最初は、こんなつもりではなかった。
講義が終わった後、最近流行りのプリンを買ってそそくさと退散。後は麗花と買ったプリンでも仲良く食べようと淡い考えを持って街に繰り出していた。
人はそれなりに多かったが、何とかプリンは購入出来た。運が良いね、たった2つしか残ってないプリンは俺にとっちゃ好都合。後ろに並んでる奴もいなかったし、後腐れなく2つ購入し退散。後は、帰るだけで目的は達成できた筈だったんだがな。
「おうおう兄ちゃん、ちょっと余所見が過ぎんじゃねえのか?」
「あ゛っあ゛ぁ゛ん?」
俺氏、学ランの2人に目をつけられてしまいました。
いや、別に絡まれることに関してはどうでもいいんだ。
この街中でイキがるヤンキーの武力なんてたかが知れてる。
精々1発殴られて警察チラつかせた後にこっちがイキり返せば後は警察が何とかしてくれるからな。
ただ、周りの視線が痛い。
同情されるような目付きが、とんでもない位に心に突き刺さる。
同情をするくらいなら、警察を呼んでくれ。そっちの方が数倍マシなんだよ。
「ケッ、ビビってんのかぁ?」
「ビビってないです」
「口答えしてんじゃねえよ!!」
「ウス」
その場合、黙ることになるのだが結局シラを切れば逆ギレされる。
こちらが何を提示した所で、このヤンキー達には通用しないのだ。
「ッたくよー‥‥‥ちょっと俺等より身長高いからってナマ言ってんじゃねえよ」
「両親に感謝ですね」
「身長もデカけりゃ態度もビッグってか‥‥‥はー、これだから最近の若者は‥‥‥」
「すんません、俺の信条なもんで」
「‥‥‥テメエ、さっきから巫山戯てんのかァ!?」
ふざけられるのならふざけてみたい。
俺は、至極真っ当な答えを返しているのみだ。
それ以上もそれ以下もない。
「そこまで反抗したいならそう言えば良いんだよ」
「ウス」
「俺達が殴ってやっからよォ!!」
いや、ホントに早くやることやって俺を解放してください。
そっちの方がいっその事清々しいし、俺も通報できるしwin-winじゃないか。
衆人環視の中、こうしている方が辛いのだからこの2人には早くこの状況を打破して欲しいってのが本音だ。
「なっ‥‥‥舐めんじゃねぇ───!!」
等々堪忍袋の緒が切れた男が、振りかぶる。
拳の軌道はストレート。
その軌道が俺の顔面を今まさに捉えようとしたその瞬間─────
「ちょおっと待ったぁ!!」
そこに割り込む1人の女。
その光景に驚いたのか、殴りかかろうとした男は突如その拳の軌道を変え空を殴った。
腕が痛そうなのは、ご愛嬌である。
いや、それよりも。
「なんだコイツ」
小さな女の子だ。
突如割り込んで来た私服姿のこの女。
誰かが呼んできてくれた私服警官だろうか。
だとしたら呼んだ一般人、ナイスである。
「私の名前は茜‥‥‥野々原茜ちゃんだよ!」
「俺は南宮枯太郎っす。所であなたは警察の方ですか?」
「んにゃ、違うよ」
なんと。
ならば、お前は何故ここに飛び出してきたのだ。
良いか。これは男と男の真剣勝負。どっちが警察に捕まるかっていう際どい勝負をしているのであってだな‥‥‥
「ヤンキーなんて警察呼ばなくても対応できるよ‥‥‥この茜ちゃんの魅力にかかればね!」
お願いだから警察の力を使わせてください。
お前の可愛さは分かるけど、それじゃ心もとないのも確かだ。
「大丈夫だって!全くー心配性だなぁコタローちゃんは!」
「何処が大丈夫なのか教えろ、後コタローちゃん言うの止めろ」
「安心的要素は‥‥‥茜ちゃんの可愛さ!」
「お巡りさーん、助けてー!!ここに2匹のヤンキーと頭のおかしい女の子が居るよー!!」
恥も外聞も最早俺にはなかった。
予想外の出来事の連続。助っ人のあまりに不確定的安心要素。
兎に角今の俺は警察を呼びたかったのだ。
「な、何だよテメエ!!」
俺と突如割り込んで来た少女が即興で噛み合うことすらない会話をしていると、ヤンキーが存在を証明しようと大きな声を出す。
こちとら鬱陶しいことこの上ないのだが、彼女はそんな男達に嫌そうな顔つきを1度もせずに男達に笑顔を見せた。
「そこの青少年達!積み重なるストレスで大人にぶつかりたい情動もよーく分かる!けど、このままの状態続けてたら‥‥‥ケーサツのお世話になっちゃうよ?」
「う‥‥‥!」
「ぐ‥‥‥それを言われちまうと、弱いぜ」
「でしょでしょ?だから、ここは茜ちゃんの『可愛さ』に免じて!今のうちに逃げてくれると嬉しいなっ」
