は不安だったが、麗花は1発で受かってしまったらしい。その結果、車が必要な時は麗花に頼み込んで車に乗っけてもらっているこの現状は些か情けないと感じている。
俺もバイトして金に余裕が出来たら車の免許を取りに行こうと思っている。
金を稼がなければならない。
「うん」
「どうだ?簡単だったか?」
「筆記は、ちょっと難しかったけど実技は楽しかったよ?すいすい〜って運転したら直ぐに終わった!」
参考になるのかどうかは分からんが、麗花的には『アリ』らしい。
聞いた俺が言うのもなんだが、あれだな。信頼出来んな。
元々運動とか実技的なテストには天才肌の一面を魅せる麗花だ。
凡人の俺が麗花の体験談を聞こうとしたのがそもそもの間違いだったか。
まあ、いい。
麗花が簡単に出来たと宣うなら、俺はそれ以上の努力で免許を取るのみだ。
というか、面子云々より普通に就職した後運転とか出来ないと色々厄介だし。
『取りたい』じゃなくて『取らなきゃいけない』んだよな。
ちくせう、人生は辛いぜ。
「今年の目標は車の免許取得だ。後で教えてくれよ、筆記」
「テスト内容忘れちゃった♪」
「ウッソだろお前」
数秒前の俺の期待を返せ。
勝手に期待をしたのは俺だけど、とりま返せ。
「枯太郎ー!!!」
と、雑談を重ねていると不意に後ろから声が聴こえる。
その声は半年ぶりに聞いた声。
「‥‥‥母さん」
南宮灯。
俺の母である人が停車した車から手を振って俺たちに大声で挨拶していた。
「あー!灯さんだー!」
「‥‥‥ったく」
その声に気が付いた俺は麗花を促し、停車している車へと向かう。
母さんは車を降りて、俺達を迎える為か両手を広げた。
さながら映画の感動的な再会のようだ。
実際は、感動の再会と呼べる程の過去は持ってない在り来りな再会なんだがな。
「母さん」
「なになに、感動的な再開に涙が止まらないって?やだなーもう!私ったら人気者!」
「人目を気にしてくれないか?」
「辛辣だった!!息子が辛辣だよ!!」
泣き真似をしながら俺の肩に手を置く母さん。
傍目から見たら悪いことをした子どもに泣きつくお母さんにしか見えないのだが、俺は母さんがこういう時どういう顔をしているのかを知っている。
「良いことだよ、反抗期!本当に枯太郎は会う度に成長してるね!」
特に何も考えてない。
悲観も糞もない、爽やかな笑顔で俺を見つめてくるのだ。
「反抗期じゃねえって。普通に静かにするだろうよ、ここ駅前だぞ?」
「でもでも、久しぶりの再会だし〜」
「猫なで声止めてくれ。てか肩に手を置くのヤメ‥‥イタタタタ!?!?何で力入ってんの!?何で俺の肩握り潰そうとしてんの!?」
「肩凝りだねー」
「凝ってねえ!」
置かれた手を少し強引に振りほどき、母さんの追撃を躱す。
すると、近くに居た麗花がクスクスと笑みを作り、俺を見る。
「相変わらず仲良いね、こっくんと灯さん♪」
「仲良いっていうか‥‥‥過剰なスキンシップというか‥‥‥」
「愛だよ‥‥‥愛!」
「ややこしくなるからアンタ少し落ち着け」
愛はあるのは重々承知だがその愛は時と場所を考えて欲しいものだ。
「あーもう、兎に角行こうぜ」
いい加減行かないと麗花の御家族が心配するだろ。
運転して貰っている手前偉そうなことは言えないが、それでも母さんは自重というものを知っとくべきだと俺は思うんだ。
‥‥‥そう考えていると、気が付く免許を持っていない俺の肩身の狭さ。
ワーカホリックでもなんでもいい。早く免許を取得できるだけの金を貯めたい。そして、免許取りたい。
「ふふ、分かってるよ‥‥‥それじゃー出発しよーっ!」
「おー♪」
車好きの麗花が前の席に座り、母さんが運転。
そして俺は後ろの席に座る。
これまた母さんが麗花を連れて運転する時お馴染みの光景だ。
昔にレディファーストとか言われてた時代が懐かしいね。
まあ、前部座席に座ろうが後部座席に座ろうが大した拘りはない訳なのが実情なのだが。
それにしても────
「ったく‥‥‥」
この光景も何も変わらないようで、結構だよ畜生。