両手を合わせてチラッと男達を見遣る野々原。
こうして見るとなかなかにあざとい訳なのだが、言っていることは至極真っ当だ。
まあ、可愛さ云々に関してもアピールが過ぎるが間違いではない。
普通に可愛いしな。
「ッ‥‥‥そこまで言われたら、なぁ?」
「ああ‥‥‥仕方ねえ、行くぞ。そこの野郎!!命拾いしたなぁ!!」
そのあざとかわいい野々原のファインプレーにより、引き下がっていく男達。
いや、マジで警察使わないで対応出来たぞコレ。
凄いな、これが『カワイイ』の力か。
流石世界共通語。世界基準の可愛いはヤンキーを封じ込めてしまう。
予想外の『カワイイ』の効力に俺の手首はボロボロだ。
今ならコタローちゃん呼びも許す。マジでありがとう。
「全く、近頃の若者は有り余るストレスを発散できてないヤンキーばっかりだね‥‥‥ま、茜ちゃんにはそこら辺の感情理解できないんだけどさ」
まあ、お前みたいな奴には到底理解出来ない感情だろうさ。
世界中、全員がお前さんみたいなあざとさや可愛さを持っているわけがない。
ヤンキー達が俺に喧嘩を売ったのも、いわば自己の証明みたいなもんだ。
『俺は強い!だからここに生きている意味があるんだ!!』っていう奴等なりの主張なんじゃねえのかね。
「ふーん‥‥‥まあ、いいや!それよりも大丈夫だった?」
「ああ」
お前さんのおかげだ。
サンキューな。
「災難だったねー、けどコタローちゃんも茜ちゃんに会えたんだからラッキーだよね!私服姿の私に会えて、あまつさえ助けてもらえるなんて宝くじの1等当てるよりも珍しい事だと茜ちゃんは思うなっ」
「掌を返させてもらうよ。お前さんのカワイイに助けられた」
「ふふん!茜ちゃんの手にかかればこんなものなのだ!」
本当だよ。
お前がいなければ俺は今頃痛い思いをしていたことだろう。
この件に関してはガチで感謝しなければならない。
それも言葉だけじゃない、誠意を持ってだな。
「折角助けてくれたんだ。何か御礼がしたいのだが‥‥‥アンタさえ良ければ、何処かで奢るぞ」
「な、何という幸運!喉が乾いた途端に人助けを敢行したらまさかの『奢り』!!茜ちゃんは天にも愛されているんだね!!」
天にまで愛されているのか。
まあ、善行積んだ結果なんだし当たり前だわな。
尤も、俺は恩返しって当たり前のことをしたまでなのだが。
「じゃあ何処で飲む?居酒屋?」
「コタローちゃんは茜ちゃんをいくつだと思ってるのさ」
「ん?そんだけキャラ作ってんなら20歳位なんじゃねえのか?」
「ちょっと待って!?今のキミ割とワケ分かんない計算してるよ!?」
え゛。
じゃあ何歳だというのか。
仮にこれが学生だとしたら、あのヤンキー追っ払ったクソ度胸何処から湧いたのかって話になるんだが。
「‥‥‥因みに、お幾つで?」
「おっとー‥‥‥聴いちゃう?レディーに?女の子に?何よりこの『カワイイ』が生んだ最高傑作であるところの茜ちゃんに年齢を聴いちゃう?」
「ああ、お前の人生最大の汚点であるところの俺がお前さんの年齢を聴いても良いか?」
「さりげなく自分ディスるのやめなよ‥‥‥」
野々原はそう言うと苦笑いを浮かべる───も、直ぐに表情を笑みへと染め上げ、己の『幸せ』という心情を素で表したかのようなニコリとした笑みで、俺を見据える。
その姿、まさに小動物。
奴が自分をカワイイと宣うのも分かる気がする。
奴の自意識は過剰そうで過剰ではないのだ。
「茜ちゃんは、オシャレなカフェでオシャレなプリンパフェを食べたいのである!」
「プリンパフェ、とな」
「そそ!ですがそのカフェの敷居は私にはちょーっとばかし高いんだよねー‥‥‥まあ、理由は察してちょ」
「カップルが多いとか、金がかかるとかか?」
「両方正解のコタローちゃんには正真正銘現役JKの茜ちゃんとデートに行けちゃうチケットを進呈しよう!!」
ほう、どっちも正解か。
あんだけカワイイと自負してた癖に彼氏はいないらしい。
あれか、付き合いたいとカワイイは違うってか。
はー、分かんねー。まあ、どちらでもいっか。
「まあ、良いわ。丁度バイト代も入ってるし‥‥‥そのカフェ案内しろよ」
「ゴチになっちゃいまーっす!」
「もっと俺を崇めるんだな‥‥‥えっと、あ、そうだ。アカネチャン」
「なしてカタコトなのさ‥‥‥」
仕方ねえだろ。
人の名前を覚えるのは苦手なんだからよ。